011件目 ファンタジー世界における初動捜査
二章が始まります。
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「アンネ。これは、そなたが廷臣法官たる資質があることを示す。なくさぬようにな」
「はい。ありがたく頂戴いたします」
部屋を移った翌日の早朝。わたしはメリッサさんに案内され、王妃様が待つ執務室まで行った。
そこで渡されたのが、わたしの胸元で輝く徽章。白百合とティアラが描かれている。気高いイメージが王妃様にぴったりだ。
執務室を出て、早速移動する。
今日は、正式に廷臣法官となったってことで同僚の人達に挨拶することになっているんだ。王妃様は男所帯って言っていたけど、どんな人がいるんだろう。
「えぇと、この先を曲がって……」
レオンハルトさんに描いてもらった地図を頼りに、王宮内を歩く。そして目的地、首都の廷臣法官がいる天秤宮にやって来た。巨大な天秤のオブジェがあって、場所を覚えやすい。
天秤宮の前にレオンハルトさんを見つけた。あちらもわたしに気づいたみたいで、こっちを見たけど。
天秤宮から風の魔法師が慌てて出てきた。同僚に挨拶、という雰囲気じゃない。
わたしは駆け足でレオンハルトさんに近づく。
「何かあったんですか」
「城下で令嬢の誘拐事件が発生した。至急、対応にあたる」
いつもの厳しい眼差しをさらに鋭くして、レオンハルトさんが天秤宮へ入った。わたしも遅れないようについて行く。
どこの誰が攫われてしまったのかと思っていたら、天秤宮に詰める廷臣法官達が集まる会議室に緑の鳥の彫像があった。その鳥が、口をパクパクと開閉させる。
「一番街西地区、シトロン侯爵家より令嬢の捜索依頼有り。至急、対応せよ」
鳥の彫像から何度も同じ文言が流れる。他の廷臣法官達はそれぞれ動き始めるけど、わたしはどうすれば良いのかわからない。
ピカッと彫像が光り、文言が変わる。
「クリム・シトロン侯爵令嬢。十六歳。金の髪、碧の目……」
攫われちゃったのは、わたしと同じ年の子なんだ……。怖いだろうな。不安だろうな。
早く、助けてあげないと。
ひとまず、奥へ行ったレオンハルトさんを追いかけた。
最奥の部屋まで行くと、開けられていた扉の方から、ふわりと甘い香りがした。
扉をノックすると、その甘い香りが強くなってくる。
「君が、新しい廷臣法官だね? 何ちゃん?」
「あ、はい。アンネと申します」
「アンネちゃんか。おれはコナー・リンガル。コナー先輩って呼んでくれて良いよ」
「コナー!! 今すぐにその臭いを消してこい!!」
「了解しましたー」
レオンハルトさん相手なのに、コナー先輩は軽い調子で対応している。青の髪と瞳だから、水の魔法師だね。
「仲良くしようねえ」とウィンク付きの投げキッスをして去って行った先輩は、ツーブロックの髪型だった。ファンタジー世界であの髪型って、勇気がいるよね。
個性の強そうな先輩の後ろ姿を見ていると、レオンハルトさんが気づいてくれた。
「すまない。貴殿は鼻が良いから、コナーのニオイはきついだろう」
「い、いえ……咽せるほどの強さではなかったので平気です」
「それならば良かった。緊急魔術通信は終えたから、貴殿に天秤宮内を案内しよう」
そう言うと、レオンハルトさんは部屋に招き入れてくれる。そこには会議室で見たような鳥の彫像と小さな彫像が二十体置かれていた。頭の上に一から五の数字があって、それぞれ上下左右に翼を広げたポーズを取っている。
彫像を見ていたらレオンハルトさんが大きな机の上に地図を広げ、指差しながら教えてくれる。
「今、私達がいるのはここ。シトロン侯爵令嬢が攫われたのはこの一番街だ」
地図を見ると、王宮がある小高い丘の周辺に街が描かれていた。円状に広がる街が五つある。
レオンハルトさんが示した場所が一番街だとすると、二番街、三番街と続いていく感じかな?
