第35話 奴隷の少女
宿屋に戻り作戦会議。
明日からはファントムの拠点を探さなくてはならない。
一度は素顔になることも考えた。
そうすればファントムのほうから接触すると思ったから。
「でも、ダクヴェルムの権力を総動員されると流石になぁ」
サティの力があれば戦争は可能。
勝算もある。
でもそれじゃ意味がない。
そもそも無駄な人死には出したくないし、復讐は自分の手で成し遂げたい。
「悪事を働く人間ってのはその殆どが欲深いから、貧相な場所にはいないと思うんだ。いるとしたら豪勢な建物」
とはいえ、ジャラッダもそこそこに栄えている。
豪勢な建物――これだけだと情報不足だ。
「となりますと、明日も町歩きですか?」
「ファントムについて聞き回るのが一番効率がいいだろう。ウロボロスの刺青を入れた人間を見付け出せれば、意外と早くに情報が得られるかもしれないね」
そして翌日。
奴隷市を目にしたことで精神を消耗していた俺は、照り付ける陽光によって完全復活していた。
「よし! 今日は忙しくなるぞ~。なんとしてでもファントムの拠点を見付け出して、生まれてきたことを後悔させてやる!」
「凄まじい気迫ですね!」
「当然さ。サティにはそのうち話すけど、ファントムには散々な目に遭わされてきたからね」
かくして情報集めが始まった。
治安が悪く、裏世界に近いということもある。
そういう事情で、ファントムの名を知る者はそこそこいた。けれど彼らは揃いも揃って「様を付けろ」と言うのだった。
「こいつぁ親切心で言ってやってるんだぜ?」
モヒカン頭の一人が上機嫌に言う。
上機嫌なのはビールを驕ったから。
情報と等価交換だ。
「ファントム様は恐ろしい御仁さ。目的達成のためなら手段を選ばずとことん冷徹になれる。俺もそこそこの悪さをしてきたが、殺しと拷問だけはしたこたねぇ。こんな俺にだって善な部分があるってことなんだろうなぁ。だがファントム様はそうじゃねぇ。いいか、この世で最も恐ろしい人間ってのを教えてやるよ。それは悪事に手を染められる人間じゃねぇ。人間、その気になれば悪さは出来る。多少の罪悪感を抱きつつもな……。一番恐ろしいのは善の心を完全に捨て去っちまったヤツさ。そういう類の人間には罪悪感ってモンがねぇ」
「それで? 俺たちはファントムの拠点を探してるわけだけど、心当たりはないの?」
「どうだかなぁ。そもそもこの町にいるのかどうかも定かじゃねぇし。スッゲー豪邸に住んでそうだが、俺が予想できるのはそれくらいだ。悪ィな、大した情報やれなくて。ビール美味かったぜ!」
誰に聞いても見解は同じ。
ファントムは豪勢な建物に住んでいる。
それ以上の情報は得られそうになかった。
「こうなったら魔力探知を使いますか? 町全体を覆えば、異質な魔力の持ち主くらいは――」
「ダメだ。この町には奴隷がいる。疲弊した彼らがサティの魔力に当てられたら、それが一瞬でも死んでしまうかもしれない。何度も言うが人死には御免だ。いかなる理由があろうとも、俺は絶対に人は殺さない」
サティはしばし逡巡し、疑問を投げかけてきた。
「それがファントムであったとしても……ですか?」
そうだ――と口にしかけて言葉が詰まった。
俺はファントムを――ラウドを前にした時、理性を保っていられるだろうか? 不殺を信条に掲げておきながら、気付けば殺していた……そんなことになりはしないだろうか?
「……もし俺がファントムを殺しそうになったら、その時はサティが止めてくれ。きっとその時の俺はバーサク状態。普通の俺じゃないからその時の俺の言葉には一切従わなくていい。全身全霊を以って止めてくれ」
「……畏まりました。このサティ、命に代えてもソード様の手を血で汚させるような真似はいたしません。ここに誓います」
まったく、生真面目で律義なヤツだ。
そして、誰よりも頼りになるヤツだ。
「ああ、ありがとう。頼りになるよ」
聞き込みだけでは意味がない。
そう判断した俺たちは、御者を利用しつつ、豪華な建物を尋ねて回った。
けれど、そういう場所から出てくるのは優雅な佇まいの召使いばかりで、彼らは決まって「お引き取り下さい」と口にするのだった。
「ファントムの足取りは掴めないまま、時間ばかりが過ぎてくなぁ」
休息がてら、出店の串焼きを頬張る。
一本1000ルドーとふざけた値段。
とはいえ味は確かだから見逃してやろう。
ちなみにこの串焼き、ハルメッタの街なら200ルドーもしないだろうな。
「八方塞がりにございますか」
「ま、そういうこともあるさ」
聞き込みを行っていた俺たちは、かなり東のほうにまで来ていた。東の土地は価値が高いらしい。というのも、サンドワームの砂が届かないから。
「今日はこの辺の宿に泊まろうか。値は張るだろうが、打倒ファントムのためなら惜しむ理由はない」
#
出店をあとに宿屋を探す。
と、その途中。
一人の少女が満面の笑みで駆けているのが見えた。
この辺には似つかわしくない薄布一枚の赤髪の少女だ。
整った美人系の顔立ちに大きな胸。
そして短い衣服に色白な素肌。
少女の後ろには両親と思われる御仁が優しい笑みを浮かべていたが、やはり薄布を纏っている。
「一族揃って奴隷? それにしては随分と幸せそうだなぁ」
ふと違和感を覚える。
一見すれば幸せな家族の光景。
そのはずなのに。
「…………あ」
違う、違和感じゃない。
これは恐怖だ。
肉体に刻まれた忌まわしい記憶。
それが呼び起こされたんだ。
と同時に。
見計らったかのようなタイミングで、少女の影が立体的に盛り上がった。
「危ないッ!!」
気付けばそう叫び、体は駆け出していた。
そして。
突如、少女は爆発した。
正しくは少女の影から飛び出した魔力が、である。
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