020件目 貴族令嬢誘拐事件の全容
「今から、令嬢の姿を映します」
コウモリ型カメラをプロジェクターにして、映像を白い壁に映し出す。
令嬢は、頬の所に土汚れのようなものがついていた。服装もドレスではなく、庶民が着るようなシンプルなものを着ている。
「お父様、お母様。ケンカは止めて」
「クリム!?」
突然壁から聞こえた令嬢の声に驚いた夫人が、不思議そうに映像を見る。
「クリム。あなた、無事だったのね」
「全く。とんだ騒ぎを起こしよって。今ならまだ間に合う。さっさと家に帰ってきなさい」
「嫌よ。私はオルミンと夫婦になるわ」
「何を馬鹿な事をッ!!」
令嬢の隣には、どこかで見た覚えのある男性が立っていた。
薄緑色の、緩やかな髪……そうだ! ミッドーニにいた吟遊詩人だ!!
「今回の一件で、お父様が私の事なんて考えていないのだと痛感したわ」
「それはお前、シトロン家を守るためにだな」
「言い訳なんていらないわ。お父様は、私の幸せなんてどうでも良いのでしょう?」
「そ、そんな訳ないじゃないか。父はいつでも娘の幸せを……」
「嘘ばっかり。あんな滑稽な姿をさらしておいて、まだ言い訳をするの?」
令嬢から指摘され、侯爵がバッとわたしを見た。もちろん、頷いてやる。
また野蛮な行動をしようとした侯爵の前に、レオンハルトさんが立った。
「お母様も、お父様に家の事を任せきりなのはどうかと思うわ。恋愛に関しては、私からは何も言わない。でも、もっとお父様と話し合って」
「クリム。ひとまず一度戻ってらっしゃい。逃亡先じゃ、ろくな暮らしはできないでしょう?」
「そんなことないわ。私はここで、初めて畑を作ったの。今までの窮屈な暮らしが、嘘のように開放的よ」
「そんな……貴族が、土仕事なんて」
「野菜を作ったら、お母様達にも送るわ。私の事は、もういないものだと思ってくれて良いから」
令嬢が吟遊詩人とどこかへ行ってしまった。令嬢の所へ飛ばしたコウモリ型カメラは、追跡型じゃない。だからそのまま後ろ姿を映し出しているだけ。
一度も振り返らず画面外に出て行った姿が、令嬢から侯爵夫妻への最後通告のように思えた。
あれだけはっきり言えるのなら、初めから意見を言っていれば? と、思わなくもない。
でも、面と向かって言えないこともある。今回はわたしのカメラ魔法が功を奏したのかも。
「以上が、ご令嬢の意思だ」
「む、娘はどこにいるのですか!?」
「それを伝える事はできない。まずシトロン家は、家の存続のため精鋭者の指導に従い動くように。各家に通知しているが、有効期限は二年だ。それまでに改善されないようであれば、爵位を返上するように」
「そんな……まさか……」
「廷臣法官長様、質問よろしいでしょうか」
「何だ」
「その……例えば、侯爵から下がり伯爵になるのは可能でしょうか」
「前例がない。ただ、侯爵と伯爵では収める税の重さが違う。場合によっては認められる可能性もある」
放心していた侯爵が、夫人の発言に抗議している。それを夫人は黙らせているけど……。
これから、この夫妻は色々と意見を言い合って、新たに家族として成り立っていけば良いと思う。