「緊急魔術通信は、ここから各街の治憲院に繋ぐ。一番街西地区だけでなく、一番街と二番街全体に事件発生を伝えている」
「なるほど。レオンハルトさんは長だから、ここで統括しているって事ですね。では、現場には出ないんですか」
わたしにも何か捜査協力ができると思ったけど……レオンハルトさんと一緒にいるようにって言われたから、難しいよね。
それなら、ここからできることはないかな。
考えていると、レオンハルトさんからピリついた気配を感じた。視線の先に、部屋の入口でびっしゃびしゃに濡れている先輩を発見。
レオンハルトさんからの怒りがひしひしと伝わってきた。紙の資料もあるし、先輩を乾かしておいた方が良いよね。
先輩に駆け寄る。「水も滴る良い男でしょ?」と言っている先輩はひとまず無視して、手を向けた。
「ふわふわ、ふんわり、乾燥完了。これで風邪も引かないね?」
詠唱終了と同時に首を傾げる。すると先輩も同じように首を傾げてくれた。ノリの良い先輩だ。
「コナー。何をしに戻ってきた。ザドルとの連携はどうした」
「いやー? あいつと一緒にいるよりもアンネちゃんと一緒にいられる方が楽しそうじゃないですか?」
「聞くな。捜査に楽しいも何もない。真剣に取り組め」
「えー、そんな事言ってー。長が紅一点のアンネちゃんと仲良く捜査したいだけですよね? そんなの、ずるいじゃないですか!」
「知らん。そんな浮ついた気持ちは必要ない」
先輩が、口を尖らせてレオンハルトさんを怒らせている。すごい。怖い物知らずだ。
わたしはどうすれば良いかと思っていると、新たに一人入ってきた。風の魔法師は、レオンハルトさんと同じくらい真面目そうな人。
部屋に入って状況を見るなり、レオンハルトさんの元へ行く。
「レオンハルト様。ここは私が引き受けますので、現場へ行ってください」
「すまない、ケビン。また頼んだ」
また、ってことは盗難事件の時もレオンハルトさんの代わりを務めていたのかな。そうだとしたら、中間管理職っぽい雰囲気に見えてくる。
「ではこれから現場へ行くぞ。コナーもついてこい」
「えっ? アンネちゃんは?」
「わたしは、レオンハルトさんと一緒にいるように言われています」
「あ、そうなんだ? てっきり……おおっと、それでは現場へ行かないと!」
先輩がまた軽口を叩こうとして、レオンハルトさんに睨まれた。そそくさと先頭を歩くように進み、そのままわたし達は天秤宮を出る。
現場は、一番街西地区。左の城門から王宮を出た。立ち並ぶ家々はどれも大きくて立派な建物ばかり。
ついきょろきょろと辺りを見回していたら、先輩が隣に並んだ。
「アンネちゃんは、この辺は初めて?」
「あ、はい。ずっと王宮の中にいたので」
「えっ!? それって長と……うわっ! 長! 無言で攻撃しないでくださいよ!」
レオンハルトさんは後ろにいて、的確に先輩だけに魔法を当てたみたい。
こうして並んでいても、先輩だけに当てる魔法操作……。精密な機械みたいだ。
レオンハルトさんにこってりと搾られた先輩が、また先頭に立って歩いていく。
到着したのは、一番街西地区の繁華街。隠れた名店っぽさが滲み出ているお店が並ぶ場所。
「シトロン侯爵令嬢が、ここで目撃されてから姿を消したらしい」
「ここが現場ッ!」
「この辺は西地区でも店ばっかりの場所ですけどねえ。看板がわかりづらくなっているとはいえ、人の目はあるのにどうやって攫ってったんですかねえ」
「それを捜査するのが、私達廷臣法官の務めだ」
捜査の基本は聞き込みから。って事で、周囲の店に聞き取りをしに行く。
でも、どの店主もシトロン侯爵令嬢の行方は知らないと言う。
収穫がないまま通りへ戻る。
「皆、嘘は言っていないようだった」
「えっ、そんなことわかるんですか?」
