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22 青の霊と紅の霊



 一夜明け、踏破組と黒貂たちは〈骸の草原〉を一歩ずつ前に進んでいた。


 そこは〈剣の草原〉同様、直剣が塚のように点々と地面に刺さっていたが、スケルトンの姿はない。


「……ん? 何かあるね」


 巨大な黒い石碑……モノリスと言うべきものが3柱ほど立っていた。


 ラトレイアが近寄り、上から下に背伸びしたり、しゃがんだりしてまじまじと確認する。


「これは、バザルドバルド入領に対する警告文ですね。……ここよりバザルドバルド……魔族の土地にて、ヒトの国にあらず。ヒト、この先進まば命あやうからん」


 読み上げてくれる少女。


 ヒト、という呼び方から黒貂は思考を重ねた。


 恐らくこの文言は人類に向けて記されたもので、文字自体もこの世界で一般的に使用されているものを使ったのだろう。


 つまり、魔族側にも人類の言語を解するものが一定数いるということだ。


「横にある碑はすこし新しいですね。えー……あ、これは興味深いです。魔族言語と古代言語が混ざり合って書かれていますよ。魔王バザルドが建国したバザルドバルドの永遠の隆盛を祈り、ここに記す。不可侵の約定が破られ、ヒトと魔族は終わらぬ戦いへと向かった」


