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Legend of kiss1 〜雪の王子編〜  作者: 明智 倫礼
26/55

月と雪

 明けて、翌朝ーー

 ジュレイテ国王夫妻の配慮通り、ユーリの隣りの部屋でリエラは目を覚ました。朝食を取るため廊下へ出ようとして、


(ふふ〜ん♪ お腹、空いたなぁ。今日は、何ーー)


 扉を閉めると同時に、ユーリがちょうど部屋から出てきた。屈託のない笑顔で、リエラは元気に、


「おはようっ!」

(何だか面白いね。朝から、同じ家にいるなんて)


 複雑な心境のユーリは、ため息まじりに、


「……おはよう」

(お前、本当に気にしてないんだな)


「ユーリも、朝ご飯食べにいくの?」

(お腹、空いたよね?)


 お子様な幼なじみに、ユーリはあきらめて、短く相づち。


「ん」

(珍しく、正解)


 ふたりは朝食を取るため、一緒に廊下を歩き出した。隣りを歩くリエラを、ユーリは横目で見つつ、


(……変な感じだな。朝から同じ家にいるなんて……。

 小さい頃でも、こんなことなかったのに……)


 うかがわれているリエラは、窓の外をウッキウキで眺め、


(何だか、文化祭の準備みたいだね。

 それも、泊まりがけで……楽しみだなぁ)


 キラキラと差し込んでくる、朝日に目を細める。


(昨日は、昼間も雪降ってたけど……今日は天気がいいんだね。

 街の人たちも準備するの大変じゃなくて、よかったね。

 よし、たくさん食べて、がんばって準備しよう! おぉっ!)


 妙に張り切り出したリエラの隣りで、ユーリはぼんやり歩いていた。


(昨日……こいつのことが気になって、なかなか眠れなかったんだ。

 でも、いつの間にか眠ってて……)


 そこで、彼は少しだけ首を傾げた。


(……不思議なんだ。

 今までで、一番よく眠れた感じがする。

 ……何が原因なんだ?)


 ユーリの瞳に、真っ白な輝水山が飛び込んできた。


【ふたつの使命】


 彼の思考は急転する。まるで誰かに答えを見つけ出せないよう操作されているかのように。ユーリの脳裏に、自分と同じ銀の髪を持つ、背の高い人の面影がふと浮かんだ。


(今日も、兄さん発掘にもう行ったんだろうな。

 この世界にいない間も、発掘に行ってる兄さんの代わりに、俺がずっと国王の仕事してたんだろうな。

 だから、疲れてぐっすり眠れたのかも知れないな)


 彼はため息をつき、


(俺、働きすぎかも知れないな。はぁ〜。でもな……)


 視線をすっと上げた彼の瞳が、幸せ色に染まってゆく。


(あと一週間しかないから……休むわけにはいかないんだ。

 そういえば……あの中央の広場ーー)


 さっきからずっと黙り込んでいた彼に、リエラがふと、


「ユーリ、何だか嬉しそうだね」

(向こうの世界にいる時より、楽しそうな気がする)


 彼は面倒くさそうに、


「……ん」

(考えごとしてる時に、話しかけるなよ。今、いいところなんだ)


 不機嫌な幼なじみを前にして、リエラは優しく微笑んだ。


(本当に楽しそうだね。

 何だか、こうやってユーリと話したりするのいいね)


 彼女につられるように、ユーリも珍しく微笑んだ。


(どうしてだかわからないけど……いいな、こういうの。

 何だか、いい考えが浮かびそうな感じがする)



 朝食後。

 それぞれの仕事に取りかかるため、ふたりは別行動となった。


 ユーリは会議室で、部下たちの報告に耳を傾けていた。


「広場の準備は、順調に進んでおります」


 部下の報告に、ユーリは無表情のまま、短く。


「そうか」

(こっちはオッケー。じゃあ……)


 別の部下へ、ユーリは顔を向ける。


「そっちは、どうなった?」


 部下はにこやかな笑顔で、


「大丈夫でございます。当日のその時刻には、ユーリ様の指示通り、そろえることが出来ます」

「そうか」


 何気ない返事をすると、すぐにユーリの瞳はぼんやりし始めた。


(それもオッケー。そうだな……あれがこうで、それがああだから……?)


