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誰も知らない神の領域  作者: 駿河留守
天の領域
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天使の記憶①

 わたくし、アテナ・マルメルはイギリス郊外の小さな田舎町に生まれた。家は農家であり、わたくしの父母はお互いに水属性を使う魔術師だった。その水属性の魔術を使い農作物に水を撒いたり、魔力の波長の特性上使用が可能な風属性を用いて作物の移動などのどかな生活をしていた。わたくしも当初は水属性魔術を使ってふたりの手伝いをよくしたものだ。

 負という言葉がまったくもって無縁の生活をしていた。だが、わたくしが8つのころだった。イギリス魔術結社はとある中小魔術組織の連合軍と戦争状態に入った。戦争理由としてはイギリス魔術結社の傘下になるように打診したのを拒否し、またこれ以上の介入を防ぐためにそれぞれの魔術組織が連携をしてイギリス魔術結社を打倒そうということで起こった物だった。

 戦力も魔術師の数もイギリス魔術結社の方が圧倒的だった。しかし、連合軍は徹底的なゲリラ戦を行った。魔術組織を名乗っているのにもかかわらず背後から銃で狙撃したり、落とし穴で敵をはめて中の棘で刺し殺したり、渓谷を爆破して敵を生き埋めにしたりかなり古典的な作戦を組んできた。魔術に対する戦闘に慣れていたイギリス魔術結社の魔術師にはその古典的作戦への咄嗟の対応が出来ず次々と散って行き戦争は長期戦の泥沼状態になった。

 その戦争という状態を利用して商売をしようという組織が存在した。それが機関だ。機関は属性戦士の他にも多くの魔術師たちを育て上げて他国に売りさばいていた。わたくしもそのうちのひとり。でも、属性戦士たちは少し違っていた。

 わたくしが機関でやられたことは人工的に天使の力を発現できないかという実験の被験体だった。そして、その発現させた天使の力を持つ魔術師は高く売れると踏んだ。

 その実験には多くの被験体が必要だった。それも成長途上の子供が都合いい。そこで機関はある小さな村を敵襲に似せて襲わせた。その村がわたくしの住んでいた農村だった。目の前で両親を殺されて育てた作物は焼き払われてぼろぼろになったわたくしは暗い牢獄のような実験場に連れて行かれた。

 わたくしの他にも数多くの子供がいた。

 最初に連れていかれたところは白と青を基調とした病院の診断室のような清潔な部屋だった。笑顔の白衣を着た数人の研究者がいた。何をされるか分からない不安はその笑顔で少し解消されたが、部屋の中央にあるベッドに寝ようとした時に部屋の奥の扉から見えた肉の塊を見てわたくしは顔が真っ青になった。その肉の塊が何なのか?考える間もなくわたくしは拘束器具で動けないように拘束された。

 怖かった。笑顔を浮かべる研究員たちの手には注射器があってそれを腕に躊躇なく打たれた瞬間、体中から血が噴き出た。全身が焼けるような痛みに襲われて自分の吐血した血で視界が遮られて脳みそが焼けるような激痛が10分くらい続いた。だが、その痛みは突然消えた。全身に走り続ける痛みも研究者たちが行った回復魔術で治療される。痛かったね、怖かったねと慰められる一方でわたくしは自分の身に何が起きたのかを聞く前に扉の向こうの肉の塊について尋ねた。

 あの子たちは残念ながら耐えられなかったんだ。そう言った。耐えられなかったというのはさっきの注射で打たれたあの痛み。もし、耐えることが出来なかったらわたくしもただの肉の塊になってしまっていた。そう考えると震えと涙が止まらなかった。

 その時、わたくしが手に入れたのは天使の力に似せた負の力だった。白い羽を操り相手の魔力の発動を妨害する力だった。

 元の暗い牢獄に戻って来た数多くの子供たちのうち3分の2は戻ってこなかった。みんなどうなったのか?想像できなかった。

 それからは手に入れた人工天使の力の強化に勤しんだ。わたくしと同じ部屋で力の強化をしていたひとりの子が手に入れた力を使って機関からの脱出を試みた。でも、目の前で閃光のごとく首を跳ね飛ばされて部屋中が人間の血で染まった。人の中にあんなに血が詰まっているんだとわたくしたちに見せつけるように。

