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Side1:第二十章

 校舎を出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。

 それもそのはずだ。時刻は午後八時を回っている。いかに五月の終わりといえど、この時間は夜に分類されるだろう。

 会議自体は一時間ほどで終わった。内容のほとんどが、「既に決まっている事項の報告」だったからだ。

 しかし、それで帰ることが許されるほど甘くはなかった。なんと場所を訓練室に移し、それぞれの学校がどのようなパフォーマンスを行う予定であるかを簡単に見せるなどと言い出したのだ。これは三人の会長の間では既に決まっていたことらしく、ごく自然な流れで連れて行かれた訓練室には、テレビ会議用の機器がセッティングされていた。

 パフォーマンスということは転写を使わなくてはならない。その制御のために例の医者からもらった指輪を使ったため、かなり疲れた。これからまた一時間以上かけて寮に戻るかと思うとげんなりするくらいには。

「さてそれでは、これにて解散だ。遅くまでかかってしまって申し訳ない」

「みんなお疲れ様。次に集まるのは競技会直前になってしまうかもだけど、それぞれ頑張って準備しましょうね」

 一校、二校の両生徒会長が一言述べ、これにて正式に解散となった。

「さて、それじゃ帰りましょうか。みんな駅までは一緒かしら?」

「――まあ、そう()くでない」

 会長のその問いかけを遮る声があった。

 幼さの残る声。しかし発せられたのは老成した古めかしい言葉。

 声の主は五井輝近(あきちか)。二校生徒会庶務を務める、三年生の女子生徒だ。

 会議中は発言も少なく、あまり目立っていなかったが、自己紹介のときは目を疑った。五井の容貌は、よくて中学生――頑張れば小学生にも見えるのではないかというほどに幼い。しかしその口調は容姿とは裏腹に、古臭い――今時高齢者でも使わないような――、時代がかったものであったのだから、尚一層の驚きであった。語尾に「〜じゃ」をつけて話す人を俺は初めて見た。

 ゴタゴタしていたので先輩に聞いてみる機会はなかったので今まで放って置いたのだが、ここに来て彼女の方から発言してくるとは。

「今日はもう時刻も遅い。それに、会議だけじゃなく練習までしたのじゃ、腹も減っておろう。このまま解散してしまっていいだろうか、いや、よくない」

 力強く反語法を用いて、彼女は続ける。

「どうじゃ、親睦を深める意味も兼ねて、夕食でもともにせんかの」

「ああ、いいんじゃないかな、僕は賛成だよ」

 すぐさま反応したのは二校の田辺だった。

「うん、いい考えだな五井。どうだろう藤宮会長」

 川邑会長が藤宮会長に水を向ける。「無論我々持ちじゃ」と五井が付け加える。

「私はぜひご一緒したいところだけど――みんなはどう?」

 俺は異論がなかったので小さく頷いた。どうせ寮に帰ってもすでに飯はないからどこかで食べて行くつもりでいたのだし。

 一校側から異論がないことを確認し、藤宮会長は

「じゃ、そうしましょうか」

 と結論を伝えた。

「よし、決まりじゃな! では早速参ろう」

 五井が嬉しそうに先頭に立って歩き出す。それに続いて行軍すること五分ほど。

 二校の周りにはとにかく建物が多い。そのうちの一つ、雑居ビル然とした建物の一階が、目的地だった。

「ここは安くてそこそこうまい、量も結構ある、まさに学生向けみたいな中華屋でね、二校の生徒は結構みんな使うんだ」

 五井が先に店に入って席が空いているかを確認している間に、二校の田辺が俺と田辺に教えてくれた。席があったと促されて入った店内には、なるほど「学生サービス」などの張り紙が見られた。さすがにこの時間は、スーツ姿のサラリーマンたちがジョッキを傾けている姿が目立つけれども。