家族ですら意見を言えないのは、普通の家族とは言えない。受け止めてもらえるからこそ甘えられるし、さらなる向上を目指せる。
まぁ、今は夫人が強い感じになっているけど……。贋作販売斡旋についての話が進んだら、どうなるかわからないけどね。
その時も是非、夫妻で話し合って決めてほしいと思う。
令嬢誘拐事件として一報が入ってから、贋作師だとか人身売買だとか、様々な事があった。
でも、これでひとまず解決だ。
シトロン家から、廷臣法官達が引き上げる。わたしも、レオンハルトさんと一緒に外へ出た。
ずっとシトロン家に詰めていた同僚達は、数日の休養となるらしい。それぞれが帰路についた。
レオンハルトさんと二人で天秤宮へ向かう。その道すがら、気になっていた事を話した。
「……できれば、あの吟遊詩人には令嬢と幸せになってほしいです」
「ミッドーニで働いていたからな。貴殿も気になっているようだから、これから聴取しに行こうか。二人がいる場所まで案内してくれるか」
「了解です。それにしても、まさか老侯爵夫妻の家にいるなんて思いもしませんでした。レオンハルトさんは、わかりました?」
「いや……あの時はまさかあそこにいるなんて思ってもいなかったから、観察が足りなかった。あらゆる事を想定しながら動かねばいけないと、肝に銘じた」
レオンハルトさんは、真面目だ。失敗を恥じず、次の自分へと繋げる。失敗する事がダメなんじゃない。失敗を省みない事がダメなんだ。
レオンハルトさんの失敗は、わたしのせいでもあると思う。わたしが熱くなりすぎちゃって、それに合わせてくれた一面もあったんじゃないかな。
わたしは星渡人。今後も、レオンハルトさんが相棒になると思う。その相手としてふさわしくあるため、もっと冷静にならないとね。
レオンハルトさんと一緒に老侯爵夫妻の家へ行き、令嬢と吟遊詩人、さらには老侯爵夫妻にも話を聞いた。
結果。
レオンハルトさんの分析によって、吟遊詩人は白だと判明した。
良かった。これで二人は幸せに暮らせるようになるね。
老侯爵夫妻の家を出て、今度こそ天秤宮へ向かう。先頭を歩くレオンハルトさんの後ろにいる状態だから、特に話はしていない。
だから、つい考えてしまう。
令嬢と、吟遊詩人の恋愛。貴族と平民という所では、この世界では珍しいのだと思う。
でもわたしは、元日本人だ。だから政略結婚よりも、恋愛結婚の方が普通。
ちらり、とレオンハルトさんへ目を向ける。
いつかは、わたしも誰かと結婚すると思う。前世を思い出した記憶の中に、自分が死んだ事もあったから。記憶を持っているだけで、身体はこの世界に馴染んでいるから。
「何かあったか? 先程から視線を感じるような気がしたが」
「い、いえっ。何でもないです!」
「そうか?」
「はい!」
レオンハルトさんが、前に向き直る。
あっぶない。レオンハルトさんは、視線にも敏感なんだね。
それもそうか。第二王子という身分もそうだけど、顔面偏差値が超高いもんね。前世だったらトップアイドルだよ。
うーん……アイドル、ではないか。イケメン俳優の方が近い?
