015件目 ファンタジー世界の身辺調査
誘拐されたと思っていた令嬢が、実は恋人と駆け落ちをしただけだった可能性が浮上。予定されている結婚も、家の借金を返すためという予測。
「……どうにか、令嬢が幸せになれる方法はないでしょうか」
「駆け落ちならばその旨を侯爵家へ報告する義務がある。侯爵家はご令嬢一人しか子供がいない。となれば、捜し出して別れさせるだろう」
「そうなっちゃいますよね……。そうだ! だったらいっそ、借金がなくなれば良いのでは!」
「どんな事情があるのかは不明だ。しかし、借金の原因を探るのは、良い考えだ」
貴族であれば、どの家も必ず財政報告書っていうのを提出しなきゃいけないみたい。それを見れば、収支を確認できる。
ってな事で、早速レオンハルトさんと一緒に王宮の財務室へ行った。
第二王子であるレオンハルトさんの訪問で驚いたみたいだったけど、わたしも一緒に報告書を読む許可が出た。
貴族ごとにまとめてあるらしく、棚からシトロン家と書かれた箱を取り出す。開けてみると、特にファイリングをされているわけではないみたい。年代別になっている。
「過去何年かの情報を確認してみよう」
「はい!」
上にあった二年分をわたしが、その前の二年分をレオンハルトさんが目を通す。
収支一覧というものがなく、まるで箇条書きのように一つの項目についての収支が一枚の紙に書かれている。
……読みづらい。何か、わざとこうしているんじゃないかって思っちゃうよ。
他の貴族も同じような書き方をしているのかと思いつつ紙を捲っていくと、同じ用紙を二度見てしまったかと思った。確認してみると、二度見ではなく用紙が二枚。
「イノディム商会からの、一時的資金協力……」
「何かあったか」
「あ、はい! これを見てください。もしかして、この商会からお金を借りているんじゃないでしょうか」
「……ふむ。確かにこれは怪しいな。返済期限が書いていないし、何を目的とした協力金なのかもわからない」
そう言うと、レオンハルトさんは書類を置いて棚へ向かう。そこは貴族ではなく、商会ごとの書類を置いてあるみたい。
「イノディム商会という団体は、商業を行っている履歴がない」
「と、いうことは……その商会が、賭博場を経営しているのでは!?」
「家族経営という可能性もあるが……そんな小さな商会は、貴族に金を貸す余裕はないはずだ」
イノディム商会。そこがどんな団体か突き止められたら、令嬢は借金のカタとして売られないかもしれない。
その後も、レオンハルトさんと手分けしてシトロン家に関わるイノディム商会の痕跡を追った。
その結果。シトロン家は二年前からその商会から借金をしているとわかった。
シトロン侯爵に令嬢の婚約相手は誰かを確認することになり、伝令鳥を飛ばした後に邸宅へ訪問する。
わたし達を出迎えた侯爵夫妻と来賓室へ行った。
「捜査の過程で確認したい事がある。ご令嬢の婚約者は、どの家門だろうか」
「ハーシプ伯爵です」
「ハーシプ? それはまさか、パサヴィア・ハーシプか?」
「はい。そのお方が、娘に一目惚れしたそうで。ご縁をいただきました」
「……侯爵は、イノディム商会という団体をご存じか」
「イノディー商会……はて? どんな団体でしょう?」
レオンハルトさんの発音は良かった。それなのに言い間違えるなんて、怪しい。
ここで嘘をつくって事は、後ろ暗い事があるんだ。それとも、あの報告書は侯爵以外の人が書いているとか?
侯爵夫人を見ても、首を傾げている。ただ夫妻で違うのは、侯爵の方が汗をかいているって事。
今すぐにでも追求したかったけど、レオンハルトさんが立ち上がってその勢いを削がれた。
「では、今後イノディム商会について何か思い出したら、邸宅に詰めている廷臣法官に伝えるように」
「かしこまりました」
レオンハルトさん、策士! 知らないって首を傾げた侯爵に、思い出したらって……。しかも、侯爵はそれをわかっていないみたい。
え、侯爵だよね? そんなんで大丈夫? あ、いや。大丈夫じゃないから、借金をしているのに誤魔化すのか。
シトロン家での聴取を終え、邸宅から離れる。
「黒でしたね」
「イノディム商会について徹底的に洗う。シトロン家以外にも収支を誤魔化している家があるかもしれない」
「イノディム商会……どんな団体何でしょうね。ハーシプっていう伯爵が経営しているなら、綺麗に収められそうですけど」
「まずは、イノディム商会についてだ。前に貴殿が集音してくれた中には、その文言はなかった」
「えっ、すごい。莫大な量があったのに、全部覚えているんですか」
「あれぐらいなら問題ない」
レオンハルトさん、想像以上に超優秀なのでは!?
そんな事を思いつつ、イノディム商会の正体を探る。
「集音魔法を使った周囲にはないのかもしれないな」
「そうですよねぇ……。貴族にお金を貸すような団体なら、借りる貴族側だって隠したいでしょう、し……あ」
「何か思いついたのか」
商会と名乗りつつ、その実態はない。なら、商会だって隠れて行動しているはず。
それなら、表に出す名前だって変えるんじゃない!?
何だっけ、ほら……文字を入れ替えてやるやつ。そう、アナグラム!!
