さあ、食って寝るぞー
あーー、もーー、疲れたよーー。
風呂ってあんな感じだっけ。よく分からんけどさ、女と入った経験なんて無いし。つーか地球上のほとんどの生物がそんな経験無えよ。
などとボヤきながら、娘と一緒に果実水をグイと飲む。うん、よく冷えてて美味い。
掘っ立て小屋なので狭くて汚かったが、邪魔なものをどかし、絨毯を敷き、カーテン代わりに布を飾るだけで小綺麗になった。
しかし持っててよかったな、空間術。
適当に何でも放り入れてたけど、こういう時は非常に役立つ。大金を払い続けていた価値があるってものだ。
大きめのタオルや下着、寝巻きを取り出すと、薄暗いランプ明かりのなかで一緒に着替える。もちろんムチルのはブカブカだけど、この際だ、仕方ない。
「じゃ、あとは飯だなー。1週間分は確保してるから、好きなだけ喰っていいぜ」
頭からタオルをかぶり、ぼけーっと椅子に座っていたムチルは、その一言で起き上がる。よほど腹が減っていたと分かる浅ましい動きだ。
「ままま、マジっすか!? 食べ放題とかどこの天国……おほおおーーっ!?」
だらしない悲鳴に変わったのは、俺が謎空間から特大ステーキを取り出したからだ。じょわあと熱々で湯気を立てており、ソースも絡んでいるので実に美味そうだろう、ふふん。
空間術の内部は、独自のルールを定められる。いわば俺専用の世界なので、こういう風に時間停止まで出来てしまう。
「へっへっ、これを機に俺を尊敬するんだな……あっ、こらテメェ!」
話している最中だってのに、がぶりと肉にかぶりつきやがった。待て待て、寝巻きが肉汁でベトベトに……くっそ、洗ったばかりだったのに!
しかしムチルは大量に頬張り、もっぐもっぐ肉汁まみれで首をかしげてきた。
分かった分かった、そのうち食事のマナーを教えてやるから、今夜は大目に見てやるよ。
というわけでお食事タイムだ。
言っておくが俺は見た目と違ってかなり食う。肉体強化系ってのは、こういう風にエネルギーを大量補充しないといけないからな。
それが弱点って言ったら弱点かもしれん。まあ俺の場合は魔物の肉でもいざとなったら食うけどさ。
言っとくけど、あいつらは不味いってもんじゃ無いからな。
ふたくちでステーキを丸ごと口に入れ、しっかり噛んでからワインで流し込む。ムチルも欲しがったが、魔物にアルコールを与えたらどうなるか分からないのでお預けだ。
たぶんコイツも肉体強化系なんだろ。ぞぶりと骨付き肉を食らい、指についた肉汁をすすり、話せない代わりに俺の目をじいと見る。
磨いてみて分かったが、こいつはとびきりの美人だ。見た目の年齢としては15って所だが、成長してさらに美人になるかは魔物だから分からない。
たぶんミノタウロスと食事をするのは俺が初めてだろう。美味しい食事に「された奴」は山と居るだろうがな。
そう、こいつは過去に人を喰っている。聖騎士を始め、大量の人間を食したと聞いた。
だから俺は見た目で判断をしない。いつ襲われてもおかしくないと考えている。
じいと俺を見つめたまま、手のひらの油を舐め、ぷっくりと色づいた唇で指を舐めていても、油断なんてしない。
ごっごっと水を飲み、水滴を胸にこぼし、うっすらと鮮やかな色が透けてしまっても……油断は…………油断って何だっけ。
「ムチルちゃん、お水をこぼしたらいけません!」
「うるせえっスねーー、この男は。なんスか、何なんスか。こぼしたらどう駄目なんスか。放っておいたら乾くのに、なぁーにが駄目なんスか。あと『ちゃん』づけがキモくて寒気がするんでやめてくださーい」
飯の邪魔をしたせいか、綺麗な顔をゆがめ、侮蔑の表情に変えやがった。
うっわ、ハラたつなぁーー、コイツの顔は! 見れば見るほど腹立たしい!
……だけどさ、俺の免疫が無いせいかもしれないけど、その2つの膨らみがヤバいんですよ。破壊力があって。
どうなの? 大人になったらこういうのを見ても平気なの?
顔と身体が別物なのはわざとなの? それともバグ? 良く分からないけど、これがチートじゃないの?
