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Legend of kiss1 〜雪の王子編〜  作者: 明智 倫礼
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近づく心

 ユーリは従者と一緒に、大広間へ向かって廊下を歩いていた。カツカツと冷えた廊下に響く足音を聞きながら、昨夜、カータから聞いた話を、彼は頭の中で整理する。


(カーバンクルとジュレイテの国交はほとんどない。

 そこへの道は全て、舗装されてない。

 その道のりは険しい。

 連れていける従者はふたり……)


 ユーリのスミレ色の瞳は、いつも通りぼんやりしている。


(でも、変だな?

 国交はないのに、カーバンクル国内には入れる。

 普通、王族が訪問するなら、あらかじめ予定組むよな?

 どうして、すぐ行けるんだ?

 ……カーバンクルの情勢が特殊なのかも知れないな。

 そんな感じがする。そうだな……)


 部下を従えながら、ユーリは急に別のことに考えが及んだ。


(攻めるとしたら、簡単に攻め落とせそうだな。

 他国の王族を簡単に入国させるような国だからな。

 警戒していないのは、明らかだな)


 他国を占領するという、大きな話にいきかけたが、


(まぁ、それは置いといて……)


 彼は窓の外をちらっと見て、そこへ行く方法を思い浮かべつつ、


(ジュレイテ城から、犬ゾリに乗って西へ向かう。

 そして、山を南側へ越す。

 雪解け水に乗って、南下する。

 近づいたら、徒歩でカーバンクルへ入国……)


 彼はそこで、窓から空を見上げ、


(確かにこれなら、交通費かからないけど……ずいぶんいい加減だな。

 ……なんか嫌な予感がする)


 再び、正面へ戻した、彼の視界にはぼんやりとした、立派な扉が映っていた。



 リエラはウキウキ気分で、大広間で待っていた。


(カーバンクルって、どんなところかな?

 何があるんだろう? やっぱり、お城があるのかな?

 王子様がいるのかな? それからーー)


 その時、扉が勢いよく開け放たれた。入ってきた人を見て、リエラは目が点に、


「え……?」

(ユ、ユーリ……だよね?)


 彼女が確信を持てなかったのは、ぼけているせいではなかった。

 なぜなら、そこには毛皮の帽子を深く被り、鼻までしっかりとマフラーを巻いて、足元まである毛皮のコートを身にまとい、グローブみたいな手袋をつけて、モヘアを裏付けした革靴を履いた背の高い人が立っていたからだ。


 個人を識別する要素が、ほとんど隠されている状態。リエラはその人をまじまじと見つめ、


「えっと……」

(ユーリだと思うんだよね……。でも……)


 完全防寒の背の高い人が、くぐもった声で、


「行くぞ」

(これで寒さ対策は、バッチリだ)


 その声を聞いて、リエラは笑顔になった。


「あぁ……うんっ!」

(ユーリだね。

 顔がほとんど見えないから、わからなかったよ)


 ユーリはリエラを置いて、玄関へさっさと歩き出した。


(時間ないんだから、もたもたするな。

 明日には、元の世界あっちに戻るかも知れないだろう。

 だから、今日中にこっちでやれること出来るだけやっておかないとな。

 俺に迷惑かけるなよ)


 王子が姫を置いて、先に出ていくという状況など、リエラは気にせず、ウキウキでついていった。


(ふふ〜ん♪ 楽しみだね)


 ふたりのやり取りを見て、召使いと従者たちは嬉しそうに微笑んでいた。


(いいご旅行になるといいですね)



 外へ出ると、昨日とはうって変わって、雲ひとつない青空が広がっていた。見送りに出てきたアイシスが、雪に反射する陽射しに目を細め、


「天気よくてよかったわね」

「そうですね」


 その隣で、カータがのんびりと相づちを打った。リエラは笑顔でユーリに、


「うん。よかったね、ユーリ」

(景色とか、たくさん見れるね。ふふ〜ん♪)


 ユーリはカタカタ震えながら、不機嫌そうな瞳で、


「…………」

(よくない、全然よくない。

 晴れてても、寒いのは一緒だろう)


「こちらでございます」


 従者が示した犬ゾリを見て、ユーリはこれ以上ないくらい盛大にため息をついた。


「はぁ〜……」

(やっぱり、予感的中だ)


 それは、天井も壁もなく本当にただのソリだった。ユーリは城へ振り返って、ぼそっと、


「俺、留守番しとくかな」

(凍死する、絶対する。間違いない。

 リエラだけ行かせて、城で仕事してた方が効率よさそうだな。

 その方がーー)


 彼が決心する前に、リエラが嬉しそうに声をかけた。


「チョコレート見つかるといいね」

(カーバンクルにはあるかも知れないね。

 いちごのショートケーキもあるかな?)