 部下を見渡して、国王代理ーーユーリは指示を出し、


「明日までに観光客向けの商品を、一人ひとつずつ考えてきてくれ」

(さらに、もうけを増やす)


 部下たちははっとし、大きくうなずいた。


「かしこまりました」

(さすがユーリ様でございます、私たちが誰も気づかないことをご指摘して下さるとは)


 さっと席を立ち、ユーリは態度デカデカで、


「じゃあ、解散。お疲れ」


 超・合理主義者の王子は、無駄な時間は必要ないとばかりに、誰よりも先に部屋を出て行った。

 扉がパタンと閉まると、部下たちは意味あり気に顔を見合わせた。


「今朝、リエラ様と仲良く食堂に来られたと聞きましたが……」

「やはり、愛の力は偉大でございますね」


 幸せそうな空気が会議場に広まった。



 寒い廊下を歩いてゆくユーリは、自分自身の異変を感じていた。


(今日は頭が冴えてるな。

 ふーん、なるほどな。

 俺、やっぱり金もうけのことになると、頭がよく働くんだな。

 今日、改めて実感した)


 そこで、ユーリに幼なじみの姿が浮かんだ。


(そうだな……あいつにも俺の計画に参加させてやる。

 ありがたく思え)


 すっと行き先を変え、リエラのいる部屋を探し始めた。


 

 ユーリが会議をしている間、リエラは当日の衣装合わせをしていた。


 ダンスをする時のはもちろん。朝、昼、夜、パーティ用と、数え切れないほどのドレスを着ては脱いでの繰り返し。その間、先走りのリエラは、ある問題に直面していた。


(姫さまって、大変なんだね)


 ドレスの裾を持ち上げ、鏡に映った自分の姿を眺め、難しい顔をする。


(歩きづらいんだよね、これって。

 早く先に行きたいのに、行けないんだよね。

 んー……何かいい方法はないのかな? あ、わかった!)


 そして、先走り少女は、姫さまとしてあるまじき行為に出た。ドレスの裾をひざよりも上になるように思いっきり引き上げ、


(こうすればいいんだ。これなら歩きやすいね。ふふ〜ん♪)


 何ともハレンチな格好で、扉へ向かい始めた姫に、召使いたちはびっくり仰天。


「っ!?」

(リ、リエラ様!?)


 彼女らの一人が慌てて引き止め、


「リ、リエラ様! ど、どちらへ行かれるんですか?」

(部屋からお出になるように見えますが……)


 ぱっと振り返った姫の表情は、きょとんとしていた。


「えっ?」

(歩きやすいか、廊下を歩いて、試してみようと思ったんだけど……)


 話が通じていないのを見て取った召使いは、姫の行動をさりげなく阻止。扉とリエラの間に割って入り、


「そ、そろそろ、お茶の時間にされてはいかがですか?」

(そちらの格好では、男性の方々が目のやり場に困ります!)


「あぁ、そうだね」

(お茶飲みたいね。お腹も空いたしね)


 リエラはすんなり納得し、ドレスの裾をすとんと下へ降ろした。



 召使いの提案通り、リエラは自室で、立ち上るお茶の香りを楽しんでいた。


「おいしいね。ふふ〜ん♪」


 カップに口を付けると、扉をノックする音が。


「はい?」


 かちゃっと開き、アイシスが顔をのぞかせた。


「どう、終わった?」

「うん、全部着たよ」


 屈託のない笑顔で答えた妹へ、アイシスは近づき、


「そう。私も今、終わったところだから、一緒にお茶してもいいかしら?」

(あなたに……聞きたいことがあるのよ)



 召使いが王妃のお茶を用意している間、リエラの頭の中はドレスのことでいっぱいだった。


(ドレスの裾って、全部長いんだよね。困ったなぁ。

 当日、転ばないように気をつけないといけないね。

 それとも、短く切ってもらった方がいいのかな?

 その方が、歩きやすーー)


 お姫様のドレスを、ミニスカートにしようとしているリエラの隣りから、ふと姉の声が。


「何だか、懐かしい感じがするわね」

(こうやって、ここであなたとお茶するのも)


 我に返り、リエラは、


「何が?」

(懐かしいって、言ったよね?)


 珍しく大暴投しなかった妹の横で、アイシスはあごに人差し指を当て、小首を傾げ、


「何が……とは、はっきり言えないけど……。そうね、全体的にかしら?」

(物や人だけじゃなくて、色々な出来事まで、同じことが前にもあった気がするの)


 お菓子でいっぱいの口を、モグモグとリエラは動かしつつ、


「……ふーん」

(おいしいね、これ)


「そのひとつに、ユーリとあなたの結婚もあるのよね」

(この話も、前に聞いたことがある気がするの)


 姉の発言に、リエラはびっくりして飛び上がった!


