21 イエヌキズアト
叢との会話の後、自分のゲルに戻ろうとするとレグルスが佇んでいた。
『黒貂、話しておくべきだわ。彼とアオの関係……亀裂はちょっとの衝撃で簡単に広がってしまうのだから』
トリルの助言に従い、黒貂はレグルスの元に向かった。
風が吹き、草むらが音を立てる。
いつの間にか重い雲が空を覆っている。
先ほどまで見えていた星空は、空にまかれた灰色の絵の具によって隠されてしまった。
「ふん……青い事だ」
微笑みを浮かべながら、彼は黒貂を見て呟く。
「レグルスさん……アオさんと何かあったんですか」
その言葉にレグルスは気まずい素振りで、金髪をかきあげた。
「君こそ、アオとはどこで?」
「アオさんとは……東エリアですね。〈ノエニ塩湖〉という場所でPKに襲われまして、そこを助けてくれました」
「ノエニ塩湖……たしか、巨狼〈鎌喰み〉がいるのではないか」
「そうです。しかし、現れた相手はプレイヤーキラー……PKの、レッド・ラヴというプレイヤーで」
あの時は死を覚悟した。
アオがいなかったらロスト……死んでいるところだろう。
「レッド・ラヴ……〈DDD〉襲撃者側の有名配信者だな」
「はい。彼女もテオリア・オンラインに来たようですね」
レッド・ラヴは〈オルターエゴ〉であり、転生しPKとしてこの世界でアバターの体を使って生活している。
PKか否かという問題以外は黒貂と同じだ。
DDDにおいて彼女の虐殺放送は有名であるし、その、バーチャルユアチューバーとしての見た目も相まって人気を博していた。
「そうか。助けられた……か」
レグルスはその言葉を飲み込むように喉を鳴らした。
「アオはな……前回の〈踏破組〉に参加していたんだ」
彼は黒貂を見ずに、視線をどこか遠くに向けて話を始めた。
『やはり、ね。しかし、前回の〈踏破組〉は確か……』
トリルがそう呟く。
「私たちはシルバーマンインクの後援を受けて集まり、テオリア・オンラインの攻略を始めた」
低い雲が月明かりを遮り、薄暗い中で佇む。
「しかし、西エリアの攻略中に私たちは……不思議な所に迷い込んでしまった。普通、西エリアは深い霧に包まれた幾つかの小さい島があり、そこを渡って攻略していくのだが……」
西エリアは最初に攻略に向かう人々が多いと聞く。
……と言うよりも単純に〈ロア・ルンド〉の大通りを直進していくと、西への道が現れるのだ。
「いつのまにか1900年代のグリニッジのような暗く、霧深い教会と古い建物が並ぶエリアに出てしまった。そしてそこで見たことのない魔物に襲われた」
『興味深い、わ。そんなこと聞いたことがない』
黒貂はレグルスの言葉から様子を想起した。
くぐもった煙のようなものが視界に浮かぶ。
辺りは不自然なほど静かだった。
小さい島々から迷い込んだにしては教会と古い建物は異質だ。
「私の指示のミスだ。左右の建物を壁にして、前面のタンクが攻撃を防ぎ、ジリジリと敵を追い詰めた……のだが」
レグルスの顔には、かすかな過去の傷跡をにじませる影が浮かんでいた。
黒貂はまた思考する。
路地へと魔物を追い詰めていく一行。
レグルス、アオとタンク、ヒーラー、魔法使いの5人パーティといったところだろう。
ジリジリと巨大な芋虫のような怪物を追い詰めるイメージ。
「後方から魔物の分裂体……いや、子供のような怪物が大量に襲ってきてな。まずヒーラーがやられた」
しかし、追い詰められたのはレグルスたち〈旧踏破組〉だったのだ。
背後から襲う……肉塊から脚の生えたような怪物。
黒貂のイメージはもちろんDDDの襲撃者だ。
非対称性対戦ゲーム〈DDD〉には非人間のプレイアブルキャラクターも多く存在する。
「ヒーラーに頼りすぎたことによって、ヒーラーを失うことによって回復手段がなくなってしまった」
芋虫型魔族の幼体に包まれていくヒーラー。
なす術なく全身を覆われ、エサと化していく。
「前後の魔物はあまり強力な怪物ではなかった。大規模の魔法や〈アーツ〉を使えば倒せたはずだ」
つまるところ、それが彼らのお得意の捕食方法だったのだろう。
レグルスは知らずに自然とそこに誘い込まれた。
「結果的に大敗し、全員がロストした。私を含めて。そうしたのち、再度全員が顔を合わせることは無かった。先ほど、やつの変わらない姿を見るまでは全滅していたと思ったのだがな」