 ユーリはぴくっと反応し、 


「っ!!」

(チョコ⁉)


 そして、彼はふたつの選択肢で迷い始める。


(チョコ。

 寒さ。

 チョコ。

 寒さ。

 …………。

 …………。

 ……あれがこうで、それがああ……チョコ!!)

「行くぞ」


 彼はチョコにつられて、ソリにさっそうと乗り込んだ。リエラは屈託のない笑顔でうなずき、


「うんっ!」

(犬ゾリ初めてだから、ドキドキするね)


 国王夫妻は同じ雰囲気の笑みを浮かべ、リエラとユーリに、


「いってらっしゃい」

「うん、いってきま〜す!」


 リエラが元気に応えると、ソリはゆっくりと滑り出した。



 一行は城下町を抜けて、郊外へ出た。

 建物や視界をさえぎるものは一切なく、見渡す限り真っ白な雪景色が広がっていた。


 リエラはそれらを見ながら、目を輝かせて、


(すごい! ジュレイテって、広いんだ。

 うわ〜、遠くが丸く見える。地平線だぁ)


 頬を通り過ぎていく風はとても冷たかったが、彼女は景色に夢中で、そんなことはお構いなし。一方、進行方向を向いて座っているユーリは、風がもろ当たり、景色を見る余裕などなく、寒さに肩を震わせていた。


(寒っ!

 寒っ!

 寒っ……。

 俺、判断間違ったかも知れない。

 城に帰りたい。

 寒っ!

 あっちの世界に戻りたい。

 寒っ!)


 ユーリと向かい合うように座っているリエラは、彼に不思議そうな顔を向けた。


「どうしたの?」

(何だか、様子が変だけど……)


 ユーリは何も応えず、抗議の眼差しをやって、


「……………」

(お前、俺の話聞いてなかっただろう。

 最初にジュレイテに来た日の夜、お前に言った。

 寒いの苦手だって。

 それぐらい覚えておけ)


 寒さが苦手だとは、彼は伝えていないのに、彼女に心の中で盛大に文句を言った。俺様もここまでくると見事である。リエラは目をぱちぱちさせ、


「あの……」

(何か考えごとしてるの?)


 ユーリは視線をそらして、ため息をついた。


(考えてない、文句言っーーおぉ!)


 彼は何か思いついて、珍しく優しい声でリエラに、


「お前、場所交換してやろうか?」

(ありがたく思え)


 あまりにもあり得ない言動をした不機嫌王子にびっくりして、さすがのボケ姫も違和感を抱いて、ぽかんとした。


「え……?」

(初めてだよ、ユーリに譲られたの)


 ユーリは構わずに、もっともらしく、


「こっちの方が景色よく見える」

(寒いの苦手じゃないお前に、こっちの席譲ってやる。

 俺は寒いの苦手なんだから、その方が合理的だろう)


 どこまでも俺様なユーリの言葉を、リエラは素直に受け取って、飛び切りの笑顔を見せた。


「そうなんだ、ありがとう!」

(ユーリは優しいね)


 彼は心の中でにんやりし、


「ん」

(作戦成功)


 ふたりはソリから落ちないように、慎重にお互いの席を交換した。冷たく強い風を感じて、リエラはユーリのことを簡単に理解した。


(……寒いの苦手なんだね。

 だから、いっぱい着込んでるんだ。

 こっち、風が当たるから交換したんだね。

 何だかユーリ、可愛いね。でも……)


 彼女は心配そうな顔をした。ユーリは歯をカチカチ鳴らしながら、目を閉じて寒さに耐えていて、


(風はさっきより当たらないけど……やっぱり、寒い。

 どうするかな……? あれがこうで、それが……寒っ!

 寒っ!  さっーーん?)


 彼は寒さが急に和らいだことに、首を傾げた。すぐ近くから、リエラの声が届いて、


「こうした方が温かいよ」

(一緒の方がいいと思うよ)


 ユーリは目をゆっくりと開けて、自分の左隣に目を向けた。するとそこには、自分のコートを半分ユーリにかけているリエラが優しく微笑んでいた。ユーリは彼女のぬくもりを感じて、戸惑い気味に、


「……あ、あぁ」

(誰かが側にいると……温かいんだな)


 彼は流れていく景色を、ぼんやり眼に映した。


(誰かが側にいる……。

 一人じゃない……。

 お前に言ったらーー)


 ユーリはふと、両親とのことを思い出して、スミレ色の瞳に淋しさが広がった。


(一人……でもいいんだ。それでも……いいんだ。

 だけど……だけど、最近それが……淋しいと思う時がある。

 一人が淋しい……)


 彼の心にまで冷たい風が入り込んで来た。リエラは黙ったまま、ユーリの横顔をうかがって、


(また、淋しそうな目をしてる。

 本当に何があったんだろう?

