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オノマトペ魔法師と堅物廷臣法官長の王宮事件録~わたしの魔法は、国家機密⁉~  作者: いとう縁凛
第一章 王宮内連続盗難事件

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002件目 犯人は幽霊!?




 廷臣法官補佐に任命された翌朝。

 わたしは、レオンハルトさんからもらった分厚い冊子『廷臣法官の心得』を見た。転生特典なのか、日本語として読める。

 漢字の画数はそれほど多くないのに、なぜだろう。七文字のタイトルが威圧的な存在感を放っている。カクカクっとした文体のせいかもしれない。

 表紙をめくる。改行の概念がないような、真っ黒な一ページ目。


「うぅっ……失敗しないためにも、しっかりと読まないと……」


 きっと伝えたい内容がたくさんあるんだね。でも、無理。一行目すら読めないほど、目が滑る。

『廷臣法官の心得』を、静かに閉じた。そして窓から外の景色を見る。


「綺麗な街並みだね。朝靄がかかって、とってもファンタジックマジック」


 意味不明な言葉を並べて、現実逃避する。

 そう。きっとわたしには、現場で学ぶスタイルが合っているんだ。決して、勉強が嫌いなわけじゃない。

 ベッドサイドチェストに冊子をしまっていると、扉がノックされた。


「今、開けても良いだろうか」

「あ、はい。どうぞ」


 入ってきたのは、今日も一分の隙もないレオンハルトさんと、付き人だと思っていたザドルさん。

 警察といえば二人体制が定番。昨日、ザドルさんも廷臣法官だと教えてもらった。


「見回りの兵士から調査依頼だ。煙のような人影を見たと報告を受けた。昨日の窃盗犯と繋がりがあるかもしれない。同行するか?」

「はい! もちろんです!!」

「うむ。元気なようで何よりだ。さて、今回の調査だが、数名の兵士が同じような目撃証言をしている。煙のような人影は、朝方にスッと消えてしまうらしい」

「……幽霊、ということですか」


 わたしは前世でのトラウマを思い出し、両腕を抱えた。


「貴殿は幽霊が苦手なのか」

「はい……だってあいつら、人を呪うんですよ!? 壁をすり抜けるから対策できないじゃないですか」

「複数形なのは気になるが、今は騒動のことを考えるぞ」


 レオンハルトさんは真面目すぎる。きっと幽霊も怖くないんだろうな。


「昨日目撃した、犯人の痕跡。それは煙のようなものだった。自在に動いていたことからして、犯人は恐らく魔法師だろう。そのことから、今回の幽霊の正体も魔法師だと考えている。騒ぎに乗じて何か盗むつもりだろう」

「でも、力の差はあっても、国民全員が魔法師ですよね?」

「容疑者は国民全員。しかしそれは、言葉を変えれば幽霊などいないということだ」


 レオンハルトさんの言葉は心強い。断言してもらったことで、前世でのトラウマも克服できるような気がする。


 ……え、あれ?? もしかして、「元気なようで」ってやつも、わたしを気遣ってくれた??


 確認したかったけど、現場へ向かうと言ってレオンハルトさんが動き出してしまった。わたしもそのすぐ後に続く。

 



 わたし達は、幽霊が目撃されたという場所へやって来た。

 そこは、東側に大きな窓がある回廊。他の方角の廊下には出ないんだって。

 高さはわたしが暮らす部屋より低いけど、お城は元々小高い丘の上にある。十分な高さだ。

 白を基調とした街並みが見える場所。幽霊騒動がなければ、観光スポットになると思う。


「幽霊は、この場所で目撃されたらしい」

「ここ、ですか?」


 レオンハルトさんが示したのは、何の変哲もない壁の前。窓の反対側にあり、日差しがたっぷりと注がれている場所だ。絵画も調度品もなく、花を活けた花瓶もない。本当に、ただの壁だけ。

 幽霊といえば怨念だとか、地縛霊だとか、そんなことを想像するけど。この場所は、そんな怖い雰囲気はない。


「昨日のように、ここに何か異変はないだろうか」

「んー……。申し訳ないですけど、昨日みたいに気になるニオイはありませんね」

「そうか。では、この現場の事象は他の要因ということになる」

「本当にここで目撃されたんですかね? 過去に事故が……」


 疑問を口にしている途中で、ハッとなる。

 わたしはオノマトペ魔法師。そして現場で学ぶ派。ならば、今! その力を示す時!!

