019件目 ファンタジー世界でも許せない事
――正しき神の名の下にッ――
「いやっ!!」
処刑の現場を目の前で見た日の夜。目を閉じるとハーシプが夢の中に出てきた。寝ようとするけど、あの最後の微笑みが脳内にこびりついて消えてくれない。
だらだらと冷や汗をかく。それがやけに冷たく感じて、元々眠れない状態だったのに眠気なんてすっ飛んでしまった。
「……最悪。あんな奴の顔なんて思い出したくもないのに」
今夜は寝れそうにない。どうしようか。
悩んでいたら、レオンハルトさんの部屋と続いている扉がノックされた。
「悲鳴のような声が聞こえた。何かあったのか」
「あ、いえ……ちょっと、夢見が悪くて。すみません、うるさかったですよね」
「昼間の事を考えると、貴殿の体調が心配だ。眠れないのなら、ホットミルクを持ってこさせようか」
「い、いいえっ。こんな夜中に呼びつけられたら迷惑をかけてしまいます」
「それも含めての仕事だから問題はないが……貴殿は、気にしてしまいそうだな。だったら、眠れるまで私が話し相手になろうか」
「いえっ! それこそダメです。レオンハルトさんだって出勤したんですから、しっかりと身体を休めないと」
「では、私が休めるように安心させてくれ」
「うっ……お気遣い、感謝します」
レオンハルトさん、こんなに親身になってくれる人だったっけ?
そんな失礼な事を思いつつ、厚意に甘えるため扉の近くに椅子を持っていく。
「……今日、ハーシプが死に際に言っていた言葉を聞きましたか」
「確か、『正しき神の名の下に』だったか」
「あの言葉、その後に『裁きは下される』と続いていたと思うんです」
「何? それがわかるという事は、他で聞いたのか」
「はい。攫われた時に、高齢の男性が言っていました」
「正しき神の名の下に、裁きは下される。なるほど、それであの旗か」
ヴァランタン国だけでなく、二柱の神様も冒涜するような、あの旗。
「貴殿からあの絵を渡された後、大神殿の周囲を捜索した。それらしき建物はあったが、すでにもぬけの殻だった」
「そうだったんですね」
「今回の一件、ハーシプだけの単独犯罪ではないのかもしれないな」
「……わたしが、狙われているみたいでした」
ハーシプ一人だけでも、かなり狂気的な犯罪だった。ただの人身売買じゃなく、借金をさせてからの令嬢強奪。
そんなハーシプですら、もしかしたら巨大な組織の下っ端かもしれない。そんな組織と、相対しなければいけないの?
ブルリと身体が震える。わたしはただ、オノマトペを使っているだけなのに。
「貴殿の事は、私が守ろう」
「星渡人ですからね。国益を損ねてしまいますし、わたし自身も気をつけるようにします」
「あ、いや……それはだな」
「わかっていますよ。レオンハルトさんはいつも事実を伝えてくれますから」
あまり長引かせてしまってもいけないなと思い、寝る前の挨拶をしようと立ち上がる。
「ちょっと待ってくれ!」
冷静なレオンハルトさんが、声を荒げた。その事に驚いていると、これまた珍しく言い淀んでいるような声が聞こえてくる。
いつも話を聞いてくれるみたいに、わたしもレオンハルトさんが話すのを待つ。
そうしたら、特大の爆弾が落とされた。
「アンネ殿。貴殿を物のように扱った事、申し訳なかった」
「おぉお、王族の人が、そ、そんな簡単に謝っちゃダメですよ」
「自分に非があるのに頭を下げないのは、ただの傲慢だ。そうしなければ保てない権威など、必要ない」
「り、立派な考えだと思いますっ。そ、その、話を聞いてくださりありがとうございましたッ! これで眠れそうです!!」
「そうか。それならば良かった。明日はシトロン侯爵夫妻に話を聞く。しっかりと休むように」
「は、はいっ!!」
扉から離れ、即座にベッドへ潜り込む。
でも、寝られるわけがない! 身体が火を吹くように熱くなっている。
いいいいいい、今、名前呼ばれたよね!? レオンハルトさんに、名前、呼ばれたよね!?
