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Legend of kiss1 〜雪の王子編〜  作者: 明智 倫礼
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ダンスレッスン

 学園演劇のダンスのことで、頭がいっぱいだった亮は、あまりよく眠れないまま朝を迎えた。


「ん……もう朝?」


 あくび交じりで言い、目をゆっくり開けーー

 ワンテンポ遅れで、大声を上げた!


「えぇっっっ!?」


 勢いよく布団をはねのけ、もう一度大声で、


「う、海!?」


 目をこすって何度も確かめるが、眼前に広がる景色は、青い光が揺らめき、いくつもの泡がのぼってゆくーー海。


「や、やっぱり……海だ」


 泡を目で追いかけ、上からの眩し光りに目を細めた。


「また、来ちゃったんだ……」


 自分ではどうすることも出来ない運命を目の当たりにし。足元へ視線を移すと、魚のウロコと尾ひれが。


「また、人魚なんだ」


 首を傾げ、難しそうな顔をする。


「どうして、こうなってるんだろう? 何で、勝手に移動しちゃうのかな? どうしてーー」


 そこで、リエラの脳裏にジュレイテの三人が浮かんだ。


「みんなも来てるのかな?」


 窓の外を見ようとすると、ドアがノックされた。


「はい?」

「姫さま、お目覚めですか? 朝食のご用意が出来ましたが」


 前回来た時と同じ声が響いた。


(また、心配かけちゃいけないからね。ちゃんと返事はしないと……)


 リエラは前回、何かやらかしたらしい。そしてまた、姫なのに懲りずに丁寧語で、


「あ、はい。わかりました」


 言葉遣いを間違っている姫の部屋の前で、召使いはため息をつき、ドアから遠ざかっていった。

 鏡の前へ行き、リエラは髪を整え始める。


「んー……どうしてかな? んー……何でだろう? んー……どうなってるんだろう?」


 ブラッシングしながら、ずっと考え込んでいたが、世界を移動している理由はまったく浮かんでこなかった。ドアへくるっと向き直り、リエラらしい決断を下す。


「考えてもわからないことは、考えないことにしよう。うん、そうしよう」


 大きく首を縦に振ると、


「とにかく、朝ご飯だね!」


 スイスイ〜っと扉の方へ泳いでいき、


「今日は何かな? ふふ〜ん♪」


 食べ物を頭に色々浮かべながら、リエラは勢いよく部屋を飛び出した。



 朝食をたっぷり取ったリエラは、再び部屋へ戻ってきていた。


「今日は何もないんだね」


 落ち着きという言葉を持ち合わせていない彼女は、部屋の中をウロウロ、ウロウロ。


「何かやることないかな?」


 窓枠に手をかけ、色とりどりの魚たちが泳ぐ様をキョロキョロ眺め、


「外に行こうかな? そういえば……!!」


 ある疑問が浮かび、リエラは部屋の方へ振り返った。


「海の中に他にも国ってるのかな? 陸の国って、ジュレイテだけなのかな?


 鏡に映った自分の姿をぼんやり見つめ、


「人魚がいるってことは、他の生物もいるのかな? んー……どうなんだろう? 調べてみないとわからないね。本とかあるかな?」


 あたりを見渡して、首を傾げる。


「でも……濡れちゃうよね?」


 そこで、リエラの視界にテーブルの上にあった、雪の結晶をかたどったものが飛び込んできた。


「そうだ! ジュレイテで買ったコースターは濡れないって、お店の人が言ってたから。本もきっと大丈夫だよ」


 ドアの方へしゅっと近づく。


「じゃあ、図書室、見つけないと。よし、行こう!!」


  勢いよくドアを開け、ビューっと廊下を泳ぎ出した。そして、ジュレイテ城の二の舞いになる。


「あれ、図書室はどこ?」


 人気のない廊下に、リエラの声がこだました。長い廊下をしばらくウロウロしていると、一人の召使いと出くわした。リエラは屈託のない顔で、さっそく、


「あの、図書室ってどこかな?」


 今度はきちんと姫として聞けたが、召使いは戸惑い気味に、


「図書室の……場所でございますか?」

(リエラ様……また、何かの言い間違いでございますか?)


 言い淀んだ召使いの前で、


「うんっ!」


 元気よくうなずき返した姫に、召使いは複雑な表情になった。


「リエラ様……どこか具合でもお悪いのですか?」

(言い間違いでないとなると……頭をどちらかにぶつけられたんですか?)


 リエラは喜ぶのを止め、きょとんとした。


「え……?」

(具材? 何で、そんな話になったのかな? 料理の本は探してないんだけどなぁ)


 大暴投している姫に、召使いは気の毒そうに眺めた。


「図書室の場所をお忘れになるなんて……」

(まだ、お若いのに……)


 リエラは珍しく、召使いが何を言わんとしているのか気がついた。


(あぁ、そうだった。ここ、自分の家なんだよね。だから、場所知らないなんておかしいんだ)


 考えるために、姫は天井を穴があくほど見つめる。


(どうしようかな? 誰にも聞けないね。んー、どうやって見つけよう?)


 その横顔を、召使いは心配そうに見つめていた。


(姫さま、図書室は屋根にはございません)


 そこで、奇跡が起きる。不思議なことに、リエラは今いる廊下へと続く、図書室までの道筋を思い出した! 


(あっ、わかった! あそこだ! よし、さっそくーー)


 先走りの姫が泳ぎ出す寸前、


「リエラ様っ!」


 別の召使いの声に、スタートをくじかれ、リエラと彼女の側にいた召使いは、同時に振り返った。


「え……?」


 大慌てで近づいてきた召使いは、息も絶え絶えに、


「つっ……使いの者が……ジュ……ジュレイテから戻りまして……」


 胸を押さえつつ、ぜーぜーと息をしながら、


「……ア……アイシス様が至急、お会いしたいとのことです!」


 そこまで、召使いが一気に告げると、


「お、お姉ちゃんが!?」

(た、大変だ!! 早く行かなくちゃ!)