 目を閉じ頭を左右に振って、今使えるオノマトペを考える。

 鼻がダメなら、次は耳! よし、耳を澄まして……。


「じっくりしっかり全て聞く。耳を大きく耳ダンボ!」


 両手を耳に当て、集音力を高める。でも、この回廊にはわたし達以外いない。元々無口なザドルさんと、驚いたように目を見開いているレオンハルトさん。

 誰も話してないんだから、集める音もない。


「ーーっ!!」

「貴殿の詠唱は、やはり独特だな。言葉の意味はわからなくても、明るい気持ちになれる」

「そ、それはどうも……」


 し、失敗した……。穴があったら入りたい……。


 羞恥心で顔が熱い。

 でも、レオンハルトさんの雰囲気が柔らかくなっている。それなら、良い……かな?


「こ、こんな場所で騒動を起こしても意味ないと思うんですけど、やっぱり幽霊がいるってことでしょうか」

「いや、城内で騒動が起きれば必ず人員が割かれる。それを狙って、手薄になったところへ侵入。計画的な犯行だ」


 幽霊ではない。それならわたしにも何かできることがあるはずだ。

 部屋まで送ってもらいながら、ぐっと手を握って気合いを入れた。

 去っていくレオンハルトさんの背中を見て思う。


「このままじゃ、毎回塔に閉じこめられているようなもの。今度こそ犯人を捕まえて、脱・塔生活を実現する!」




 夕食後、しとしとと雨が降り始めた頃に迎えが来た。三人で東の回廊へ行く。

 犯人が現れたらすぐ確保できるように、問題となっている回廊の前後から見張る。わたしはレオンハルトさんと、ザドルさんは反対側で待機中。


 ふ、二人きりだ。


 レオンハルトさんの傍にはいつもザドルさんがいた。それは警察として動くバディ体制もあるんだろうけど、異性と二人だけにならないようにしていたんだと思う。王族だし、不祥事があっちゃいけないと思うし。

 あ、でも、そうするとどうしてレオンハルトさん側で待機なんだろう?


 疑問に思ったけど、答えはすぐに出る。レオンハルトさんは廷臣法官長だ。わたしが部屋の外に出られるのは、王命があるから。それに忠実なだけだと思う。

 真面目なレオンハルトさんらしい。それが最適解だ。でも、と思ってしまう。


 昼間見た、柔らかい雰囲気のレオンハルトさんが忘れられない。あれはもう、破顔一笑。イケメンは国宝。脳内フィルムにしっかりと保存されている。

 そんなレオンハルトさんと二人きり。緊張する。


「りょ、両側にいたら、犯人も来られなくないですか」

「もし現れなければ、ここで目撃されたのは幽霊ではないということになる」

「な、なるほど」


 回廊の分岐点の角から、現場を観察する。

 蝋燭の明かりがポツポツと灯る中、窓に叩きつける雨音が不気味さを増す。


「っ! レオンハルトさん!」

「……どうやら、本当だったらしいな」


 回廊の中央に、ぼやっとした煙のような人影が現れた。左右から確認していたのに、なぜか真ん中にいる。

 ブルッと、急に寒気がした。思わず両肘をさする。


「どうした」

「あ……前に嫌なことがあって、思い出しちゃいました」

「幽霊関連か」

「そうです。前に、占い師の人に見てもらったことがあるんです。あまりにも不運なことが続くから、何かあるのかって。そうしたらなんと、悪霊が憑いているっていうんです。それも、何体も。もうわたし、怖くて……でも、お祓い料は高くて払えなかったんです。そうしたら、命の危険があるような不運に変わっちゃったんです。あぁ、すみません。わたしの話なんて興味ないですよね。もう黙ります……」