正直、レオンハルトさんにわたしの名前なんて覚えられていないと思っていた。いつも、「貴殿」だし。
だからまさか、言い淀んでまでわたしの名前を呼んでくれるなんて……。人として扱うっていう事を、表現してくれただけだと思うけどっ。
きっと、わたしが庶民だからだよね。庶民は名字がないから、名前を呼ぶしかなくて……。
――アンネ殿――
頭の中で、何度も繰り返される。呼ばれ慣れていないから、寝るまでずっと耳に残りそう。
あっ、そっか!! わたしが昼間の事でトラウマになっていると思って、気遣ってくれたんだ!
そうだよね、レオンハルトさんだもん。王族だし、そんな簡単に異性の名前を呼ばないよね。
自分の中で、名前を呼ばれた理由に意味をつける。そうしないと、いつまでもレオンハルトさんの綺麗な声を思い出しちゃう。
最終的に、心頭滅却するようにして精神統一をしたおかげで、眠る事ができた。
翌朝。
朝食を取った後に、レオンハルトさんと一緒に天秤宮へ出勤した。気まずいかもと思ったけど、レオンハルトさんの態度は変わらない。
その事に安心感を覚えつつ、シトロン家へ向かう。その道中、何か確かめたければオノマトペを使っても良いと許可を得る。
シトロン家へ向かっている最中に、コウモリ型の追跡カメラが飛んできた。令嬢の姿を確認し、ちょっと思いつきでもう一匹コウモリ型カメラを生成する。それを、令嬢の元へ飛ばす。
追跡していた方の設定を変え、わたしの肩に止まらせた。
先に伝令鳥で伝えていたおかげで、今日も侯爵夫妻に出迎えられる。来賓室へ向かう途中、侯爵がやたらと汗をかいていた。
「先日、ハーシプ元伯爵の処刑が行われた。各家の借金は帳消しとなり、今は経済の精鋭者がシトロン家にも来ていると思う。シトロン家の財政は立て直せそうか」
「え、ええ! とてもありがたいことです」
「ご令嬢の捜索を進めている中で、これは誘拐事件ではなく恋人との駆け落ちではないかという説が浮上した」
「か、駆け落ち!?」
侯爵は、驚いたというような顔をする。でも夫人は、特にそんな反応は示さない。令嬢は、母親には自分の恋を打ち明けていたのかな?
「元伯爵は、貴族に借金をさせてご令嬢らを強奪するという悪辣な手段を取っていた。それが、人身売買に繋がっている。侯爵は、この問題を把握していたか」
「い、いいえっ!! そんな、恐ろしい事をしていたなんて……ああ、でも、悪人は裁かれましたし、娘は無事という事ですよね!? 早く縁談を整えないと」
貴族の家だし政略結婚もあると思う。シトロン家は今、特に財政が厳しいと思うし。
何というか、侯爵からは娘を心配というよりも、財政を立て直すための道具がなくなるのが心配という空気を感じる。
「はい!」
「何だ?」
「侯爵に質問しても良いですか」
「許可する」
許可を得て、侯爵を見る。その表情は、わたしを嘲笑しているように見えた。何も話す事はないと、腕を組んで顔をそらす。
レオンハルトさんを見ると、頷いてくれた。上司からの本当の許可を得たから、やってやるぜとガッツポーズをする。
両手を、侯爵へ向ける。
「ポンポコポンと腹鼓。あらあら狸がやって来た」
詠唱を終えると、侯爵は狸のような顔になって自分の大きなお腹をポンポンと鳴らし始める。
「なっ、なんだこれは!?」
「正直に答えてください。本当は、ハーシプの悪行を知っていたんじゃないですか」
「知らんと言っているだろう! さっさとこの奇妙な魔法を解け!」
