62「撮影会」
「じゃあ、お父さんはまず刺青を見せていただいて」
「”また” ”裸?”」
「はい、脱いでください」
まずは父の雄々しい筋肉と、その上で泳ぐ美しい蛟竜の刺青を撮影しよう。
先日も撮影させてもらったが、愛しい人の写真は何枚あってもいい。いそいそと三脚と黒幕の中に体をひそめてシャッターを構えた時に、あのドジっ子はやってきた。
「こら! 裸は絶対ダメで――ぎゃんっ!」
エンゼル神父が父の裸を隠すために布をかぶせようとした瞬間、ボンッ、とマグネシウムフラッシュが焚かれる音がしてあたりが閃光に包まれる。
嫌な予感がする……が、撮った写真をすぐに確認することはできない。
大方エンゼル神父がずっこけてブレブレになってしまった写真になることだろう。1枚目は失敗か、と軽くため息をついて暗幕を出る。
「エンゼル神父、怪我はないですか?」
「だ、大丈夫です……」
そこには、思わぬ光景が広がっていた。
エンゼル神父が転倒するのを防ぐため、父が彼の下敷きになっている。エンゼル神父は父の胸に顔をうずめながら、ぐううと唸っている。海魔に助けられたことが悔しいのか、転んでしまって恥ずかしいのか、エンゼル神父の顔は真っ赤に染まっていて、じわりと涙がにじんでいる。
まるで深く愛し合う男女のような体勢に、見ているこちらの頬が思わず赤くなる。
「す、すみません、見ちゃって」
愛する人同士の深い交わりに慌てて目を背ける。
「”見て” ”いいよ”」
「やましいことはしてないですよ!」
見てはいけないような、もっと見ていたいような、不思議な感覚に頭が混乱する。この気持ちは何だろう。彼らに背を向けると、黙りこくっているダミアンと、その目の前にいるエヴラード氏と目が合った。
「サー・ヘイダルより、『今がシャッターチャンスだろ、撮れ。神父の禁断の逢引ってタイトルで高く売れ』、だそうです」
「声出さないのに口出してくるなこの人は!」
ダミアンにツッコミを入れつつ、彼と同じくらい商魂逞しい自分の心が少し揺らぐ。
タブロイド紙のような下世話なタイトルはともかく、愛する人たちが仲良くしている姿には需要があるのではないか。
父は精悍な相貌の美男子だし、エンゼル神父も爽やかな好青年だ。
少なくとも私には大きな需要がある。もっと見たい、彼らの幸せな姿を――!
「なるほど」
私が何か言おうとする前に、さらりとしたプラチナブロンドの髪が目の前で揺れる。
シュヴァリエが私の前を横切る際、ちらりと目で合図したのが見えた。
「こういった写真には、需要があるんですね――」
シュヴァリエはそう言うと、ダミアンの顎をくいっと掴んで持ち上げる。
どちらも長い髪をしていて、艶めく長髪がさらりと絡み合う。
「赤い骨と白い騎士!」
私の叫びと同時に、ボンッと再びマグネシウムフラッシュが焚かれる。
シュヴァリエの合図を読み取った私が、すかさずレンズを向けてその瞬間をおさめたのだ。
きっと出来上がる写真は耽美な美男子たちが映っているはずだ。しかも人種の違う二人ともなれば、きっと買う人たちも私のメッセージを感じ取ってくれるに違いない。
「――!!」
「『ふざけんな、シュヴァリエ!』だそうですよ」
「文句ぐらいご自分の口で仰ればいいのに」
ダミアンは当然怒るが、どうやら意地でも口は開かないようだ。
エヴラード氏を盾に文句を伝えてくるが、シュヴァリエは飄々とそれをいなす。
ダミアンは怒ってこそいるものの、本気の怒りではない。写真もすでに2枚撮れているし、場が温まってきた。
「この調子でバンバン撮っていきましょう!」
この機を逃すわけにはいかない。私はカメラを構えると、みんなに指示を出した。
「お父さんとシュヴァリエ!」
父とシュヴァリエは椅子に並んで座るスタイルだった。写真に慣れていない父はボンッと轟くマグネシウムライトが気になるらしく、表情が硬い。シュヴァリエは写真慣れしているのか、柔和にほほ笑むと父の手をそっと握って落ち着かせている。
心温まる光景だが、厳かな雰囲気は将校のシュヴァリエと士族出の父によく似合う。
ボンッ、と音を立てて撮ると、父はぎゅっと目をつぶってしまったが……きっといい写真になると思う。
「シュヴァリエとエンゼル神父!」
もともと友人同士だったシュヴァリエとエンゼル神父の距離は近い。
需要を理解した、サービス精神旺盛なシュヴァリエがぴったりとエンゼル神父に寄り添う。エンゼル神父は困ったような顔をしながらも、抵抗はしなかった。
その様は神父の元に舞い降りた天使のよう、まさに宗教画。焚かれたマグネシウムフラッシュも、神のもたらした閃光の様だった。
「あとはダミアンとお父さんを……」
場は温まったが、ダミアンは写真撮影を拒否している。やはり難しいか……とダミアンを見ると、エヴラード氏が困ったように笑っていた。
「『勝となら撮る』だそうです」
「あなたはお父さん大好きだな……」
裏稼業同士気が合うのか、ダミアンは父によくなついている。ダミアンはむすっとした顔のまま、まるで本当の父にするようにバックハグをしてカメラのほうを向いている。父は何が何だかわからないといった顔をしているが、その気取らない表情が余計に家族写真の様だった。
ダミアンの機嫌を損ねないよう、何も言わずに写真を撮ったが、この写真は壁に飾りたいくらいほほえましい家族写真になることだろう。
「このままいこう! エンゼル神父とダミアン!」
この勢いを止めないために急いで指示を出す。ダミアンは『エンゼルとは撮らない』と駄々をこねていたが、その言葉にエンゼル神父が悲しそうな顔をすると渋々従ってくれる。
「こら、ダミアンさん! 中指を立てちゃいけません!」
「『うるせえ、早く撮れ』だそうです」
「……もう、このまま撮るよ」
中指を立てるダミアンと、それを叱る神父。これは仲睦まじい写真として成立するのだろうか……。
疑問は残るが、ふたりが仲良しなことは事実だ。再びカメラを構えて写真を撮る。
これで、婚約者たち全員の組み合わせが撮れた。
「よし、じゃあ現像できるまで少し休憩しよう」
半端のない充実感。私は満ち足りた笑顔で写真師にバトンを渡すと、現像までの時間をみんなと過ごすことにした。
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