 同じ釜の飯を食った仲なんて言葉もあることじゃ、などと五井が言い、運ばれて来た料理をめいめい取り分け、食事が始まる。

 俺と田辺以外が上級生な上、これまた五井の提案で席順をバラバラにしてある。そのため左が二校の吉沢、右に一校の岩淵という席配置。

 自然、口数は少なくなるが、料理を積極的に食べることでそれを誤魔化し、話を振られた時にだけ反応する。

 俺の向かいでは両会長が隣り合っており、先ほどから二人して全体の会話の中心になっている。

「そういえば一校の一年生二人は、既に転写をマスターしているのだな。一年のこの時期にそんなことを学んでいるとは、さすが一校、だな」

「ううん、実習の授業ではもっと先よ、二校とそんなに時期は変わらないと思うけど」

「では、独学か、ますます立派だな」

「独学というか……特訓?」

 会長がこちらを向いてにっこり笑う。急に水を向けられた俺は、慌てて咀嚼していたエビチリを飲み込む。

「そうですね、特訓……ですね」

「ほう? では生徒会のメンバーで教えたということか。それもまたすごいな」

「二人の頑張りよ、すごいのは」

「いや、先輩方がみっちり教えてくれたからですよ。俺はそんな、皆さんみたいに出来が良くないので、先輩方には苦労をかけたと思ってますけど……」

「――あら、貴方、生徒会の執行部にありながら、出来が良くない、ですって? 聞き捨てならないですわね、それは」

 突然、左隣から冷ややかな声が飛んで来た。金髪縦ロールのお嬢様こと、吉沢だ。

「え? ああ、いやまあ、そうですね、割と……」

「ふん……そんな生徒が入っているなんて、一校の生徒会はもっとしっかりしているのかと思っていましたわ。とんだ見込み違いでしたわね」

「な――」

「吉沢! ほら、酢豚食べなよ。酢豚、好きでしょ。ここの酢豚はァおいしいからね」

 絶句する俺に助け舟を出す……というか話を逸らすのように、斜向かいに座る二校の田辺が吉沢の取り皿に酢豚を取り分ける。

「あら、ありがとう」

「はい、食べてみて。一口目のドロッ感が違うからね、他の店とは。すごいんだから。内藤君も、どう?」

「いや、俺は大丈夫です、まだエビチリあるんで……」

 田辺から言葉と共に謝罪の込められた視線を感じ、目をそらしながらエビチリを口に運ぶ。

 一瞬生まれた空白に、今度は岩淵先輩の声が通る。

「そういえば、どっちの生徒会にも田辺さんがいるのよね」

 田辺が露骨にぎくっ、という表情をする。

「そうなんですよねー、紛らわしいとは言わないですけど、一瞬どっちかわかんないですよね、田辺って呼ばれると」

 一方の田辺――二校の田辺は涼しい顔だ。

「何か呼び方でも決めておけばいいのかもしれんな、それぞれに」

「なるほど、それは確かにそうだね」

 と、川邑と頷き合っている。

「うちではきょうちゃん、って呼んでるの。下の名前が香子だから」

「なるほど、それはいい。なんというか、雰囲気にも合っているな。田辺、ああ、一校の方だ、もちろん、差し支えなければ私もそう呼んでいいか?」

「あ、はい! 全然大丈夫ですよ!」

 嬉しそうに田辺がはにかむ。

「あちらさんがきょうちゃんなら、僕は省吾だからしょうちゃんかな?」

「いや、お前は田辺だ」

「はい」

 一方二校の田辺は、川邑会長にバッサリ切り捨てられていた。

「たーくんも、きょうちゃんって呼んだらいいのに」

「いや会長、それはちょっと……それに俺はほら、こっちは田辺、あちらは田辺さんで呼びわけられますんで……」

 先ほどとは打って変わって、和やかな空気が流れる。

「私はべつに、そう呼ばれても構わないよ?」

「いや、まあ、ねえ……それはなんつーか、抵抗というか、問題があるというか……」

 間違って教室できょうちゃんなんぞと呼んでしまった日には、クラスの連中からどんな目で見られるかわかったものではない。

「田辺君、急にどうしたんですか、顔が怖いですよ」

「え? ああいや、ほら、この麻婆豆腐が思ったより辛くてさ、舌が痺れちゃって……」

「……」

「そうだねー、もう僕に興味ないよね、大山さんはね。天津飯のほうがいいよね。おいしいもんね」


 そうして顔合わせの会食が終わり、駅の改札の前で今度こそ解散となった。

 俺と加藤先輩と岩淵先輩の乗る、東京の西の方へ向かう向かう電車が一番最初に到着し、一足先に離脱。

 二人の田辺が並んで立って、同じように手を振っていたのが印象的だった。

「どうだった? 初めて会う二校の人たちは」

「そうですね……なんというか、うちの生徒会が平凡に思えるくらいには、個性の強い人達でしたね」

 加藤先輩の問いかけにそう返すと、岩淵先輩がふふっと笑いを漏らした。

「その灰汁の強い人達と、うまくやっていけそうかしら?」

 べつに灰汁が強いとは言っていないだが、苦笑いしながら、まあそうですねと答えた。

 その言葉が間違っているとは思えないからである。

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