 〈踏破組〉と黒貂たち……一行は興味深そうにそれを見つめ、ラトレイアの声に耳を傾けていた。


「魔族と人間の不可侵の約定がどちらかによって……破られた。両者が相見えることができないのはわかっていたことですが、すこし悲しいですね」


「……戦争は動いてしまうと、止められない、んだね」


 ソイルは言葉を選んでラトレイアに応えた。


 異世界でも同じ、という言葉を使うのを避けたように思える。


 現実〈リアル〉のことをラトレイアは知らない。


「乾いた国に血を捧げよ。さすれば栄光は永久に蘇る。失われぬ栄光を掲げよ。我は魔都ハエレシスにて座す」


 読みながら、少女は最後の文字に目を通し、驚愕の表情を浮かべた。


「エレジー・バゼルディア……エレジーとは……もしや、いや……そんなはずは……彼女は……亡くなったはず……」


 その時、キィン……という高音が耳に触れた。


「警戒しろ。雰囲気が変わった」


 レグルスが構えると、一行の進む先を阻むように点々と青い人影が浮かぶ。


「敵か!」


 叫びながら駆けるレグルス。


 青い人影はゆらめき、各々が様々な武器を持っている。


 武器もまた後日青の色に染まっている。


 レグルスは声を上げ、大剣を振るう。


「!!!」


 裂けた体が茫漠と浮かぶ。


 まるで陽炎のようだが……。


「霊体?」


 という叢の言葉の後、すぐに霊体が動き出す。


「ぐっ!!」


 斬撃。霊体に切られたグランが声を上げる。


「あちらからの攻撃は通るようだぞ!」


 各々が霊体の攻撃を避け、攻撃していく。


「空の裂け目〈エア・クラック〉」


 レグルスが払う大剣……斬撃によって生み出された裂け目に霊体は取り込まれ、消える。


「白雨乱〈はくうみだれて〉」


 物理攻撃主体のグランでは霊体への直接的影響は期待出来ない……しかし、彼は衝撃波を用いて霊体たちを散らし、前進の隙間を作っていく。


 黒貂は少し遅れて、ラトレイアを守っていた。


 よく見ると、青い霊体は魔族の兵士の姿をしている。


「黒貂さん……これは魔族の幽鬼……オーガの兵士たちの霊体ですね」


 鬼のような形相……霊体となったオーガ兵士。


 鎧は魔族の意匠であり、どこか和風の大鎧にも見える。


「魔力の流れを感じます」


 確かに当たりには魔力が生み出す独特の青い光が輝いている。


 幽鬼たちは笑みを浮かべながら切られ、散ってはまた現れる。


 刹那、何もない地面に赤い魔法陣が現れた。


 そこから突如として新たな影が浮かび上がる。


 紅色のオーラを纏った赤黒い影。


 それは青年の姿であり、幽鬼とは異なる鎧の姿だ。


「悪いが、君たちの旅はここで終わりだ。幾千の時を過ごし、幾千の敵を屠ろうとも」


「誰だ!」とアオ。


「白銀……いや、名前を知る必要は無い。覚えても、無駄だ」


 ゆらり……白銀と名乗った青年は動く。


 狙いは目の前にいた黒貂だ。


 細く、しなやかな体……そしてその体躯に似たロングソード。


 その切先が眩く鋭い光を帯びて輝いた。


『白銀……!?』


 トリルの声に意識を傾けることが出来ない。


 白銀が駆ける。


「この剣は魂を焼くぞ」


『黒貂! 逃げて!』


 黒貂は〈拝啼〉を抜いて、何とかその攻撃を逸らした。


 斬撃の衝撃が遅れてやってくる。


 手が痺れ、全身に怖気が走った。


「幻影〈ファントム〉!」


 黒貂は〈アーツ〉を使った上で、敵の横を駆け抜ける。


 敵が視界から外れ、虚をつかれる白銀。体勢を崩したが、すぐに後ろを振り返る。


 しかし、そこに黒貂の姿は無かった。


 他方、朧げに浮かんでは攻撃を行う幽鬼たちに対して、プレイヤーたちは同じような行動を繰り返している。


 敵味方入り混じる一群の中に、黒貂は身を隠す。


「……このパターン、〈剣の草原〉と同じだよ。死なない敵……きっと何か攻略法がある」


 攻撃を避け、魔弾を打ち込むソイルが黒貂に声をかけた。


「スケルトンは元人間の兵士たちが英雄である竜を守るために戦っていた……」


 やや独り言のように、思考しながら少年は応える。


 背後ではグランが力を溜め、紅い影に対して〈アーツ〉を放つ。


「金剛響鳳山石〈こんごうはどよめかせるほうざんのいしを」


 地面が抉れ、衝撃を受けて白銀の身体は空に浮かぶ。


「〈断斬烈花閃〉」


 間をおかず、叢の剣閃。


 桜の花びらのようなものが空に舞う。


 〈アーツ〉によって生まれた魔力と祈力の残滓だ。


 しかし、白銀の方は『空中で』体勢を整え、身体をねじりながら口を開いた。


「魂を通していない肉体の膂力など、僕の身には届かない」


「〈巨人の薙ぎ〉!!!」


 間髪入れず、アオの巨槌が敵を襲う。


 剣で直撃を防いだが、地面に勢いよく叩きつけられる白銀。


「くっ!!」


 紅き影青年はからは血は出ないものの、その身にはダメージが入ったようだった。


 しかし、あれだけの連撃を加えても、白銀のライフメーターはわずかに削れただけに見えたわ。


「黒貂、大丈夫か!」


 アオが声をかけたが、当人は思考しているようで上の空……。


「スケルトンの墓標は……剣だった。骸……ここに屍はない。墓地……墓地は……?」


 黒貂は思考に答えを見つけた。


 何かを媒体にせず、これだけの量の霊体を生み出すことが出来るとは思えない。


 恐らく、魔法……それも魔族の。


 これは死霊術の類ではないか。


 そういえばDDDにも同じような能力を持つ襲撃者がいたっけ……たしか、ネクロマンサー。


「黒貂?」


 アオの声は耳に届かない。


 対して、黒貂は駆け出した。


「幻影〈ファントム〉」


 幽鬼たちの意識から逃げて、黒貂は戦場から離れた。


「黒貂さん! 私も!」


 ラトレイアが追従する。


「無明〈エコー〉」


 黒貂は少し前から気付いていた。


 無明〈エコー〉の能力……それは黒貂の見たいもの、情報を見せることが出来るようである、と。


「見える……! 魔力の流れが」


「追いましょう」


 ラトレイアが呟きに応えた。


 青い魔力の流れが、灰色となった世界に映っている。


 それは戦場から外れた森へと向かっており、木々をくぐると辺りはひっそり、閑としていた。


「墓地だ……」


 粗雑な墓らしき白い石が、そこら中にあった。


 だが、歩くうちにやがてそれは墓地としての体裁を整え始め、さらに進むと、手入れがされているやや新しいものが林立し出した。


 魔力の色が濃くなっていく。


