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CRAFT/Notes  作者: 式式
ルシア城町要塞戦
19/56

兎達の膿んだ過去

焼き尽くすほどの熱を浴びた。

私は、手を伸ばしていた。下敷きになった足は焼け焦げて感覚が無い。燃え盛る本棚が寄りかかる様に下半身を潰し、熱は体を覆う。


何で手を伸ばしていたんだろう?


私は、助からない事を知っていた。だけど、私は何かに期待していた。正面の扉から、誰かが来てくれると何故だか期待していたんだ。



そして私は、その手に答えるように。

熱苦しい熱をかき分けながら君が手を伸ばした時。



爆風に彩られながらも、私は。

君に、救われたのでした。

 友人たちの報告を肴とし、タバコに火を付ける。

 灰色の煙は上空に霧散する。それを少しばかり眺めてから、彼らの方に目を向けた。談笑と共に、仕事を終えての一服。……いや、本当は終わっていない。

 これが彼女の部隊の人間だとして、隊長たる日の少女の姿は見えない。町一つを焼き尽くす神様が、こんなにも陰湿な部隊を率いている事には驚きだが、……まあ、そんな事はどうだっていい。

 問題は、彼女本人の所在。

 彼女が自分の意志で町を燃やしていたとしても。国の命令に従う存在になっていたとしても。……彼女の名前を語る偽物だとしても。

 日の少女はこの町のどこかに必ずいる。そして、部隊が動いている現在。彼女自身も動いている可能性が高い。


 相変わらず不味いそれに苦言を呈す。

 そんな事で、味わいは変わらない。


 どうにかしなければならないという思いはある。……しかし、肝心の彼女の姿は見えない。それに、向こうの目的が彼女達なのなら、真っ先に其方を狙うはずだ。


 此処に居ても彼女には会えない。

 届かなかったあの日の手の様に、喪失感だけが纏わりつく。

 感傷に浸っていた。……だから。

 俺は、その手がつかむまで分からなかった。



 今日、その日。

 空は、快晴だった。



 「やあ、お隣さん。今日も、あきあきするほど快晴だね。」


 定例文となったそれを、懐かしい声音が語る。

 腕を握りしめていた。それを感じるまで、誰かがそばに近づいていたのが理解できなかった。

 

 煙草の灰が、足元に落ちる。

 その手には、明らかな熱があった。人肌よりも少し高い程度の”その熱”は、”その感触””は、正に人間のそれだった。

 驚きを隠しきれず、振り向く。

 其処に居たのは、カルタの民族衣装に身を包む”誰か”。


 懐かしい表情を浮かべていた。

 懐かしい人がそこには居た。


 「久しぶり。煉」

 「……縁?」

 「縁が出来たから、また会いに来たよ?」

 「……なんだその定例文。お前、気に入ってんのか?」

 

 あの日手を伸ばし。

 火の元に焼かれた彼女がそこには居た。

 日居花ひいばなえにし。……元、幼馴染。


 「ちょっとだけね。この国じゃあ意味わからないって怖い顔されるけど。……やっぱ分かってくれるのは君だけだ。煉」

 「それをジョークだと理解できるのは俺だけだろうよ。……きょうはどうした?観光か?」

 「ん……。観光とはちょっと違うかな?どちらかっていうと仕事?でも、私の趣味も多少は入っているから。観光……。にも近しいものはあるかもね」

 「お前の趣味ね。……訳も分からない語句を並べる趣味か?」

 「ううん?違う違う」


 彼女は語りながらも腕を離す事はなかった。

 その細い腕に似合わず、力強い片腕には明らかな熱がある。


 「人を焼いて。町を焼いて。燃やして、燃やして、灰にして。……それを、遠くから眺めるの」

 「……随分と悪趣味になったな」


 ……本当に、悪趣味だ。

 自分のことを棚に上げて、自分の罪を数えないで。勝手ながらそう思う。何せ、彼女がそういう事を好む人物でないことを理解しているからだ。人は変わるモノだと理解していながら、彼女がこっち側の人間に代わることはあり得ないと。

