007件目 ポルターガイストは時限式!?
翌朝。
そろそろ朝食が運ばれてくる時間かと思っていると、扉が開いた。
「あれ? ザドルさん……それに、レオンハルトさんも。事件ですか」
「宝物庫に侵入者が入った」
「えっ!? 大変じゃないですか!!」
「ああ。しかし、捜査が難航している。貴殿の協力を仰ぎたい」
「わかりました! ちょっと待ってくださいね。朝食をさくっと食べちゃいます」
ザドルさんからトレーを受け取り、すぐに食べ始める。本当はちゃんと噛んだ方が良いんだけど、レオンハルトさんを待たせちゃいけない。
わたしは頬袋に詰めこむようにしてどんどん食べた。仕上げに口の中の物を流すようにお茶を飲む。
「ふぅ。お待たせしました。宝物庫へ行きましょう!」
空になったトレーを持ち、率先して部屋の外へ出た。空のトレーを螺旋階段の下に置き、宝物庫へ向かう。
「こ、これは……」
宝物庫に案内された瞬間、ブルッと震えた。
宝物庫の中では、様々な宝物が縦横無尽に飛び交っている。その動きに規則性はなく、ポルターガイストだと感じた。
思わず、両腕で身体を抱きしめる。
「これは幽霊の仕業ではない。幽霊は、この世にいないと証明した」
「そ、そうですよね。これは、幽霊じゃないですよね」
「恐らくこれも、犯人の陽動だろう。もしかしたらすぐ近くにいるかもしれない」
「まずは、捜査のためにこの浮遊物達をどうにかしないといけないですね」
レオンハルトさんの言葉は、やっぱり心強い。
そうだ、幽霊はいないんだ。もう、犯人の陽動には踊らされない!
近くに犯人が潜んでいるかもしれない。油断はできないね。
まずは宝物この中の、視界を確保しないと。
浮いている物を、安全に落とす方法……。
「! 思いつきました! レオンハルトさんとザドルさんは、下で待機してキャッチしてください! 落とす場所に印を出します!」
「わかった。配置につこう」
レオンハルトさんとザドルさんが宝物庫の左右に分かれて立った。二人は軽い身のこなしで、飛んでくる宝物をさっと避けている。
「くるりくるりと矢印動く。右も左も下に行け!」
指差した宝物が、矢印に囲まれて真下へ行く。矢印の下にいたレオンハルトさんも、ザドルさんもキャッチしてくれている。
一度詠唱すると持続するみたい。縦横無尽に動き回っていた宝物達が、指を向けるたびに床へ置かれていく。
「これで終わり……えっ!?」
立った今床に置いたばかりの宝物達が、カタカタと揺れてまた浮き始めた。しかも、なぜか今度はわたし目がけて壺が飛んでくる。
「ひゃっ」
屈んで避けると、壺は壁に当たって割れてしまった。でも、その壺はもう動かないみたい。
宝物庫にあったってことは、お高い壺だよね……? 前世で言うと、国宝級の壺を割っちゃったってことだ! どうしよう。軟禁どころか牢屋行き!? いや、もしかしたら極刑だってありえる……。
ふらふらと、割れた壺に近づき欠片を拾う。欠片を持つ手が震える。これ以上粉々にならないように、左手で右の手首を掴んだ。でも、震えはまだ止まらない。
修復師っているのかな。いや、それよりもオノマトペで何か復元できるようなことがあれば……。
損害賠償について考えると、顔から血の気が引く。ハッハッと息が荒くなる。
すると急に、周囲が暗くなった。
「大気を舞う風のマナよ、風属性魔法師レオンハルト・ヴァランタンが命じる。周囲に防風膜を出せ」
落ち着いた詠唱が聞こえた。そのお陰で呼吸が整う。
様子を窺うと、レオンハルトさんとザドルさんがすぐ傍にいて、その背後には風が吹いているみたいだった。
飛んできた宝物が、バイーンと弾かれる。デュラハンみたいな首無しの鎧も、きらきらしい装飾過多な剣も、刺々しい盾も、金銀財宝も、飛んでくるけどわたし達に近づけない。
めげない宝物が何度も近づいて来ようとするけど、レオンハルトさんの防風膜は頑丈だ。
「これでしばらくは凌げる」
「レオンハルトさん、すみません。壺、割っちゃいました……」
「不可抗力だ。気にすることはない」
「あ、あり、ありがとうございます……!!」
損害賠償の金額を考えて震えていた手を、グッと握りこむ。
レオンハルトさんからの恩情に、胡坐をかいちゃいけない。代わりに、このポルターガイスト現象の原理を突き止めないと!
……ん? 何か、ある?
割れた壺を見ていると、コロンと何かが動いたような気がした。しゃがんで拾って見ると、暗い緑色のような色合いの石だった。
レオンハルトさんに見せる。
「これは……魔石、か?」
「魔石? あっ、もしかしてこの石に、何か仕掛けがあるんじゃないですか!?」
「その可能性が高い。一つだけでは証明ができない。他の宝物も確認してみよう」
「えっ! そ、その、また壊すのは、不可抗力にならないと思います」
「壊す必要はない。先程のように宝物を下へ落としてもらい、魔石が仕掛けられていないか調べれば良い」
「わかりました! では、もう一度さっきのやつをやりますね!」
ポルターガイスト現象の、糸口が見えた!
