結果が罪
治代が殴りかかってきた。三科太は咄嗟に、ビニール袋に入った弁当とおにぎりを、そのまま後ろに投げ捨てた。治代の殴ろうとした右手の拳を、三科太は右手のひらで受け止めた。
「なぜ俺から奪う……俺は敵じゃない!」
「敵だろ! 俺にとってな!」
治代の左足が曲がって、三科太の腹に強い蹴りが入った。三科太は痛みに苦しみながらも、治代と距離を置くため後ろに下がった。息を切らしながらもどうするか考えた。こんな事する時間はない。それは治代だって同じはずだ。
「俺の考えだと、お前はすぐに帰って来ると思ったのに、こんなギリギリに戻ってきやがって、ハズレちまったよ!」
何処に行くか分からないが、必ずこの場所には戻って来る。治代は探し回るより、確実に会う場所で待っていたんだ。こんな時間まで自分を待っていた治代を、三科太は思わず笑ってしまった。
「ハハッ……お前、そこまで俺を憎んでいたのか?」
その態度に治代は無性に腹が立った。歯を食いしばって拳を作り、強く握りしめた。しかし頭は冷静だった。
「まだ殴りてえが、もう時間がねえな」
治代は三科太の左手の近くに、落ちているビニール袋に目を向けた。その目に気付いた三科太は思い出した。袋に入っていたおにぎりの一つを治代に投げた。治代は飛んできたおにぎりを、顔の前で掴んだ。
「……どういうつもりだ?」
「やるよ。その紙には、全部奪えとは書いてない。一つで十分だろ?」
おにぎりを二つ買っておいてよかった。念の為だったが役に立った。治代はおにぎりをジッと睨むと鼻で笑った。
「違うな。俺がやるのは貰うんじゃねえ。奪う事だ!」
治代はおにぎりを捨てて、三科太の前まで一気に距離を詰めてくる。右足の蹴りがまたも腹に当たる。胸ぐらを掴まれて、投げ倒された。三科太の首に治代は足を乗せ、ビニール袋を確認した。
「それ全部を奪うと失格になるんだろう? なのにお前が生きていたら、裏切りは確定だろうな」
治代の力には流石に勝てない。こいつは俺より喧嘩も多く、力も上だ。何度も同じ所を狙い、相手を弱らせるのがこいつのやり方だ。
「言葉でな…解決できるのを……暴力で片付ける……のは……まちが……てる」
「……じゃあそのまましてな。安心しろ、まだ殺しはしねえ」
必死にもがく三科太に治代はのしかかり、三科太の首を絞め出す。すると治代が誰かに押されて倒れた。そいつは治代も三科太もよく知っていた。
「佐剛、何しやがる!」
「押したんだ! 三科太、大丈夫か!」
三科太はなんとか意識はあった。佐剛が来なければ危なかった。佐剛は三科太の身体を起こしてくれた。
「裏切った奴をお前は庇うのか? じゃあてめぇもそっち側だな!」
「あーうるせぇ! そんなのてめぇの考えだろ! 三科太が裏切った行動をいつしたんだ! 実際に裏切った事したのはおめぇだろ! だから俺は見たものを信じるだけだ!」
佐剛は息が切れるくらい叫んだ。自分があれだけ関わるなと言ったのに、こいつはどうも聞く耳を持たない様だ。ビニール袋を手に取り、佐剛の肩を叩いた。
「行くぞ、佐剛」
二人の構える姿を見て、治代も構えた。三科太は佐剛の服を掴んで、治代の方には向かわなかった。思わぬ方向に引っ張られた佐剛は、少しよろめいてしまった。
「おい、何処に行くんだ!」
「あいつに構っていたら思うツボだ!」
走るその先には、ゴールの門だ。三科太と佐剛は門を通った。すぐ近くなのに二人とも息が上がってしまった。三科太は疲れて尻を着いた。
「お前が来て助かった……すまん! お前が拾った紙の内容、終わっていたかどうか、知らずに連れて来ちまった!」
「大丈夫だ。俺のは困っている人を助けろだったからな」
「それが俺になったのか?」
「いや、困った人がいなくて、時間が時間だったから戻って来た。そしたらお前がいた。一石二鳥だな」
