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Side3:第三十五章

 「じゃあ、その結界魔法を使って周りから見えないようにした後、船に乗って、ここまで隠れてきたってことですね」

 「その通り」

 頷くハルファスを目の前に、士沢は改めて頭の中で状況を整理していた。つい今しがた披露されたハルファスの結界魔法の隠蔽能力であれば、誰からも感知されることなく乗船することなど、いとも容易いことだろう。そうして難なく魔法都市に上陸したハルファスは、再びその能力を駆使して、この学生寮までやってきたということになるが、士沢にはまだ疑問があった。

 「でも、その結界魔法じゃ、鍵は開けられないんじゃないですか?」

 どのような特性を持つ結界ならば部屋の扉を開けられるのか、士沢には見当がつかなかった。更に、もし扉を開けることができたとしても、監視カメラにはひとりでに開く扉が映されるので、映像を見ている管理人から不自然に思われるだろう。

 「そこはさっき君の言った通りだよ。屋上を伝ってそこの窓から入ったんだ」

 だが、ハルファスは何のこともないという表情で、ベランダを指さして言った。

 「え!? でもさっき……」

 「私は、君の答えが間違っているとは言っていないよ。ただ不十分だから、その点を尋ねただけさ」

 「ぐ……」

 淡々と答えるハルファスに、してやられた思いでしばし押し黙る士沢だったが、とにもかくにも巨大な疑問が一つ氷解したのだから良いと考え直し、たたずまいを戻した。

 「でも、すごいですね、結界魔法って……」

 士沢は、ハルファスから渡されて使った魔法を思い出しながら、ぽつりと呟いた。あの魔法の時点で、誰からも見たことないレベルと評されるような強力なものなのに、実は数多くあるバリエーションの一つに過ぎないというのは、もはや魔法という技術の一つの頂点ではないか、と思えた。その、星より遠いような憧憬の存在が、目の前にあるという事実を不思議に感じながらも、士沢は先ほどからふつふつと湧いてきた思いを留めることができなかった。

 「それで、その……俺でも使えるようになりますか?」

 競技会のスタジアム外で、魔法を使って魔物を追い返したことを思い返してみると、無我夢中でよく分からなかった、というのは確かな感想ではあったが、それでも、士沢はある二つの感情が自分の中に湧きおこったのを覚えていた。それは、魔物を追い返して皆を守ったという達成感。そして、自分が目指す魔法使いの形に一歩近づけたという高揚感だった。もし、結界魔法を自力で使えるようになれば、多くの人々を魔物から守ることができる、そう士沢は確信していた。

 尋ねられたハルファスは、即答せずに、少し考えるそぶりを見せた。これまで士沢の質問や推論には、ほとんど間を置かずに答えていたので、士沢はおや、と引っかかりを覚えたが、一方でこの問いが、いまだ得体のよく知れないハルファスという魔物の奥深いところにあるものの一端を捉えているように思えて、大いに胸が高鳴っていた。士沢は、ハルファスの次の言葉を待った。

 「結論から言おう。君には、私の結界の魔法を使うことはできない」

 しかし、士沢の気持ちとは裏腹に、ハルファスの口から発せられたのは、士沢の気持ちを底に突き落とすものだった。何を期待していたんだ、自分の平凡さを知らないわけではないのに、という自責の念が次々と呼び起こされたが、なんとか踏みとどまろうと、士沢は足掻いた。

 「それは、一生かかっても無理だってことですか」

 「ああ」

 だが、それは無駄な問いだった。今の士沢では無理、なんてことは大前提であって、ハルファスはそこから更に踏み込んだ上で、結界の魔法は使えないと言ったのだ。どうあっても無理、という言葉が士沢の上に重くのしかかった。それをどかすことは出来ないと分かっていながらも、士沢は問いかけるしかなかった。

 「どうしてですか、どうして俺には無理なんですか」

 「それは、かなり大雑把に言う他ないし、きっと君も要領を掴めないと思うが」

 質問すると同時に、頭の中で、それは単純に自分の才能が無いだけだという答えが出た士沢は、ハルファスから何か言われる前に質問を取り消そうと思っていただけに、ハルファスのした奇妙な前置きの意味が分からなかった。

 「先ほども言っただろう。人間は、魔法というものをまだ半分も知らないと。その残り、人間がまだ拓いていない領域に、私の魔法はある。本格的に魔法というものを人間が研究しはじめてから半世紀で、本来は私達の世界の理である魔法を、この世界でも多くの人間が使えるようにしたのは素晴らしいが、それでも、今のままでは私の魔法の領域まで拓くことはできない」

 「でも、研究が進めば……」

 「そうかもしれない。人間も存外、欲深いから。けれども、仮にそうなったとしても、やはり君は私の魔法を使うことはできない」

 士沢は黙った。ハルファスの言葉をそのまま受け取るのなら、結局のところ士沢の才能が無いということになるではないか。

 「私と君の関係は、どれだけ長くても君がこの寮を出るまでの三年間で終わる。その間、いくら私が付きっ切りで君に魔法を教えるとしても、魔法について素人に少し毛が生えたような知識しかない君が、今はまだ解明さえされていない魔法の領域を理解することなど土台無理な話だ。そしてこの三年で無理なら、結局一生無理だ。君の一生のうち、この三年ほど充実して魔法を学ぶ時は無いと断言できるから」

 「そう……ですかね……」

 ハルファスの自信あふれる物言いに、士沢は少し疑問を覚えた。三年間というスパンで見た時の充実度なら、確かにハルファスの言う通りだろうが、魔法学校を出てからの残りの人生全てを費やしても、この三年には勝らないということだろうか。

 「だって、君はそうじゃないじゃないか」

 「え?」

 「君にとって、魔法とは何だ。そして魔法を操る魔法使いとは何だ」

 唐突な問いかけの意図を汲みかねて、士沢は一瞬だけ言葉を詰まらせたが、自分の中にある答えを、おずおずと出した。

 「魔法は、魔物に対抗する技術で……魔法使いは、魔法を使って皆を守る人です」

 「そうだ」

 ハルファスは頷いた。

 「君は、未知なる魔法の領域を解き明かす研究者ではなく、人々を魔物の脅威から守る魔法使いになりたいのだろう。そうであれば、君が学ぶべきは私の魔法ではないだろう。昔、君を守ってくれたのは人間の魔法なのだから」

 「……!」

 士沢は、ハッとして息をのんだ。今さっきまで、自分は目の前に突如現れたハルファスの魔法という欲に目がくらんで、方途を見失っていた。はじめに自分が立てた道を、踏み外してしまうところだったのだ。そのことに気付かされた士沢は、そしてそれを気付かせてくれたハルファスに頭を下げた。そのハルファスは、一瞬だけ微笑んでから、言い放った。

 「そして私は、君がその道を辿れるようにするために、ここに居る」


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