第14話 契り
#
かつて世界には空白があった。
そして空白には世界があった。
世界は空白であり空白は世界だった。
そこにあったのは暗黒でもあり純白でもあった。
神はそれを虚無空間と名付けた。
神は万物を自由自在に操る。
ある意味では存在なのだが、ある意味では現象であり概念でもある。
人が神と呼ぶ存在はそんな曖昧なものだった。
ある瞬間を境に、神に感情が芽生えた。
神は虚無空間を欲した。
神は全てを思い通りにできる。
そうして虚無の力を手に入れた。
手に入れれば使いたくなる。
それが力というものだ。
神は虚無の力を使った。
すると、世界には虚無の力が二つ生まれた。
それらはぶつかり合い、反発し合った。
そして-×-が+になるのと同じように、ぶつかりあった虚無と虚無は巨大な爆破反応を引き起こし、無限となった。
人は無限の誕生に一つの名称を与えた。
人はそれを天地創世と呼ぶ。
#
「虚無属性はまさしく神の力。この世界そのものを創造し、また、この世界のありのままの姿でもあるのです。とはいえ、この感覚を理解することは難しいとは思います。永らく生きている私でさえ、虚無という概念の本質を掴めずにいますから。ですがソード様ならば虚無を理解することができるかもしれません。なにせその属性を扱うことができるのですから」
正直、頭が破裂しそうだ。
世界の創造とか世界そのものとか。
そんなこと言われたってよく分からない。
「とりあえず、ソード様の魔法属性は凄いってことです。それだけ理解できていれば問題はないでしょう」
一呼吸置いたあと。
サティは頭をさらに深く下げ、こう口にした。
「ソード様。僭越ながら、私の願いを聞き届けては頂けないでしょうか?」
いつも畏まっているサティが、さらに畏まる。
一体どんなお願いをされちゃうんだろう?
「私と、契りを結んでほしいのです」
「契り? 契りっていうのは?」
「魔力を用いた契約の儀式、とでも言いましょうか。契りを結んだ場合、その約束を破ることは原則不可能。そして、契りというのは二重には結べません」
「つまり俺がサティと契りを結んだら、他の人とは二度と契りが結べなくなるってことか」
「ですがそれは普通ならばの話です。魔力による契約という性質上、契りを破ることは不可能とされています。しかしその契りを反故にする方法が一つだけ存在します。それが、他者と新たな契りを結んでしまうこと。契りは新しい効果のほうが優先されますので、古くに結んだ契りは効力を失うのです」
だとすると矛盾が生じるな。
契りは二重には結べない。
そう言ったのはサティ自身だ。
俺が疑問をぶつけると、
「ソード様ならば可能です」
さも当然の事実であるかのように、そう告げられた。
「契りには魔力を用いますが、二重には結べない。なぜなら、契りの上書きには無限の魔力を必要とするからです」
なんとなく、言いたいことが分かったかも。
「世界中どこを探しても魔力を無限に放出できる存在はいません。ソード様ただ一人を除いては」
「なるほど。ていうか、上書きというからにはサティは既に契りを結んでいるってこと?」
「はい。ここら一帯の土地を管理する、ダルヴェンディ・ダクヴェルムという魔術師がおりまして、私はその魔術師と契りを結んで――ひっ……」
サティは恐怖に息を呑んだ。
殺されるとすら思った。
目の前の少年からは、それ程までの殺気が莫大な量の魔力と共に解き放たれていた。
「ど、どこかに、不敬がございまし、た、でしょうか……。申し訳、ありません。二度とこのような失態は犯しません。ど、どうか命だけは……」
「サティ。その魔術師とどんな契りを結んだ?」
「……私が、森から出ないこと。そして人を襲わないこと。以上の、二点にございます」
「対価は? 契りというからには相応の対価があったはずだ。その対価はなんだ」
「対価は、戦闘にございます。その魔術師は人の身にしては中々の強さを持っており、私と対等とまではいきませんが、ある程度は戦り合うことが可能な存在でした」
上目遣いに少年を見る。
その目には先刻までとは比べ物にならないほどの殺気が滲んでいた。サティは恐怖し、すぐに視線を地面に落とした。
「つまり君とその魔術師とでは、君のほうが強いんだな?」
サティは直感で理解した。
このお方の前では二度と、ダルヴェンディの名を口にしてはならないと。
「左様でございます。言い方は悪くなりますが、私にとってその魔術師は暇潰し……遊び相手のような存在でした」
「ふぅん、なるほどねぇ……」
まさかこんな裏話があったとはな。
あのクソ親父、【闇の賢者】などと呼ばれているが、どうやらそれは仮初の姿らしい。
「分かった。サティ、君と契りを結ぶよ」
殺気は一瞬で消えた。
目の前で、純真無垢な少年が笑顔で手を差し伸べている。
本当に先刻までの少年と同一人物なのか。
まるで別人みたい……。
そう思わずにはいられないサティだった。
「して、契りっていうのは具体的にはどうやるの?」
契りを結ぶ。
それを了承したのはいいけれど。
俺には、そのやり方がサッパリ分からなかった。
「必要なものは持ち合わせております。まずはこれ、羊皮紙。そして二つ目は羽根ペンにございます」
「……なんか、思ってたよりも普通だな」
「この羊皮紙に契りの内容を記載します。そして、ソード様と私の名前を記載します。記載する際はもちろん魔法の羽根ペンを使用します」
俺は魔法の羽根ペンとやらを見てみた。
どう見てもただの羽根ペンにしか見えなかった。
「記載が完了しましたら、魔法の炎で羊皮紙を燃やします」
「えっ、燃やしちゃうの?」
「はい。燃やすことによってはじめて契りは効力を発揮するのです」
「へぇ。それじゃ、さっそく契りを結ぼうか。で、君は何を望む?」
またしても「命だけは」とか言われると思っていた。
だから、その言葉が出た時、俺は少し驚かされた。
サティは少し頬を赤らめた。
それから消え入りそうな声で言った。
「私を、ソード様のお傍に置いて下さい。それ以上は何も望みません」
「え、それだけでいいの?」
「それだけではございません。かの魔術師との契りが反故になることによって、私は晴れて自由の身。この森を出ることができるのです」
「ああ、言われてみればそうだね」
俺がサティに求めるものはたった一つだ。
「従魔になると言ってくれたな。それを今ここで改めて宣誓してほしい。俺のために力を振るい、俺のために尽くす。それを約束してくれるなら、俺もサティの願いに応えるよ」
「元よりそのつもりでございます。このサティ、改めてソード様の従魔になることを誓いましょう」
ここまで読んで頂きありがとうございます!!