いや……それも、ちょっと違うか。一分の隙もなく撫でつけられている髪からすると、イケメン社長って感じかな。タワーマンションの高層階で猫を飼っていたら尚良し。
「先程から足を止めているが、少し休憩するか?」
「い、いえっ。問題ないです!!」
「そうか。それなら進もうか」
妄想しまくって、うっかり足を止めてしまっていた。これ以上は迷惑をかけてしまうと思い、思考を止める。
そして、レオンハルトさんと一緒に天秤宮へ戻った。
「相棒制度に異議を申し立てます!」
「ザドルと何かあったのか」
天秤宮へ戻るや否や、コナー先輩がレオンハルトさんの所へやってきた。
「長! 廷臣法官の中の紅一点、アンネちゃんを一人占めするのは良くないと思います!」
先輩の意見に賛同しているのか、執務室に集まった同僚達が何人も頷いている。その熱気はすごく、ギラギラとしすぎて少し怖い。
そんな同僚達を見回したレオンハルトさんは、ふむ、と頷く。そしてわたしを手招きした。
わたしは同僚達と向かい合うように立つ。
「この度、廷臣法官として共に働く事になったアンネ殿だ。アンネ殿は星渡人として類い希なる力を持っているため、勅令にて私が一緒にいるようにと言われている」
「ア、アンネです。改めて、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。
星渡人というのは、特別な存在だと認知されているらしい。ほとんどの同僚達が諦めて執務室を出て行く。
でも先輩だけは、じっとわたしを見つめていた。
「長。相棒制度についてはわかりました。でも長はエナちゃんと良い感じだったから、おれがアンネちゃんの恋人候補に名乗りを上げるのは良いですよね?」
「……。恋愛は自由だ。ただし、仕事には支障が出ないように」
あの沈黙は、エナがわたしだと知っているからだよね。先輩がエナを知っているのは、あの潜入捜査の最後、大捕物の時にあの場にいたのかもしれない。
レオンハルトさんを見ながら考え事をしていたら、先輩がわたしの足下に跪いて手を差し出した。
「アンネちゃん。君の恋人となる名誉を、どうかおれにくれないか」
「……えっと……ご、ごめんなさいっ」
バッと頭を下げて断る。
先輩は悲しそうな顔をして立ち上がった。
「その、どうして駄目だったか教えてもらっても良いかな」
「先輩は、別にわたしの事が好きというわけじゃないですよね? それが理由です」
「そ、そんな事ないよ」
「なるほど。先輩が本音を隠している時は、鼻をかくんですね。覚えておきます」
癖を指摘すると、先輩はパッと両手を背後へ持っていく。
「……アンネちゃんは鋭いね。正直、恋人はほしいと思っているんだ。長が恋愛に興味がないから、みんな自粛しているけど」
「それなら他で捜してみては? 先輩は貴族ですよね? いくらでもお相手がいると思いますよ」
「それが、そうでもないんだよね。廷臣法官って色んな子と知り合う機会はあるけど、長く続かないんだ。緊急で呼び出される事もあるしね」
「なるほど。それは確かに、恋愛は難しそうです。お家からは、誰か紹介してもらえないんですか」
「おれは三男だからね。結婚しなくても良いと言われているよ」
「ありゃ……。それなら、自分で捜すしかないですね」
「結論は出たか? それならばアンネ殿には書類を作成してもらう。こちらへ来てもらえるか」
仕事に関係のない話は外でやれと言われると思っていたけど、何だかんだ待ってくれていた。
レオンハルトさんは、やっぱり気遣いのできる人だ。今まで、堅物だなんて思ってごめんなさい。
心の中で謝罪をして、レオンハルトさんの所へ行く。先輩は、心なしかしょんぼりとしながら執務室を出て行った。
「廷臣法官として働くのは今回の騒動が初めてだが、前回の王宮内連続盗難事件で使用した魔法についても報告書として提出してほしい」
「了解です。星渡人の魔法は特殊ですもんね」
「その通りだ。以前ヴァランタン国に現れた星渡人は、優に一千年以上前の話。技術として残ってはいるが、どんなものだったかを理解できていない」
「それを、研究するという事ですね」
「そういう事だ。よろしく頼む」
レオンハルトさんから紙を受け取り、使って良いと言われた机に向かって報告書を作り出す。
匂い追跡魔法、夏の日差し魔法。そういえば耳ダンボはどうしよう。音を良く聞くための魔法だけど、あの場では使わなかったんだよね。
まぁ、失敗も含めて書いておくか。
煙化からヒントを奪取する魔法、暗視魔法……書き出していたら、結構な数を魔法として使っているとわかった。
廷臣法官は、警察と裁判官の役割を持つ。もしわたし以外にも使える人が出てきたら、絶対に役立つよね。
報告書を書きながら、レオンハルトさんから聞いた話が頭をよぎった。
一千年以上前に、前の星渡人が確認されている。
ヴァランタン国は歴史ある国なんだね。
……前の星渡人は、どんな人だったんだろう。
この後、二話分閑話休題入ります。