「ありがとうな。信じてくれて」
お礼を言われた佐剛は、思わず照れてしまった。三科太は立ち上がり、携帯地図の時計を確認した。
「間に合わなかった様だな。仲三科太。佐剛竹」
二人の名前が呼ばれたその先には、亜道が座っていた。近くには黒スーツの男達も居る。
「内容の紙と、その条件の物があるなら渡せ。それとコートと財布と地図もな。その首輪はもう外れるぞ」
三科太は黒スーツの男に全部渡した。ビニール袋の中身を確認されると、亜道の方に渡された。
「弁当の中身、ぐちゃぐちゃだな。まあいいだろう。朝礼台の前で待ってろ」
そういえば走ったり投げたりしたから、中身は酷い有り様だろう。後ろには治代が立っていた。その手には一つのおにぎりを持っている。関わらずにここは逃げておこう。
朝礼台の前には、ほとんどの者が帰ってきていた。まあ時間が過ぎているので当たり前だ。戻ってきた三科太に一人が気付いた。
「よう三科太。遅かったな」
「空楽か。その様子だと楽勝だったみたいだな」
「簡単だったよ。敵を五体なんてあっという間さ」
あの紙はこいつが拾ったのか。しかし空楽には難しい内容だと思うが、どうやって終わったのか。
「俺に『スポⅡ』で勝つには、ゲームのプロを呼ばないと」
「なるほど。敵はどんな奴でもいいって事か」
自慢気な顔をする空楽は、誰かに言いたかったんだろう。佐剛はキョロキョロと周りを見渡している。
「三科太。窓辛が見当たらないな」
「まさかと思うがあいつ、まだ帰ってきてないんじゃーー」
「ここにいるよ」
その声の先には手を挙げている窓辛がいた。さっきまでは見つけれなかったのに、こんな近くにいた。
「いたのか。よかった……窓辛はどんな内容だった?」
「べ、別に言わなくても、終わった事だからいいじゃん」
「……どうした?」
窓辛は目を合わせようとはしなかった。
「皆さんお疲れ〜。テストは終わりだ」
朝礼台の上にいる鎖巫子が、終了を宣言した。三科太は窓辛の事も気になるが、後に回す事にした。
「さてさて、早めに終わった奴やちょっと遅れた奴、逃げようとした奴もいた様だな」
無謀な策をやった奴もいたのか。そいつらがどうなったかは、鎖巫子が言わずとも分かる。
しかし、俺と佐剛と治代は失格だろう。どうにかして合格にできないか。そもそも治代の何かを奪う事は、正しい事にならない。だがこれは時間に関係無いから無理だ。最初の方で紙を投げたり、コート等を渡し遅れたりと、雑にしてせいで時間に遅れたと言ってみるか。
「まあ制限時間なんて、元々無いけどな」
鎖巫子はさりげなく言いやがる。
「お前達に急ぐ気持ちを作らせるためだ。そんな中でも人らしく、正しい行動をできるか、できないかを確認する為の嘘ルールというルールだ。ということで……テッテレー」
黒スーツの男が『ドッキリ大成功!』と書いた看板を掲げた。またこの女の遊びだったのか。
「これでテストの二次試験を終了する。お疲れ様」
とりあえずよかった。皆もホッとする。どうやらテストは無事に終わった。様だが、この女は今、何かおかしな発言をしたぞ。
「…………二次?」
二次なんて聞いてない。俺だけじゃなく皆もだ。佐剛は
「二次って事は、まだなんかあんのかよ?」
「何を言っている? テストは終わりだと言ったはずだ」
そうだ。最初に宣言したんだ。ならもう一つのテストについてだ。
「じゃあいつ一次をやった?」
「おや分からないか? ならヒント。急に楽になったな」
すぐにピンと来た。答えは最悪だが、それしか無い。
「休憩か……あれがテストの一次だったんだ!」
「大正解! ぜーんぶカメラで撮っています。騒いだの目立つだろうなぁ……おめでとう、三科太君!」
正解した三科太に鎖巫子は拍手を送った。勝手にされた事に佐剛は怒った。
