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Side2:第二十章

 中間考査は金曜日から、土日をはさんで、火曜日までの三日間にわたって行われた。

 最終日の放課後、穣は継子を考査前に行った喫茶店にまた連れていった。

 「じゃあ、見せて」

 席に着くなり、穣がそう言って手を出してきたので、すこし慌てながら、継子は鞄をまさぐり、紙の束を取りだして渡した。中間考査の、問題用紙である。解答用紙はテスト後に回収されてしまうから、自己採点を行うため、穣が問題用紙にも解答を書かせたのであった。

 受けとると、穣は素早く目を通し、あらかじめ答えを知っているかのように素早く赤ペンを走らせはじめた。継子は、しばらく緊張して、ぎこちなくハーブティーを飲みながら、採点の了わるのを待っていた。

 テーブルは、二人が注文した飲み物と、継子のテストと、筆記用具、それに、穣が出した大学ノートで溢れんばかりである。穣は時々、積まれた5、6冊のノートの山から一冊を抜き出し、読んで、また赤ペンを執った。ノートには、びっしりと穣の文字が書かれている。察するに、穣の学習ノートなのであろう。

 30分程で、採点は了わった。赤ペンを置いて、採点済のテスト用紙をまとめだした穣に、継子は訊ねた。

 「ど、どうだった……?」

 手を膝に置いてしまって、肩を強張らせている継子をみて、緊張を解いてやろうと、穣はすこし表情を和らげて答えた。

 「よく出来てる。ずいぶん、勉強したと見えるよ」

 「ほんとに!?」

 朴直な心をしていないために、穣の賛辞は、どこか皮肉が感じられるものとなってしまったが、心に余裕がなかった継子は、言葉をそのままに受けとり、無邪気に慶んだ。

 実際のところ、継子の成績はすばらしいと言って差し支えないものであった。7教科のテストで、合計が612点であるから、一教科あたりの平均点が85点を越えている。特に、一般教養科目の英語に於いては、満点の100点をとっている。穣がB組へ「降りて」きて、初めての中間考査を迎えてみて、ひとつ愕いたのは、一般教養科目のテストが外注のものであったことである。第二校舎のクラスでは、すべての授業を一人の担任教師が教える。そのため、教師がテストを作っている時間がないのである。7教科の内、魔法系の2科目だけは作るが、外の科目は、同年代の高校と同じものを買って、使っていた。そのために、難易度はA組のそれとさして変わりがない。しかし、授業の内容自体は低レベルであったから、第二校舎の生徒はみんな一般教養科目の点数が悪い。まだ答案返却はされていないものの、だいたい平均50点も取れていれば良いものであろうと、穣は思っていた。

 「国語91、社会90、理科93、数学は他より目立つが、それでも84。……一般教養科目だけで、458点も取れてる。同じテストを受けて、お前より点数の取れない者は、A組にも珍しくないと思う。つまり、ことこれらの教科に於いては、お前は十分にA組レベルと言えるな」

 穣の賛辞を受けて、継子は、ずっと滞っていた血流が一気に全身を駆け巡る様な、熱を持った高揚感を覚えた。拍動が速くなり、全身が血色を帯びる。零れはしなかったが、じんわりと涙が浮かぶのもわかった。

 中間考査を、穣はただの試金石と言ったが、継子にとってはそれまでの自分を試されるのである。この結果如何によっては、もしかしたらそれなりに勤勉に生きてきた自分の16年間の人生を、全く否定されてしまうかもしれないという緊張感が、考査を受ける継子の頭には常にあった。それが今、一気にほどけた。

 「けども、問題もある」

 顔と眼を真っ赤にして、もう殆ど泣きそうな貌をしている継子を醒めさせる様に、穣が言った。

 「一般教養はすばらしい。そこへ文句はない。が、一方で、魔法系の科目が取れていない。一般5科の平均は90点を越えるのに、魔法2科の平均は80点にも届いてない。瞭らかな、苦手科目ということだ」

 ぱらり、と採点された魔法系2科目の答案を、継子の前に広げた。

 「魔法系のどれが、という話ではなく、全体的に不正解が多い。ということは、知識が浅薄であることに他ならない。聞いたことはある、やった覚えはあるだけで、それが脳の深奥で定着せず、表面で漂っている。だから、急に臨んであわてて掴もうとしても、ぬるりとその間を抜けてしまう。いくら魔法を学ぶ環境が整わないとはいえ、レベルの低い中間考査でこれだけの不正解を得てしまっているのは、少々まずい。毎回、これくらいしか取れていないのか?」

 「うん……魔法は、いつもこれと同じくらい、70点から80点の間をうろうろって感じ」

 「それは、困るな。大いに困る。魔法系を取れないと、進級はちょっと無理だ。3回受けているんだ、お前にもわかるだろう」

 黙ってうなずく継子の貌からはもう緩みは消えているが、初めの切羽詰った、絶望を絵に描いた様な表情ではなく、現実の問題を直視して、どうにか取り組もうという貌である。こういう貌をするには、自分のやったことで認められなければいけない。自分の歩く先が正しいことを、自分の踏みしめる階段にきちんと基盤のあることを知らなければ、人は堂々歩くことは出来ないのである。

 継子の貌に、そういう自信をみとめた穣は、今の自分がそういう類の自信を持っていないことに気づかされた。継子は、穣を大樹と思って寄っている。しかし、穣の内情は空虚である。穣自身、空虚であることを、先月ようやく知ったばかりで、ここに何を詰めたものか、何を載せたものかまるで見当がつかない。今の穣は、長く空虚の露見することを恐れるがあまりに作り上げた厚ぼったい外皮を砕くために、ちいさな槌を振りあげているだけである。いずれひびがはいり、空虚は外気と混ざる。空虚は、それを囲うものがあってこそ存在するのであり、外へ触れた時点で、「空虚」は消失する。今まで自分の一杯を占めてきた空虚が失せたところへ、何が流れ込んでくるのであろう。穣は、最近よくそれを考える。グラバー教諭は、とにかく学校に来いと言った。それは、何が流れ込んでくるかを恐れて囲いを厚くするのではなく、まず空虚を手放せ、ということである。後生大事に抱え込んでいる穣の不可侵領域へ、外気を一杯に流し込めと言ったのである。穣が、柄にもなく継子の頼みを聞いたのは、これが外皮を壊す槌の一本になるかもしれない、と思ったからである。継子への憐情もあったが、何より穣は、他者との関わりを希求していた。それも、幸や美穂の様な知り合いではなく、全くの他人と、新たな関わりを作らねばならないと、はげしく思っていた。その先、自分にどういう変化があるか、穣は知らない。けれども、何事か変化せずにはおれまい、という確信だけを携えていた。

 穣が、そういう不安に苛まれていることを、継子は知らない。穣は自分より何もかもが上で、あらゆることを深く考えていると思っている。だから、穣が悩んでいるとも悲しんでいるともとれない、ふしぎな表情で急に黙ってしまっても、自分への助言を考えているのだと思って、穣が話し出すのを待てたのであった。



(続く)

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