 否定するために。

 それが嘘だと、信じ込むために。


 「今日はどうしてここにいるの?」

 「俺も仕事だ。悪い悪い神様が、平和な街を脅かそうとしているって聞いてな。正義の味方を志す一人の日本男児としては、見過ごすわけにも無視をする訳にもいかず。……って所だ。神様の機嫌が変わって欲しいと切に願っているんだが、……どうやら難しそうだな」

 「ん。難しいね。その神様だって、仕事で来ているようだし」

 「全くもって面倒な神様も居たもんだ。……大人しく家に引きこもって何もしなければいいものを。働くことが大好きなせいで、こっちは仕事に追われている」

 「君、いい加減な仕事しかしなさそうだけど?」

 「真面目に働いているさ。少なくとも人を焼いている奴よりは健気にな。ま、まじめにやりすぎて指名手配だとか食らったこともあるが」

 「へえ、詳しく聞きたいな。君の冒険譚」

 「面白いものでもないさ。……それに。今は仕事中だ」


 ……互いに。

 小さく、そう付け加える。


 「休憩中の間違いじゃあない?」

 「サボっていたんだがな。どうやらそうもいかなくなったらしい」


 

 日居花ひいばなえにしは、ジョークを好む。

 そのくせ、人一倍の観察眼を持っている誠実な少女だった。自身がどんな立場にいるのかをだれよりも知っているはずだ。その上で、道徳心も高く、虫をも殺さないという格言が人一倍似合う事を知っている。

 だから、変わるはずがない。

 しかし、目の前の人物は記憶の中にいる彼女と酷似していて、その上でそのような言葉を吐いている。それが偽物化本物か調べる手段はない。一度死んだ彼女を調べる手段も方法もない。

 ……だが、彼女が人を殺すのだとしたら。

 その理由があるのなら。……原因は、一つだけある。


 救えることが出来なかった人間に対して。

 贖罪を兼ねて、彼女にはその権利はある。


 「なあ、神様。俺を殺したいのなら構わない」

 「……」

 「お前がいくら真面目だろうが。こんなことは止めろ。お前が偽物だろうと、操られていたとしても。……こんな姿を見たくない」

 「……私は偽物でも操られていもいないよ。自分の意志で此処に居る。……そう言ったらさ」


 表情は変わらない。

 かいせいのそらに、少しばかり寒さが香る季節。

 あの日、定例文を並べた時のように。

 誰にも負けない晴れやかな笑顔で。


 彼女は語る。


 「君は、あの日の様に。……手を伸ばしてくれるか?傭兵のお兄さん」



 ……ああ、それはとても簡単な事だ。

 あの日と変わったことが一つだけある。それは複雑なようで、簡単な事だ。

 互に名前も知らぬだれかを殺していた。何気ない日常の側で会った俺たちは、互いに仕事と称して人を殺す間柄となっている。互に誰を殺したか理解せず、他人に興味を無くして仕事を励むようになった。


 彼女が偽物か。

 彼女は本物か。


 どうだっていい。だって、これだけは変わらない。

 俺も、彼女も。

 あの日とは違う。どうやっても戻れないのだから。

 一度死んだ俺たちは、もはや別人に過ぎない。


 遠い存在になった。

 それは、神様たる彼女だけではなく、自分自身にも言える事だ。



 握る彼女は、力強く抱き寄せた。


 そして、熱は帯びる。



 その瞬間。日は燃ゆることとなる。



 「燃ゆる思いよ。火の呪縛を糧として、それでも進み火を灯せ。心情、情景。募る想い。稚拙な言葉で君に伝える」


 か細い片腕に握られた手首から、異変は始まった。

 まるで熱を帯びた何かに包まれる。温風のように感じたそれは、嘆息をつく間もなく烈火のごとく

腕から這い寄り、燃ゆる炎と化していく。

 全身が包まれるのに時間はかからなかった。一瞬に近い速度で火達磨となり、呼吸さえまともに出来なくなる。


 「……っ!」


 寸前に息を吸っていたのが功を奏した。

 少なくとも、一言二言話せる余裕だけが有り、手足の細胞がドロドロに溶けていく感覚と乾いた火が侵食する感覚を味わうのみに過ぎない。二度と体感したくない痛みではあるが、一度体験した身としては我慢ならない痛みでもない。……それに。この痛みで死んだ奴の前で、痛みを叫ぶなんて事が出来る訳がない。

