018件目 ファンタジー世界の貴族裁判
レオンハルトさんは廷臣法官長として裁定権を持っている。だから裁判長として動く事もできるんだけど、今回は陛下が判決を下すみたい。
陛下は現在地方へ視察中だけど、あと数日で戻る。だからそれまでの間、関わった多くの貴族を調べ上げる事になった。
わたしのオノマトペも、裁判を進める上での情報証拠って事で採用されるみたい。
レオンハルトさんやわたしの眼鏡で撮影した画像を、証拠を提供しやすいように印刷しておいた。
五日後。
陛下が地方視察から戻ってきた。そして「ヴァランタン国における人身売買を行った罪人の裁判」が開かれると告示される。
かく言うわたしは、情報提供者として傍聴席にいた。王族すら座れる、裁判の全てを見渡せる場所に。
裁判所内は、正面に裁判官を勤める陛下の席がある。左右にはそれぞれ、貴族達が決められた傍聴席に座っていた。
その中に、ポツポツと空席が目立つ。貴族裁判は伯爵以上の爵位を持つ貴族の参加が義務づけられているらしいんだけど、空いているのは今回の騒動で爵位を剥奪されて追放された人達の座席。人身売買の場にいた貴族達だ。
「……この場所に、わたしって必要でしたか」
「廷臣法官として、裁判の空気を感じておいた方が良い」
「な、なるほど」
この確認は、これで何度目だろう。本来貴族しか座れない場所にわたしがいるから、周囲の人達にめちゃめちゃ見られている。話していないと、その視線にやられてしまいそうだった。
裁判所内がシンと静まる。
どうやら陛下が来たみたいだ。
撫でつけられた髪は炎のように赤く、茶色の眼差しは鷹のように鋭い。誰も彼も、呼吸の仕方すら気にするような緊張感に包まれている。
そして、隣にいたレオンハルトさんが席を離れた。
「ヴァランタン国内において、人身売買が確認された。国民は全て国の財産であり、それを脅かした極悪人の裁決を始める」
陛下が裁判開始の宣言をすると、被告人のパサヴィア・ハーシプ伯爵がケビンさんに連れられてきた。
スキンヘッドで鍛えられた身体を持つ伯爵が、本当に貴族だったのかと目を疑う。左目の上に傷があるし、どこかの貴族の護衛だって言われる方がしっくりきた。
特殊な縄なのか、ケビンさんが持つそれを証言台の柵に結んでも、伯爵は一切暴れない。
「被告人。名前と職業を言いなさい」
「パサヴィア・ハーシプ。爵位は剥奪されましたが、以前は伯爵位を賜っていました」
しゃがれた声だ。不快感があると思ってしまうのは、この人がしてきた悪事を知っているからかな。
「被告は人身売買を斡旋し、生育及び所持することを禁止しているブルベルを繁茂させた疑いがかかっている。何か弁明はあるか」
「私はミッドーニの経営権を持っているだけで、無実です」
「では、イノディム商会という名に聞き覚えはあるか」
「いいえ。どこの商会でしょう?」
「ミッドーニの地下で違法賭博場があった事を、どう弁明するか」
「ややっ、そんな事になっていたんですか。重複になりますが、私は経営権を持っているだけの一貴族でした。まさか、そんな事になっていたなんて……私の監督不行届です。それだけは、私の責任だと認めましょう」
「ほう」
陛下が頷く。視線の先にはレオンハルトさんがいて、何か書類を抱えていた。それを陛下へ渡す。
「ここに、いくつかの書類がある。これらは全て、被告人を捕縛した後に家宅捜索をして得たものだ」
そう言うと、陛下は一枚の書類を掲げる。
「この書類の、右下に書かれている家紋は、ハーシプ家の紋で間違いないか」
「はい。我が家紋は木材に関わる仕事をしていましたので、大樹はハーシプの家紋でございます」
「その言葉に偽りはないか」
「はい」