「貴殿には渡したはずだ。『廷臣法官の心得』五十四ページの三項目めに、仕草からわかる人の心とあっただろう?」
「うっ……そ、それは……」
「長ー。あんな分厚い本、読んでいるのは長とケビンさんくらいですよ」
「そう、なのか」
「こ、今度! 目を通しておきます!!」
レオンハルトさんが落ちこんだような気がして、慌てて言葉を告げた。でも先輩からの言葉が気になるみたいで、まだ首を傾げている。
「そ、そうだ。ここは令嬢が誘拐された現場ですけど、少し弄っても良いですか?」
「弄るとは、どういう風に?」
「令嬢が誘拐される前の情報を、収集できないかなって思って」
「できるなら素晴らしいが、そんなことは可能なのか」
「成功するかはわかりません。でも、やるだけやってみたいんです」
「わかった。貴殿の力を借りよう」
ここは、誘拐の現場。周囲には、多くの店がある。宝物庫の時みたいに、周囲の建物が音を聞いていたかもしれない。
その音は、耳を澄ませなければ聞こえないかもしれない小さなもの。捜索依頼が今日あったから……。
「チクタク、チクタク。ジィィィィ……っとこの場で音集め。三日前から今日までの、些細な事も逃さず教えて」
逆向きに長針が動いていく時計が、パラボラアンテナみたいなやつにくっついている。頭上にあるそれは、長針が十分戻るごとにアンテナがくるりと回った。
十二回それを繰り返すと、ビーッと一枚の紙が出てくる。ここまで、実際の時間は十二分。
「何か情報はわかったか」
「聞き込みをする前のわたし達の会話が書かれています。なので、魔法として成功ですが……設定したのが三日前なので、全ての情報を得るまでに時間がかかってしまいます」
「そうか……そうなると、犯人を逃がしてしまう可能性があるな」
何か考えている様子のレオンハルトさんは、集音魔法に手を加えて良いかと聞いてきた。
すぐに頷く。
「大気を舞う風のマナよ、風属性魔法師レオンハルト・ヴァランタンが命じる。ここから出た情報を鳥の形にして私に届けよ」
アンテナに手を当てながら詠唱を終える。
少し待つと、ビーッと出てきた紙が鳥になり、レオンハルトさんの元へ飛んでいった。
「よし。これでこの場から離れても情報収集ができるだろう」
「手間をかけさせてしまって、すみません」
「いや、これは画期的な方法だ。誇って良い。貴殿には、毎度驚かされるな」
「ありがとうございます。もっともっと、廷臣法官として頑張ります!」
現場での情報収集の方法を得た。これで違う事ができる。貢献できたと喜んでいると、視線を感じた。
目線を向けると、にやついている先輩と目が合う。
「……何でしょう?」
「いやー。さすがは王宮内連続盗難事件を解決した名コンビだと思って。やり取りがもう……くふふ」
「コナー先輩が何を考えているか知りませんが、そんなんじゃないですからね?」
「そんなんって、何かなー? ったあ!」
先輩は学ばない人だな。捜査に関係ない事を話していたら、レオンハルトさんに怒られるのに。
涙目になっている先輩は、助けられない。わたしは失望されたくないもん。
その後も三人で令嬢の情報を探す。
でも有益な情報は得られなかった。集音魔法で、どうにか状況を変えられると良いんだけど。
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「今日も良い旋律だったよ」
「どうぞ次もご贔屓に」
酒場「ミッドーニ」の看板吟遊詩人は、恭しく礼をする。
長く緩やかな薄緑色の髪を右肩の辺りで纏めているオルミンは、酒場にやって来た珍客を見て商売道具の笑顔を忘れてしまった。
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