「えぇっっっ!?」

(け、結婚はしないよ!?

 ユーリに聞いたら、結婚の約束はしてないって言ってたから……)


 いつも通り大げさなリアクションをした妹へ、アイシスは真剣な眼差しを向けた。


「…………」

(……ふたりとも、結婚したくないって言わないの。

 ユーリもリエラも、重要なことはきちんと意思表示するでしょ。

 それって、自ら望んでるってことじゃないかしら?

 それにーー)


 ティーカップを手に取り、アイシスは話を続ける。


「ふたりが結婚した方がいい気がするの。なぜかしらね?」

(あなたとユーリが結婚するのを、私もカータさんも強く望んでる感じがするの。

 自分の知らない、どこか心の奥底で……)


 姉へ顔を向け、リエラは珍しくまともなことを言った。


「それは、お姉ちゃんが美少年好きだからじゃないの?」

(お姉ちゃん……ちょっと、様子が変だね)


 一気に、アイシスはハイテンションになった!


「確かにそれはあるわね。ユーリは超がつくほど美少年だものね♡」

(最近、一緒に過ごせる機会が多いから、幸せで仕方ないわね。きゃあ♡)


 いつものきゃぴきゃぴした姉を見て、リエラはほっと胸をなで下ろした。


(やっぱり、気のせいだったんだね。そうだよね。

 美少年好きのお姉ちゃんなら、それが理由だよね)


 アイシスはすっと真顔に戻り、妹を横目でうかがう。


(あなた、さっきから一度も聞き間違ってないわね。

 普段はまともに返事が返ってこないけど。

 重要な話をしてる時は、あなた、きちんと返事を返してくるのよ。

 やっぱり……重要なことなのね。

 私があなたに聞きたいと思ってることは)


 そして、アイシスは突然、核心へと迫った。


「あなた、何か知ってるんじゃない?」

(あなた、誕生日から様子がおかしいのよ。何かあったんじゃない?)


 急変した姉の態度に、リエラはぴたっと固まった。


「え………」

(やっぱり、お姉ちゃん、様子が変だ。どうしたんだろう?)


 そして、暖炉のごうっと燃える音だけになった。不意に静かになった部屋で、妹の返事を待ちながら、アイシスはある記憶をたどり始めた。


(世界を移動してることと、あのことは関係してる。

 それは、わかるの。

 でも……何を意味してるのかわからないのよ。

 それに、誠矢は何か知ってるみたいだったでしょ?

 だから、あなたと誠矢しか知らない何かがあるんじゃないかって思ったのよ)


 ティーカップへと向かっている、リエラの瞳はぼんやりしていた。


(小さい頃から自分が死んでいく夢は何度も見てたけど、誠矢にしか話したことないんだよね。

 あの夢で聞いた声の内容、言った方がいいのかな?)


 揺らいでいる妹の瞳をうかがいながら、アイシスはクッキーを口へ運んだ。


(やっぱり、誠矢にしか話してないことがあるのね。

 小さい頃から、あなた時々様子がおかしいことがあったものね。

 それを、誠矢は知ってるみたいだったし……)


 いつまでも話そうとしない妹から視線をそらし、アイシスは軽く息を吐いた。


(でも……心配なのよ。

 あなた、七月七日の朝から、考えごとすることが多くなったじゃない?

 何か、その時から新しい問題が出てきたんじゃないかしら?)


 ティーカップをぎゅっと握りしめ、リエラは、


(夢の中の声のことは、誰にも言ってないんだよね。

 誰かに言った方がいい気がするけど……)


 顔をすっと上げ、リエラは姉の瞳をじっと見つめ返した。


(でも……それは、お姉ちゃんじゃない気がする。別の誰かーー)


 扉をノックする音で、姉妹の沈黙は破られた。リエラは我に返り、


「はい?」

「俺」


 不機嫌な声を聞き、リエラはすっと立ち上がった。


「あぁ、うん」

(ユーリもお腹空いたのかな?)


 彼は素早く部屋へ入り、


(廊下、寒っ!)


 何の前置きもなしに、ボケ姫にいきなりこんなことを聞く。


「お前、好きなもの、何?」


 当然、聞かれたリエラはぽかんとし、


「え……?」

(好きなもの?)