 このまま死のうかとも思った。

 何故なら、俺自身の生きている意味は、今まさに達成されているのだ。此奴と同じ世界にいること自体が、俺の最大の願いなのだから……。

 だが、炎はそれ以上進まない。

 腕を溶かすだけの火は、俺を殺すには至らない。


 ……彼女は、俺を殺す為に会いに来たのではない。

 とっくに覚悟を決めた罪人を、彼女は殺そうとしない。


 その胸の内に含めえたそれは。

 誰がどう見ても、分かる感情なのだから。




 だから、無事な方の指を鳴らした。


 「……起きろ兎。獲物がいるぞ」


 細腕を無理やり剥がし、全身にまとわりついた炎は変質した腕により鎮火される。

 焼け落ちたはずの腕から、それは始まる。


 「後悔だけがあるんだ。あの日に抱いた思いを無駄にしない為に。……俺の心は、何時だってお前の隣にあった」


 爛れた腕が、呼吸すらまともでなかった肺が、一つひとつの細胞が限りなく別人へとなり下がる。

 月からの使者。月面の罪人。この世界の中で最も別格とされる種族。

 争いの中に生き、ただ、快楽の為に生死をさまよう猛獣。


 ヘルバレスの兎族。魔法の一つであり、世にも珍しい、”自身の種族を変える魔法”。

 可愛らしい容姿とはやし立てる隣人に、腕を上げて答えた。

 容姿とは裏腹に、何物も砕き噛む鋭い歯が覗き見える。


 全身を兎と変えながら、焼かれたはずの懐から煙草を取り出した。

 霧散する火の粉に当て、火種となったそれは、簡素にまかれた味気ないタバコに火を灯す。口にくわえながら思う事考える事よりも先に、変わらなく晴れやかな表情を見せる彼女に嘆息を吐いた。高鳴る胸を抑えつつ、現状を片隅で考え、足先にある愛銃に手を伸ばす。

 相手方の動きはない。

 周りは球体上に炎が燃え広がっており、外の様子はうかがい知ることが出来ない。それに、この体といえど、長時間炎の中にいるのは得策ではない。

 ヘルバレスの兎族は、常人以上の筋肉、耐久力、魔法に対する耐性を得る事が出来る。

 しかし、それは決して無敵ではないし、基礎能力が上がるが長時間の維持は難しいため、効率的なモノでもない。


 任務以外では使用しないこの魔法は、その性質上、短期決戦を想定した魔法。

 二時間程度ならば問題ないが、先ほどの炎熱で体力をごっそり取られた。あまり長居は出来ない。

 

 俺は何をするべきか。


 決まっている。目の前の神様を殺すべきだろう。この球体の外でどのような情景が広がっているかはあずかり知れない。精密機械は壊れているために連絡も出来ず、自身の判断に委ねられている。


 ……だが。

 俺は、この神様を殺せるのか。



 「煉、タバコ吸うようになったんだね」

 「人間誰しも変わるもんさ。煙草は嫌いだったんだがな、嫌いも好きのうちに入るみたいで、何時の間にやら手放せなくなった。……お前も吸うか?」

 「遠慮しておく。……それに、つれなくなったね。昔だったら、もっと面白い反応していたのに」

 「無い胸で騒ぎ立てるようなガキじゃあなくなったよ。お陰様でな」


 「でも、その姿は似合っているね」 

 「おう。可愛いだけが取り柄の兎さんだ」


 愛銃を懐に仕舞う。

 攻撃をする意思はある。えにしはクラフトノーツを理由として有るのだから、俺が下がったところで止める事は無い。俺が死んでも見逃したとしても、クラフトノーツを焼き続けるまでえにしは終われないだろう。