「ふ、ふざけんな! なんで言わねえんだよ!」
「黙れクズ! 防災訓練でやる気を出さない様なお前達だ。テストだけ頑張って、悪さは隠れてやる。そういう連中はここで引っかかるんだよ!」
確かにテストだけ頑張る奴等は、いくらでもいる。すると曽手の顔が青くなって空楽の側に走って来た。
「待ってくれ、じゃ、じゃああの時も? 本当は空楽と仲がいいんだ。あの時のは遊びなんだよ! だよな、空楽?」
空楽は何も答えなかった。否定してはくれやない。やられる方は遊びなんかじゃない。辛い思いで真剣なんだ。
三科太は額に汗を流しながらも、覚悟して鎖巫子に結果を聞いた。
「……それで、合格したのは、誰だ?」
「これからテストを上に報告し、合格者を決める。結果が出るまで、お前達は懺悔でもして待ってろ」
朝礼台を降りると鎖巫子は黒スーツの男達に命令した。
「全員を休憩室に連れて行け」
すぐに結果が出る訳じゃないのか。黒スーツの男達が何人もあちこちに動き回っている。周りを見ていると、窓辛が少し震えていた。
「窓辛どうした? 不安なのか?」
「……別に、そんな事ないよ」
「お前、さっきから少し変だぞ。何かあったのか?」
「何かじゃなくて、何をしていたの?」
この声は世子の声だ。三科太は世子も無事か気になっていた。
「世子さん。よかった…大丈夫だった?」
「大変だったけど大丈夫。それより窓辛さん。なんで学校の中から出てきたの?」
窓辛は驚いた。誰にも気付かれずに出れたと思っていたのに、まさか見られるとは思ってもいなかった。両手を合わせて頭を下げた。
「ごめん、本当は受けてないんだ。テストの二次試験」
「う、受けてないだと! そりゃ一体どういう事だ?」
佐剛は怒って、窓辛の両肩を掴んだ。
「か、紙が無かったんだ。聞いたらこちらのミスだから、特別に合格だって言われてさ。ただ黙っていて、言うのはダメみたいだからさ」
「紙が足りない事なんてミスを、あの女がするのか? また遊びのつもりか?」
「どっちにしろ合格だから、良かったんだよね?」
「いや、むしろ悪い。一つの試験を受けないのは、お前の評価は最初の休憩でしか見れないんだ」
「そ、そんな!」
窓辛は頭を抱えて不安になる。してしまった事はやり直せない。三科太は不安な事を言ってしまった。なんとかして安心させないと。
「安心しろ。お前あの時、目立った行動してないだろ? もしダメでも俺が手を貸してやる」
「三科太君。何するの?」
「佐剛竹。窓辛松。そして空楽梅。三人に頼みがある」
「なんでフルネームで呼ぶんだ?」
「三人の松竹梅の凄さってやつだよ」
鎖巫子はコートを着て、黒スーツの男から書類が入ったビジネスバックを手に取った。
「行きましょう亜道さん。彼等の中に少しでも生きる資格が貰える様に」
亜道は黙って首を縦に振った。非話に留守を任せると、ニコニコと手を振った。
「見張りは任せて、いってらっしゃい」
一日くらい経っただろう。そろそろ合格発表があってもいいはずだ。こう思うと始まる。だがもう思うのは五回目だ。皆も待ちくたびれてるのか、祈りを捧げているのか分からないが、誰も喋ろうとはしない。
扉が開き、亜道が黙って入ってくる。皆は自然と亜道の前に集まった。
「……全員来い」
連れて行かれたのは元の教室だ。だが机も椅子も無くなっている。もういらないんだろう。三科太は自分の行動を思い返す。合格する確率は高い。そう高いだけで絶対とは言えない。だから計画を立てた。もう一度、最後の脱獄だ。
鎖巫子が教室に入ってきた。教卓の前に行かず、扉に寄りかかった。顔はずっと下を向いている。代わりに亜道が教卓の前に立った。
「発表する。この中に合格者は……」
亜道の次の言葉に、皆は息を呑み、長い沈黙が続く。
「…………………いない」