 ユーリはすぐさま不機嫌な顔になり、


「いいから、答えろ」

(ちゃんと通じてるんだから、考えるなよ。時間ないんだ)


 スミレ色の瞳をまじまじと見つめ、リエラは戸惑い気味に、


「……あぁ、うん。……食べ物とか飲み物かな?」

(おいしいものは、色々好きだよ)


「どんなやつ?」

(なるほどな。

 だから、お前、食べ物に聞き間違えることが多いんだな)


 ユーリは幼なじみの受け答えに、顔色ひとつ変えず納得した。


「そうだね……?」


 考え出したリエラの視界に、テーブルに乗ったティーカップが入った。


「あっ!」


 ぱっと手に取り、笑顔で、


「これとか好きだよ」

(これ、本当においしいんだよね。

 お菓子屋さんで飲ませてもらったやつ。

 ジュレイテの名物なんだよね)


 ユーリはぼんやりまなこで、気のない返事。


「ふーん」

(そうか。お前、時々使える)


 リエラは不思議そうに首を傾げ、


「ん……?」

(ユーリ、何か考えごとしてるのかな?)


 幼なじみの視線など意に介せず、ユーリはぼんやりしたまま、


「他には?」

(それだけだと、俺がここまで来た労力にしては、情報が少な過ぎる。

 だから、もっと出せ)


 態度デカデカの王子の前で、天井を見上げ、リエラはのんびりと、


「んー……小物かな?」

(ユーリ、可愛い小物好きだよね?)


 なぜか、セレニティス姫は自分の好きなものではなく、ユーリの好きなものを応えていた。それを別に気にした様子もなく、ユーリはさらに、


「どういうやつ?」

(ふーん。俺、可愛い小物、結構好きなんだ。お前、よくわかってる)


「雪だるまの置物とか……」

(ユーリが買ってたの、覚えてるよ)


 彼はぼんやりしたまま、ただ相づちを打った。


「ふーん」

(あれ、机の上にちゃんと飾ってある。

 仕事する時、あれを見ると幸せな気持ちになるんだ)


 そこで、リエラは自分が同じ時に買ったものをふと思い出した。


「あぁ……。あと、雪の結晶が刺繍されたコースターかなぁ」

(ジュレイテらしいよね、あれも。


 お茶飲む時、すごく幸せな気持ちになるよ)


「ふーん」

(あれか)


 短く返事をし、ユーリは考え始めた。


(そうだな……?

 その三つなら、一週間で間に合うかも知れないな。

 あとで、数を確認して……)


 さっきから黙って、ふたりのやり取りを見守っていたアイシスは、優しく微笑んだ。


(ふたりにしか出来ない会話だわね。

 ユーリも自分の買ったものを忘れてたのよ。

 でも、リエラがユーリの好きなものの話をして、思い出した。

 ユーリが望んでいた以上の答えを、リエラは自然と返した。

 本当に仲が良いわね)


 突っ立ったまま考え込んでいる銀髪の人に、リエラは、


「ユーリ、お茶は?」

(このクッキー、おいしいよ)


「ん」

(お前、気が利く。甘い物、欲しいと思ってたんだ)


 ユーリがソファへさっと腰掛けると、召使いが給仕し始めた。仲良くお茶し始めた妹と義弟を残し、アイシスは静かに立ち上がった。


「それじゃ、私は戻るわね」


 リエラは顔を上げ、元気にうなずく。


「うん」

(お姉ちゃんは、何か仕事があるんだね)


 アイシスはドアノブに手をかけ、リエラとユーリを背中で感じる。


(ふたりでしか解決できないことなのかも知れないわね。

 それなら、あなたたちから相談されない限り、私たちは見守っていた方がよさそうね。

 何か困ったことがあったら、いつでも相談しに来なさいよ。

 そのために、私たちはいるみたいだから)


 アイシスが部屋から出ていくと、ユーリは重大な間違いを冒してしまったことに気がついた。


(俺、いつの間にかリエラの部屋訪ねてる……。

 絶対、訪ねないって決めたのに……。

 それも、ふたりきりになってる)


 窓の外へ目を向け、足を組んだ。


(まぁ、いいか。

 まだ昼間だし、取り消すの面倒だしな。

 それに、ジュレイテの国費を稼ぐには、今は糖分補給が最優先だからな)


 こうして、リエラがボケては、ユーリが放置するという時間が流れていった。

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