 何だか、一人で何かに耐えてるみたいだね。

 誰にも言えないことがあるのかな?

 誠矢にも言ってないのかな?

 何だか、そんな気がするね)


 彼女はなぜか涙がこぼれそうになった。


(どうして、こんなに切なくなるんだろう?

 何だか、あの夢の中の気持ちと似てる……)


 ユーリは軽く息を吐いて、いつも通りの意思の強い瞳に戻り、


(……間違ってないんだ。

 みんなが幸せになるためには、これでいいんだ。

 一人でもいいんだ)


 リエラは景色へ顔を向け、小首を傾げた。


(どうして、誰にも言わないんだろう?

 聞いたら、教えてくれるかな?)


 ふたりは手を伸ばしたら、お互いに触れられそうな距離感のまま、ソリは滑り続けた。



 しばらくすると、ソリは進路を左方向へ変え、他の国々とジュレイテを隔てている広大な山脈をゆっくりと登り始めた。そして、頂上まで登りつめると、ソリは南側へ向かって、一気に加速する。


 頬を切る風は少しずつ暖かくなり、あたりに積もっている雪の量も徐々に減ってきた。

 草木の緑が見え始める頃になると、水の流れる音が聞こえ、右手に川が流れていた。


 少し先の川岸に、木で出来た小さな山小屋が建っていた。ソリは速度を落として近づき、その前ですうっと止まった。


 従者に案内されるまま、リエラとユーリが中へ入ると、そこには小さなキッチンがあり、その脇にはクローゼットが置いてあった。どうやら、防寒具をここで脱いで、船旅に備えるための場所のようだ。


 

「はぁ〜」

(軽くなったぁ)


 着込んでいたものを脱ぐのに一苦労だったユーリは、大きく伸びをして椅子に座った。先に着替えて待っていたリエラが、肩をもみながら首を回しているユーリを見て、微笑む。


(寒くなくなってよかったね。

 もう、いっぱい着込む必要もないね)


 ユーリはぼんやりと、城からの道のりを思い浮かべ、


(何にもなかったな、ジュレイテ。

 城の周辺だけしか、整備してないんだな。

 広いだけで、いい加減なところが多いんだよな。

 ずっと国王がいなくて、みんなでちょっとした仕事をこなしてただけみたいだし……)


 ユーリはあきれたようにため息をついた。


(もう、何十年も放ったらかしなのかも知れないな。

 誰からも文句が出ないって、ある意味すごいな。

 平和だな、本当に)


 そして、彼は急に意思の強い瞳に変わって、


(でも、俺はもっとみんなの暮らしがよくなるようにしたい。

 だから、もっとみんなが幸せに暮らせる方法を考えないとな。

 それが国王の仕事だから。

 って、俺は国王じゃないけど……)


 リエラは考えごとをしているユーリを静かに見つめながら、


(何だか嬉しそうだね。

 あっちの世界にいる時よりも、生き生きしてる気がする。

 国王の仕事、ユーリに合ってるのかも知れないね)


 彼女は天井を見上げて、考えごとをし始めた。


(あっちの世界で国王みたいな仕事をするとしたら、どんなことが出来るんだろう?

 もしかして……)


 リエラは再びユーリに視線を戻し、


(それが、祐がバンドをやってる理由なのかな?)


 ユーリは足を組み替えて、窓の外を眺めて、


(これだけ国土が広いんだから、色々活用方法があると思うんだ。

 どうするかな?)


 彼は真面目な顔をして、全然違う方向へ思考が一気に飛んだ。


(それよりも、先にやらなきゃいけないことがあるな。

 寒さをどうするかだな……?

 そうだな……あれがこうで……それがああ……。

 だから、大きな暖炉作って、雪を溶かして……。

 雪崩が起きて、大洪水……)


 ユーリは自分のめちゃくちゃな思いつきに、ため息をついた。


(ダメだな、それじゃ。

 国交どころじゃなくなる。

 別の方法考えるか……そうだな……?

 やっぱり、他の国攻め落とすか。

 それが一番合理的だな。

 南側に今建ってる城にそのまま住めば、建設費もかからないし、寒さから解放される。

 いいな、それ)


 ユーリは単なる寒さ対策を、他国侵略にまで発展させていた。そして、嬉しそうに作戦を練り始める。


(どこから攻めるのがいいだろうな?

 宝石を産出する国に、色々な産業が盛んな国…………)


 ユーリは窓枠に視点を合わせて、軽く息を吐いて、


(今、攻め落とすのは非合理的だな。

 平和ボケしたジュレイテのやつらじゃ、無理だ。

 戦争じゃない方法を考えが方が合理ーー)


 彼はそこで何かに気づいて、首を傾げた。


(ん、変だな?

