雪祭り
慌ただしく日付は過ぎていき、あっという間に一月一日ーー雪祭り当日。
ジュレイテ城の謁見の間。
国王に新年の挨拶をと、ひっきりなしに訪れる正装した人たちに、のんびり声をかけているカータと、その隣りで笑顔を向けているアイシスを、ジュレイテで新年を迎えた、リエラはそっとうかがっっていた。
(王様とお妃様の仕事って、なかなか大変なんだね。
同じ場所にじっとしてなくちゃいけないんだ)
また、先走り全開のセレニティス姫を置いて、国王のカータとは違い、堂々と椅子に座っているユーリは返事を返しながら、心の片隅で、別のことを考えていた。
(これは大丈夫。あっちはそうすれば、解決。で、それは……)
全ての人たちとの挨拶を終えた頃には、すでに昼食の時刻をオーバー。軽くお昼を食べた四人は休む暇もなく城の外へ。街の人たちや観光客に姿を見せるため、今度は大きなソリに乗り込む。
ユーリは見物している人たちに気づかれないよう、必死で寒さに耐えていた。
(金のため、金のため……。我慢だ、我慢。寒っ、寒っ!)
彼とは対照的に、リエラは小さな子供たちに笑顔で手を振っている。
(みんな、すごく元気だね)
嬉しそうに手を振り返す子供たちの服に、彼女の目は留まった。
(あっ、あれって……)
子供たちが着ている服には、雪の結晶の刺繍が綺麗に施されていた。
(あぁ、そうか。
だから、この前、ユーリ、急に好きなもののこと聞いてきたんだね。
みんなのお土産に使うためだったんだ)
リエラがユーリへ顔を向けると。そこには、寒さに耐えながら、珍しく嬉しそうな顔をしている彼がいた。リエラも自然と、笑顔になる。
(ユーリ、すごく嬉しそうだね。初めて見たな、こんな顔)
街の人たちを見渡しながら、ユーリは何かを再認識する。
(やっぱり、これでいいんだ。
誰が何と言おうと、俺はこれがいいんだ。
間違ってないんだ、自分のしてることは)
アイシスとカータはユーリの横顔を見つめて、同じことを思っていた。
(祐君が音楽をやってる本当の理由は、このためなのね)
(白石君が音楽をやっている理由が、わかった気がします)
小さな子供たちを眺めながら、リエラはアイシスに、
「可愛いね」
(手袋とかあんなに小さいんだね)
姉はにっこりと相づちを打った。
「そうね」
(みんな、本当に楽しそうね。これもユーリのお陰だわね)
「みなさん、あちらを見てください」
カータの言葉につられて、リエラとアイシスがそちらを見ると、そこには、雪を固めて形を整えたモニュメントが。リエラは目を輝かせて、
「うわっ、すごいね!!」
(綺麗だね。色んな形があるんだ)
アイシスはあごに人差し指を当てて、小首を傾げた。
「作るの大変だったんじゃないかしら?」
(ずいぶん数が多いわね)
カータが嬉しそうに、
「えぇ、一ヶ月以上も前から準備をしていたそうですよ」
(みなさんで協力して、がんばって作っていたようです。
この日を楽しみにしていたのが、よくわかりますね)
リエラは街の人々に、優しい眼差しを送る。
「みんな、がんばってたんだね」
(私たちがいない間も。
本当に楽しみにしてたんだ。
自分もがんばらなくちゃね、今日のダンス。
がんばるぞ、おぉっ!!)
楽しそうに話している三人の会話を聞きながら、ユーリの心は幸せで満たされていた。
(これでいいんだ、本当に。これで……)
そして、日も暮れて。メインイベントのダンスの時間がやってきた。
四人は街の中央広場へ案内された。そこには、豪華なステージがあり。その上で、すでに何組かの人たちがダンスを踊っていた。
それを見て、リエラは目をぱちぱち。
「あれ、この前来た時あったっけ?」
(前、街を観光した時はなかった気がするけど……)
ユーリは温かいお茶を飲みながら、
「作らせたんだ」
リエラは大暴投もせず、きちんと次の質問。
「いつから?」
「一ヶ月以上も前」
リエラはなぜか、ユーリの顔をまじまじと見つめた。
「えっ?」
「戻ってた」
ふたりの会話を側で聞いていた、アイシスとカータは微笑み合った。
(ふたりにしかわからない会話をするようになってきたわね)
(そうですね)
リエラはこう思っていた。『ユーリだけ、こっちの世界にいたの?』。
「えっと……」
(それじゃ、誰が作ったのかな?)
首を傾げたリエラ。その隣にいるユーリに、カータは問いかけた。
「以前、こちらへ来た時、城の方たちに頼んだのですね?」
「はい」
嬉しそうにうなずいたユーリに、アイシスは優しく微笑みかけ、
「さすがだわね」
(普段はぼうっとしてるけど、やるべき時はきちんとやるのよ。
それも、まわりがびっくりするようなスピードと正確さでね)
姉夫婦の言葉を聞いて、リエラは珍しくあることに気づいた。
「あれ、もしかしてーー」
(みんなを喜ばせようと思って、内緒にしてたの?)
