剣士の心と①
時間も時間でありその日はホテルに戻って眠りに着いた。一部屋で3人で寝ることはできないので夜は基本的に起きているハンナにはシングルルームで待機してもらって俺とキュリーさんとでツインルームで眠りに着くことになったのだが・・・・・。
「私は嫌よ。男同じ部屋で寝るなんて」
と駄々をこねるのだ。
「いや、俺は何もしないから」
「どこにその保障があるの?」
めんどくさい。一応俺は毎晩のように美嶋の家に寝泊りしていたがやましいことが起きたことなんて一度もない。寝顔を見ていると邪魔したらいけないなって思う程度だ。若さという欲望に振り回されるほど俺は軟じゃない。
「つーか、ベッドは別れてるから大丈夫だろ。同じベッドで寝るわけじゃないんだから」
「ダブルベッドなのよ」
「へ?」
俺は一度ホテルに入ったときは倒れてしまったハンナの介抱をするためにハンナが止まるシングルルームにしか行っていない。だから、キュリーさんがとったもうひとつの部屋を見るのはこれが初めてだった。
エジプトらしい赤とか黒かと幾何学が入った絨毯にベッドの隣にはベッドランプがあって明かりはそれだけ。化粧台に鏡があってトイレも完備されているがその中で異彩を放つベッドはひとつだけだった。
「マジか」
俺の脳裏で若さという欲望がキュリーさんの寝ることを想像してしまった。美嶋と違うのは大人びた風貌。しまったウエストから出ているお尻と胸。そのスタイルはいっしょに寝ることが当たり前だった美嶋とはまったく違う。そして、金色の髪に青い瞳。整った顔立ちは・・・・・あれ?もしかして、こんな美人といっしょのベッドに寝られるなんてラッキーなんじゃね?
「何か想像した?」
いつの間にか取り出された剣が俺の眼球に突きつけられた。
「い・・・・いえ、なんでもないです」
その殺気に殺されそうだ。
「でも、どうするんだよ?明日はやることがあるんだぞ」
退去を命じられているのにそれに反抗する先住民族の方と下手したら戦闘という可能性もある。少しでも体を休ませる必要があるのに。
「あなたが床で寝ればいい」
「なんで俺が床なんだよ。いっしょに寝たくないって言ったのはキュリーさんだろ!だったら、キュリーさんが床で寝るべきだ!」
「レディーに向かって床で寝ろって言うの?男として恥ずかしくないの?」
女って本当に理不尽。
「レイランの言うとおりキュリーさんがゴリラなら床で寝てもなんら問題は」
「死にたい?」
笑顔が怖い。
「俺は何もしないって仮に何かしたらその剣で俺を斬ってもいいから」
「なら、部屋に入るな」
すでに八つ裂きになるじゃねーか!
「思春期の女の子じゃないんだから少しくらい我慢しろよ」
駄々のこね方はお父さんといっしょはいやだとか言ってる思春期の女の子じゃないか。キュリーさんはどう考えても年は俺より上だ。20歳くらいだろう。だったら、男と夜を共にしている経験くらいあるだろ。
「我慢できるわけないじゃない。私にとって同じベッド寝ていい男はひとりしかいない」
「・・・・・え?」
剣をおろしたキュリーさんは下を向く。
「私の体は彼のためにある。汚すわけには行かない。少しでも不安要素があるようならそれは排除しないといけない」
その瞳から感じるのは強い意思だ。彼女には唯一心を許した男がいる。俺はその男のことをこの旅の中で何度か耳にしている。
「ロズって奴か?」
「・・・・・そうだけど」
そのロズのことを聞こうとすると彼女はその刃でキバを向く。どうして、知られたくないのか。単純にそのロズに恋をしているのが恥ずかしくて知られたくないだけなのか?それとも他にも理由があるのか?