わたしは思いついた事を試してみようと、指を動かして綴りを考える。でも、そんなわたしを見たレオンハルトさんから、紙と羽ペンを渡された。石畳の上でペンを走らせる。
「レオンハルトさん、これっ!!」
「これは……」
カタカナ、アルファベット。日本語で読んでいる事を前提に、色々と並び替えてみた。
その結果。アルファベットで書いた時、目を疑う単語ができた。
「ミッドーニ……あの酒場か」
「あのお店に行った時、勝手に宿屋も兼務していると思っちゃいました」
「宿屋を経営する場合には、申請書の提出を義務づけている」
レオンハルトさんは伝令鳥を飛ばし、王宮にいるケビンさんに確認してもらうみたい。
「奥へ行くまでにいくつもあった扉。あれがもしかしたら、賭博場へ行く入口だったのかも!」
「そう結論づけるには、まだ早い」
言いつつ、レオンハルトさんも期待に満ちた目をしている。
ケビンさんからの伝令鳥を待った結果。
「ミッドーニは、酒場経営しかしていない」
「じゃぁ!!」
前のめりになっているわたしを制するように、レオンハルトさんが手で止める。
さらに新たな情報が得られた。ミッドーニの経営権を持っているのは、ハーシプ伯爵だと。
すぐに伯爵邸へ向かった。
伯爵邸があるのは、二番街北地区。一番街西地区からは随分と離れている。経営権を持っているだけなら、それも不思議じゃないけど。
伯爵邸の前に、一人の女性がいた。その女性は、屈強な男性達と言い争いをしている。
「レオンハルトさん、もしかしてあの人……令嬢の、乳母さんじゃないですか?」
「あのままでは、暴力沙汰になる。助けに行こう」
女性を助けるため動いたレオンハルトさんに続こうとして、足を止めた。
……あのニオイがする。
王宮内連続盗難事件で窃盗犯からした、甘く焦げた煤けた油のようなニオイが鼻に届いた。
周囲を窺うけど、通行人が数人いる。誰からしているかは、わからない。でもニオイが届くぐらいだ。近くにいる人だと思う。もしかしたら、窃盗犯を唆した人を捕まえられるかも?
「――ッ!?」
もう少し警戒すべきだったかもしれない。
わたしは後ろから魔法を放たれ、急激な睡魔に襲われた。
ここ、は……?
目を覚ます。暗がりでわかりづらいけど、どこかの倉庫にいるみたい。両手と両足を縄で縛られている。ご丁寧に、口も布で塞がれていた。これじゃ、助けを呼べない。
え、もしかしてわたし、攫われた!?
眠ってしまう前の事を思い出す。
あの時、詠唱は聞こえなかった。もしかしたらわたしが作ったレコーダーみたいに、魔石に力を付与していたのかもしれない。そんなん、いくらでも犯罪に使われちゃうじゃんか。
というか、どうしてわたしは攫われたんだろう?
首を傾げていたら、話し声が聞こえてきた。とっさに目を瞑る。
誰かが近くまで来た気配がした。顔の辺りを照らされたけど、目を覚ましていることがばれませんように。
「なるほど、確かに」
「では約束通り、お願いしやす」
ふんっと鼻で笑ったような声が聞こえて、その後に何枚か硬貨が床に落ちた音がした。わたしを攫う事で、取引が成立したみたい。
先に声を発したのは、高齢の男性だと思う。報酬を受け取ったのは、いわゆるチンピラみたいな若い男性かな。
その若い方の男性が出て行ったのかもしれない。近くにいる気配は一人だけになった。
「このままここに放置しておけば、すぐに死ぬか……」
ぼそぼそと恐ろしい事を呟いている。
え、ちょっと待って!? 攫われた挙げ句、放置!? 餓死なんて、やだよ!
「正しき神の名の下に、裁きは下されるだろう」
そう言うと、高齢の男性は去って行った。
少し時間を置き、目を開ける。
正しき神……? どういうこと??
ここはファンタジー世界。神様を信仰している事は、何もおかしなことじゃない。
でも、正しき神って何? 正しくない神様がいるの?
ファンタジーだとお決まりの、邪教? わたしはそこに連れてこられたのかな。
ダメだ。動けない状態じゃ、推測するにも限界がある。
魔法は、詠唱が必要だ。だから口を塞がれていると何もできないんだけど……。
これを機に、無詠唱……というか、声に出さない詠唱を試してみよう。まずは、両手両足の拘束を外さないといけないよね。
拘束された状態で動けるほど身体能力は高くないから……。
ジョキジョキと縄を切れ! 丈夫なハサミで縄を切れ!
心の中で詠唱を終える。するとすぐに、拘束から逃れた。自由になった手で口の布を外す。
「……ふぅ。どうにかなるもんだ」
次は、ここから脱出しないといけない。レオンハルトさんと一緒にいなきゃいけないのに、欲を出してその指示に背いたのはわたしだ。助けは求められない。自力でどうにか逃げないと。
暗視の効果を自分につけて、倉庫内で使えそうな物を捜す。オノマトペで武器も出せるかもしれないけど、その言葉がわからない。
倉庫の中を歩いていると、いくつか同じ布があった。真っ黒いのに所々オレンジのような明るい色が入っている。色の組み合わせがお洒落だなって思っていたけど。
「……何、これ」
広げてみてみたら、宗教的な雰囲気を感じた。
太陽と月が道を照らしているんだけど、その先が崖になっている。その崖からは、人間みたいな影が落ちていた。
これを持っていったらわたしを攫った相手が判明するかもしれない。でも、わたしは異空間に物を入れる技術がない。
レオンハルトさんに見てもらおうと、記録として残す事にした。
「カシャカシャ、パチリ。目の前の事を記憶しよう」
これで、後は紙に印刷するだけだ。
邪教と思われる旗は手に入れた。でも、脱出に使えそうな物はない。周囲の様子を窺いながら慎重に逃げ出す。無事に成功し、建物の外へ出る。
見覚えのある大聖堂が、夕日を受けて神々しく輝いていた。




