お風呂で魔物娘を洗う
という訳で冒頭へ戻るわけだ。
意識を戻したミノタウロスは疲労もあってか言葉は少ない。しかし娘になっても魔物としての力強さは残しており、素足でも構わず雪道を歩く。
おんぶをせずに済んで楽になったが、今度は「逃がさないよう常に見張る」という仕事になったわけだ。
ふうと息を吐き、雪のなかに突っ立っている娘へ声をかけた。
「おーい、とりあえず集落に行くぞー」
すぐに娘は振り返り、歩き出すとついてくる。足取りはやや危なっかしいが、逃げる意思は無さそうに見える。まあ俺から逃げれる奴はいないだろうけどさ。実は俺、ねちっこいし。
どさりと落ちてきた雪に、空を飛ぶ鳥に、木の杭で舗装された道に、娘の大きな瞳はあっちこっちへ向いて忙しそうだ。
思い出したよう俺は外套を取り出し、頭からかぶせてやる。これで魔物の特徴を隠せるだろう。
その間も、少女の澄んだ瞳は空を眺めていた。
千年ぶりの地上というのは、少女にとってどう見えるだろうか。ふとそんな疑問を浮かべたが、魔物に尋ねても答えなど得られないだろう。
当然のこと、村人達からじろじろと見られた。裸足の娘を連れているんだ。逆の立場なら同じように「人買いか?」って顔をすると思うよ。
気にもせず、雪かきをしていた皺だらけの爺さんへ話しかける。
「済みませんが、教会の命令によりしばらくこの地へ留まります。このような身ですので、宿代は多く支払います。どこか良い当てはありませんか?」
「いやぁ、まさか英雄のあなたを怪しがる者はおらんでしょう。どうだトメさん、冬は使っていない小屋が無かったか」
おー、と反対側から声がかかる。
気さくで良い人達だ。しかしこんな田舎にまで俺の素性が伝わっているとは思わなかったな。
どうやら狩猟用の小屋があるらしく、休猟期である冬のあいだはあまり使わないらしい。
手狭ながらも多少は生活用具もあるらしく、商談へ進む――その前に、村長の家へ行き、許しを受け、その後に先ほどの男性へ頭を下げた。
こうして小屋を借りれたのだが、山中への雪道を進むあいだ、どうも背後からの視線を感じて仕方ない。振り返ると青い瞳がぱちぱちと瞬きをしていた。
「はー、気持ち悪いくらいの低姿勢っスね」
「ひどくない!? えー、なんでなんで、真面目な好青年だって褒めるところだよね?」
やっと話したと思ったら、なにこのひどいセリフ!
色気のある身体と違い、出てくる言葉は辛らつだ。やっぱり魔物ってのは性格が悪いなと、涙目で俺は雪道を歩きだす。
しかし、じいと見つめる瞳には好奇心が混ざってゆく事に俺は気づけなかった。
さて、小屋はやはり手狭だった。
暖炉は冷たく、長いこと使用された形跡も無い。
小さな煙突がひとつあり、暖炉を囲むように狭い調理場、木の皮で編まれた椅子、そして申し訳程度のベッドが置かれている。
「あー、やっぱ身体を拭くスペースも無いか。仕方ない、奥の倉庫を改築するかな。帰るときに戻せば文句も言われないだろ」
さすがにこのスペースでは、小休憩しか出来ない。
7日も泊まることを考えると、もう少し快適にしておかないと俺が疲れてしまう。などと算段していると、ぼーっと立っている娘に気づいた。
「おい、ムチルって言ったか。フラフラしてるし、その辺に座ってろよ」
「…………うン」
娘は何かを言いかけ、それから言葉を引っ込めて腰をおろす。
のそりと力無く椅子に座り、猫背になってうずくまる。そんな弱々しい様子に、しばしムチルという娘を眺めた。
かなり鍛えてある身体だ。
肩甲骨のあたりは盛り上がり、肩は大きく張っている。背筋は綺麗にまっすぐの線を見せており、肉体強化を極めた俺の目からも、理想的に身体を練り上げているように見えた。
問題なのは、その弾けるような肉体に衣服が悲鳴を上げ、かなりきわどい状態だって事だな。
ほぼ裸の恰好だけど、垢まみれで悪臭の塊みたいな存在だ。そのへんにいるモンスターとあんまり変わらない。