 リエラはびっくりして飛び上がり、大急ぎで玄関へ泳いでいった。彼女が人魚でなければ、足がクルクルと縦回りに回転していたであろう。


 呼びに来た召使いは息を整える暇もなく、姫のあとを追いかける。


「リ、リエラ様っ!」

(また、お一人でお出掛けになるおつもりですか!?)


 嵐が過ぎ去ったあとのように静まり返った廊下に、一人取り残された召使いはあきれたようにため息をついた。


「あのような言い方をすれば、こうなることは目に見えています。仕方がありませんね。あちらを発令いたしましょう」


 召使いが決心すると、従者がちょうど通りかかった。


「どうかしたんですか? 今、姫さまと召使いの方が、ものすごい勢いで去っていきましたが……」


 召使いは真摯な瞳で、


「作戦Gでお願いします」

「わかりました」


 従者は少しだけ笑い、リエラたちが去っていった方向とは違う方へすうっと泳いでいった。



 それから、数分後ーー

 脱走する気のないリエラは、バカ正直に城の玄関から外へ出ようとして、そこで待ち構えていたーー作戦Gを遂行した数名の従者によって、いともあっさりと捕獲されてしまった。


 自室に連れ戻され、リエラは落ち着かない様子で部屋を行ったり来たり。


「まだかなぁ。姫さまって、一人じゃ出かけられないんだね。知らなかったなぁ」


 まだまだ姫さま生活には慣れないリエラは、窓枠に手をかけ、はるか遠く、ジュレイテ王国に想いを馳せる。


「どうしたんだろう? お姉ちゃん。急に呼び出すなんて……」


 召使いがリエラに言伝ことづてをしてから、約三時間後ーー

 ジュレイテ城の地下水路に、リエラたち一行は到着した、セレニティス姫はうやうやしい出迎えを受けた。急いでいたわりには丁寧な対応で、リエラは違和感を持ちながら、ジュレイテ城の廊下を歩いていた。案内をしていた召使いが、不意に立ち止まる。


「こちらでございます」


 指し示された扉を見て、リエラはさらに首を傾げた。


(あれ、ここって……この間、パーティした部屋だよね? どうして、ここなのかな?)


 開けられた扉から、リエラが一歩中へ入ると。

 そこにはーー

 いつも以上にハイテンションなアイシス。

 ものすご〜く不機嫌なユーリ。

 特に大ピンチでもないふたりの様子に、リエラはほっと胸をなで下ろした。


(やっぱり、みんなも来てたんだ)


 しかし、部屋の中は彼らだけではなかった。予想外の人たちを見つけ、セレニティス姫は不思議がる。


(何で、楽団の人たちもいるのかな? また、パーティでもあるのかな?)


 入ってきた妹を見つけ、アイシスはぱっと近づき、


「来たわね、待ってたわよ」


 姉にぐいっと手を引っ張られ、リエラは、


「きゅ、急用って、何?」

(大変なことがあったのかと思ったけど……何だか違うみたいだね)


 ユーリの側まで妹を連れていき、アイシスはリエラへ振り返った。


「ダンスよ」


 切ない瞳をして、ユーリはため息をついた。


「…………」

(何で、こっちに来てまで、ダンスなんだ。はぁ〜……)


 リエラは彼を気にかけながら、姉に、


「ダ、ダンス?」

(ユーリ、どうしたのかな? 元気ないみたいだけど……)


 アイシスは嬉しそうに、胸の前で両手を組み、


「そう、ユーリと踊るの」

(素敵すぎて、どうかしそうだわね)


 姉のハートマークになっている目を見ながら、妹は、


「あぁ……よかったね、お姉ちゃん。ユーリとまた踊るんだね」


 アイシスは組んでいた手を解き、ちょっとテンションダウン。


「違うわよ、あなたとユーリが」

「え……?」


 一瞬固まったリエラは、大暴投したのかと思いきや、珍しくはっきりと聞き返した。


「でも、ないかも知れないよね?」

(文化祭は、もうないよね?)


 あごに人差し指を当て、アイシスは小首を傾げる。


「あら、どうして?」

(おかしいわね。今日、呼んだ理由を知らないはずなのに、あなたがそんなこと言うなんて)


 どうやら話がズレている姉妹の間で、ユーリはため息をついた。


「…………」

(この先、どれくらい話が続くんだろうな)


 姉に聞き返されたリエラは一瞬驚き、


「えっ?」


 また、しっかりと話し出した。


「一週間しかなかったんだから、元の世界に戻る頃には文化祭終わってるよね?」

(がんばるって決めたけど、過ぎちゃうんじゃ仕方ないよね)


 テキパキと説明した妹の言動に、アイシスは言葉をなくした。


「…………」

(あなた、どこかに頭ぶつけたんじゃない? あなたがそんな発言するなんて……)


 ユーリは窓の外に視線を向け、


「…………」

(ふーん。だから、ジュレイテ、今日も雪降ってるんだな)


 明日雪降るかもみたいなことを、不機嫌王子は思った。ふたりの反応がないので、リエラは目をぱちぱちさせ、


「ん……?」

(何か間違ったかな? んー……? あっ、わかった!)


 そして、せっかくまともだった会話を破壊した。


「ジュレイテでも、文化祭やるんだね」

(『人魚姫』やるんだね、こっちでも)


 自分の発言に、リエラは首を傾げた。ここまでくると、めちゃくちゃにもほどがある。


(あれ? お城で……文化祭? 何だか変だね……ん?)