 それが神様たるえにしの使命で、それが彼女の仕事なのだから。


 ナイフだけを力いっぱい握りしめているのはそのせいだ。

 殺せる。という殺人鬼の思考と、俺自身の意識が混濁する。


 衝動を鎮める度、唯々力が溢れる。

 


 「君は、今でも許していないんだろうね」


 ポツリとえにしは吐いた。

 ……そんなことを言っている訳ではない。


 「……ん。分かった。悪戯はここまでにしとくよ。強いて言うとね、今回の任務は、君たちをみんな殺す以外にもあるんだ。……だから、私はそっちに集中しようと思う」

 「……どういう事だ?」

 「今でも人間であり続ける煉に、一つだけ。神様は神様でしか殺せないよ。君が言う”部長さん”じゃあないと殺せない。……でも君が、神様になるなら話は別」


 互にすれ違ってばかりで、あの時から何も変わっていなかった彼女は、そう残しながら腕を掴んだ。とっさのことでよける事も出来ない。焼き焦げる炎熱に、御自慢の歯をかみしめながら耐える準備をする。

 笑いながら、飄々としながら耐えろ。

 それをしなけば、俺はずっと呪い続けるのだから。


 ……熱は、伝わらなかった。


 「煉。私の神様になって?」


 そう語る彼女の表情は、……少しも笑っていない。

 表情だけが、笑っていると錯覚させる。


 その言葉に、震えた声に。

 そんな気持ちは、微塵も感じられない。


 

 本来の任務。

 本来の仕事。

 ……気になるところは止まることを知らないが、今は此奴の炎をこちらに集中させることが先決だ。町の様子は分からないが、”町中の人間が限りなく無事”なのは理解できている。

 ……わざわざ俺だけを隔離したのは、唯こんな話をしたかったのか。何かほかに目的があるのか。抱き寄せる彼女の表情からは推察できないし、彼女の性格ならばどちらもあり得る。


 「……神様ね」

 「響きもカッコいいし、君に似合うんじゃないかな?」


 もう少しセンスの光る言い方ならば考慮に入れるが。

 俺は神様にあこがれる少年でもないし、信仰深い信者でもない。本物の神様に甘い誘い文句を言われたとして、俺の答えは之に尽きる。


 「あいにくそんなものに興味はないさ。それよりも人間を続けていた方が身の丈に合っている」

 「……そっか」


 身の丈に合っているだろ?

 そう続けるが、彼女は答えようとしない。


 「神様。お前は確か仏教徒だったな」

 「……本気で信じてなんかいないよ。親からの代がそうだったからそうなだけ。……って言うか、私今は神様だし。どちらかっていうと日の神様教って感じかな?今は」

 「自分を信仰するなんて自己中にもほどがあるな。……んで、話は戻るが。俺は生粋の無神論者でよ。神様なんてはなから信じていないんだ。だから、お前が集合意識におけるそれであったとしても、俺はお前を認めない。……何せ、神様は居ないのだから」


 彼女の正体。

 それは既に結論が出ていた。こうして面と合わせ、手ごたえの無さを確認した今。その思いは革新と変わっている。石を本体とし、その体を厳密には持たない存在。体は自然体の一部。自然そのものといった”それら”は、時折として信仰の中に有り。