「では、ここで証人を一人召喚する。証人、前へ」
陛下の隣にいるレオンハルトさんを見る。頷かれ、傍聴席の最前列へ行く。持っていた証拠を、レオンハルトさん経由で陛下へ渡す。
「今回の一件は、国家の財政を揺るがす大罪である。よって、ヴァランタン国第四十七代の王、ロイファスの名において潜入捜査をさせた。これが、その結果である」
掲げられたのは、わたしが印刷しておいた遊技場の画像。拡大なんて機能はないから、そのまま見るしかない。
陛下は、その画像の真ん中辺りを指差す。
「この遊戯台の中央に、ハーシプ家の紋が描かれている」
「そんなこと、ありえません」
「ハーシプ家はかつて、賭博場の設立を申請してきた。書類の不備があったため許可を出さなかったが、この遊戯台は不許可の賭博場経営という証拠である」
「そんなもの、証拠にはなりません。確かに遊技場のように見えますが、誰かが私に罪をなすりつけようとしているのでは」
「まだ白を切るか。では、これならどうだ」
掲げられたのは、遊技場でディーラーをしていた店員。そういえば、左目の所に傷があったね。
「陛下。恐れながらその絵では、描かれた人物に髪があります。ご覧の通り私は禿頭でして、全くの別人でございます」
「では、この場で確たる証拠を提示しよう。証人。被告人の傷がよく見えるように頼む」
「は、はい」
わたしは騒動の後回収された眼鏡をかけ、伯爵に近づきながら縁に触る。
レオンハルトさんから紙を受け取り、心の中で印刷魔法の詠唱をした。
ガガッと倍速印刷。今見た姿を描き出す!
わたしの指が動くごとに伯爵の傷が描かれていき、真後ろにいた人達からはどよめきの声が聞こえた。
描き終え、レオンハルトさん経由で陛下へ渡される。
「さて、これほど特徴的な傷ならば、合致したら動かぬ証拠になるな?」
伯爵がもぞもぞと身体を動かして落ち着かなくなる。
陛下は、わたしが証拠として出した画像と今出したばかりの画像を明かりの下で重ねた。
「おお、何という事だ。ぴったりと重なるではないか。被告人、弁明はあるか」
「……ありません」
「では、判決を言い渡す。国家の財産に手を出した罪は重い。よって、被告人パサヴィア・ハーシプを極刑とする!」
裁判が閉廷した。伯爵……いや、ハーシプはケビンさんに連行されていく。
これでようやく、シトロン家の令嬢が借金のカタとして売られなくなる。
シトロン家だけでなく、似たような境遇でハーシプに借金をしていた貴族達もその借金が帳消しになるらしい。
借金をするような状態の財政はよろしくないけど、国から各家に経済のスペシャリストが派遣されるんだって。それで財政が立て直せれば御の字。指導を受けてもダメだったら、爵位を返上するように伝えたらしい。
シトロン家の令嬢を見つけて、侯爵夫妻の悪事を暴けば一件落着。
正式に廷臣法官として動けるようになってからの初めての事件。まさか、こんな展開になるとは思っていなかった。
ハーシプの刑が執行されるのは、三日後。処刑人は廷臣法官とは違う管轄なんだって。
これまで被害に遭ってしまった令嬢達は救えない。でも、これから先の被害者はなくせた。
裁判内では、ハーシプの罪歴が明らかにされていない。でも、被害者令嬢達の保護者達が声を上げるんじゃないかな。
「あっ、レオンハルトさん! お疲れさまです」
「貴殿も、あの空気の中良くやってくれた」
「ありがとうございます」
「ハーシプの刑が執行される日、処刑場に混乱をもたらさないために私も警護に就く。貴殿は当日、身体を休めると良い」
「えっ、わたしも働きますよ」
「仮に暴動が起きた場合、申し訳ないが貴殿の力では抑えられない可能性がある」
「普通の女の人だったらそうですけど、わたしはオノマトペを使えます!」