わっと泣き出したかったけど、このあとまた風呂で洗うことを考えるとそうも行かない。
とりあえず歯磨きがわりの林檎を与えると、食べ終わるまで静かになってくれた。
こっくりこっくりムチルがうたた寝をはじめたので、面倒だけど寝具を整える。元々あった汚れた毛布はどかし、羽毛たっぷり最上級品のものへ取り替えた。
いつもの寝袋もあるけど、せっかく「今だけ2枚セットで半額!」のものを買ったのだし、こういう機会に試しておきたい。無駄使いじゃないと証明するために。
「おーい、ムチル。地面とベッド、どっちで寝たい?」
寝ぼけ眼で振り返ると、ムチルはじっと布団を見つめる。いかにも柔らかくて温かそうな光景に、小さな手を入れて来た。
「んーー……、こっちっス。地面はお前にゆずるっス」
「なにその寝言。こらこら、俺より先にもぐりこまない。ちょっ、力が強いなこの子!」
がっしりと大きな尻を押さえたけれど、ミノタウロスの前に進む力を止められない。
いや止められるのよ、本気を出せば。しかし、ぼすんと桃のような形をした尻を押し付けられ、嫌々と振られたら……分かるよね。
ぐぅー、むちむちした肉づきをしやがって。けしからん。
あっ、くそ! 尻尾で叩いて来やがった! ジンジンして地味に痛いんだけど、なんでそんなひどいことするの?
「よし分かった、引きずり出してやろう!」
「んわーー、やめろっス! 鬼、悪魔……あ、おっぱいが出たっス」
引っ張ったせいで服が剥け、ばるんと溢れてきた横乳に――はいもう無理です。
ほんとずるいと思う、女の子って。こういうのに俺が勝てないって分かってるんだよ。この卑怯者。エッチ。
のそのそとした動きでベッドは占領されてしまい、俺は溜息を吐いた。
まあいいや、地面で寝るのも慣れてるし。そう諦めて立ち上がると、むんずと裾を握られた。
「えーと、どうしたムチル?」
「寒いから早くはいるっス。もう、眠い……むにゃ」
くああ、と欠伸をし、少女は健康的な歯を見せつけてきた。
まあ、一緒に寝るくらいは構わないか。この様子では俺を誘惑する間もなく寝付くだろうし。
そう思い、もぞもぞと布団のなかへ入る。雪国ともなれば室内でも冷たい風が入り込む。それと比べたら柔らかく温かい布団の魅力には逆らえない。
ぎしりとベッドを鳴らし、そして手元のランプを吹き消す。
雪で閉ざされているせいか辺りは静まり返り、わずかな暖炉の火だけが残された。
ぐいぐい背中で押し合い、互いの占有域を奪う戦いはあったものの、やはりすぐに娘は寝入った。たくさんの食事をし、満足しきったんだろうけど……食い過ぎだから。
まったく、山盛りのあったはずの食事が3日で尽きそうだよ。
一定の間隔で響く寝息を聞きながら、どうして魔物と寝床を共にすることになったのか。腕枕をし、俺はゆっくりと考え始めた。
――発情しているのは真実だ。
口や態度では嫌っているが、片時もそばを離れないし、瞳は俺を追い続けている。少しでも身体が触れると、熱を持ち始めるのもその証拠だと思う。
悲しいことに、そんな経験が無いから良く分からないけど。
問題は、ムチルが何も分かっていない事だ。俺を嫌っていても身体と本能から子作りを命じられているように見える。
無自覚にあれだけ誘惑をして来るのだから末恐ろしいよ。
もしも理性を失い、手を出したらどうなる。
少し考えたら分かるけど、国や教会は俺を抹殺したがると思う。
魔王を倒した英雄だとしても――いや、だからこそ、魔物の子を成した者は「悪」だと断罪しなければならない。
なるべく秘密裏に始末をする。無理ならば魔物だけでも殺める。
ぞっとした。国の考えに慣れたせいで、こういうのをポンポン考えられる自分も嫌だ。
俺を聖者として扱いたがる国も嫌だ。
本当はただの馬鹿な餓鬼で、楽しいことばかりしていたい男なのに。
でも毎日毎日、嫌な事ばかりで本当に嫌になる。
嫌だ、嫌だ、全部忘れて自由になりたい。
眉間へ皺が寄り、ぐうと奥歯を噛み締める。
分かってる。こんな事ばかり考えるのは、魔王討伐というがむしゃらに頑張っていた目標が無くなったからだ。
いっそ相打ちになって死ねば良かった。
そう思い悩んでいたときに、ごろりとムチルは寝返りをうってきた。俺の腕を枕にし、ごしごしと頬を擦りつけ、そして平和な寝顔を見せる。