さっさと身体を洗ってやり、飯でも食わせてやりたいが、この地方の日暮れは早い。手早く済ませないと後が面倒だ。
「うーし、始めるか。よっこら、しょっと」
ずぼーっと俺の腕は空間に飲み込まれ、見えなくなる。その不自然な光景には、ぱちんっと娘の瞳も見開かれた。
うっへっへ、田舎者みたいにびっくりしてら。
こういう時はね、持ってて良かった【空間術】と思うよ。
こいつは俺用の空間領域で、倉庫のように荷物を置くことが出来る。つっても実際に管理をしているのは空間術の使い手であって、俺じゃねーけどな。
一人身なので財宝を持ち帰れないし、変な奴を雇うのも面倒になりかねない。それを全て解消してくれるのがこの術なのだが、代わりに金はべらぼうにかかる。
これは「特殊能力を他者に売る」という商売なので、絶対数が少ない。かなりの売り手市場であり、当たり前のように値は跳ね上がる。
いわば金持ちの特権であり、俺のような男にしか許され無いのだよ、ふははー。
ひょいひょいと倉庫にあった荷物を放り込む様子に、ムチルは目を丸くして覗き込んでくる。
「どうだ、珍しい術だろう。古代のころにも無かったんじゃないか?」
「……男が家事をしてニヤニヤしてるとか、正直ドン引きっス」
「言葉キツすぎませんかねぇ、この子!」
わっと泣き出したいよ。
俺だって人間なんだからさ、頑張ってるときくらい褒めようよ。
ランプを下げ、狭い室内を薄暗く染める。
中央にある焼けた岩に水をかけると、大量の蒸気が吐き出された。
しばらく待つと湿度は限界ギリギリまであがり、大量の汗が身体に浮き出てくる。
これはサウナというもので、寒い地方ではよく見かけるものだ。良い匂いのする香草も用意しているけれど、それは垢を落とした後のお楽しみだろう。
「うし、半日にしては頑張った方か。おいムチル、自分の足でしっかり立て」
「もう腹が減って無理っすよぉーー……」
まったくだらしねえな、最近の魔物ときたら。ボコボコに殴って、千年くらいほとんど飲まず食わずで、精神の奥底まで俺に見られただけだろうが。
ぐんにゃりした身体を脇に抱えると、やはり悪臭が鼻に突き刺さるようだ。くっそ、目に染みるなーこいつは!
本当は外で水をブッ掛けて、モップでゴシゴシしたいんだけど、雪国でそれはさすがに可哀想だ。いや俺は可哀想には思わないんだけど、もし人から見られたら「モンスターが可哀想!」とか言われちゃうから。
そういう訳で、仕方なく大量の湯を作り、これから隅々まで綺麗にしてやろうという算段だ。もちろん服を汚したくない俺は裸である。
ぐいと下着を剥きかけ、どちらも汚いから一緒に洗おうかと思いなおす。紐はぱちんと音を立て「うにゃっ」と小さな声を娘は漏らした。
では始めましょうかと頭から湯をかけてゆく。水はけにかなり気をつけていたので、ざーっと外へ流れてゆく様子に安心した。
まあ、明日の朝には凍って大変だろうけど、細かいことは気にすんな。
ためしにタオルで拭いてみると……うお、一度で真っ黒、だと!? 何層の垢になってるのか分からんな。
「まあいいや、先に石鹸で頭を洗うぞ。うへ、ぜんぜん泡立たねぇ」
わしわしと髪を洗ってゆく。
てっきり騒がれるかと思いきや、娘は黙りこくって静かなものだ。覗き込んでみると、とろんとした瞳をし、気持ち良さそうに唇を半開きにさせていた。
まあな、千年ぶりの入浴だ。温かくて気持ちよくて堪らないだろう。案外と人間っぽい顔を見れて、頑張って良かったなと俺は思った。
「どうだー、ムチル、気持ち良いか?」
「お、ほ、お、お。ヤバいっす、ごしごしされるの気持ちよいれっすぅ」
ぶるりと肩を震わせ、たまらなそうな声を出す様子に俺の頬は緩む。
髪の毛を摘んで引っ張ってみると汚れは一気に落ち、目の覚めるような白色を見せたことへ驚く。
「へえ、綺麗な毛をしてるじゃないか。そうか、元は牛だもんな」
褒めたつもりだけど、ムチルは気持ちよさに返事も出来ないようだ。湯をかけてやると、やはり綿毛のような真っ白い髪が現れる。