「許可できない。これは上司命令だ。当日、処刑場に来る事は禁止だ」
わたしだって廷臣法官なのに。
レオンハルトさんの命令は、前世ならパワハラだよ。元日本人としては、それに従っちゃいそうになるけど……。
廷臣法官になってからの初めての事件。最後まで見届けたい。
ようは、レオンハルトさんにわたしが行ったとばれなければ良いんだ。だってわたしには、変身魔法がある。エナの姿はすぐにばれちゃうから、違う姿にしよう。
三日後が楽しみだ。
そして、三日後。
ハーシプが処刑される日だ。わたしは早速、茶色の髪と目をした地味な見た目の青年風に変身した。
性別も違うし、これでわたしが行ったってばれないでしょ。幸いにも、王家から支給されていた服は両性向けの物だったし。
処刑は、裁判所前の広場で行われるらしい。そこへ向かうと、たくさんの人であふれ返っていた。
「すみません。通して下さい」
野次馬の人達に声をかけながら、最前列へ進む。もみくちゃにされながらも、先頭へ行けた。
でも、つい目をそらしちゃう。
最前列に行けたのは良いんだけど、視界の範囲にレオンハルトさんがいる。ばれないとは思うけど、なるべく顔を見られないように顔をそらす。
処刑が開始されるまで、レオンハルトさんから目をそらし続けた。
ワッと、現場が沸く。ついに処刑が始まるみたいだ。
顔に布を被せられたハーシプが、処刑場へ登壇してくる。身体が動かないように固定され、布も外された。
思いの外処刑場と近く、ハーシプの表情までよくわかる。ハーシプが、わたしを見た。
もしかして今、ニィッって笑った……?
ギロチンが、下ろされる。
「正しき神の名の下にッ」
ハーシプの言葉は途中で途切れた。近すぎて、血飛沫が顔に着く。
その途端、視界が揺れて耐えきれなくなる。
「ぅっ……ぉえっ……」
堪えきれなくて、その場で吐いてしまった。
ようやく気づく。どうして処刑される場に来たんだろう。処刑なんて人が死ぬだけなのに、と。
きっと、レオンハルトさんはこんな場面を見せないためにわたしに休養を言い渡したんだ。
「近くに救護所がある。そこまで歩けるか」
「ぁ……お構い、なく……」
「すまない。触るぞ」
レオンハルトさんに声をかけられた。かろうじて声を絞り出したけど、有無を言わさず腕を掴まれる。そしてそのまま救護所の、最奥の仕切りがある場所へ連れて行かれた。
そしてレオンハルトさんが出した水を木杯で渡される。
「これで口内をすすぐと良い」
「あ、ありがとうございます……」
水を吐く場所も教えてくれ、その後は簡易ベッドに横になるように言われた。
わたしは気まずくて、レオンハルトさんに背を向けるようにして横向きで寝る。
そのまま寝てしまったみたい。身体を起こしたら、レオンハルトさんが仕切りの中に入ってきた。
「起きたか。身体の調子はどうだ」
「は、はい……。ひとまず、落ち着きました。あの……まさかとは思いますが、もしかしてずっと傍にいたんですか」
「当然だ。淑女が身体を動かせないとあれば、紳士には守る義務がある」
「えっ!?」
変身が解けちゃったのかと、慌てて確認する。でも、青年姿のまま。
「異性に変身をするのなら、声を変える魔法も追加しておくと良い」
「あっ、なるほど!!」
盲点だった。両性向けの服だから大丈夫だと思っていたのに。
レオンハルトさんに頭を下げる。
「その、すみませんでした。命令を破りました」
「反省しているなら良い。歩けるか? 部屋まで送ろう」
「ありがとうございます……」
うぅっ……レオンハルトさんの優しさが身に染みる……。
レオンハルトさんは、言葉が少ない。でも、無意味な事は言わない。もっともっと、言葉の意味を補完して考えねば。