言い終えて、彼はため息をつくと疲れた様子で座り込んだ。
「このゲームは情報の有無で展開が大きく変わりますからね」
「そうだ。どのエリアに向かおうと攻略情報があれば、それだけ有利だ」
実際のところ、黒貂はラトレイアやソイル、トリルの助けが無ければここまでやって来れなかっただろう。
多方面的な情報の集約が、能力の高さよりも重要になっている。
「……前回の〈踏破組〉は明らかに準備不足だった。そのため、今回はレベル上げも確実に行い、回復は各々が行うようにしている」
見えぬように、唇を噛むレグルス。
「シーカーを置いて行ったのは今回が様子見だったからだ。まさか、あれほどのスケルトンに囲まれるとは予想外だった……畢竟、今回も準備不足であることには変わらない」
「このゲームをするに至っては、どうしようもない、という気がします」
他のプレイヤーたちは少し進んでは戻り、準備を整えてジリジリと攻略を行なっていると聞く。
そういえば、アオは自分の話をあまりしない。
「あの、アオさんは何のプロゲーマーなんですか?」
本人に聞くのもはばかられたので、黒貂はレグルスに問う。
「トーナメントオブレジェンド……MOBAの世界で有名だな。ブルーユニコーンという名前だ」
「あぁ、あの……ブルーユニコーン! 引退して姿を消したと聞きましたが……」
ブルーユニコーン、略してブルーと呼ばれるプレイヤーだ。
彼は以前、MOBAと呼ばれるオンライン対戦ゲームでかなり名の通ったプレイヤーだった。
どのロールもそつ無くこなすが、咄嗟の判断でチームに合ったプレイングを行う。
ブルーはファイター系のアタッカーよりのロールを好んでおり、真っ向勝負だけでなく視覚外の強襲なども行っていた。
黒貂もMOBAにのめり込んだことがあるが、あまりのストレスにすぐ辞めてしまった。
それほど様々な感覚を用いるゲームなのだ。
思考していると、草花を踏み締める音が聞こえた。
「レグルス」
現れたアオは鎧姿では無く、カジュアルなシャツ姿であった。
「…………」
声をかけられたレグルスは沈黙で返す。
黒貂もまた声をかけるわけにはいかず、その場には静寂が流れる。
緊張感が走った。
「すまなかった」
そのアオの言葉に対して、レグルスは短く息を吐いた後、応えた。
「……アオ……お前、ロストしなかったのか?」
「ギリギリまで意識があったことは覚えている。ラッキーなことに、気付いたら〈ロア・ルンド〉でね」
「そうか……」
再び沈黙。
耐えきれず、黒貂はひとつ咳払いをした。
「どうか……俺をまた〈踏破組〉に入れてくれないか。やっぱり心残りなんだ」
「…………」
「お前らと一緒にこの先を見たいんだよ」
「…………」
思考をしているのか、レグルスは答えない。
どこか、嫌ではないような……けれど躊躇がそれを押し留めているようなそんな印象を受けた。
刹那、黒貂は辺りに言い得ぬ空気感がもたらされた気がした。
一気に……極寒の冬の空気がごとく、張り詰めたような……そんな。
『黒貂……空よ。音がする』
「なんだ……?」
円状に並んだ天幕……それらを包むように張られていた結界。
突如、その結界と星空とを隔てる見えぬ障壁に亀裂が入る。
空にひび割れが広がっているのだ。
理解出来ず、黒貂はそれを見つめる。
更にそこに魔法陣が生じたかと思うと、次の瞬間、亀裂が大きく広がり、障壁は弾けて割れた。
「〈安息の潰滅〉! PKが使う障壁破りだ! 来るぞ!」
レグルスが叫ぶ。
同時に複数のプレイヤーが、地面に浮かぶ魔法陣から現れた。
転送魔法。
魔法陣の数は10以上。
『〈安息の潰滅〉に転送魔法……自分で精製するのはかなり大変よ。〈ロア・ルンド〉で大枚をはたかないと、普通は手に入らない』
一気に、辺りはそれまでの静寂とは異なる、威圧的な空気感に包まれた。
「コイツら……! 何者だ……!」
プレイヤーたちが武装を抜く。
レグルスはかたわらに置いた大剣を手に取り、構える。
素早い動きでアオもまた大槌を生じさせ、敵の元へ走った。
悪意ある襲撃。
黒貂もまた黒刀〈拝啼〉を構える。
両手で斧を持った男……ロングソードを構えた女……2人のプレイヤーが同時に黒貂の身を襲った。
「幻影〈ファントム〉」