 それからひとりひとりと子供たちが姿を消していった。怖かった。次は自分になるんじゃないかと。あれから何度も最初に打たれた注射を打たれて肉の塊になって死んでしまう恐怖と痛みによる悲痛に何度も耐える日々。そして、ついには衰弱してわたくしの目の前で死んでしまった少女もいた。恐怖に精神が壊れて仲間を襲って殺した少年もいた。毎日、安らぐ場所なんてどこにもないいつも命を失うことを余儀なくされる日々の毎日だった。

 腕には注射によって腫れあがった跡があって背中には天使の翼がすでにわたくしには合った。

 わたくしと同じように天使の翼を持ち恐怖に打ち勝ち続けそれなりに仲を深めた少年が私にはいた。同じように地元の農村にのどかに生活していたが同じように機関の襲撃にあった。同じように親を目の前で殺された。同じ境遇の人物は互いに苦しみを分け合う。わたくしはその少年と仲を深めた。だが、深めると同時に肥大化していった不安は彼が同じ牢獄に戻ってこなかった時の恐怖だ。彼の死と自分の死は天秤にかけても同じ重さだ。彼が死ねばわたくしも死ぬ。そんな恐怖にふたりで耐え続けた。

 何度も体に大きな負担のかかる実験によってわたくしの体の成長は止まってしまった。それを告げられた時の絶望感はもう言葉では言い表すことはできない。子供も産むこともできない、胸も出ることはない、背もこれ以上伸びることはない。それを告げられたのは12歳の時、機関の研究所に幽閉されて4年がたっていた。

 その間、暗い日差しの入らない研究所の生活ばかりで外の世界がどんな世界だったか、もう思い出すこともできなかった。それは少年も同じだった。

 そのころにわたくしが得ていた天使の力は魔術の発動妨害の羽と浮遊の能力の翼のふたつだった。少年は魔術妨害以外はわたくしと同じ、違ったのは千里眼に似た力を持つ天使の瞳(エンジェル・アイ)だった。研究員曰くわたくしたちの生き残った大きな要因としてはそれぞれが魔術妨害と天使の瞳(エンジェル・アイ)が戦場に大いに役に立ち金になるということと、他の被験体の子たちには同調しなかった力だからという理由だったことを後で知った。

 同じ牢獄で二人だけになったわたくしと少年はふたりで誓いを立てる。

 いっしょにここから出よう。そして、人の少ないのどかな土地でいっしょに野菜でも作って平和に暮らそう。それはわたくしのたったひとつの望み。

 でも、その望みは打ち砕かれる。

 いつものように研究員に連れて行かれて彼らによって人工的に作られた天使の力が収束された槍を渡された。その槍を使って実験闘技場に現れる者を殺すことが出来たら晴れて研究所から出ることができると言われた。

 握る槍に力が入った。

 最初に現れたのは見覚えのある天使の翼を従えた少女だった。え?っと思わず口に出してしまった。困惑は相手側にもあってこれからどうしていいのか戸惑った。その時、闘技場の上部の窓からわたくしたちを見守る研究者たちが外部音声でわたくしたちにこう言った。

 早く戦いなさい。さもないとどちらも死ぬことになるぞ。

 恐怖に駆りたたされた少女はわたくしと同じ槍に白い羽を集め出した。そのころのわたくしには白い羽は魔術の発動妨害以外に使用する用途がないと思っていた。でも、彼女は羽の集めた槍を構えてわたくしに向かって投げてきた。その羽から発せられるのは衝撃波。爆発だ。爆風によって飛ばされるものの上空で翼を広げて態勢を整える。そして、彼女に問いかける。

 協力してここから脱出する方法を考えよう。戦う相手はわたくしじゃない。あのガラスの向こうにいる研究者だと。でも、少女は言い返した。彼らに逆らって生きていたものはいない。死にたくない。それはわたくしだっていっしょだ。彼女は再び羽を集めて攻撃してくる。それを交わしてどうにか説得しようと試みる。でも、無駄だ。そう思った一瞬だった。気付いたらわたくしは自ら握る槍が少女の胸を突き刺していた。震えが止まらなかった。少女は全身、白い羽に覆われていた。人工天使の力は魔術、教術のような陣の発生をしないけど、発動の根源は魔力。力を使えず恐怖に歪み死んでいったのは何となく分かった。そこでわたくしは新たに白い羽で衝撃波を作り上げる力を手に入れた。なぜ、どうして手に入れたのか分からない。でも、分かることはこの力はわたくしが殺した少女から得たものなんだということだ。この魔術妨害も天使の翼も元は誰かの者だった。その分だけここでは人が死んでいる。

 精神が壊れそうだった。

 そして、次にわたくしの目の前に現れたのがあの少年だった。

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