 さらに遠くへ行きそうな幼なじみには手を貸さず、ユーリはユーリで、ぼうっとし始めた。


(ジュレイテで文化祭……。そうだな……あれがこうで、それがああだから……?)


 彼は突然、ぼそっと呟いた。


「いいな、それ」

(金もうかるかも知れない。でも、ちょっとやり方考えないとな……どうするかだな……?)


 別々の方向へ旅立っていったふたりの間で、アイシスはため息をついた。


「…………」

(心配だわ、ふたりできちんと恋愛出来るのか。仕方がないわね、話を元に戻すわよ)


 気を取り直して、アイシスがキャピキャピで、


「『雪祭り』って言って、昔から続いている新年を盛大に祝うイベントがあるらしいのよ」

(ちょうどいい時に、こっちに来たわね。このイベントを期に、一気に恋人同士まで持っていくわよ)


 姉は美少年獲得に未だ懸命だった。我に返ったリエラは、きょとんとした。


「え……?」

(えっと……それとダンスが関係する……? んー……難しいなぞなぞだね)


 十七年間、宇宙一の天然ボケと一緒に暮らしてきた姉は、しっかり訂正。


「なぞなぞじゃないわよ」

(あなた、わからないことはすぐ、なぞなぞにしちゃうんだから)


「えっと、じゃあ……?」

「年に一度のお祭りだから、花を持たせようということになって、婚約者のふたりがダンスを披露するのよ」


 重大なことをさらりと告げて、アイシスはステップを踏む仕草をした。自分たちの側に控えている部下たちに、ユーリは疑いの眼差しを放つ。


(いない間に、『婚約者』になってたんだ。

 誰か後ろ盾してるやつがいるんだ。

 そうでなきゃ、こんなスムーズに話が進むわけがない。

 誰だよ?)


 策略が動いているとは知らず、リエラはうんうんうなずきながら、問題発言。


「あぁ、お姉ちゃんとユーリが踊るんだね」

(それで、お姉ちゃんさっきから嬉しそうだったんだ)


 ユーリはびっくりし、息をつまらせた。


「っ!」

(なんで、俺と義姉ねえさんが婚約者なんだ!)


 アイシスはあきれたため息をつき、


「…………」

(あなた、それじゃ、昼のメロドラマも真っ青な展開だわ)


 そして、速やかに訂正。


「違うわよ、婚約者のあなたとユーリが踊るのよ」

(あなた、『婚約者』だけ都合よく聞き逃してるわよ)


 うなずくのをぴたっと止め、リエラは、


「え……?」

(こんやくしゃ……婚約者……!!)


 素早く漢字変換され、大声と共に、大きく飛び上がった!


「えぇっっっ!?」


 大理石の床へ降り立ち、ユーリへ恐る恐る顔を向けた。


「…………」

(けっ、結婚の約束したってことだよね? 婚約って)


 視線だけで聞いてきた幼なじみに、彼は盛大なため息だけ返した。


「…………」

(あってる)


 シャンデリアを見上げ、リエラは記憶をたどり始める。


(あれ……約束したのかな? んー……?)


 彼女の顔がそこで、ぱっとほころんだ。


(あぁ、知らないうちにしたのかも知れなーー)


 ありえない改ざんをしようとした幼なじみ。その行動パターンのほとんどをインプットしているユーリが、手堅く阻止。


「してない」

(なかったこと、あったことにするなよ)


 はっとし、リエラは、


「あぁ……そうだよね」

(やっぱりしてないよね)


 別の違和感を抱き、首を傾げ始めた。


(あれ……? でも、今、お姉ちゃん、『婚約者』って言ったーー!!)


 姉の重大発言をやっと飲み込め、天井のシャンデリアにぶつかるのではないかというくらい、リエラはびっくりして飛び上がった!


「えぇっっっっっ!?!?!?!?」

(な、なんで、ユーリと結婚することになったの!? この間は、恋人同士だった気がするけど……)


 その反応に、ユーリはあきれた。


「…………」

(今頃、気づくなよ。どういう順番だよ?)


 壊れた人形みたいに口をパカパカさせているセレニティス姫に、楽団の人たちは不思議そうな顔をする。


(リエラ様は、なぜ驚かれていらっしゃるのでしょうか?)


 ユーリとリエラを気にも留めず、アイシスがウキウキで、


「素敵じゃない? カータさんが提案したのよ♡」

(これで、祐君が本当の義弟おとうとになる日も近いわね)


 リエラは開いていた口をぴたっと閉じ、もう一人の姿がさっきから見えないことに気づいた。


「あれ、そういえば、カータさんは?」


 それを聞いたアイシスは、すぐさまテンションダウン。


「それが、朝起きたら……」


 外に目をやり、ユーリが義姉のあとを続けた。


「道具持って、出かけたんだ」

(ものすごい勢いだった。本当に人が変わってた)


 背の高い山を眺め、リエラは、


「輝水山に?」

「あぁ」

(お前がたまにまともでも、もうお手上げだ)


 研究者魂に火がついた兄を目の当たりにしたユーリは、大きくため息をついた。アイシスは輝水山へ優しい眼差しを向け、


「国王の仕事より、地質学が好きなのね……」


 姉の言葉に、リエラは激しく目をぱちぱちさせた。


「国王……? あれ、カータさん、王子様じゃなかったっけ?」


 そこへ、ユーリの指摘が、


「向こうでも時間が勝手に過ぎてただろう? この間来た時から、こっちも時間が過ぎてるんだ」

(お前、さっきまでの話、全然理解してないだろう。

 日付が過ぎてなかったら、俺たちが婚約者に仕立て上げられてるわけないだろう。

 今日は、十一月二日なんだ。

 この間来た時から、四ヶ月近くも過ぎてるんだ)


 先の読めない世界間の移動に、誰もなす術がなかったが、リエラは全然お構いなしで、


「あぁ、そうなんだ。ジュレイテの王様って、発掘することが仕事なんだね」


 ユーリが珍しく突っ込もうとすると、


「そんな国王の仕事あるわけーー」

「ーーというわけで、私がふたりにダンスを教えるわね」

(カータさんが発掘してる間、私がする仕事はこれなの)


 自分の言葉を遮った義姉に、ユーリはため息で抗議。


「…………」

(強引にも程があります)


「え……?」

(どうして、ダンスの話になったのかな?)