「ロズってどんな奴だったんだ?確か・・・・・なんかすげーことをやったんだよな?」
前に聞いた気がするけど覚えていない。
「すごいこと・・・・・カントリーディコンプセイションキャノンから打ち出された砲弾から国を守ったことよ」
そうだ。着弾したら国を跡形もなく破壊する砲弾の被害を一度だけ防いだのはそのロズという男だ。確か七賢人の称号を持っていたはずだ。それよりもだ。どうやってその砲弾から国を守ったかだ。もしもの事態に役に立つかもしれない。
「そのロズはどうやってその古代魔術兵器から国を守ったんだ?」
「・・・・・彼は別に特別なことはやっていない」
「じゃあ、何をやったんだ?」
「・・・・・誰も言わないことを約束して欲しいわ」
「言わないけど、明日会うレイランにはばれるぞ」
あいつに対して手遅れだからと付け加える。一応、人の過去だ。聞き出すこと事態が余り俺の好まれたことじゃないから人に言う気なんて一切ない。これこそ破ったら斬られてもいいと思う。
「ロズは私に光をくれた。闇の中に沈んでいる私に光を与えてくれた」
「光?」
窓を開けると夜の乾いた風が部屋の中に入る。そして、照らされた青白い月明かりが薄い金色の髪を持つキュリーさんを照らす。それはまさに光だ。
「光ってなんだ?」
「教太も経験はない?苦しくもがいても沼のそこから抜け出せないような現実を変えてくれたような人に出会った経験?」
魔術に出会う前の俺は正直無だった。何も自分というものを証明できるものがなくてただ現実に流されるように抜け殻のように生きていた。そんなときに空から落ちてきた光。シンの力を所持していて無だった俺に有を与えて魔術の世界に関わるきっかけを作ってくれた少女、アキ。彼女こそが俺にとっての光。
「・・・・・ある。アキって女の子だ。彼女がいなかったら今の俺はない」
「私も同じ。ロズという光がなければ今の私はいない」
俺がアキのために強くなっているのと同じようにキュリーさんもまたそのロズと言う男のために強くあろうとしている。
「俺がアキから魔術を教わったようにキュリーさんもロズに今の技術を・・・・・」
「そう、人を笑顔にするための力よ。今の私はその力で人を傷つけている。本当に矛盾しているのよ」
剣を月明かりに照らしながら語る。
「視線誘導とポーカーフェイスとかユーリヤは言っていたな」
「・・・・・そうね」
やはり、聞き出そうとすると強い拒絶を感じる。やはり、無理して聞き出すのは無理そうだ。でも、ユーリヤの言ったふたつのキーワードとキュリーさんが透明化の魔術を施すときに見た光からどんな技術なのかは―――。
「教太は私の技術がどんなものか大方知っているんでしょ?」
「え?いや・・・・・そんなことは」
「もう、別にいいわ」
突然、キュリーさんの声が柔らかくなった気がした。
それに驚いて視線をキュリーさんに戻せばすでにキュリーさんの手から剣はなくなっていた。
「まぁ、言ってしまえば簡単な話よ。ロズの技術は」
「そうなのか?」
「そう、やっていることは単純よ」
とキュリーさんが不意に左手を高く掲げる。そして、気付けばさっきまでなかったキュリーさんの剣が再び右手にあった。
「いつの間に」
「視線誘導。ユーリヤが言っていたロズの技術の一つ。別のほうへ注意を引かせて誰も見ていないほうで本命の準備をする」
別のほうへの注意というのが無意味に掲げた左手。そして、本命というのは右手に握る剣を取り出すということだ。
「その際に視線や表情で本命の準備を悟られてはならない。これがポーカーフェイス」
キュリーさんの目線や表情から俺の注意には左手に向いた。これがもし、右手のほうに注意が向いていたなら視線誘導が成功しない。
「そして、ユーリヤは言っていなかった最後のひとつの技術」
彼女は初めて魔術のカードを俺に見せた。トランプのカードよりも一回り大きいカードの真ん中には五芒星の陣が描かれている。そして、そのカードにどこから取り出したのか分からない十字架で打ち付けると陣がキュリーさんの手のひらから生えるように氷柱が発生する。
「え?なんで?」
俺は視線誘導をされていない。しっかり、カードに注目して十字架を打ち付けて魔術を発動させるところを見た。それは見慣れた魔術の発動動作だ。でも、魔術が発動するときに怒る青白い光と共に浮かび上がる陣を見ることはできなかった。それはどうしてか?
「答えは単純よ。光を抑えただけ」
「発動のか?」
キュリーさんはうなずく。
「発動の光って抑えることができるのか?」
「ありったけの力をこめて発動した魔術は強い光を発するでしょ?教術師のあなたのほうが経験があるはず」
確かに魔術の発動の光にあわせて発動する魔術の威力も変わっている気がする。特に感情や精神状態によって強くも弱くもなる教術師である俺は何度かその経験がある。
「強くできるならその逆もできる。視線を誘導できても魔術の光でせっかく向けた注意が台無しじゃない」
キュリーさんの魔術が発動したところを見ることができないことはわかった。でも、疑問は他にもある。
「なんでそんな面倒なことをする必要があるんだ?」
確かに魔術の発動は教術と違って隙が大きい。また、相手が魔術を発動するぞっと身構えることもできるし、相手がどんな魔術を使うのかを把握していればどの魔術を発動するかを対策を考えるだけの隙を与えることになる。それを消すことができるのは大きいがどうしてそんなことまで魔術を発動しているところを隠す必要があるのか?
「そんなことは単純よ」
「え?」
「魔術の発動モーションをせずに魔術を発動させるところを見るのは面白いでしょ」
本当にただそれだけだった。人を笑顔にする。ただ、それだけのためにロズという男が見出した力は神の領域でもなんでもないただの技術の領域だった。