レオンハルトさんに防風膜を解除してもらい、また矢印を出すオノマトペを唱える。
レオンハルトさん達はまた器用に動いて、落とす宝物の中から次々と魔石を見つけ出す。
そして、縦横無尽に動いていた宝物達は、浮力を失った。
「今度こそ、終わりですよね」
レオンハルトさんがぐるりと宝物庫を見る。力強く頷いてくれた。
「この魔石、絶対に犯人が用意したやつですよね。これなら、魔力紋を追えないかな」
「魔力紋? そんなものがあるのか」
「や、あるかどうかはわからないですけど。ほら、指には指紋があるじゃないですか。人それぞれ、形が違うんです。だから魔力にも、人の特徴が出るんじゃないかなって」
「なるほど、そんな方法が……。貴殿は博識だな」
「あ、ありがとうございます」
指紋の話をしている時、レオンハルトさんはポカンとしていた。たぶん、そういう概念がないんじゃないかな。
前世の知識だ。わたしが考えたことじゃないから、褒められるとちょっと居心地が悪い。しかも、心なしかレオンハルトさんから期待するような目を向けられているような……。
視線を意識しちゃうと失敗するような気がするから、ひとまず魔力紋について考えよう。
指紋を採取するときは、粉かけて透明なシートに転写していた気がする。でも、それじゃ石からは取れない?
いやいや、取るのは魔力紋であって指紋じゃないから……。
魔力って、そもそも何? 気体? 概念??
「ッ!?」
考えこんでいると、どこからかカタカタと音が聞こえてきた。その音の出所を捜すと、宝物庫の最奥から宝箱が飛んでくる。
宝箱は左斜め上に銀のティアラを乗せて、ギザギザの牙をむき出しにしていた。
えっ、ちょっと待って!? 宝箱モンスターは飛んじゃダメだって!!
某ゲームの、冒険者泣かせのモンスター。ただでさえ厄介なのに、飛ぶなんてヤバイじゃん。
あれの討伐方法って、何だっけ?
ってか、あれはゲームじゃん! 実際に遭遇したらどうすれば良いの!?
とりあえず、背後を取って殴っとく?
動こうとしたら、レオンハルトさんが腕を伸ばしてわたしの動きを止める。
「……あのティアラは、王太子妃だと確定する、婚約式に使われる物だ。銀細工を施した職人は、すでに他界している」
「えっ……それは、大層なお品ですね」
「代々、あのティアラを使ってきたとされている。ヴァランタン国の至宝だ。どうにか、貴殿の力で解決できないものだろうか。もちろん、貴殿に被害がないように守る」
「ッ、や、やってみます」
プレッシャーが尋常じゃない。失敗したら、至宝が失われる……?
ティアラを乗せた宝箱は、こちらが何もできない事をあざ笑うかのように牙をむき出しにしている。まるで、感情があるみたいだ。
日本で言う、付喪神みたいなものかな? だとすれば、蓄積された想いがあるかもしれない。
「じんわりふんわり心を覗く。あなたは何を求めてる?」
宝箱に手を向けると、ふわふわとした魔法波が向かっていった。その波が到達するや否や、頭の中に様々なイメージが流れ込んでくる。
王太子妃に選ばれた誇らしさ。国の代表となる恐ろしさ。
大恋愛の末の未来。政略結婚への覚悟。
これは、かつて王太子妃に選ばれた人達の想い?
良い思い出。苦々しい思い出。様々な思い出が見えた中で、気になる感情があった。
羨望。希望。悔しい。憎らしい。
これは、最後に触れた犯人の?
***
白のドレスを着た緑髪青目の令嬢が、赤髪茶目の男性と屋根なしの馬車から手を振っている。令嬢は、王妃様に似ていると思う。
多くの人の頭が見え、みんなが二人を祝福しているように感じた。この見え方だと、犯人は幾層もある人波の後ろの方にいるみたい。
馬車を追いかけて行く。でも、犯人を見た兵士達は顔をしかめて行く手を阻む。
次は何が、と思っていたら、急に視界が真っ赤に染まった。犯人は、今も生きている。それならこれは、犯人の憎しみが最高潮に達したということかな。
***
ティアラから感情を読み取った後に宝箱を見ると、姿が変わっていた。宝箱にかかっていたティアラだけ、見えるようになっている。
「危険だ! 下がるんだ!」
わたしは近づき、ティアラに触れる。その瞬間、パンッと何か温かい空気が弾けるような感覚があった。思わず、周囲を窺う。
レオンハルトさんが、すぐ隣にいた。
「怪我はないか」
「はい。大丈夫です。さっきまでの姿はたぶん、幻覚だったと思います」
「なるほど、幻覚か」
改めて宝物庫の様子を見ると、いつの間にか最奥へ来ていた。つまりは宝箱が前に出たんじゃなくて、わたし達が進んでいたって事。
「でも、ティアラから感じた感情は過去の王太子妃様達のものだったと思います。そして、最後に犯人と思われる感情がわかりました」
憎しみなど負の感情だったと伝える。
考えこんだレオンハルトさんは、犯人の推測を立てた。
「……母上から、話を聞いたことがある。王太子妃選抜の際、他の候補者達のいざこざがあったと」
「! それなら、その時のご令嬢が!?」
「いや、それはないだろう。あの頃の令嬢達は、四十代近くのはずだ。こんなに頻繁に騒ぎを起こすような時間はないだろう」
「あ、でも確かいましたよね? 行方不明の令嬢が」
「……アスドート伯爵の娘、か」
確か、結婚はしてなかったはず。そもそも行方不明だから伯爵令嬢の魔法属性も、生死もわからない。
でも、有力な容疑者だ。
ティアラを宝箱に戻し、わたし達は王妃様の元へ向かった。
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「ふふ。この仕掛けが完成すれば……ようやく、手に入れられるわ。憎きラフィーナを!」
掃除係に扮する犯人は城内を歩き回りながら、花瓶の中や机の足裏など目立たない場所に左の小指を擦りつけていく。
犯人の小指には、暗褐色の指輪がある。その指輪は擦りつけられるたびに、ダイヤモンドダストのような光を反射した。
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