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海神別奏:大正乙女緊急指令「九十九人ノ婚約者ヲ攻略セヨ」  作者: 百合川八千花


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52「――さて何があったのか?」

「私のレディに何をした……?」


 地を這うような、怒りを無理矢理に鎮めて絞り出したシュヴァリエの声が、地下水牢に反響する。


「ぐっ……」

「答えろ、エンゼル」


 シュヴァリエはエンゼル神父に馬乗りになり、彼の顎を掴んで揺さぶる。

 腕には欠陥が浮かび出ており、彼の怒りが怒髪天を衝いているのが目に見えてわかる。

 エンゼル神父の目は揺れていた。

 その理由が友の怒りでも、迫りくる死への恐怖でないことは、私だけが知っている。

 

『シュヴァリエ! やめてくれ……!』

『庇うな』


 私は血だらけの腕でシュヴァリエを止めようとするが、怪我をした状態ではうまく止めきれない。

 ここまで静かに怒っているシュヴァリエを見るのは初めてで、どこか恐ろしかった。

 

「言い訳はしない、殺しなさい。あなたにはその権利がある」


 エンゼル神父は冷静にシュヴァリエに告げ、静かに体の力を抜いた。


「殺す」


 エンゼル神父が無抵抗になっても、シュヴァリエの怒りは収まらない。

 理性を失ったかのように、友の喉を締めあげようとしている。

 止めなければ。

 しかし傷だらけの腕では体を起こせず、無様に地を這うことしかできない。


「ミシェル・イス!」


 私はシュヴァリエの本名を叫ぶと、彼はびくりとして腕を止めた。


「その男は私の婚約者だ、いかなる理由があろうともあなたの独断で処刑はさせない」


 劇場で父を庇った時と同じセリフでエンゼル神父を庇う。

 シュヴァリエ驚いてこちらを振り返り、視線を泳がせる。

 彼は困っている、迷っている――でも、これは劇場の時とは違い私が勝手に考えた言い訳ではない。


 エンゼル神父は顔を真っ赤にして、瞳は涙で少し揺らし「神よ……」と呟いた。

 

「私は、織歌さんを愛しています」

 

 ――さて何があったのか?

 時は昨日の夜に巻き戻る。


 ◇ ◇ ◇


「夜遅くにありがとうございます」

「いえいえ。教会奉仕、是非お手伝いさせてください」


 昨晩の夜9時、私は教会の調理場に来ていた。

 エンゼル神父が奉仕している教会はマンハッタン最南端の教会に位置している。

 港湾に面しているこの教会は金融街に位置するが、スラム街にもほど近く、教会の炊き出しを求める人も多い。

 今日はその炊き出しのお手伝いだ。


「明日は土曜日ですので、300食ほど必要になります」

「思ったより多い……」

「夜通しの作業になりますので、よいタイミングでお帰りになっていただいて問題ありませんからね」

「他の方もこれから来られるんですか?」


 調理場には私とエンゼル神父のふたりだけ。

 300人分の食事を用意するにはあまりにも心許ない。


「作るのも大変ですが、配るのも大変なので、他の方は明日の配膳のために休んでいただいています」

「では、今まではエンゼル神父おひとりで?」

「はい。私は、こんな性格ですので……気を使わせたくもないですし」


 こんな性格……確かに、海魔を前にすると一切話を聞いてくれない狂った異端審問官の印象はある。

 だが、普段の彼は厳しくも親切な男性だ。

 きっと周りの人もそれを知っている。遠慮することなどないのだろうが……。

 

(それが、彼の短所であり長所なんだろうな)


 恐れも苦労もすべてその身ひとつで背負い、ひとりで歩み続ける……聖書の中のお話のような人。

 こんな話は、神父の彼にはとても言えないけれど。

 

 とにかく、せっかく手に入れたエンゼル神父と親交を深めるいい機会だ。

 いまだに父を海魔と憎んでまともに口をきいてくれないので、地道に仲良くなっていこう。

 

 献立は野菜スープとパン……パンは寄付されたものがあるから、作らなければいけないのはスープだけ。

 エンゼル神父から渡されたレシピを確認する。

 

「うん、シンプルですね」

 

 300人分とはいえ、シンプルな料理で、手順も単純だ。

 効率よく回せば2人でもどうにかなるだろう。


「スープ300人分、張り切って作りましょう!」

「はい。よろしくお願いします」

 

 ――共同作業を通して、エンゼル神父についてわかったことがある。


「神父、切った玉ねぎ、水に晒してください」

「あっ、お鍋と水用意してきます」


「水で戻した白いんげん豆はどこにありますか?」

「あっ、水で戻すの忘れてました……」

「……まあ、長めに煮れば問題ないでしょう」


「ボウル、ボウル……」

「うわっ! 包丁持ってうろちょろしたら危ないですよ!」


 ――この神父……要領が悪すぎる!

 動線が悪いし、道具を出すだけ出して配置を覚えていなくて見失う。

 

「す、すみません……」


 謝っている時すら、包丁を握って刃をこちらに向けてくる。

 もはや喧嘩を売っているのかというレベルだが、悪気がないのは心底申し訳なさそうな表情から伝わってくる。


「刃物と火を使う工程は私がやりますから、神父は洗い物をお願いします」

「え、まだ作り終わってないですよ?」

「使わない道具はどんどん片づけたほうが効率が良いので……!」


 あぶない、怒ってしまうところだった。私はさっと後ろを向いて心臓に手を当て、大きく深呼吸をする。

 せっかく仲良くなる機会ができたのに、こんなところで叱りつけてはすべておじゃんだ。


(お父さん、力をください……!)


 私は懐に忍ばせていた父の写真を眺める。

 それは、先日土下座して頼み込んで撮らせてもらった上半身裸の父の写真。蛟竜の刺青をしっかりと映したくて、脱いでもらったのだ。

 父は写真をほとんど残しておらず、私は20年の間父の顔を知らずに育ってきた。

 これは私の宝物。これを見ていると、どんな苦難にも立ち向かえる気がする。


「ちょっと、なんてもの持ってるんですか!」


 そんないじらしい私の想いを、エンゼル神父は許してくれなかった。


「破廉恥ですよ! 捨てなさいこんなもの!」

「絶対嫌です! 私の宝物なんだ!」

「こんないやらしい宝がありますか!」

 

 エンゼル神父は私の手から写真を奪うと、写真を握りしめた手を上に掲げる。

 私は慌てて取り返そうとするが、男性の身長で手を伸ばされてはとても届かない。

 エンゼル神父の服を掴んで上に跳ねどうにか取り戻そうとするものの、エンゼル神父も体をねじって簡単に奪わせはしないようだ。


「大体いつ撮ったんですかこれ!」

「先日カメラを買ったんです!」

「父親の裸なんて良く撮りますね、破廉恥です!」

「そういう目的では撮ってないですよ!」


 裸の父の写真を奪い合ってわちゃわちゃと暴れていると――エンゼル神父のドジが発動した。

 足をもつれさせぐらりと傾いた瞬間、私は身を起こそうとしたが、エンゼル神父が私を離さない。


「危ない!」

「いや、掴むな!」


 どしゃあ……と音を立ててふたりで倒れこむ。

 幸い火からも遠く包丁も持ってない――裸の父の写真だけしかなかったので、怪我はない。

 

「「あっ……」」


 何事もなかった――転んだ拍子に、ふたりの唇が重なったこと以外は。

★★★

読んでくださりありがとうございます!

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