ターゲットを外され、男と女はあらぬ方向に武器を振る。
黒貂は飛び退き、呟いた。
「……内在する影〈オルター・シャドウ〉」
容赦をする必要はない。
PK専用のアイテムを使ったということは、敵対する意思は明確だ。
敵の体に〈黒点〉が浮かぶ。
「早っ」
少年の動きに対して、女はそう声を出した。瞬間、彼女の体を〈拝啼〉が貫通し、光の粒子となってアバターは消滅した。
「何者……ですか」
目の周りに青い炎のようなオーラが浮かんだ黒貂。
男はその言葉に対し、口角を上げた。
「言うわけが無いだろう……〈幹割り〉!」
叫びながら左右の斧を交差させるように振る男。
Xの字を描く斬撃が、黒貂の身を襲った。
早い。
避けきれず、黒貂はその身で受ける。全身に衝撃と痛みが走った。
『黒貂!』
黒貂自身は防御にあまりステータス振りをしていない。そのため、一撃一撃は命取りだ。
衝撃にわずか身が固まった隙を狙い、男は飛ぶ。
「消えろッ!」
振りかぶった両手の斧。
黒貂はみぞおちの辺りに見える〈黒点〉に対し、黒刀を突き立てる。
「命に至る刃〈フェイタル・ナイフ〉」
頭部から約10センチといったところで、斧は止まり、男ともども夜の空気の中に溶けていく。
「良いレベルだが、動きがカタいな」
次々と大槌を振るうと、弾かれるようにプレイヤーは飛んでいき、そのままロストしていった。
アオが3人を一度に吹き飛ばすと、桃色の髪の少女が彼を指差し叫ぶ。
「青髪ー!!」
敵愾心を丸出しにして、微笑みを浮かべた少女が大鎌を振り回し、駆ける。
「あれがレッド・ラヴか……」
レグルスの視界にもPKたる少女の名前とライフメーターが表示される。
〈歪曲した親愛の〉ラヴ。
「はろはろーラヴちゃんだよー!」
誰にともなく手を振り、浮かんだカメラにピースサインを送る。
そして宙空へと飛んだ。
「行くよー! 〈ラヴバスター〉!!」
ラヴが大鎌を突き出すと、その先端に魔法陣が現れる。
まるで魔法少女が放つ必殺技のように、魔法陣に光が集束し……。
「弾けちゃえー!」
光線が放たれた。
それはアオを正確に襲い、地面に爆発を生じさせた。
「うわわっ!」
それを見て思わず黒貂は声を出し、よろける。
しかし、アオは抉れた地面の横で体勢を整えていた。
跳躍し、ギリギリのところで回避したのだ。
「アオと戦うラヴの背後をいかに目指すか、か」
黒貂の側に立ったレグルス。
彼には黒貂の〈アーツ〉がどんなものか見当がついているようだ。
そして、黒貂の狙いも。
「私が引きつけよう」
「ですが……この数……!」
「〈フォース・カインド〉」
言葉を放った刹那、ラブとアオから隔てるように集まったPKたちの真ん中にレグルスが姿を現した。
瞬間移動の〈アーツ〉……ソイルの盗賊の星〈ジョウント〉と似たようなものだろうか。
気付いたプレイヤーたちが一気にレグルスへと振り返る。
「次元の裂け目〈リム・ブリーチ〉!」
その中で彼は〈アーツ〉を叫んだ。
紫色の光が周囲を照らしたかと思うと、地面に複数の裂け目が現れた。
集団が地面に生まれた裂け目に飲まれていく。
だが1人、地面の縁を掴み、落下に耐えたものがあった。
彼もまた〈アーツ〉を叫ぶ。
「〈ロック〉」
発動と同時にレグルスの身体は鎖に繋がれ、身動きを封じられる。
「抑えました! 隊長!」
〈アーツ〉を放った男が声を出す。
瞬間、後方から現れたガスマスクの男がレグルスの元に飛ぶ。
「閉じろ!」
動きを封じられたままレグルスが言うと、地面に現れた裂け目が閉じ、PKたちはどこかに飲まれていった。
隊長、と呼ばれたガスマスクの男……彼はレグルスへと跳躍すると〈アーツ〉を放った。
「〈癒えぬ疵痕〉」
「くっ!!」
一連の動きにはどこか、訓練された集団戦法を思わせた。
「レグルス!」
ラヴと戦いながらアオが叫ぶ。
駆けるアオ。
「〈巨人の鉄槌〉!!!」
アオが〈アーツ〉を放つ。
巨人の拳にも見えるオーラが大槌を覆い、重い一撃が横様にガスマスクの男を襲った。
弾かれ、吹き飛ぶ男。
「もー! ラヴちゃんを無視するなよ青髪ー! ころそーっと! 〈ラヴバス」
「〈雷霆〉」
レッド・ラヴの〈アーツ〉は雷のような光と衝撃によって阻まれた。
