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番外話 (リアル話)

 その世界には大小いくつかの国がひしめき合っていて、くっついたり離れたり、どこにでもあるような歴史を繰り返していた。

 ある時、とても力を持った兄弟が、周りの国を巻き込んで熾烈な兄弟げんかを始めた。世の中は二つに割れ、争いは一つに減った。

 現在。世はそれに倣う。

 力のある二人は勇者と魔王となり、争いはそこに集約される。繰り返し繰り返し、大概は勇者が勝利した。魔王の軍は力による支配を好んだにもかかわらず、力で勝利することは、なかった。


 ある時、小さな国の田舎で力のある双子が生まれた。

 それを敏感に察知した大国の使者が訪れる。

 二人をよくよく吟味して、魔王軍宰相の男は兄を選んで笑った。


「歴史に残る戦いになりそうだ」



 ○ ● ○



「それが、魔王様、ですか?」

「そう。覚えてないぞ? ハロンから聞いた」


 掌の上でペットのハムチャにブロッコリーを与えながら、魔王様はのほほんと言った。


「では、あの……勇者は弟さん?」

「そういうことになるな。知らんけど。いや……語弊があるか。兄弟だからか、双子だからか、俺たちは相手の居所がなんとなくわかる。だから、本来は迷うことなど無いはずなのだ」


 肩をすくめつつ、魔王様は窓の外に視線を移した。


「俺も、弟も、それぞれ英才教育を受けた、はずだ。それでも、得手不得手は分かれる。剣を習ったあいつは、斬ることに憑りつかれた。草、花、木、昆虫、小動物。だんだん数が増えていった」

「魔王様は?」


 固くなる声に、つい口を挟む。


「俺は……優秀だからな。一を聞いて十を知る。練習などしなくとも、叱られたりしなかった。勇者軍との小競り合いも、ハロンとクロロが現場に赴き指揮を執る。俺を煩わせることはないと――」


 自嘲気味な笑みに、嫌な予感がしてくる。


「……才能は、あるんだろうな。習ったことは理解できるし、やれといわれればやれる。でも、心のどこかでやりたくないと泣く自分がいる。それを、ハロンは見透かしているようだった」

『いいのですよ。歴代の中でも陛下はお優しい。それは、仲間に向けましょう。嫌な仕事は我々が引き受けます』

「仲間が傷つくたび、早く終わればいいのにと思っていた。勇者はなかなかやってこない。毒をまかれた、火をつけられた、食料を奪われ、妻と子を辱められ……俺の知らない()()()の所業を断罪して回っている、らしい。ハロンに問えば、「そうですよ」と微笑まれる。末端の兵まで全てを統制は出来ないと」


 そうだろうか。そうかもしれないけど、そうだろうか。

 ざわざわする心を魔王様も感じたのかもしれない。


「資質というものがある。教えられずとも蝶の羽をむしり、カエルが跳ねたからと踏みつける。ハロンは俺にそれを()()()()()()。感じなかったから、俺を選んだのだ」


 勇者の勝利する世界線。魔王をトップに据えるには、どうすればいい?

 勝利する者が、最終的に魔王であればいい。

 失敗しても、いつもの歴史がまた繰り返されるだけ。


「ハロンは、頭がいいだろう?」


 それでも魔王様は誇らしげに笑う。


「勘違いするな。資質が勇者のそれであっても、魔王教育を受けた俺は立派な魔王だ。それは、変わらない。彼らの悲願は痛いほどわかる」


 だが。

 勇者の振る舞いは許せなかった。同じように、彼も勇者教育を受けているはずなのに。

 初めて対峙した女魔術師。本来、サポートで後ろにいるはずの彼女が前にいる。勇者と共に戦ってきただけあって、経験値が違う。

 それでも。勇者の行いに思うところがあったのだろう。

 何度か魔法を交えて、()()になるよう動くハロンとクロロの守りを優先する俺に顔を歪めた。

 予定通り勇者に斬られに行くハロンの前に入り、勇者を返り討ちにしようと構えれば、女魔術師も目の前に現れる。俺の剣が迷うのを勇者は知っている。しかし彼は迷わない。彼女も覚悟を決めている。

 剣は振らず、残りの魔力でハロンと彼女に守りをかけた。もちろん、ハロンに厚くしたから、それだけで彼女が助かるとは思わなかった。彼女は魔術師だ。回復魔術を使える時間があればいいと。

 同じように勇者の一撃を受けて、思い通り、彼女の時間は少し伸びた。最後に彼女の唇が呟いたのが。


転生廻蘇(Re : Birth)


「――と、いうわけだ」


 魔王様の手の中で、ブロッコリーを咥えながら幸せそうに目をつぶるハムチャを指先で撫で、魔王様もへにゃりと相好を崩す。

 勇者が現れたことで、あやふやだった部分を思い出したということだった。

 とても幸せそうな顔を見ると、漫画やラノベの見過ぎ! と一喝してしまった方がいいような気がする。

 トールは、あんまりそういう本は読まなかったけど。

 きっと、魔王様に魔王は向いていないのだ。言ったところで、認めないだろうけど。


「勇者はどうするおつもりです?」

「どうも。無害なら、放り出したいところだ」


 とは言いつつ、監禁部屋は空調装置を取り付けたし、専用のマスクも開発中だ。カプセルは排泄物から回収済みだし、うちの魔王様は魔(改造)王かもしれない。

 いつの間にかハムチャをケージに戻した魔王様は、ファイルに視線を落としていた私の顎を持ち上げる。

 慌ててその手をはらった。


「む。何故拒否する」

「街も戻った今、無闇に魔力回復はさせられません」

「するかしないかは判らないではないか」

「そのためだけに迫られるのは迷惑ですし、セクハラです」

「!!……下僕のくせにっ! 今の話を聞いていなかったのか! 俺は、魔王だぞ!」

「そういうパワハラをさせないためにも、魔力量は管理しなければいけません。あと、ハムチャと戯れた後は、手を洗ってください」


 ぐぬぬと呻いた後、拗ねてハムチャのケージにしがみつく魔王様を恨めしく見てしまう。

 私だってもっとしたい。けれど、きっとトールを内包した魔王様を好きになるたび、回復量は増えてしまう。ジレンマだ。

 何か、魔王様の力を必要とするような事件でも起こらない限り……起こればいいと思ってしまうのは、私もすっかり魔王様の(しもべ)、ということだろうか。


 勇者の管理と()()()のために、組織には秘密で彼に魔力を少し残しておくことに了承した。

 幸いなのは、彼が回復量はランダムだと思っていること。キスは回復手段としかみておらず、数をこなせばいいと単純に思っていること。

 それは少し悔しいではないか。その悔しさが回復量を鈍らせているのもわかるから、現状を変えられない。


 私の幸せは、まだしばらく遠いようだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おもしろかったです笑。 やや、ミステリー性もあり、シリアスもありのコメディ。バランスがとれていて絶妙になんか笑えます笑。 最後の髪抜いちゃうやつ、めっちゃ吹きました笑。 ハムチャって名前か…
[一言] はあー面白かったです! とにかくマリアと魔王様の掛け合いが笑えて笑えて…。 特にマリアが度々心の中で魔王様のことをアホ呼ばわりするのが大好きです(勢い余って口に出しちゃったところとかずっと笑…
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