 きょとんとしたリエラに証明された。今までの長いやり取りは、全て水の泡であったと。それを一掃するべく言葉が、アイシスの口から発せられた。


「国王命令です」


 セレニティス姫は素直に、


「あぁ、うん。わかった」

(王様の命令じゃ仕方ないよね)


 自分の立場をよくわかっていないリエラに、ユーリはあきれた。


「…………」

(セレニティスの姫なんだから、ジュレイテ国王に従わなくていいんだ)


 アイシスはさっそくレッスンへ。


「ターンの練習だったわね」

(昨日、亮から話は聞いたわよ)


 妹に顔を向けて、姉はテキパキと続ける。


「あなたには、昨日、一応説明したからいいわね」

(ユーリの方には、何も教えてないってカータさんが言ってたから、まずユーリの方が先ね。それに……)


 何か企んでいる姉に気づかず、リエラは自信なさげに、


「あぁ……う、うん」

(説明してもらったけど……頭がこんがらがってるんだよね)


 姉妹の会話を遠くに聞きながら、ユーリは別のことに考えが飛んでいた。


(雪祭り─ーー

 城のやつらが言ってたけど、ものすごい大きな祭りなんだよな。

 その日は観光客がたくさん訪れるらしくて……。

 それがジュレイテの唯一の収入源といっても、過言じゃない。

 それなら……俺に出来ることは……。

 あれがこうで、それがああだからーー)


 考え中のユーリの耳に、アイシスの声が入ってくる。


「それじゃ、ユーリ、教えるわね」

(ユーリは覚えが早いでしょ。だから、先にユーリに教えて……)


 ぼんやりしていたユーリは、義姉の作戦に気づかず、


「あぁ……はい」

(リエラに足踏まれるのは……まぁ、大した問題じゃない。それよりも、ダンスを覚える方が重要)


 こっちはこっちで、何か別の思惑があるようだ。


「じゃあ、組みましょう」


 ウキウキでアイシスがユーリに手を差し出し、その手を彼はすんなりつかんだ。


「はい」


 まずは必ず文句を言わないと気がすまない幼なじみの態度に、さすがの天然ボケ・リエラはも、


(あれ? ユーリ、何か様子が変わった? ……何だか、嬉しそうだね。いいことでもあったのかな?)

 アイシスはすっと真剣な眼差しに変わり、


「ユーリのステップを言っていくから、一緒に動いてみましょう」


 ユーリは相変わらずぼんやりまなこで、


「はい……」

(ダンスに集中、集中……)


「まずは、左足前進、右足に体重を戻す。左足を横にして、少し前へ出す。そして、最後に右足を私の外側に前進」


 アイシスの言葉と一緒に、ふたりはゆっくり動いた。ひとつも間違えずにステップを踏んだユーリに、アイシスは満足顔。


「そうそう、相変わらずセンスがいいわね」

(これなら、計画通りに進みそうね)


 焦点の定まらない瞳で、ユーリは、


「……はい」

(ダンスに集中、集中……大切なことだから)


 ふたりの動きを目で追いながら、リエラは頭をフル回転させていた。


(えっと……自分は、まず……右後ろ…左……? あれ?

 お姉ちゃんの言葉と反対に動かなくちゃいけないから、難しいね)


 セレニティス姫を置いて、アイシスとユーリは先へ進む。


「それじゃ、次はもうちょっと早くやってみましょう」

「はい……」


 ユーリは教えられた通りステップを踏み始めるが、彼の頭の中は、


(あれがこっちだろう……それがあれでこう、これがああ……)


 なんと指示語だらけだったが、彼はさっきよりもスムーズにステップを踏んだ。アイシスは銀髪の美青年をのぞき込み、


「わかった?」

(真剣な顔も素敵だわね♡)


 義弟は初めて、義姉にピントを合わせた。


「オッケーです」

(よし、コツはつかんだ)


 その言葉を聞いたリエラは、大きく目を見開いた。


(も、もうユーリは覚えたんだね。自分はまだ、全然わからないんだけど……す、すごいね)


 こんがらがってるセレニティス姫を置いて、アイシスとユーリはさらに次の段階へ。


「それじゃ、今度はナチュラル・ターンね」


 優しく微笑みかけてきたアイシスに、ユーリは素直にうなずく。


「はい」

(集中、集中……大切なもののために)


「右足前進。右に回転しながら、終わりに背筋を延ばして、かかとを床から離す。そのまま左横へ回転。右足を左にそろえてーー」


 どんどん複雑になっていくステップに、リエラはとうとうついていけなくなった。アイシスの説明する声が遠ざかり、


(あとでちゃんと教えてもらわないと、見てるだけじゃちょっと難しいね)


 ぼんやりしている妹をちらっとうかがい、アイシスは、


(リエラの方も大丈夫ね。これで、ユーリが……)


 満足げに微笑む義姉の手を取りながら、ユーリは彼らしい考え方でステップを踏み続けていた。


(左とか右とか、いちいち面倒。だから、あれがこうでそれがああ……これがそうなって……)


 銀髪の美青年の面倒くさがりは、筋金入りだった。


 あっという間に全てのステップをマスターしたユーリは、アイシスと一緒に楽団の奏でるワルツに合わせて踊り始めた。ユーリは珍しく嬉しそうに微笑む。


(ちゃんと踊れると、楽しいんだな。これで取れるなら、いいな)