その時なぜか、ちょっとだけ嫌なものが消えてくれた気がした。
「……おもしれー顔」
思わず少女の頬を突ついてしまう。ぷにぷにと弾力があり、むずがるような顔をした後、ムチルは大きなくしゃみをし、そしてまた寝入る。
「うへへ、悩みの無さそうな顔をしやがって」
娘からの体温に包まれ、いつの間にやら眠気がやって来た。雪に閉ざされた小屋は静かで、うとりうとりと瞳は重くなる。
硬い角は少しだけ痛かったけど、すぐに俺も眠りについた。
のしかかる重さに気づき、目を覚ます。
いつの間にやら夜明けを迎えており、窓の外は白み始めていた。
重さの正体を知ろうと下を向くと、ふわふわの白い毛が視界を埋めている。
あー、やっぱり。寝ぼけて抱きついてやがった。
こいつは骨密度が高いのか、見た目よりずっと重く感じる。またがられ、腹を密着されている体勢だと尚更だ。
ムチルの体温は子供のように高く、雪国だというのに汗をかいてしまいそうだ。
どかそうと背中に手を回すと、すべすべの感触が待っていた。吸い付くようになめらかで、もっと触れたいと思わせる感触。
ふと横をみると、くしゃくしゃになった衣服らしきものが見えた。
「あー、ヤバい。こいつ裸になってるぞ」
眠いせいで俺もぼけっとした声を出す。
しかし、どうやってどけたものか。がっしりしがみつかれているので、あまり身体を動かせないのは厄介だ。
つかむのにちょうど良い場所を求め、俺の手は進む。
驚くほど華奢な腰を通り過ぎ、一気に角度をつける尻の感触を覚えたとき、むにゃりと首元でムチルは寝息を漏らす。
「むにゅ、美味しい、肉、むにゃ」
とろりと流れてきたのは……おいおい、唾が垂れてきてるぞ! べとべとにされる前に脱出しないと!
そう考えていると、ぱくんと耳を食まれた。
「肉、肉、うま、うま……」
美味くねえよ、俺の耳だよ!
そんな心の声もむなしく、肉汁をすするように舌から舐められ、はふはふという吐息が入り込む。
獲物だと認められたのか、がっしりと俺の頭をホールドされると……マズい、寝ぼすけさんが本格的に食事を始めやがった。
ぺろぺろと舌から舐められ、甘噛みをされるのは困ってしまう。早くどかそうと身体に触れると、びぐんと少女は震えた。
そこからは、まるでスイッチが入ったようだった。布団の中は湿度を増し、ぷっくりとした唇に耳たぶは食まれ……ムチルの身体は小刻みに揺れ出す。
むあっとした香りはどこかミルクじみた甘いもので、これがきっと少女特有の匂いなのだろう。
濃い香りは彼女が動くたび、わずかな風に乗って運ばれてくる。それは今まで嗅いだことのない、頭がジンとするほど魅力的な香りだった。
ちょっ、ちょっと待とうか。落ち着こう、うん。
何か知らんが、ピンチなのは分かったぞ。寝ぼけた娘からピンチにされるとか、俺って何かおかしいのかなー、ははは。魔王討伐者って何だっけ。
がっしり捕まっているので動けないが、何か手はあるはずだ。そう思い、下をちらりと見れば、絵に描いたように見事な谷間があって……視界に頼るのは速攻で諦めた。
では、唯一動かせる腕を使うか。
何かから導かれるよう、ぺたんと触れた場所は汗に濡れており、「おう」と動物じみた声をムチルは漏らす。
何かが変だ。
ムチルの呼吸がだんだん早く浅くなってきた。
嫌な予感に背中を押されるよう、俺は最後の手段として――――尻をつねりあげた!
んぎゃっ!と娘は悲鳴を漏らし、夢から目覚めたらしく辺りをきょろきょろと見回す。大きな瞳は後ろを向くと……そこには尻をつねっている俺の指があった。
直後、どすんとベッドから蹴り出されたね。
それはもう牛を思わせる見事な蹴りで、俺は受身も取れずに頭から落っこちた。
「暴れるなら、ムチルのベッドから出てけ! さっさと飯の準備でもして来るっス!」
くわっと牙を剥く様子の恐ろしい顔と来たら……。
あっれぇーー。おかしいな、俺が被害者のはずなのに。どうして耳を涎でベタベタにされた状況で、首を変な角度に曲げてんだ?
分からないなー、魔物って。
そう思いながらも脱力した俺は、文句の言葉も出せずに身を起こした。
雪国の床って冷たいんだなぁ。