「寝ようと思った矢先に、アラートか……まったく、寝かせてくれないゲームだ」
地面に広がる煙の中から姿を現した巨漢……グラン。
「また新しいのがー! 一気に消しちゃお!」
ラヴが空に向かって大鎌を構える。
「歪んだ親愛の幾何学〈ラヴ・ジオメトリック〉!!」
言うと先端の魔法陣から現れたのはミサイル。
それはよろよろとした定まらぬ軌道を描き、地面に落ちていく。
ラヴの背後へと走りながら、黒貂は横目でそれを見る。
巨大な誘導弾には幾何学的な模様と共に『かく』と書いてあった。
「風裂〈ウインドブレーカー〉」
澄んだ声が戦場に響く。
空気を切り裂いた弾丸が、歪んだ親愛の幾何学〈ラヴ・ジオメトリック〉へと軌跡を描いて着弾した。
「〈終焉〉」
ミサイルと周囲の空間が、捻じ曲がり、渦状に歪んでいく。
「えー!! ラヴちゃんの〈ラヴ・ジオメトリック〉がー!」
地団駄を踏むラヴ。
その時、声が響いた。
「ラヴ、退くぞ。充分だ」
「えー! つまんないよー!」
「楽しいゲームは長く遊べる方が良いであろう」
「たしかにね!」
木々から漏れる夜霧が声の主を隠す。
月の光がわずかにそのシルエットを浮かび上がらせた。
「その声……貴様!! 待て!!!」
グランは叫ぶが、魔法によって作られた転送門に彼らは姿を消していく。
「またねー!」という少女の声だけが残った。
「くっ」
レグルスがよろめき、アオが彼を支えた。
血のような赤が、銀の鎧に線をつけている。
「皆さん……大丈夫ですか?」
ラトレイアが寝巻き姿……パジャマ姿で現れた。これは食事のあとにソイルから渡されたものである。
「ラトレイア、大丈夫だよ。君こそ大丈夫か?」
「私は……えぇ。それより、皆さんお疲れのようですから、後で癒しの祈跡の力を使わせてください」
「すまないな」
ラトレイアの言葉に、レグルスが弱々しく答える。
レグルスの動き……彼らのPODは痛覚をも体感させるようだ。
そして、ダメージは寝たりログアウトしたりしても消えない。
「疲れ、寝る」
あくびをしながら現れたシーカー。
ラヴの〈アーツ〉を封じたのは彼女の狙撃によるものであろう。
一瞬冷静を欠いたように見えたグランだが、一呼吸のうちにいつもの冷静さを取り戻していた。
「しかし、また、アラートを流されても困るな」
彼らはログアウトし、リアルに戻っていたところだったのだろう。
張られた結界には襲撃を知らせる機能があったらしい。
「俺が守るさ。お前らはログアウトしてくれ」
「アオ……!」
レグルスを支えながら、アオが言う。
「レグルス、俺たちはまた一緒に戦える、だろ」
「くっ……」
レグルスはやや口角をあげて
「……明日、ログインしてまだこの体がロストしていなかったらな」
と言って拳を掲げた。コツン、とアオもまた拳を合わせる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「陛下……申し訳ございません」
ガスマスクの男が長身の男……ノヴァへと跪く。
「問題ない。金で買ったアカウントは幾らでもある」
金と黒の髪が月の光を受けて輝く。
廃墟に浮かぶシルエット。
「内戦は広がりを見せていますが、弟君の人徳を理解する民も増えています。あとは……」
「そうだな。我々も急がなくては」
「引き続き彼らの後をつけ、転送魔法を使っておきます。今回の実験ですが……」
ガスマスクはそこで一呼吸置いた。
「流石にシンクロ率に問題がありますね。兵たちも充分に使えているとは言えませんでした。あと……」
ガスマスクは顔をあげてノヴァを見つめた。
「あの少年……黒貂でしたか。予想外でした。レビィとランバージャックが簡単にロストさせられるとは。彼らも軍人ですから、日常的にドローン兵を遠隔操作しているのですが」
「ふん……油断だな」
「……はい。アバターが合っていなかった可能性もありますが」
ネイビーのロングコートの内側に手を差し入れるノヴァ。
剣を抜いて、月明かりにその刀身を晒した。
「構わん。ガチャ、と言うのだったか? そういうものだ。我々の目的には障害にならない。次は我々が出る番だな」
そしてガスマスクの首元へと、刃先を合わせた。
「出直すが良い」
「はい」
刃が両断すると、ガスマスクの姿は粒子となって消えていった。