「本当に娘さんを心配していますか? 家の存続と娘さん、どちらが大事ですか」
「そんな事、家の存続が大事に決まっているだろう!!」
青筋を立てながらポンポンと腹を叩く様は、見ていて滑稽だ。でも限界が近いのか、ぐったりしてきている。
「家族の方が大事に決まっているじゃないですか!! 家柄なんて、単なる側面でしかないです! 家族が揃っていれば、どこだって暮らしていけるはずです!」
「はっ。綺麗事を。私には家長という責任がある」
「責任? そんなの、家族全員が幸せに暮らせればそれで良い。少なくとも、娘さんがいないのにいつも通り食事をして自分だけ脂肪を蓄えることじゃない。子供は、親の道具じゃない!」
「貴様、何を偉そうに」
カッと怒りを露わにした侯爵が、お腹を叩きながら近づいてきた。その目の前に、レオンハルトさんが立つ。
「暴行罪の適用とならないよう、控えた方が良い。侯爵も、これ以上その姿をさらしたくはないだろう?」
レオンハルトさんの言葉を受け、侯爵もわたしも周囲を窺う。財政状況的に数少ない使用人達、シトロン家に滞在している廷臣法官達が扉の隙間や窓の外から見ていた。
侯爵が、カッと顔を赤くする。
侯爵が自分の罪を自覚したかなと思って、腹鼓魔法を解除した。
侯爵の問題が終了すると、レオンハルトさんの所へ知らない人がやってきた。書類を持っている感じからすると、シトロン家に派遣されたスペシャリストかな。
レオンハルトさんが書類を受け取った。
「夫人。シトロン家に来てからずっと不思議に思っている事がある。邸宅内の補修がされていないのに、絵画がいくつも飾ってあった。それはなぜか」
「そ、それは……画家の後援者をしているからですわ」
「シトロン家存続の危機に陥っているのに?」
「侯爵家たる者、常に周囲へ余裕を見せないといけませんから」
週一で働く庭師が見た、夫人の嬉しそうな顔。それが意味するところは後援以上のような気がするけど、まぁ、それを認めはしないよね。
わたしが挙手し、レオンハルトさんが頷いてくれる。先程の侯爵の痴態を見ているからか、夫人が警戒するような顔になった。
「画家との関係は、本当に後援者というだけですか」
「えぇ、そうよ。ティエルはわたくしの支えがないと芸術活動にいそしめないの」
誇らしげな顔をする。でもその目の奥には情熱が見えるような気がした。
お金がないのに後援者として資金を流す。家の事なんて考えてもいない。そこにあるのは見栄と欲。
夫人に両手を向ける。
「ずんぐりむっくり、すってんころりん。コロコロ転がる狸かな」
「ちょっと!! 何よ、これっ!!」
夫人を、背を低く丸々と太らせた。そして転ばせているのだけど、美魔女な夫人は体幹がしっかりしているみたい。
転がされないように抵抗すればするほど、ブレイクダンスのような状態になる。
「本当は、どんな関係なんですか」
「あ、愛人よ!! これで良いでしょ!! 早く解きなさいよ!!」
答えが聞けたタイミングで、魔法を解除する。ちょうど夫人が言い終える瞬間、まるで決め顔でポーズをするような状態になった。
その後、侯爵夫妻の夫婦喧嘩が勃発した事は当然のごとく。
結局、夫妻共々がそれぞれの欲のために借金をしていたみたい。そこに娘の幸せなんてなく、自分本意の行動結果。
ティエルからの話で贋作販売斡旋の罪が固まれば、夫人にはさらに追いこまれると思う。
夫妻の顛末を見た令嬢は、一体何を思うのかな。
わたしは、元追跡型カメラをプロジェクターに変えた。