どこか人と異なるのは、毛の密度が多いことか。
二度三度と洗ってゆくと泡立ちは増し、本来あった石鹸の香りを楽しめる。
「良い香りだろ。これは王族御用達のハーブ入り特製石鹸でな、こんな田舎じゃあ絶対に手に入らないぜー」
こくこく娘は頷き、ゆっくりと身体を弛緩させてゆくのが分かった。
サウナにより身体は温められ、汗は自然と吹き出てくる。染み込んだ汚れも浮かせてくれるので、タオルで拭くと一気に肌色が露になった。
うーん、ここまで汚れが落ちると気持ち良いな。
上から順に、首筋、肩、背中と拭いてゆくと、健康的な肌色が現れる。
調度品の手入れをしているような感覚で、磨けば磨くほど肌は輝いてゆく。
しかし、そこでふと気づく。
身体の前面も洗ってやるべきなのか、と。
や、やるか、やってしまうか。こうなったらもう最後まで面倒を見ないと駄目だろう。
「ほれ、万歳しろ。そっち側も拭いてやるから」
おっと、躊躇無く両手を上げてきたぞ。こういう時は素直なんだなと、変な感心をしてしまった。
ばるっと弾む存在には喉を鳴らしたがな。
しかしこの、反則的な肉づきの良さは一体何だ。
体勢的に楽なのか、後ろ手に俺の首をホールドして来たが……けっこうヤバい。鍛えられた両腕と、くっきりした鎖骨。押し付けられた背中も筋肉質でありながら、腰だけ細いのは反則だ。
起伏に富んだ身体を見せつけ、恥じらいを感じてもいないのか眠そうに娘は小首を傾げてくる。
汚れを落とすと、意外に整った顔だと気づかされた。形の良い眉と、大きな瞳を飾るまつ毛。ふっくらと膨らんだ唇など、恐らくは多くの者を魅了するだろう。
いつの間にか俺の太ももにムチルは座り、ぴっちりと張り付いた下着を見せつけるよう上体を仰け反らしていた。
そして、肉感のある厚い唇から、熱っぽい吐息とともに囁かれる。
「早く拭くっスよぉ。ごしごし洗われるの、気持ち良いっスぅ」
生意気な口調も、どこかとろんとした声だ。
早く早くと腰を揺すって来られると……おいおい、ちょっと待て。まだ臭いのと、念のため下着を着けさせたままだから助かってるけど。
うっ、とムチルは呻く。
腹へとタオルを当て、ゆっくりと上下に撫でる。ふうふう吐息が耳に当たって来るので、マズい事にこちらもかなりくすぐったい。
上下する度に吐息を漏らして来るので、思わず俺の手は滑る。すると、のしりとした重みが腕に乗ってきた。
この重さは、まさかあの重みか! 魔物のくせして、なんてけしからん重さだ!
「早く、早く、もっとゴッシゴシ洗うっス。遠慮しな……ふうっ!」
大きく口を開き、そして娘は唇をわななかせる。
本格的に洗い出すと、ふうー、ふううー、という吐息に変わった。
すがりつくよう娘の腕は力を増し、太ももは柔らかく挟みつけてくる。何かいけない事をしている気になるが、これは仕事であり、決してやましくは無いのです。
ようやく汚れが落ちると、石鹸の泡立ちは増してゆく。この頃になると完全にもたれかかっており、はあはあと荒い息を部屋に響かせていた。
「おい、背中を洗うから、ちょっと身体を離せ」
「…………」
こくんと娘は頷き、何をするのかと思えば、身体の向きを反対にさせ抱きついてきた。腹も胸も泡だくの身体にみっちりと抱きしめられ、しばし硬直をしてしまう。
ふううという吐息と共に「はやく、洗うっすぅ」と耳元へ囁かれると……いやぁーー、マズい! よく分からないけど、身体を洗うのってこういう感じだっけ? 知らないけどさ、洗ったことなんて無いし、ハハハ!
またがられたまま「はやく、はやく」と腰を揺すられると――もう無理です、ごめんなさい! これでも意気地なしだから女性経験が無いんです! 今まで生意気なこと言っててホントごめんなさい!
力任せに一気に洗い、頭から湯をぶっかけてやった。
ぶあッ!と口から湯を吹き出す魔物は、意外にも楽しげな笑い声をあげた。