 恐怖心を抑えるために、ペラペラと喋りすぎた。

 レオンハルトさんは、眉間にシワを寄せている。


「……思ったのだが、それは詐欺ではないのか」

「へ?」

「なぜその占い師は悪霊を払えるのか。祓魔師なのか? 料金を支払わせるために、命を狙ったのではないか」

「え、でも、そもそも不運続きだったから見てもらったんですよ?」

「人間、生きていれば不幸なこともある。全てが幸運に恵まれているわけじゃない」


 確かに……。


「ありがとうございます。ずっと怖かったんですけど、少し和らぎました」

「それは良い。何事にも理由がある。目撃したばかりの事象も同じ。必ず仕掛けがあるはずだ」

「えっ、ちょ、レオンハルトさん!?」


 レオンハルトさんが幽霊に向かって進む。わたしも慌てて追いかけた。

 幽霊に近づいてみても、ぼやっとして実体を掴めない。


 ザドルさんも反対側から合流する。

 レオンハルトさんは、目の前の実体のない幽霊のような存在に手を伸ばした。だけどレオンハルトさんの手が通過しても、まったく同じ場所に再生される。

 レオンハルトさんは幽霊の周りをよく観察し、頷いた。


「よし。一つ、実験をしてみよう。昼間のような強い光がほしい。できるだろうか」

「あ、はい! やってみます」


 レオンハルトさんから言われ、夏の強い日差しをイメージする。


「カンカン照りの太陽光線、ここに照射!」


 夜なのに、回廊が真っ白に輝く。幽霊もどきがスッと消えた。

 光が弱まると、またぼやっと現れる。


「……やっぱり、幽霊じゃないですね」

「そうだ。これは高度な魔法による悪戯だ」


 レオンハルトさんが足元を指す。幽霊がいる位置に、棒人間に見える小さな傷がある。

 さらに、左右の燭台の根本に微かな文字があった。


「光を集めて、この傷に投影している。よく見ないとわからない仕掛けだ」

「だから高度な技術を持った魔法師の悪戯ってことなんですね」

「去年は、こんな騒動なんてなかった。今年になってからだ。それはなぜか」


 レオンハルトさんが窓際の床を指す。蝋燭の明かりだと見づらいけど、よく見ると丸い凹みが四つある。


「窓を背にするようにして机があったのだろう。僅かだが木の欠片があった。劣化していたのかもしれない。それを今年、撤去した」

「でも、ここは風も雨も当たらない場所ですよね? 窓と言っても開けられないやつですから」

「そう。そこが重要だ」

「まさか、王太子様のカフスボタンを盗んだ犯人が?」

「可能性はある。陽動のために仕掛けたのかもしれない」


 幽霊騒動はこれにて収束。

 でも、犯人はまだ王宮の中にいる。




 部屋まで送ってくれる時はいつも同じだ。先頭がザドルさんで、後ろがレオンハルトさん。

 ちらり、と振り返る。当たり前だけどレオンハルトさんと目が合っちゃって、すぐに前を向く。

 

 今日も、犯人を捕まえられなかった。それが悔しい。わたしのわがままに、レオンハルトさんを付き合わせちゃっているのに。

 せめて、もっと役に立てるように頑張ろう。


 考えている間に、いつの間にか螺旋階段を登っていた。登り下りは大変だけど、慣れてきたみたい。でも犯人を捕まえたら、絶対地上階の部屋に変えてもらおう! わたしの足が棒になる前に!


 わたしを部屋まで送ってくれたレオンハルトさんは、別れ際に言う。


「貴殿の魔法に助けられた。捜査の可能性を広げてくれたことに感謝する」


 え、褒められた!? しかも、「助けられた」って……。


 レオンハルトさんが早口だったのは、もしかして照れていたのかな。だとししたら、ちょっと可愛い。




 ▲▲▲


 アンネを部屋まで送り、自室へ戻ったレオンハルト。扉を開けた瞬間に違和感を覚えた。

 二年前に成人祝いだと兄からもらった羽ペンがない。朝には確かに、机の上にあったはずなのに。


 握った拳が、怒りで震えた。


▲▲▲




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