 銀髪王子は何だかおかしな方向へ考えが向かっているようだ。クルクルと楽しそうに踊るふたりを、リエラはぼんやり眺めていた。


(すごいね、ふたりとも。自分もがんばらなくちゃいけないね)


 そこで、彼女の脳裏に別のことが、


(……あの夢に関係してるんだよね、きっと。

 それなら、18の誕生日までに何か起こるってことだよね。でも……)


 流れてくる軽快なワルツに耳を傾けて、


(なんで自分一人じゃなくて、お姉ちゃんや櫻井さん……祐まで来てるんだろう? それに……)


 雪が舞い散る、窓の外へ視線を移し、


(誠矢と美鈴も来てるかも知れないんだよね)


 どんよりとした灰色の空から、舞い降りてくる白いものを見上げ、


(呪いって、やっぱり自分にかかってるんだ……よね? 解き方を教えようとしてるんだから……)


 雪景色も窓枠も、世界全てがピンボケし始めた。


(あの声の人って、誰なんだろう?

 聞いたことあるような……ないような……?

 んー……?

 それに、どんな呪いがかけられてるのかな?

 解かないと、どうなっちゃうんだろう?

 んー……何だかわからないことばっかりだね……?)


 ダンス意外にもこんがらがり始めたリエラに、誰かがの声が。


「ーーエラ、リエラ? ねぇ、リエラ?」


 肩を叩かれ、セレニティス姫はびっくりして飛び上がった!


「え、えぇっっ!?」

(また、呪いの解き方の声!?)


 心臓をバクバクさせながら振り返ると、幸せそうな顔をしたアイシスが、


「次、あなたの番よ」


 リエラは呼吸を整えつつ、部屋の中ほどに立つ銀髪の人を見た。


「あぁ……う、うん」

(ユーリは、もう全部覚えたんだね。すごいね)


 アイシスが力強く、


「大丈夫よ」

(これで、ユーリはゲット出来るわよ)


「うん、わかった!」

(よし、がんばって踊れるようにするぞ! おぉっ!!)


 急に張り切り出したリエラへ、ユーリは素早く鋭い視線を投げつけた。


(お前、またバカみたいにやる気だけ出して、どういうつもりだよ?

 見てなかったのに、出来るようになるわけないだろう。

 このまま、お前を放置しておくのは時間の無駄。

 文句言ってやる、ありがたく思え)


 彼が口を開こうとすると、穏やかな優しい声が三人にかかった。


「ーーこちらだったんですね?」


 全員がそちらへ顔を向けると、そこにはーー真っ白な雪を積もらせたロングコートを着たカータが立っていた。アイシスが嬉しそうに駆け寄る。


「お帰りなさい、カータさん」


 彼は優しい笑顔で愛する人に手を差し伸べ、


「あぁ、アイシスさん、帰りましたよ」


 妻は夫の肩に積もった雪を振り払いながら、


「寒かったんじゃない?」


 その言葉を聞いて、カータ王は不思議そうな顔をした。


「寒い……ですか?」

(なぜ、そちらの言葉なのでしょう?)


「…………」

(やっぱり、気づいてなかったのね。無事でよかったわ、本当に)


 無言で窓へ視線を向けた妻につられ、カータも向けて、


「そちらに、何かあるんですか?」


 ちらちらと落ちてくる白いものを見つけ、


(……あぁ、そういうことですか)


 そして、カータ王は、のんきにこんなことを口にする。


「雪が降っていたんですね、今初めて気づきました」


 兄の言動に、弟ーーユーリはあきれ返った。


「…………」

(降ってました。朝から思いっきり降ってました。

 兄さん、雪に埋もれて遭難しても気づきそうにないです。危ないです)


 アイシスはカータがコートを脱ぐのを手伝いながら、


「何か見つけたの?」

(何かを見せるために、こんなに早く戻ってきたんでしょ?)


 察しのいい妻を見て、カータはにっこり。


「えぇ、そうなんです」

(さすが、アイシスさんです)


 そして、地質学者は腰に巻きつけてあった革袋から、小さなものを取り出した。それを持って、弟へ近づく。


「こちらを見てもらえますか?」


 カータの手中には、何かを表示するような画面付きの機械が。あまりにも予想外のものを見せられたので、ユーリはすぐに兄へ聞き返した。


「これはどこで?」

(どうして、こんなものが……)


 弟に機械を手渡し、カータは真剣な面持ちで、


「輝水山の中に落ちていたんです」

(不思議なんです、本当に)


「輝水山……?」


 口の中だけで繰り返し、ユーリは山へ顔を向けた。


(どういうことだ? あそこだけ……異次元世界か!?)


 銀髪美青年は、ほんの少し頭を傾げた。


(……ちょっと、飛びすぎだな。難しいな……笑いって)


 自分自身にダメ出しをしているユーリの手のひらを、リエラはのぞき込んだ。


「何だろう?」


 いつの間にか側に来ていたアイシスが、あごに人差し指を当て、


「何に使うのかしら?」


 姉妹の質問に、カータが的確に応える。


「おそらく、何かを計測するものだと思います。そのボタンを見ればわかると思いますが、数字が入力出来るようです」


 言われて、三人がよく見てみると、土などでずいぶん汚れているが、『+』『−』『set』などの文字がかろうじて読み取れた。みんなの視線が機械へ集中している間、カータは部屋を見渡していた。


(しかし……なぜ、このようなものが存在するのでしょう?)


