15話 フィルへ
「ここから歩いて行くのは大変ですね。ヴァーシュ行きの乗合馬車に乗りますか?」
「そうだね」
「では駅へ向かいましょう」
「うん」
本来なら手続きは冒険者になったばかりとはいえ、今まで冒険者と一緒に旅してきたリオがすべきである。
だが、リオが今までそういうことをした事がないと知ったサラは自分から申し出た。
駅舎からサラが残念そうな表情をして出てきた。
「予約でいっぱいだそうです。予約がとれるのは二日後だそうです」
「そうなんだ」
「ここムルトは巡礼に訪れる人が多いからでしょう」
「じゃあ、歩いた方が早いかな?」
「それはないです。それよりもフィルの街まで向かう商隊があると聞きました。そちらならまだ空きが少しあるそうですけどどうしますか?」
「フィル?」
リオの様子からその名には覚えがないのだとサラは気づいた。
「エル聖王国最南端の街です。まずフィルに向かい、そこでヴァーシュ行きに乗り換えましょう。ちなみにヴァーシュは南部都市国家連合に属しています」
エル聖王国南方は多数の都市国家が存在し、それらが連合を組んで大国からの圧力に対抗している。
かつてはフィルも都市国家であったが魔族の襲撃の際に聖王国に保護を求めた結果、なし崩しにエル聖王国に併合された。
ただ、自治権は認められており、現在の領主はフィル王族の末裔である。
この一件で南部都市国家は危機感を覚え、南部都市国家連合が結成されることになったのである。
「そうなんだ」
「二日もここで待つよりは早く着くでしょう。それに私の都合で申し訳ありませんが、いつまでもムルトに留まっていると任務をサボっていると思われかねません」
「そういえばサラは任務があったんだね」
「はい」
「乗合馬車っていくらかかるのかな?僕、あまりお金持ってないんだ」
「今まで乗ったことがないのですか?」
「あるけどいつもべルフィが払ってたんだ」
「そうですか。それでいくら持ってるのですか?」
リオは今の所持金をサラに告げる。
「それだけあればヴァーシュまでは大丈夫でしょう」
「よかった」
「ただ、パーティとすぐに合流できるとも限りませんからなるべく節約した方がいいでしょうね」
サラはお金に余裕があったが貸す気は全くなかった。
ナナルに例え親友であろうと金の貸し借りはするものではないと注意されていたからだ。
「では護衛として雇ってもらえないか交渉してみましょう」
「それって冒険者ギルドで依頼を受けるんじゃないのかな?」
リオの言う通り普通は冒険者ギルド経由で受ける。
だが、直接商人と話をつけることも少なくない。
ただ、その場合は冒険者ギルドを通していないので冒険者カードに実績が記録されないし、足元を見られることも多いので冒険者ギルドに属している者は滅多にしない。
サラはリオにその事を説明する。
「そうなんだ」
「それにもうすぐ出発です。冒険者ギルドへ行く時間はありませんし、この馬車の護衛依頼は締め切っているでしょう」
「じゃあ、交渉しても無理なんじゃない?」
「だめでもともとです」
リオとサラはその商隊の商人に会いに向かった。
商人と交渉したのはサラだ。
交渉はうまくいき、護衛の任務を得ることに成功した。
サラはムルトの街では有名人であり、その実力も知られていたのが大きかった。
ただし、予想通り通常より護衛料は安かった。
商隊は“東の聖道”を進んでいた。
聖道はもともとは巡礼者が安全に旅ができるようにと信者達の慈善事業で始められたものであったが、裕福な信者、周辺諸国、そしてこの道を貿易路にしようと考えた商人などあらゆる人達の思惑こそ違え、道を作るという同じ目的のもとで協力しあい、大陸全土へ広がっていった。
その中でも神殿都市ムルトから東西南北へ伸びる街道をそれぞれ東の聖道、西の聖道、南の聖道、そして北の聖道と呼んでいる。
東の聖道を進むとフェムの村へ、西の聖道を進むとエル王国を越えてカルハン魔法王国へ、南へ進むとエル聖王国最南端の街フィルを通過して南部都市国家連合へと続く。そして北の聖道を進むと王都エルへと至る。
護衛達が乗り込む馬車は客車と比べてとても快適とは言えないが、歩くよりはるかに速いし、楽だった。
リオとサラ以外に護衛として雇われた者達がいた。
三人組でパーティ名はサムズ。
それぞれサム、トム、カームでパーティの名前はリーダーのサムからとったものだ。
全員Dランクで、クラスは全員戦士とパーティ構成としては非常に偏っていた。
とはいえ、魔術士と神官の冒険者は絶対数が少ないのでそれほど珍しいわけでもない。 盗賊クラスもいないがカームが役割を兼ねていた。
クラスはあくまでギルド登録時のクラスであり、盗賊の技能を持つ戦士、魔法を使える戦士もいるのである。
今回、サムズは神官を仲間にするためにムルトにやって来たのだが、ムルトの神官達は彼らに勇者の素質はないと判断したようだった。
サムズは神官長ナナルの弟子として有名なサラが冒険者として乗り込んできたことに驚き、更に一緒に乗ってきたパーティの仲間が見るからに新米冒険者とわかるリオだったので更に驚いた。
