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第47話 学園祭(3)

午後も引き続きせっせと裏方を務めた私とルーナとロレッタは売り子を務めているクラスメイトたちに少し休憩してきたら、と勧められたので、三年生が担当する庭園内のお茶席へと向かった。


そこは誰でも気軽に入ることができるお茶席だけど、茶器も茶葉も上質の物が揃えられている。


給仕をするのは、卒業後公爵家などで侍女や侍従を務める、あるいは行儀見習いや執事見習いとして務めることが決まっている貴族の令息令嬢、親が飲食のお店を営んでいる子息や息女、それに小さな子供の扱いに長けた生徒たち。

高位貴族の令嬢方はお客様の顔ぶれに応じて誰を給仕として割り振るかを即座に決めるなど、采配を振う。

運営する側の三年生にとっては気も手も抜けない場となっている。


でも客の側からすると、綺麗な花々に囲まれて、美味しいお茶やお茶菓子を上質の茶器で味わう、という非日常を心ゆくまで味わえる楽しい場。



私たちも案内された席に座っておおいに楽しんだ。

皆で知恵を絞って作った商品の売れ行きが思いの外好調だったので、嬉しくてあれこれ途中の苦労話で盛り上がる。


今日の販売では、ロレッタの小物やアクセサリーと私のオイルをあわせて買い、恋人や親しい人への贈り物にする、というお客さんが男女問わずそれなりの人数がいて驚いたこと、売り子を務めるクラスメイトたちが商品毎に客層やお客さんが選んだ目的、気に入った点や要望を事細かに記録してくれていて今後に活かしたいと思ったことなど、話は尽きない。


そのうちルーナが持ち前の演技力で、公爵夫人の、裕福な商会の奥方の、ごく普通の陽気なおかみさんのお茶の飲み方を披露してくれてロレッタと私はおおいに感心し、演劇の話でも盛り上がった。




お茶もお茶菓子も十分楽しんだので、そろそろ帰りましょうか、となった時。

ふいにルーナが言った。


「あら。エレナ嬢が来たわよ。男性二人を伴って」


私はルーナの視線を見て、その席は私の背後側だとわかったので振り向かずにおいた。


「連れの二人も貴族っぽいわね。どちらもなかなかの美形よ」


連れの二人も貴族?

大丈夫かしら。



ルーナが観察しつつ詳しく教えてくれる。


「あ。エレナ嬢があなたに気づいたみたいよ。一瞬目つきが憎々しげな感じになったわ……ふふ、エレナ嬢があなたに視線を向けながら二人になにやら話してるわ……あ、その二人があなたの方に視線を向けてきてる」


その時背後から、それは酷い話だ、地位を笠に着て、といった言葉の切れ端が聞こえてきた。


「いつものように泣きついているようね」

「そろそろ戻りましょうか」


この場で騒ぎになるのはごめん蒙りたい、という私の思いを汲み取ってくれた二人と共に席を立ち、私は顔を半分ほど後ろへ向けてエレナ嬢の連れという二人をチラリと見た。


面識のある伯爵家三男と子爵家長男という顔ぶれに少し驚いたけれど、二人とも確か貴族学院に通っているはずだからエレナ嬢のことは聞いていたとしても顔まで知らずに、というところかしらね。


あら?

あの二人、私の顔を見て急に顔色が変わったわよ?

やっぱりエレナ嬢のことは聞いているのね。

つい彼女に同調して言った言葉が私の耳に入ったかもしれない、と思って血の気が引いているってところ?

でも一応、面識のある方々だから挨拶のお辞儀くらいはね、しておきましょうか。

それで彼らがこれ以上彼女に深入りしなければ上々。


そう思って私はエレナ嬢には視線を向けず、二人に軽く会釈だけしてその場を離れた。



庭園の外に出てからルーナが言った。


「ねえ。口元は優しげに微笑んでいるのに目が笑っていないエミリアーナの顔。迫力があったわねぇ」


ルーナったら本当によく見ているのね。


「これも淑女の嗜み?」

「そこは胸を張って言い切るところでしょ?」


私たちは笑いながら自分たちのクラスのブースへ戻ろうと、歩き出した。




これには後日談がある。



学園祭の二日後のこと。

食堂でルーナとロレッタと一緒にランチを食べていた時、私の隣の席にとある伯爵家の次男である二年生が座った。

この方はあの日私の顔を見て顔色を変えた三男の兄。

彼と私は挨拶を交わしたが、その後すぐ彼はこちらに顔を向けずに話し出した。


「とある家の顔自慢の三男坊が友人とともにあるお祭りへ遊びに行き、そこで好みの顔をした美少女に声をかけられ話がはずんだそうだ。お互いに名乗ったのは名前だけ。浮かれた気分になったその三男坊は誘われるまま友人と共にその美少女と屋外の喫茶店に入り、お茶を楽しみ、考え無しにその美少女が漏らした泣き言に同調した。泣き言の相手はさる公爵家ご令嬢。ところがそのご令嬢ご本人が近くのテーブルにいて、話を聞かれたことに気づいた二人は焦った。加えてご令嬢が席を立つ時に向けられた視線により自分たちは家族から近づくなと言われている女性に引っかかっていることに気づいて血の気が失せたそうだ」


私も彼に顔を向けずに言った。


「まあ。それはさぞかし驚かれたことでしょうね」

「ああ。その女性に気づかれたら厄介なので、どうにかその場は乗り切ったが、そのあと一緒に露天を見て回ろうと言われ、なんとか用事をでっちあげて二人は早々に帰宅したらしい。すんでのところで罠に完全に嵌まらずに済み、そのご令嬢には深く感謝しているそうだ。その二人は考え無しに同調した言葉を取り戻したいがそうもいかず、申し訳ない気持ちでいっぱいだと言って落ち込んでいるらしい」


彼らが巻き込まれなくて本当に良かった。

私が望んでいたのはそのことのみだった。


私はまた彼に顔を向けずに言った。


「きっと、そのご令嬢はお二人が罠から逃げおおせたことを喜ばれるのではありませんか?そしてその経験を良い教訓にされるものと信じておられるのではありませんか?同調した言葉のことなど気になさらないでしょう。そういう方ですから、きっとお二人が同席していた方がどなただったのか見てはおらず気にもされていないと思われますわ」


彼は少しの間、黙ってランチを食べていたが、ふと小声で言った。


「感謝する。ありがとう」


彼がランチを食べ終えて席を立って去った後、ロレッタが私に聞いた。


「今の会話って何だったの?」


私の代わりにルーナが答えてくれた。


「あとで私が詳しく説明してあげるわ。ここでは誰に聞かれるかわからないから、ね?」


ルーナはエレナ嬢と噂のことを知っているし、貴族がそこから距離を置いていることにも気づいている。

私がルーナの言葉に同意して頷いたのでロレッタは納得してくれた。



その日、ルーナに説明してもらったロレッタはこう言ったそうだ。


「まわりくどい……まわりくどいわ……なんて面倒でまわりくどいのかしら……でも、そんな面倒でまわりくどい世界を力強く泳ぐエミリアーナを私は全面的に応援するわ」


それを聞いて私は本当にお友達に恵まれている、としみじみ思ったのだった。


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