 ひとつ……いや、ふたつ足りない感じがする……?

 数が合わなーー)


 この世界の国の数を確認していると、


「準備が整いました、こちらへどうぞ」


 従者の声で、ユーリは我に返った。そして、彼は遠くを見つめて、さっき途中だった考えを、誰にも理解出来ないような納得の仕方、


(ふーん、なるほどな。

 ……あれがこうなんだな。

 だから、そうなのか)


 指示語だらけの、思考を展開した。


 

 川岸に案内されたユーリたちの前には、川面に浮かぶ小舟が一艘。それを見て、不機嫌王子は盛大にため息をついた。


(王族の扱いじゃないだろう。

 こんな小さな舟で、川を下るなんて……。

 何かあったら、どうするんだ?

 誰が、国王の仕事するんだ?)


 彼は城の方に振り返って、またため息。


(犬ゾリに、小舟……。

 ジュレイテ、金なさ過ぎだ。

 もうける方法、早急に考えないとダメだな)


 リエラは何も気にせずに、目をきらきら輝かせている。


(初めてだから、ドキドキするね。

 どんな感じなのかな?)


 ふたりが乗り込んだのを確認すると、従者は舟を岸から離した。川の流れはかなり速く、猛スピードで下り始めた。ユーリは水しぶきを浴びながら、珍しく目を輝かせ、


「すごいなっ!」

(ジェットコースターよりもスリル満点だ。

 これはこれでありだ。

 大きな船に買い替える必要なし。

 舟、新しく買い替えて、安全を確保出来たら、もうけられそうだな。

 いいな、それ)


 リエラは何も話さずに、なぜか舟底にうずくまっていた。


「…………」

(えっと……。ど、どうして、乗っちゃったのかな?

 ど、どうしようかな? あ、あの……)


 先走りで、落ち着きのないリエラが、船底にじっとしているのに気づいて、ユーリは声をかけた。


「どうした?」

(珍しいな、お前がじっとしてるなんて)


 リエラはおどおどしながら、


「……はっ、速いスピードで動く乗り物は……にっ、苦手……なんだよね」

(ダメなんだよね、ジェットコースターとか。

 落ち着かなくて、ドキドキするんだよね)


 ユーリは彼女の言葉を聞いて、あきれた顔。


(お前、自分のこと、本当にわかってないんだな。

 さっき、ソリは平気だっただろう?

 あれも相当スピード出てた。どういう、理屈だよ?

 でも……)


 彼は何かに気づいて、珍しく笑った。


(先走りなのに、早いものが苦手って……ぷぷぷっ。

 本当におかしなやつ。

 自分が落ち着いてないから、実際のスピードよりももっと早く感じるんだろうな)


「えっ、なっ、何?」

(笑ってるみたいだけど……)


 リエラはユーリに近づこうとして、立ち上がったが、


「うわっ!!」


 バランスをすぐに崩して、彼女は尻餅をついた。


「いたたたた……!」


 ユーリは彼女を見下ろして、さらに笑った。


(ぷぷぷっ。

 手離したら、転ぶに決まってるだろう。

 これだけ、不安定なんだから。

 お前、本当にバカだな。

 考えなしに行動してるから、そうなるんだ。

 でも……だから、いいのかも知れない)


 そこで、ユーリは今まで見せたこともないような優しい瞳に変わった。


(いくら考えてても、悪意からくる考えじゃ意味がない。

 何も考えてなくても、悪意を持っていないだけ……マシだな)


 リエラは船の縁をしっかりつかみながら、ユーリを不思議そうに見上げる。


「えっと………」

(何だか、さっきよりも嬉しそうなんだけど……。

 何かいいこと、あったのかな?)


 ユーリは右手を彼女の前に差し出して、偉そうに、


「ありがたく思え」


 リエラは差し出された手の意味を理解して、


「……あぁ、ありがとう」


 そして、彼女は彼の手をつかんで、そのぬくもりにぼんやりした。


(さっきより落ち着いたけど………何だか、ドキドキは変わらないね。

 でも、さっきと違うドキドキのような気がする……。

 何でだろう?)


 ユーリはリエラの手をしっかりつかんだまま、銀の髪をなびかせつつ、遠くを眺めた。


(お前には話した方が、いいのかも知れない。

 誰かが側にいる……。

 お前だったら、違う反応するのかも知れない。

 他のやつらとは違う反応を……するのかも知れない。

 ……わかってくれるのかも……知れない)


 お互いに対する感情が変化し始めたふたりを乗せて、舟はぐんぐん川を下っていった。

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