第20話 命の恩人
文化祭の準備は最終下校時刻まで続いていた。 途中で帰ってもいいって言われたけど、当日の分まで頑張ろうと思って。
でも頑張った甲斐があった。 大地が帰るところを捕まえられたから。
「部活お疲れさま」
「おう、春山も今帰りか」
「そう。こんな時間になっちゃった」
「一緒行くか」
「うん」
校門を出て駅に向かって歩いて行く。 大地は歩くのが遅いあたしのペースに合わせてくれているみたい。 こういうさりげない優しさが大地のいいところだよね。
「ラブラブなお二人さんお疲れー」
「違いますって! 」
自転車で追い抜かされるときに声をかけたのは、先日教室であった吹奏楽部の人だったみたい。 ラブラブだって。 周りからはそう見えるんだと思ったらちょっと嬉しかった。 ふふふ。
「ずいぶん遅くまで準備やってたんだな」
「あたしは、文化祭当日出られないから準備だけでも頑張ろうと思って」
4Seasonzとして行くし、大地とはむしろ同じステージなんだけどね。 でもそれは秘密。
「え!? そうなん? 」
「ちょっと、家庭の用事でね」
「せっかくの文化祭なのに残念だな」
「え? う、うん」
出演するから、あんまり残念じゃないんだよね。 むしろ楽しみ。 きっと楽しいステージになる。
でも、パフォーマンスはきっちりやる。 モールのイベントの時のような情けないステージには絶対しない。
そう思って、決意を新たにしていたところに、大地が言いにくそうに質問を投げかけてきた。
「来られない春山に聞くのも悪いんだけどさ、コンサートのソロでワンフレーズ吹くように先生から言われてさ。 いろんな人が知ってる曲でなんかいいアイデアない? 」
ワンフレーズ? あたしも最初のCM撮影の時に考えたなー。 あの時はアキちゃんがピアノでいろんなメロディ弾いてくれたんだった。 CMの曲でもいいなら、ぴったりかもしれない。
「菊野くんってバスクラでしょ? そしたらあれどう? CMでやってる『あ〜ったかコーンスープ♪』ってやつ」
「おお、いいな。 それなら俺でも知ってる。 元の曲もバスクラだよな」
あ、好感触? 大地が知っててくれたのも嬉しいし、あたしたちで作った曲を大地が吹いてくれるってのも楽しみ。
確か動画サイトにCMの動画があった気がするな。
スマホで検索してみると、すぐにその動画が出てきた。
再生ボタンを押して大地にスマホを見せつつ、青に変わったばかりの横断歩道を進む。
「いいでしょう? ほらこの動画」
そう大地に話しかけた途端、振り向いた大地とは反対の方向からクラクションの音が鳴った。 慌てて反対に振り向くと、強烈なヘッドライトの光があたしめがけて迫ってきた。
――え? 何これ? 近づいて来る?
あまりに突然のことに頭がうまく動かない。 体は金縛りにあったように動かない。
ふと、景色が揺れた。 反射的に目を閉じて、開けたら大地の顔が目の前にあった。
強い風が吹いて、髪の毛が舞った。 それと同時に、軽自動車がものすごい音を上げて通り過ぎていった。
あたしは、現実から放り出されたような感覚で、何も考えられずに軽自動車が走り去った方を見ていた。
「悪い! 」
背中に回された手が離されて、重心が少し不安定になったところで、大地の方に向き直った。
――あれ、大地が目の前にいる。
んっと、どうなってるの?
「おい、大丈夫か? 」
大地ってば、びっくりしたような顔してる。
あ、あたしに呼びかけてる?
「え、あ、――大、地? 」
大地は、ちょっと安心したような顔になった。
「ケガはしてないよな? 」
ん〜、っと。 全身を見回しつつ痛みを感じるようなところはないか思考を巡らせた。
うん。痛いところとかはないかな。 でも、足がフラフラしてて、よろけてしまいそうになる。
「大丈夫、みたい。 でもなんかちょっとうまく立てなくて、もうすこし捕まってていい? 」
「おう、もちろん」
ありがたく大地の胸のあたりに両手を置いて、支えにさせてもらった。
また大地に助けられてしまった。 今回で何回目?
大地はなんでいつもあたしのピンチの時にそばにいるんだろう。 それで何食わぬ顔で、ピンチから救ってくれるの。
――こんなの、好きになるなって方が無理だよ。
支えになってくれてる大地の胸に置いた手からは、体温が伝わってきた。
あれ、あたしスマホ持ってない。 両手に意識がいって初めて気がついた。 さっきまで手に持ってたような。
「ここにいてもしょうがないし、そこのカフェにでも行こっか」
大地はそう言って、道路に落ちていたものを拾い上げた。
あたしのスマホだったそれには、画面には無数の亀裂が走り、基盤の一部がむき出しになっていた。
もしかしたら動くかも、なんて希望は微塵も生まれなかった。
「……うん」
大通り沿いにある小さなカフェに入って、カウンターの席に腰掛けた。
あと一歩で死ぬところだったと思うとゾッとする。 今まで何度も助けてもらったけど、今日のはレベルが違う。 命の恩人だよ。
それなのに大地は、なぜか謝罪の言葉を口にした。
「急に引っ張ったから、スマホ落としたんだよな。 ごめん」
あたしは、謝ることなんか何もない。 それを伝えたくてまくし立てた。
「ううん! 全然謝ることないよ。 むしろ、助けてくれてありがとう。 あの時、クラクションの音で振り向いたらすごい眩しくて、下がらなきゃいけないのに足も動かなくて――」
「落ちつけ、落ちつけ。 な? 」
大地がごめんとか言うから! 大地が助けてくれたから命拾いしたのに!
頭に血が上っていたかもしれない。 どれだけ感謝してるのかってことを伝えたくて。
「だから、菊野くんが助けてくれなかったら、あたしもうここにいなかったと思うの。 本当にありがとう。 あたしにできることなら、何でも言ってね。 いくらお礼してもしたりないもの」
大地の手を取ってそう言った。
本気だよ。 本気でそう思ってるよ。
「んじゃ、彼女になってくれる? とか」
「いいよ。 菊野くんがよければ」
「いやいやいや、冗談だって。 まさかいいって言うと思わなくて」
「だって、命の恩人だもん」
すっぽりと包んでいた手はいとも簡単に逃げられてしまった。
あたしは大地のことが好きだもの。 命の恩人だから、ってわけじゃないんだよ。
「とにかく、ほら、その、スマホも買わなきゃならないだろ、な? 」
――誤魔化された。
「そうなんだよね。 でも古くて遅かったからちょうど良かったかも」
「前向きだな。 とりあえずバックアップとか用意しといて、SIMだけあればある程度は使えるようになるかな」
バックアップ、はなんとかなるかな。 でもSIM? 横に差してるやつだよね。
これって差し替えられるんだっけ。
もう、よくわかんない。 大地が教えてくれればいいのに。
――そうだ。
「菊野くん、スマホ詳しいよね。 良かったら買いに行くときついてきてもらえないかなぁ? 」
「ほぇ? 」
「ダメ、かな? 」
ちゃんと間違えずに菊野くんって言えた。 やるじゃん、あたし。
「――わかったよ」
しばらくして、デートのお誘いに了承の返事をもらえた。 空いてる日探さなきゃ!