 リエラが見たままの感想を言う。


「ずいぶん古そうだね」

(汚れてるだけじゃなくて、ずいぶん長い間、置いてあった感じがするね)


「そうね……?」


 相づちを打ちつつ、カータと同じ疑問を抱いたアイシスは、彼と同じように部屋を観察し始めた。


(おかしいわね? こんなものが、ここにあるなんて)


 兄は弟に意見を求めるため、輝水山の中の様子をさらに詳しく聞かせた。


「それに持っては来れませんでしたが、洞窟の通路部分にはライト、最奥部には掘削くっさく機のようなものが置いてありました」

「ライト、掘削機……?」


 ユーリはそう言って、部屋の中をぐるーっと見渡した。


(ロウソクに……暖炉……。ここ、城だろう?

 だったら、これ以上の文化があるのは変だ)


 自分の手のひらにある小さな機械へと視線を落とし、


(でも……実際、存在してる……。誰かが、地球あっちの世界から持ってきた? ……どうやって?)


 ため息まじりに、ユーリは首を少し横に振る。


(それは可能性が低そうだな。そうなると……この世界のものってことになる。どうなってるんだ?)


 ぼんやりしている弟の横顔に、カータが、


「この国にこんな高い技術があるでしょうか?」

(どのようにして、手に入れたのでしょう?)


 その言葉に、ユーリは先日のジュレイテ観光を詳細に思い返した。


「…………」

(そんなところあったか? ……いや、なかった)


 心の中で否定の一途をたどって、兄にピントを合わせた。


「街の店は大抵回りましたけど、これを作れるようなところはなかったです」

(だいたい、雪道を馬車で王族が移動するところだろう。

 掘削機があるなら、車だろう。

 そうなると……この世界の七不思議か!?

 お、ちょっといけてたな)


 珍しく満足げに微笑んだユーリから、カータは視線を外し、


「では、どうしたんでしょうね?」


 今度の質問は、弟にではなく、まわりに控えていた部下たちに向けられていた。がしかし、彼らは誰一人として、国王と目線を合わせる者はいなかった。


「…………」

(国王命令でも、こればかりはお答え出来ません)


 彼らの態度を見て取り、カータは少し嘆息。


「…………」

(これ以上、城の人たちから情報収集するのは難しいようですね。

 今朝も大変でしたからね。困りましたね……)


 探求心がうずいて仕方のない兄の隣りで、ユーリはあきれた顔をしていた。


(どう考えたって、他の国から輸入したものだろう。

 ちょっと考えれば、誰にだってわかるだろう。

 隠す意味なし。どういう戦略だよ?

 これじゃ、ジュレイテあっという間に攻め落とされる。間違いない。

 勉強させないとダメだな)


 ふと、リエラの声がダンスホールに舞った。


「誰かの忘れ物かな?」

(前、調査してたって言ってたよね)


 カータは考えごとをしながら、


「えぇ。これは以前、中に入った人が使っていたものでしょうね」

(調べる方法を他で探さないといけませんね。どうしましょうか……?)


「じゃあ、その人に聞けばわかるね!」


 リエラの当然すぎる意見に、なぜかジュレイテの三人は黙り込んだ。


「…………」


 セレニティス姫は目をぱちぱちさせる。


「……?」

(あれ、また間違ったこと言ったかな? えっと……)


 アイシスは少しだけ微笑み、


「間違ってないわよ」

(聞くことが出来たら、よかったわね)


 いつもと様子が違う姉に、妹は戸惑い気味に、


「あぁ……うん」

(何だか、みんな様子が変だね)


 気を取り直すように、アイシスが愛する人へ、


「カータさん、お茶にしましょう」

(一緒に解決方法を考えましょう)


 カータは優しく微笑み返し、


「そうですね、そうしましょうか。少しお腹も空きましたしね」

(アイシスさんがいてくれて、本当に幸せです)


「じゃあ、俺も」

(他の国の資料、探さないとな)


 ユーリがふたりの仲間に加わろうとすると、アイシスが厳しい声でびしゃり。


「ふたりは、まだダメよ」

(計画の途中だから)


 思いっきり聞き間違ったリエラは、ぽかんとする。


「え……?」

(わたあめ? それが、今日のおやつ……?)


 姉はしっかり間違いを訂正。


「違うわよ。あなた、まだステップひとつも覚えてないでしょう?」

(ダンスのこと忘れてるわよ)


「あぁ、そうだったね」

(ターンの練習、全然してなかったね。さすが、お姉ちゃんだね)


 大いに感心しているリエラの隣りで、ユーリはため息をついた。


「…………」

(これだけ話がそれてたのに、しっかり覚えてるんだな。義姉さん、手強いな)


 愛する妻の計画をよそに、カータがのんびりと、


「一緒の方がよろしいんじゃないんですか?」

(ユーリがいた方が、いい考えが浮かぶと思いますよ)


 アイシスは素早く夫の側へ寄り、腕をつつきながら、小声で注意する。


「ダメよ、カータさん」


 そして、銀髪の美青年をちらっと見やり、


「…………」

(ユーリは、もう全部覚えたわよ)


 その視線で、カータは妻の言いたいことを理解した。


「…………」

(そうですか。私の代わりに教えてくれたんですね、ありがとうございます)


 背の高いカータの腕を引っ張り、彼の耳元でアイシスは囁いた、


「だから……ね? あとは、ふたりきりにするだけなのよ」


 何かを思い出し、カータは相づちを打つ。


「あぁ……そうでしたね。輝水山のことで、すっかり忘れていました。そのような計画がありましたね」


 そして、彼はユーリたちへ顔を向け、さっきとは反対の言葉を口にする。


「それでは、ごゆっくり」

(ぜひ、この機会に仲良くなって下さいね)


 リエラとユーリの返事も待たず、国王夫妻は部屋から出ていった。パタンと閉まった扉を、リエラは不思議そうに見つめる。


(何だか嬉しそうだったね、ふたりとも。おやつ、楽しみにしてたのかな?)