サム達はすぐにサラを自分達のパーティに入らないかと勧誘を始めたが、サラが自分達より冒険者ランクが上のウィンドに入るつもりであることを知ると勧誘を諦めた。
その後は彼らの冒険談に移っていきサラはそれを笑顔で聞いていた。
リオは最後まで会話に誘われることも加わろうとすることもしなかった。
サラが彼らと意気投合してウィンドに入るのをやめるのでは、という心配もしていなかった。
サラをそこまで信頼していたわけではなく、その可能性が思い浮かばなかっただけである。
揺れる馬車の中、リオはぼーと景色を眺めていた。
そんなリオをサラが観察していることに本人は全く気付いていなかった。
商隊は昼食を兼ねた休憩を一度とった。そして何事もなくその日の夕方にフィルの街へ到着した。
「何も起きなくてよかったですね」
サラの言葉にサムが答える前にトムが先に口を開いた。
「ちょっと残念だがな」
「残念、ですか?」
サラが目を向けるとトムは少し顔を赤くして話し始める。
トムはまだサラの勧誘を諦めきれないようだった。
「護衛料もらってんだぜ。これじゃ何もしないで金もらうみたいじゃないか!」
「それは違います」
サラは優しくトムの言葉を否定する。
「皆さんがいたから商隊は安心して旅をする事ができたのです。確かに直接の行動はしていませんが、あなた達が商隊の皆さんに安心を与えたのです」
「そうだな。そう考えたこと今までなかったな。でも“あなた達”、じゃなくて“俺達”だぜ」
カームはサラ達もだと言いたいのだと理解する。
「そうですね」
サラが笑顔で頷く。
だが、トムだけは納得いかないようだった。
「でもよ、やっぱり魔物と戦って撃退するとこ見せたかったぜ!」
「誰にだよ?」
「決まってるだろ、サラにいいとこ見せたかったんだよな、トム?」
と、すかさずサムに突っ込まれトムは顔を真っ赤にしてサムを睨む。
「わ、悪いかよっ!」
商隊と別れたサムズとリオ達は冒険者ギルドへ向かう。
サムズは護衛終了の報告のため、リオ達は今晩泊まる宿屋を紹介してもらうためである。
宿屋は自分達で探してもいいのだが、ギルドに紹介してもらう宿屋の方が安心できる。
フィルまで来ればサラの事を知る者は少ないはずだが、サラの事を知らなくてもその容姿が自然と注目を集めてしまう。
そしてそれは行動に現れてきた。
サラをナンパしてくる者が現れたのだ。それだけならまだしも、色仕事を紹介する者が来た時には、鉄拳が炸裂するところであった。
寸前でサム達が追い払ってくれたので事なきを得たのだが。
「ありがとうございます」
「気にするな。大したことじゃない」
サラはため息をつく。
「……それにしても私の服装を見れば神官とわかるはずなのによく色……あのような仕事を紹介に来ましたね」
「まあ、ここはエル聖王国と言っても最南端で、治安もあんまよくないからな」
「そうなんですね」
ジュアス教は性に寛容だ。
以前に色仕事をしていたとしても能力さえあれば神官になることができるし、不倫を罰するような教えもない。
とはいえ、流石に現役神官が色仕事をすることはない。
(ないはずよね。……でもここ、フィルではあるのでしょうか?)
トムが不満顔で文句を言う。
「街に住む奴らって冒険者はみんな貞操観念が低いって思ってるよな!」
その言葉にカームが同意する。
「そうだな。酷い奴なんかは冒険者はみんな娼婦、男娼だと思ってるからな」
「実際そういう奴らがいるのは確かだが全員がそうだと思われるのは納得いかないぞ!大体そういう事言うお前らはどうなんだっ!どの街にだって娼館があるだろう!お前らだってやる事やってんだろう!」
「おいおい落ち着けよ」
「サラが困ってぞ」
サラの名が出て、トムは一気に興奮が冷め、自分の発言に顔を真っ赤にして両手で顔を隠す。
「トムは腕は立つんだがまだまだ若いんだ。許してくれ」
「いえ、別に許すも何もないですよ。私もそう思いますし」
実のところサラも以前はそう思っていたのだが、もちろん口に出したりはしない。
「そ、そうだろっ?」
さっきまで落ち込んでいたトムがサラの一言で一気に元気を取り戻す。
そんなトムを見て、サムとカームは呆れていた。
何度目かのナンパ男を撃退したサムがサラに申し訳なさそうな顔をしていった。
「なあ、サラ、あんたが悪いわけじゃないがフードで顔を隠したらどうだ?」
「……ああ、そうですね」
サラはサムの助言に従いフードを深くかぶる。
視界は悪くなったが効果は的面でびっくりするほど注目を集めなくなった。
「にしてもよ。あいつ、全く助ける気ないのな」
トムのいうあいつとはいうまでもなくリオのことである。
トムの言う通りリオはサラに言い寄ってくる男どもに注意しようとする動きさえしなかった。
サラが言い寄られている間、街をぼうっと見ていた。
「まあ、リオはまだ若いですし」
「いや、そこは関係ないだろ!仲間を助けないなんて最低だぜ!」
「そうですね。そこはウィンドの皆さんと相談します」
「……ちっ」
「トム、落ち着けって」
まだ不満そうなトムをサムがなだめる。
そうこうするうちに冒険者ギルドに着きサムズと別れた。
別れる間際、トムがサラに声をかけた。
「サラ、気が変わったらいつでも歓迎するぜ!」
サラは笑顔で小さく頷いた。