第十五夜:望月の夜の鴻屋
第十五夜:望月の夜の鴻屋
鴉沢が営む貸本屋『とり文』に鴻屋の旦那、鴻野源蔵の姿があった。
「旦那、珍しいですね。今日はアレが入荷してますよ」
「そいつはいい。燕屋と一緒に読ませてもらおうかね」
鴉沢が奥から『鳥怪異聞』を出すと、銭と引き換えに鴻屋に渡した。
黄色い表紙に、描かれた小鳥はマヒワの特徴がある。
「おれらもまた、か」
懐に読本をしまうと、燕屋に立ち寄る。
雪の江戸は手先が凍る。
両手をこすり、息を吐くと白く曇った。
「燕屋。お文の読本が出来たみたいだな」
「ああ、あいつらも元気にしてるかね」
香の繕いをする女の姿はもういない。
「見てみろ。今日は望月だ」
燕屋の言葉にふと顔を上げると、大きな満月がそこにおわした。
視線を店の入口に向けると、白鷺とマヒワが仲睦まじそうにしている。
「すまねぇな、四十島。何年も見習いにしとけと燕屋に進言したのはおれなんだ」
鴻屋の独り言を野鳥は知るよしもない。
ただ、大きな白鷺の背に黄色いマヒワがとまっている様子は、江戸の知る人ぞ知るものになっている。
「結ばれはしねぇが、冬の間は一緒にいてやれよ」
源蔵がしみじみと呟くと、二羽は月光の中に溶け込むように、静かに夜空へ飛び去っていった。
「おーい。外に突っ立ってないで中に入りな。加鳥の旦那も呼んである。皆んなでそいつを読ませてくれや」
「ああ、そうだな。あいつは四十島の長屋の大家だったからな」
男たちは燕屋の奥座敷へ入り、一冊の読本を囲む。
やれ、頁をめくるのが早いだの、遅いだの。
まるで手習所の風景のようだった。
「あいつ、春琴なんて上方の女と会っていたんだな」
「聞いた時は、すわ独身男の春か、なんて思ったがね」
「法師の話ははじめて聞いたね」
「あんなことがあって、よく人間を好きでいてくれたモンだよ」
男たちの話は夜が更けても終わらなかった。
ただ、マヒワが旅立つ春の日までは、この話は続くだろう。
『望月に 春よ来るなと 願っても 香る花が うつろい急かす』
――鴻野源蔵