 ユーリはそこでやっと、アイシスたちの計画に気がついた。超不機嫌になる。


(通りでおかしいと思った。

 リエラに教えないで、俺にばっかり教えてるから。

 ふたりきりにして、俺に教えさせる計画だったんだな)


「あ、あの、ユーリもお腹空いーー」


 リエラの見当違いな質問を遮って、ユーリは冷たく、


「お前があの夜、押しかけてくるからだ」

(だから、婚約者なんてことになったんだ)


 突然、何の脈略もない言葉をセレニティス姫に言えば、どうなるか想像に容易たやすく。もちろん、リエラはびっくりして飛び上がり、


「えぇっっっ!?」

(夜!? 曇ってるからわからないけど……)


 ピューっと窓際へ走っていき、彼女は落ち着きなく右往左往し始めた。


(まだ、昼間だと思うよ。それとも……夜って言うのかな? 雪が降ってるから……ん?)


 世界の法則が崩壊している、幼なじみを放置したまま、ユーリはぼんやりする。


(こいつと結婚する気なんてないんだ、何とも思ってないんだから。

 するメリットがあるとすれば……セレニティスの特産物が手に入ることぐらいだろう)


 カータとアイシスが出ていった、扉へ視線を向けて、


(でもそれは、兄さんが義姉さんと結婚してるから、もう必要なし。

 どうせなら……他の国のやつと結婚した方がいいな)


 政略結婚を頭の中で展開し始めたユーリは、側に控えている部下たちを見据えた。


(『婚約者』って言ってるのは、一部のやつだけだ。

 ーーってことは、正式には発表してない。

 そうだな……あれがこうで、それがああだから……)


 そこで、どんな戦略を思いついたのか、ユーリはこんな結論を下した。


(このまま婚約者の振りしてた方がいいな。

 その方がうまくいく。

 取り消すのはあとで、どうとでもなる。

 輝水山のことはあとにして、こっちが先……だな。

 その方が効率いいな)


 そして、あまりやる気の感じられない声で、ユーリはリエラに、


「ほら、始めるぞ」

(ダンスの練習)


 大暴投し続けていたセレニティス姫は振り返り、


「え……?」


 銀髪美少年ーー幼なじみの小さな変化を見て取った。


(何だか、ユーリ、様子が変わったみたいだけど……)


 自分に対し目をぱちぱちさせている姫に近づきつつ、ユーリは楽団に合図する。


(変わってない。俺が考えてることは、いつも同じ)


 心地よいワルツが流れ、窓際から中央へリエラを連れていこうと、ユーリは、


「手、貸せよ」

(お前のことが必要なんだ)


 アイシスたちの計画が功をなしたのか、ユーリがリエラをなんと、ご指名。差し出された手に、リエラは何も感じることなく、自分の手を乗せ、


「うん、ありがとう」

(練習、付き合ってくれるんだね。ユーリは優しいね)


 銀髪の美少年はセレニティス姫をいとも簡単に抱き寄せ、切れ長な瞳でじっと見つめ、こんなことを口にする。


「離さないからな」


 普通なら、ここでロマンティックなムードになり、ふたりの距離も一気に大接近! となるのだが、もちろん、恋愛に鈍感なリエラにそんなことがあるはずもなく、彼の腕の中で、彼女は大きく目を見開き、さらに部屋中に響き渡る大声を上げた!


「えぇっっっ!?」

(は、話してるよね? い、意味がわからないよ!?)


「いちいち騒ぐなよ」

(基本は出来てるだろう。覚えるまで離さないからな)


 ユーリはリエラに構わず、強引にステップを踏み始めた。なぜか、セレニティス姫は固まったまま、動こうとせず、


「え〜っと……」

(困るんだよね、強く引っ張られると……)


 ユーリは姫に顔をぐっと近づけ、


「何だよ?」

「あぁ……、うわっ!」


 応えようとしたリエラは、ユーリの胸の中に倒れ込んだ。


「っ!」


 迷惑顔で受け止め、ジュレイテ王子はものすご〜く不機嫌な声で、


「どういうつもりだよ?」

(お前、また俺のこと押し倒すつもりか?)


 ユーリはそこで、文化祭の劇の練習を回想。


(初めて、お前とダンスの練習した時ーー

 俺、お前に思いっきり押し倒されたんだ。

 それを見てた前原のやつ。

 『私は押し倒されたいわね』なんて、わけのわからないこと言って。

 押し倒された俺の身にもなれ)


 多大なる被害をこうむっているユーリのブラウスにしがみつきながら、リエラは視線を下へ落とした。


「……ヒールだから立ってるだけでも、バランスとるの難しいんだよね」

「ふーん」


 気のない返事をし、ユーリはぼんやりし始めるーー対策を取り始めた。


(なるほどな。そうだな……あれがこうで、それがああだから……。その方が合理的だな)


 姫にピントを合わせ、考えた対策を指示してゆく。


「肩の力抜け」

(俺もそうするから)


 ユーリを軸にして、真っ直ぐ立っていたリエラは、


「あぁ……うん、わかった」

(そうだね。肩に力が入ってると、上手く出来ないよね。自分で立てるように、がんばらないとね)


 言われた通り、彼女はふわっと力を抜き。ステップを踏み続けながら、ユーリは更なる指示を。


「手の力も抜け」

(俺もそうするから)


「うん、わかった」

(手の力も抜く……だね)


 ブラウスをつかんでいたリエラの力が弱まったのを感じ、ユーリは珍しく微笑んだ。


「…………」

(いい感じだな。これなら……そうなるな)


 フラフラしながらも、リエラは必死でユーリと踊り続ける。


(わわわわ……! あ、危ないよ。し、しっかりしないと、倒れちゃーー)