ユーリは彼女の言葉の途中で、
「そうだ」
(当日まで教えない方が、喜びも増すだろう)
ステージを見つめつつ、カータは大いに感心。
「考えましたね」
(バンドをやっているユーリならではの案ですね)
「これなら、みんなにも楽しんでもらえると思って」
ユーリはそう言って、観客席を眺めた。
(観光客や一般市民を、城の中に入れるわけにはいかないからな)
アイシスは嬉しそうに相づちを打ち、
「そうね」
(みんなが楽しんでくれることが、何より大切なことだものね)
そして、彼女はあることをふと思い出し、ため息をついた。
「…………」
(でも……ユーリの踊ってる姿を撮れないのは残念だわ。
来年は、早めに準備しておかなくちゃいけないわね。来年……?)
アイシスがその言葉に引っ掛かりを覚えた時、曲が鳴り止んだ。彼女とカータが踊る番となった。カータは愛する人に手を優しく差し伸べ、
「それでは行きましょうか、アイシスさん」
(私たちもみなさんと一緒に楽しみましょう)
「えぇ」
(私たちも楽しみましょう)
アイシスが笑顔で答えると、ふたりは舞台へと上がった。心地よいワルツに合わせ、国王夫妻は楽しそうに踊り始める。リエラは舞台袖で、ふたりを眺めながら、ユーリに、
「素敵だね」
(お姉ちゃんたちを見てる人も、みんな笑顔だね)
「そうだな」
ユーリは素直にうなずき、みんなを嬉しそうに見渡し、
(この国には、資源や特産物はひとつもない)
銀色に輝く、三日月を見上げ、
(他の国とのつながりも、ほとんどない。
遊んだり、楽しんだりする機会も少ない。
だから、この雪祭りでみんなに楽しんでもらいたかったんだ。
そして……)
彼は再び、視線をステージへ落として、
(金稼いで、ジュレイテの国費にする。
それが、みんなの笑顔を増やすことになる。
みんなが幸せになることが、俺の幸せだから。
だから、そのためには、自分が出来る限りのことをする)
そこで、曲がふと鳴り止んだ。舞台袖に戻ってきたアイシスが、リエラとユーリに笑顔で、
「さぁ、あなたたちの番よ」
(あなたたちも楽しんでいらっしゃい)
ユーリはリエラに手を差し伸べ、
「ん」
(転ぶのと、ボケるの禁止)
セレニティス姫はジュレイテ王子の手を取って、元気よくうなずいた。
「うんっ!」
(がんばるぞ!)
ふたりが舞台に上がると同時に、軽快なワルツが奏でられ始めた。二度目ということもあり、リエラは素のままでもきちんとステップを踏んだ。ユーリは彼女と踊りながら、少しだけ微笑み、
(やっぱり、こっちの方が落ち着くな。
文化祭の時、何だかお前らしくなくて、変な感じだった。
これなら、楽しいな)
リエラは本当に楽しそうに、ステップを踏み続ける。
(文化祭の時は、役になってたから、楽しかったかどうかわからなかったけど。
今日はすごく楽しいね)
そうして、ふたりは自然と見つめ合い、
(ずっと、こうしてたいな)
(ずっと、こうしてたいね)
同じ空気に包まれ、クルクルと踊り続けるが、音楽は鳴り止み、会場からたくさんの拍手が聞こえてきた。ふたりは一気に現実に引き戻され。手を離した瞬間、ユーリとリエラは違和感を抱いた。
(ん?)
それを見ていたアイシスとカータは、目配せをし合い、
(ふたりとも、相手の大切さに気づいたかしら?)
(そうかも知れません)
舞台袖にユーリとリエラが戻ってくると、急にあたりが暗くなった。リエラはそれに反応し、びっくりして、
「な、何!?」
(く、暗くなった気がするよ)
「上」
ユーリは空を見上げ、
「上?」
リエラの瞳も同じように上空へ向けられた時、ドーンという音と共に一筋の光りが空へすうっと上り、大きく可憐な円を描いた。
色とりどりの光に照らし出された、リエラの顔に笑みが浮かぶ。
「わぁ、花火だ!」
ユーリにも同じ光が降り注ぎ、素直につぶやいた。
「綺麗だな」
(準備、間に合ってよかったな)
街の人たちの歓声に耳を傾け、彼は幸せそうに微笑む。
(これでいいんだ、本当に)
リエラは彼の横顔を見つめ、
(ユーリ、また嬉しそうな顔してるね。
よかったね、みんなが喜んでくれて)
ユーリの脳裏にあることが浮かび、瞳の意志の強さが少しだけ揺らいだ。
(誰が……何と言おうと、自分はみんなの笑顔を見たいんだ。
それが、本当に自分が心の底から望んでることなんだ。
だからーー)
【切なる想い】
そこで急に、彼の思考回路に、別の何かが割って入った。
『わかってくれる人なんて……他に誰もいないのに……』
隣にいるリエラに、ユーリは顔をすうっと向けた。
「…………」
(わかってくれる人……)
彼の視線に気づいたリエラのブルーの瞳が、いつもとは違う、陰りのあるスミレ色の瞳を見つけた。
「…………」
(どこかで見た気がする……こんな淋しそうな目を。どこでだろう?)
その瞬間、リエラの心の中に優しく凛とした声が響いた。
『なんてことでしょう。……とは、私は許せません。……。自ら、この呪いを解く意志があるのなら、その機会と方法を与えましょう。今から五千年後に……うでしょう。……十八の誕生日までに……』
ユーリとリエラは不意に魂の奥底で、何ともいえない切なさを覚え、
『離したくない……もう二度と離したくない』
自然と相手に手を伸ばした。次々と上がる花火の光に、手をつないだふたりの姿が照らし出された。