 黒貂がさらに森のアーチ状になった樹々をくぐると、開けたところに囲むように墓が並んでいた。


 中央に人影……先ほどの白銀と名乗った青年と同じような、赤黒いオーラを纏った影。


「素晴らしい。ここに至るとは」


 ぼんやりと見える。


 紫の和装、肩までのショートカットの黒髪。


 そして着物と同じ色の瞳。


「……斬る」


 少女は手に持った居合刀に手をかけると、消えた。


 危機を感じ、ラトレイアは飛んだ。


 跳躍ではなく、両の翼で飛んだのだ。


「ラトレイア……!?」


 虚空を裂いた剣先。


 刀を鞘に収めながら、少女はつぶやいた。


「何と〈竜の血脈〉ですか。マリートヴァと同じですね。ですが」


 再度、少女は構えた。


 張り詰めた緊張感。


 少女の体はラトレイアに向いている。


 黒貂は駆け出した。


「神なる竜よ、応えよ。阻む、散開、守護!」


 祈跡を発動するための言葉。


 それを破るように着物姿の少女は動いた。


「〈石動なき水面に落ちる赤葉〉」


「〈灰竜のカイナ〉」


 和装の少女が囁いた瞬間……彼女は動いた。


 しかし、確かに、『動作を行ったように思えた』のに数秒前と同じ姿のまま静止している。


 ラトレイアの前方にはクロスするように組まれた灰色の竜の腕が現れていた。


 鱗は石膏のように硬く、剣撃自体を防いだ。


 しかし、竜の腕……カイナは斬撃により崩れ落ちた。


 刃はラトレイアの金色の髪をわずかに寸断し、翼の端を裂いた。


 取り巻く樹々が動き始めたのは、金色の髪の少女が地面に落ちていくと同時だった。


 斬断された左右の樹々が、ラトレイアを隠すように重なり、崩れた。


「逸らしましたか。命を奪うことは出来なかったようですね? それでも、もう動けませんが」


 ローブ姿の少女が積み重なる樹々の中に消えていく。


 声は聞こえない。


 黒貂は〈アビリティ〉を発現させた。


「内在する影〈オルター・シャドウ〉」


 斬り込む。


 〈拝啼〉が着物姿の少女を襲う。


 少女は微かに後ろへ下がる。


 キィンという音と共に、黒い刀の刃が弾かれた。


「良い動きです。お名前は?」


「黒貂」


 不可視の斬撃を放った少女は不敵に微笑する。


「黒貂……クロテンの異称ですか。なるほど、黒い外套にその身のこなし、似つかわしい」


 落ち着いて、少女は言葉を続ける。


「私はリゼ。オルターエゴです」


 リゼ。その名前に黒貂は聞き覚えがあった。


 〈踏破組〉、叢が探す友人の名だ。


 現実〈リアル〉での名前は理世と書くのだったか。


「あなたは……村雨ちゃん……叢の……!」


 その言葉を聞いて、リゼは頭痛に襲われたかのように頭に手を当てる。


「余計な……記憶を……」


 ゆっくりとした動作でリゼは居合刀に手をかける。


「〈発鬼〉」


 〈アーツ〉の発動。


 加速した少女の体躯が黒貂へと飛ぶ。


 かろうじて見えた剣閃。


 下からの袈裟斬りだ。


 かろうじて少年は回避する……内在する影〈オルター・シャドウ〉が発現していなければ対応出来ずに首筋が分断されていただろう。


「何故だ。何故、プレイヤーを襲う!」


「自分が高めた技で、自分の業〈わざ〉によって、プレイヤーを斬る! 何故それが悪いのでしょうか」


 少女は続いて刀を振るう。


 不可視であった斬撃も、今の黒貂には見ることが出来ていた。


「叢は言っていた。君とは辛いことを共有して、2人で頑張ってきたのだと」


「私が生きてきた世界……現実〈リアル〉は地獄だった。極限まで己を高め、自己を消して、己を殺して、殺して、殺して……」


 やはり頭痛を覚えたように頭を押さえながら、少女はふら、と身体を揺らす。


 一度止んだ斬撃の波。


 黒貂は自身の両腕が震えているのに気付いた。


 ギリギリの状態で受け続けていた身体へと、疲労が一気に襲ってくる。


 少女は微笑んだ。


「だから、今度は私が他人を殺すことにしたのです」


 リゼが虚空を切り裂く。


「〈払い紅葉〉」


 居合刀を振るい続けるリゼ。


 その度に放たれた衝撃波が魔力と祈力をともなって、黒貂の身に迫った。


 やや離れた場所にいた黒貂だったが、〈拝啼〉を使って『飛ぶ斬撃』を弾いていく。


「私は人斬りでもう元には戻れない。あの娘と共に笑うことは出来ないのです」


 放たれ続ける〈アーツ〉。


 瞬きのひとつが、確実に命を奪うだろう。


 オルターエゴである、と彼女は言った。


 自身が苦しんだ分だけ、人を苦しめる……そういったプレイヤーは確かに〈DDD〉に多く存在した。


「〈残花残滅〉」


 跳躍し、突っ込んで来るリゼ。


 どっちだ、と黒貂は思考した。


 首か、胴か。


 守らなければ、命は奪われる。


 胴だ。


 リゼは武道に長けている旨の話を叢がしていた。


 武道に通ずる人間はルール上の反則である、首を外す筈……。


「〈白雪〉」


 キン、という音と共に居合刀が鞘に納まる。


 黒貂の胴体はまだ繋がっていた。


 賭けは成功した……間一髪、胴に這わせた〈拝啼〉の鞘。


 鞘は2分されたが、自分の命は繋いだ。


 恐らくアバラにまで斬撃は到達しているだろう。


 アバラがあるのかわからないが、という考えが黒貂の頭を過ぎる。


 血にも似た液体がアバターである体から流れた。


 だが、待っていた。


 背中を見せる……ここを待っていたのだ。


 必殺の後の残心を。


「そこだ……」


 振り返った時、黒貂の目にはリゼの背に広がる〈黒点〉が見えた。


「命に至る刃〈フェイタル・ナイフ〉」


 〈拝啼〉で〈黒点〉を貫く。


 背後から一撃を受けて、リゼは思わず声を出す。


 そして勢いよく引き抜くと、血の代わりに、祈力らしきものが宙に舞った。


「なっ……」


 膝を着きかけた体勢で、リゼもまた振り返る。


「素晴らしい。紅霊の状態でも3分の1ほどの力はあるというのに……。この力……次は是非生身で逢いたいものですね」


「ごめんだ」


 紅霊……恐らく何らかの能力によって、具現化された霊体の一種だろう。


 本体は別にいて、霊体を操っていたに過ぎない。


 つまり、本来の能力は今の3倍……。


 少女は不敵に笑い、紅いオーラと共に消えていく。


 後に残ったのは雪の夜のような静寂。


 痛みを堪えて、黒貂は呼吸をひとつ吐いた。


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