57「新入り」
「――というわけで、新たな婚約者のエンゼル神父様です」
私たちは地上の教会へ戻ってきた。
そこには示し合わせたかのように、仕事終わりのダミアンと父もいた。
シュヴァリエが呼んだのだろうか?
「……よろしく、おねがいします」
婚約者3人に囲まれ、私は新たな婚約者のエンゼル神父を紹介した。
「婚約者は追加されるもんじゃねえんだよ」
「”3にん” ”め”」
ダミアンは唸るように低い声を絞り出す。
私とエンゼル神父は決して友好的な関係ではなかったので、突然婚約者云々と言われても戸惑うのはわかる。
シュヴァリエからだって正式な許可は得ていない。
まずは、みんなにこの関係を理解してもらわなければ。
「全員幸せにしますので、同時交際を認めてください!」
ほとんど土下座に近い状態で、私は額を地面にこすりつけて嘆願する。
おかしな状況だというのはわかっている。だけど、私にできるのは自分の誠意を見せることしかないのだ。
「……3人も4人も変わんねえよ。織歌の好きにしな」
はじめに承諾してくれたのはダミアンだった。
彼は呆れたように大きくため息をつくと、目線を逸らす。その様子を見て、シュヴァリエも静かに頷いた。
「あなたという人についていくだけだ」
シュヴァリエは優しくハグをくれる。
暖かい恋人たちに囲まれて、私は彼らを絶対に幸せにするんだという気持ちを強くした。
「そんなことより、俺はお前が怪我してる理由のほうが気になる。何があったんだ?」
「ああ、すべて話すよ――」
こうして、エンゼル神父とのすべてを彼らに伝えた。
エンゼル神父の願いもあり、彼の出自……半魔であることも、すべて。
「……この、ドジが…………」
すべての説明が終わった後、ダミアンは深い深いため息をついた。
「”おこら” ”ない?”」
「どこから怒っていいかわかんねえんだよ」
言いたいことは沢山ありそうだが、何から伝えればいいのかで悩んでいるようだ。
だがシュヴァリエはまだ静かに怒っていた。
「私はまだ怒っているぞ、エンゼル」
「ごめんなさい……」
シュヴァリエの怒り声は淡々としていて、それが余計に恐ろしい。
エンゼル神父もシュヴァリエには頭が上がらないのか、しおしおと謝っていた。
「とにかく、これで晴れて”兄弟”ってわけだな? 神父様」
「そ、そうですね……よろしくお願いします」
「神父様がブラザーに格下げか、笑えるな」
何だろう、この違和感……。
ダミアンの口調には棘がある。私とエンゼル神父の仲を認めてくれていないのだろうか? いや、彼はマフィアのボスだ。「YES」と言ったことにぐだぐだと悩むような男ではない。
なら、単純にイライラする出来事があったのか?
今日は珍しくシュヴァリエではなく父が同行していた。父と何かあったのだろうか。
「”?”」
だが、父のぼんやりした顔からしてトラブルがあったようには感じられない。
「ダミアン、何かあったのか?」
こういう時は直接聞いてしまうのがいいだろう。
彼の目を見つめて尋ねると、ふっ、と目を逸らされる。
「なにもねえよ」
ぶっきらぼうな台詞からは、はっきりとした拒絶の意志が感じられる。
(なんでえええええ!?)
何を怒っているんだ、ダミアン!
膝が崩れ落ちそうなほどの哀しみと衝撃が走るが、ほかの婚約者の手前、ぐっと体に力を入れて耐える。
ダミアンはそれ以上口を開かなかった。
私に嘘をつくなど考えられない。何か、言いたくない理由があるのだ。
「ダミアン……あの……」
だけど、その理由を尋ねるのが怖い。
ダミアンの黒曜石のような美しい瞳は影がかかり、光をどこにも宿していなかったから。
「あ、あの! 【歌】や【公演】についても、私にできることはなんでも協力しますので!」
私が何か言いかけた時、エンゼル神父が遮るように宣言する。
これ以上追求すればダミアンと喧嘩に発展してしまうかもしれない。それを懸念したエンゼル神父が気を効かせて割り込んでくれたのだろう。
「……しかし、エンゼルは半魔なんだろう。破邪の歌に危険性はないのか?」
少しの間をおいて、シュヴァリエがエンゼル神父の話に乗った。
ダミアンがほっと息を吐くのがわかる。シュヴァリエから、「ここで彼の話は切り上げろ」という無言の圧を感じたので、私もエンゼル神父の話に舵を切った。
『ど、どうなんでしょう……お父さん』
そもそも、半魔という存在自体初めて見る。私も同じ疑問を抱いていたので、ここは1周目を知る父に泣きついた。
日本語で話しかけると、父はやれやれとため息をつく。
『自分で見つけていかないと。謎を追うのもヒロインの役目だぞ』
『答えがあるのに右往左往するのは時間の無駄です』
『確かになあ……』
それもそうか、と父はあっさりと納得してくれた。話が早くて助かる。
「『破邪の歌は人間には悪い作用をしない。だから、人型海魔にも効かない。エンゼルは人型海魔との子供だから、影響はないだろう』」
父の言葉をそのまま翻訳すると、エンゼル神父とシュヴァリエは納得してくれた。私も腑に落ちるが、心のどこかに引っ掛かるものがある。その理屈だと、まるで――
「海魔が人型になったら、人類にはもう手遅れってことか?」
ダミアンの冷たい声が響く。
そう、それだとまるで、人型の海魔である父は――人類の絶望そのものだ。
海魔は人間を喰う、それだけでも脅威なのに、邪払いの歌も効かず、人間と繁殖さえ可能。
まるで海魔は、人間となり替わろうとしているかのような存在だ。
「はは。こんな国、化け物に乗っ取られちまえばいいさ」
ダミアンは皮肉交じりに笑うと、そのまま何も言わずに去っていった。
その背をシュヴァリエは無言で追いかける。
静かな教会に、私と父、エンゼル神父だけが取り残された。
「……私は、ここにいてもいいんでしょうか」
エンゼル神父の寂しそうな声が響く。彼のお披露目は、なんとも苦々しい雰囲気に包まれて終わってしまった。
「ダミアン……」
彼の名を呼ぶ私の声も、どこか切なかった。
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