 次の瞬間、リエラの手はユーリから外れ、


「うわっ!」


 彼女だけが床に派手に転がった。打ちつけた腰を手でさすりつつ、


「いたたたたぁ〜!」


 一方、無傷だったユーリは密かにご満悦。


「…………」

(作戦成功だな)


 王子の表情を見て、側に控えていた部下たちはため息をついた。


「…………」

(ユーリ様、そちらの教え方はいかがなものかと……)


 王子は堂々たる態度で、自己主張した。

「…………」

(これでいいんだ。

 自分で理解しなかったら、覚えたことにならないんだ。

 丁寧に教えるのが、本人のためになるとは限らないんだ)


 床に座り込んでいるリエラに、ユーリは手を差し伸べ、


「ほら、立てよ」

(今の立ち方じゃ、倒れるんだ。わかっただろう。手貸してやる、ありがたく思え)


 リエラはその手をつかみ、笑顔で、


「あぁ、ありがとう」


 そして、再び立ち上がったセレニティス姫は、一生懸命考え出した。


(えっと……。今のだと、後ろに倒れちゃうから、もうちょっと前かな?

 よし、それでやってみよう!)


 めげずに、リエラはユーリとステップを踏み始める。それに合わせながら、銀髪の少年は少し嬉しそうな顔をしていた。


(いつもぼけてるけど、重要なところはきちんと返してくるんだ。

 そうじゃなかったら、劇も雪祭りも一緒に踊ろうなんて思わない。

 それこそ、本当に時間の無駄だ)



 それから、しばらくレッスンは続いた。

 リエラは一人で、床に何度も転がったが、超前向きに乗り越えてゆき。倒れることはなくなった。そんな彼女に、ユーリが、


「次、ターン」

(大丈夫そうだから、俺の計画に利用してやる。ありがたく思えよ)


 不機嫌王子には何か考えがるらしい。リエラはそんなことに気づくはずもなく、笑顔でうなずき


「うん」


 自分が何のために、一生懸命練習しているのかを告げる。


「みんな楽しみにしてるから、がんばらないとね」

(年に一度の、大きなお祭りって言ってたもんね。

 みんな、すごく楽しみにしてるよね、きっと。

 だから、ちゃんと踊れるようにしないとね)


 自分のことではなく、みんなのためにがんばっている姫の言葉を聞き、ユーリの瞳が幸せ色に染まっていく。


「そうだ」

(お前、よくわかってる。入場料とって、もうけるんだから)


 結局、世界が変わり、立場が変わっても。ユーリーー祐の原動力は、お金だった。幼なじみが、なぜそれほどまでお金を欲しがるのかーーという、本当の理由を知ることなく、リエラはやる気満々で踊り続ける。


(みんなのために、ターン出来るようにするぞ! おぉっ!!)



 そして、三週間後ーー

 リエラは完全にターンをマスターした!

 ひと通り踊り終えた彼女は、ユーリに笑顔を向ける。


「ありがとう、ちゃんと踊れると楽しいんだね」

(ユーリのお陰だね)


 それにつられ、彼も珍しく笑顔に。


「そうか」


 召使いの差し出したジュースを飲み始めたリエラの横顔を、ユーリはぼんやり見つめ、


「…………」

(教えてもらって、当然だと思ってるやつが多い。

 だけど、こいつは違うんだ。

 文化祭の練習をしてから、気づいたんだ。

 あの時も、誰も丁寧になんか教えなかった。

 だけど、亮は自分で、何度もやり直して出来るようになったんだ。

 何度失敗しても、あきらめたりしなかった。

 ちょっと失敗しただけで、すぐあきらめるやつが多いのに。

 こいつは違うんだ。

 俺、こういうやつーー)


 ユーリの脳裏にある言葉ーー『好き』が浮かび、慌てて否定した。


「っ!」

(違っ!)


 息をつまらせた彼へ、リエラは不思議そうな顔を向ける。


「どうしたの?」

(なんか、驚いてるみたいだけど……)


 ユーリは顔を赤くして、ぼそぼそと、


「……別の意味だからな」

(人としてだからな。別に……恋とかじゃなから)


 リエラは目をぱちぱちさせる。


「え……? 別の意味? 何か話してたっけ?」


 不思議と大暴投しないセレニティス姫に、ユーリは平然と嘘をついた。


「してた」

(今は、まともに返してこなくていいんだ)


 幼なじみを追求することなく、リエラは笑顔で、


「あぁ、そうだね」

(話してたんだね。何の話だったか、覚えてないけど……)


 彼女の態度に居心地のよさを覚えたユーリは、珍しく笑った。


「ぷぷぷっ……」

(納得してる。お前、本当にバカだな。また、なかったこと、あったことにしてる)


「ん……?」


 リエラがきょとんとすると、


「ーーどう?」


 ふと、アイシスの声が響いた。リエラはそちらへ顔を向け、


「あぁ、うん。ユーリのお陰で、出来るようになったよ」

「そう、よかったわね」

(ここのところ、ずっと一緒にいたから、ずいぶんいい雰囲気になったわね)


 にっこり微笑んだ義姉を見つめ、ユーリはぼんやりする。


「…………」

(何だか変だな。今日だけ、俺たちの様子見に来るなんて……)


 彼の予想通り、アイシスは窓の外を見て、妹にこんな提案。


「今日はもう遅いから、泊まっていったら?」

(さっき、セレニティスから連絡があって、今日は泊まるようにって言ってたわよ)


「……あぁ」


 輝水山の薄紫の光りが遠くで輝いているのを眺め、リエラは少し考える。


(もう真っ暗だね確かに、今から帰るのはちょっと危ないね)


 彼女は素早く判断し、アイシスに、


「うん、そうする」


 危険を察知したユーリは決心した。


(今日は訪ねてきても、部屋に絶対入れない)

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