 そして、それは神様から作られた。


 「……君は食えなくなったね」

 「まあな。お前のせいだ」


 先程、彼女はジョークと称して残像だと答えた。

 だが、この世界における残像は確かに存在する。それが神様である彼女が使えない保証もない。彼女は日をつかさどる神様なのだろう。

 信仰心が彼女の原動力であるのなら、この国全ての人間を殺す事が出来なければ、彼女を殺す事は出来ない。


 「ああ。確かに、そうだった」


 ポツリと、彼女は語った。

 揺らめく炎が周囲を取り巻く。


 「ほんとはもう少しばかり後にネタバレしたかったんだけどね。……気付いていたんならしょうがないな。……確かに、私はこの町の人々が認識しているから生きている」

 「随分と熱心な信者たちだな。お前と同じで真面目そうだ」

 「……それって褒めてるの?」

 「九割八分褒めてるさ。んで」


 信仰心が高いことを知っていて。

 それがお前を見てくれている人間だとして。


 「本当にお前はすべてを焼けるのか?ほかの街同様に、他の街の様にこの町の純粋にお前を崇め奉っている人間を殺せるのか?お前がいくら暴風雨だとしても、人間じゃあない外道な事が出来るのか?」


 そもそも。

 

 「なあ、縁」


 御前が、日居花ひいばなえにしなのなら。


 「お前は本当に、人殺しが出来る奴なのかよ?」


 彼女は応えず。

 ただ、悲しげに笑いながら。


 「……時間切れか。名残惜しいね……実に」


 彼女がそういった瞬間。

 炎のカーテンを突き抜け、一筋の何かが侵入した。それは明確な軌道で中心を狙い、彼女の胸のあたりを捉える。

 周囲の人間に対して、視線と意識を向ける能力”フェイク”は、周囲にいる人間ならば、其処に居る事を確信している場合、その人物が何処にいるか分からなくても発動できる。そして、その人物に対して注目する対象を選定した場合、その人物はその目標に対してのみ注目することが出来る。

 俺たちの相棒はそれに反応を示し。

 強烈な一撃を以て炎に穴を空ける。

 

 一筋のそれは弾丸。

 大口径の主砲。対物ライフル。

 それは彼女の胸を的確にとらえ、突き抜ける。


 「……」


 風圧で彼女が揺れる。

 纏わりついた炎が剥がれる

 その中心には、赤く光る何か。


 「……やっぱりか」


 紅鉱石。

 それは、影法師を作るうえで重要な石。


 「……バレちゃった」

 「お前の本体は何処だ?」

 「とっくに無いよ。私はバラバラにされたかわいそうな神様。みんなを救おうと思って、それでも救えなかった神様……だけどね」


 ……彼女の正体は、偽物でも本物でもない。

 彼女の中心には宝石があり、それを基に名を示すのなら……。

 石持の少女。

 彼女は、そう言われている存在だった。


 「君が生きてくれてよかった。……死んじゃったんだろうけど、私を覚えてくれていて」

 「強烈な奴だったからな」

 「……私を殺す?」

 「殺したって殺せないんだろ?」


 文字通り。

 言葉通り。

 石持の少女を殺す事は出来ず、その方法はいまだに解明されてない。

 その中心にある宝石を砕いたとして、叩ききったとして。無数に出現する彼女たちを殺す事は出来ない。


 「……ん。そうなんだよね。悲しいことに」

 「だから、仕切り直しだ」


 腰のナイフに手をやる。漆黒の刃が特徴的な短剣を力いっぱい振った。

 一線。

 先程の中心をなぞる様に、刃は炎を両断した。

 その中には宝石も含まれており、鮮やかに燃え続ける炎はその威力を弱める。


 彼女は手を差し伸べる。

 俺はその手を取らない。


 もしその手を握れば、俺は自分を抑えきることが出来ない。凶暴性を増したこの姿なら、第二の災害になるのは目に見えている。そのくらい煮える腹の虫をどうにか落ち着かせ、そうして、火の粉のように消える彼女を眺めていた。


 彼女は変わらず笑っている。

 俺は何もせず、ただ、一言だけを伝える。


 「じゃあな、神様」

 「……じゃあね。煉」



 霞のように、煙と共に彼女は消える。

 後に残った焦燥感だけが残る。










 青い空。それに描かれたような入道雲。

 鈍重な熱と、それを追い込むように五月蠅い蝉時雨が印象的だった。

 

 ある日、あの夏。

 何時ものように隣にいた”誰か”は。


 あの命日のように、火の粉をまき散らしながら消えていった。



 

 



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