11話 六大神 その2
ジュアス教団は、国政に影響を与える程の力を持っている。
それをよく思っていない王侯貴族や異端として迫害されているカルト教団などに神殿要人が狙われた事が何度もある。
そしてその手先として子供が使われることもある。そういう子供達は暗殺専用に感情を一切持たないように教育されていることが多い。
ファンはリオに暗殺者の疑いを持った。
ファンはリオに自分が警戒しているのを悟らせないよう表情を変えず、神殿に来た目的を探ることにした。
「悪いこと聞いたな」
「いえ、気にしないでください。もう済んだことですから」
「そう簡単に割り切れるもんじゃないと思うがこの話はやめよう。じゃあ、今はこの街で生活してんか?」
「違います。この街には昨日来たばかりです」
「一人でか?」
「いえ、パーティでです」
「ほう。そのパーティの名は?」
「ウィンドです」
「何?」
ファンはそのパーティを知っていた。
ファンが一級神官に昇級する前に神殿騎士団に同行して魔物退治をした事があった。
その魔物退治は冒険者との合同で、そのときのパーティにウィンドも参加していたのだ。
(まさか、ウィンドの名が出るとはな。ちょっと確かめてみるか)
「リーダーの名は?」
「べルフィです」
「他の仲間は?」
「カリスとナックとローズです」
(間違いない。俺の知ってるウィンドだ。しかし、俺の知ってるべルフィはこんな見るからに初心者をパーティに加えるような奴じゃなかった。“復讐”を遂げるためには邪魔以外の何者でもないだろうに。……いや、待てよ。この少年、さっき父親が殺されたって言ったな。もしかしてこの少年の父親を殺したのは……)
「君の父親の事は聞かないと言ったが一つだけ教えてくれるか?」
「何ですか?」
「君の父親を殺したのは誰だ?」
「金色のガルザヘッサ、という名の魔物です」
(やはりそうか!べルフィと同じ仇か。なら納得だ。この少年に感じた違和感は金色のガルザヘッサに親を殺されたショックで心が壊れたってところか。味覚音痴もその影響かもしれんな)
ファンがさっきまで感じていたリオへの疑いが消えた。
「あの、」
「おう、悪い悪い。いや、俺も以前な、ウィンドと一緒に冒険したことがあってな。ちょっと思い出してたんだ。みんな元気か?」
「はい。あ、じゃあ、もしかして以前、パーティにいた神官ってあなただったんですか?」
「ん?いや、それは俺じゃないな」
「そうですか」
「しかし、懐かしいな。べルフィもここに来てるのか?」
「今はいません。依頼を受けて昨日出かけました。明日には戻ってくると思います。僕はその間に一緒に旅してくれる神官を探すように言われたんです」
「そうだったのか」
「あ、そうだ。神官様、僕達のパーティに入ってくれませんか?」
ファンはリオの呼び方で名乗っていない事に気付いた。
「おっと自己紹介まだだったな。今更感はあるが、俺はファンだ。君の名前は?」
「リオです」
「リオ、ね。でだ、せっかくのお誘いだが俺はちょっと偉くなってな。そう簡単に旅に出られねえんだ」
「そうなんですか」
「悪いな」
「いえ、大丈夫です。そういえば仲間にする神官の条件を言われてたの思い出しました」
「ほう、その言い方だと俺はその条件に当てはまらなかったようだな。参考までに聞かせてもらえないか?」
「はい。まず魔法が使える事」
「その条件は満たすな」
「そうなんですね。あとは女性で美人じゃないとダメだって。腕よりそっちが重要っだって。候補がたくさんいたら迷わず美人を選べ、って言ってました」
「……それ言ったのべルフィじゃないだろう?」
「はい、ナックです」
「断った俺が言うのもなんだが、仲間に入れるなら見かけより実力だぞ」
「じゃあ、ナックの条件は気にしない方がいいんですね?」
「ああ、そっち必須にすると命落とすぞ」
「わかりました」
(とはいえ、この少年、リオだったか、見るからに駆け出しとわかる冒険者の勧誘にOK出す奴いるのか?いたら別の目的あるような気がするぞ。こんな誰にでもわかることをべルフィが気づかないはずがないと思うんだが)
「ちょっと冒険者カード見せてくれるか?いや、別にリオの言ってる事を疑ってるわけじゃないんだけどな」
「どうぞ」
リオは何の疑いもせず、懐から冒険者カードを取り出した。
「あ、じゃあ、ちょっと見せてもらうな」
ファンは冒険者カードをリオから受け取った。
冒険者カードは表示させた状態で持主の手を離れてもしばらくの間は表示されたままになる。
ファンはカードにさっと目を通し、リオが昨日冒険者ギルドに登録されたばかりだと知る。ランクは予想通り最低ランクのFだった。
(予想はしてたがこれで神官を勧誘だと?勧誘は口実で神殿に預ける気で置いていった……はないな。リオには信仰心がない。闇の神の名を平気で口にするとか教義もまったく知らないようだからな)
リオへの暗殺者の疑いは消えたが今度は冒険者として大丈夫なのかという不安が広がる。
(だが、リオのような冒険者はいくらでもいる。一人に肩入れするのは一級神官として問題だ。とはいえ、やっぱりこのままじゃ俺の気分が悪い)
ファンは冒険者カードをリオに返しながら言う。
「リオ、アドバイスをしてやろう」
「アドバイス?」
「そうだ。今のお前はジュアス教の事を何も知らないし、誰が見ても駆け出しの冒険者だとわかる。事実、冒険者ランクもFだしな。そんな奴と一緒に冒険したいと思うような神官がここにいるとは思えない」
「そうなんだ。困りましたね」
と口ではそう言ったが、表情を見る限りでは困っているようには見えない。
「あとそれだ」
「それ?」
「その言葉と表情が一致してない事もマイナスだ。お前の事を何も知らない相手から見るとバカにされているように思うぞ」
「え?ああ、それ、べルフィ達にも注意されるんですけどすぐ忘れちゃうんです」
「まあ、それは今日明日でどうにかなるもんじゃないからな。だからお前のパーティをアピールしろ」
「パーティを?」
「そうだ。幸いウィンドとべルフィの名はそれなりに知られている。その事を知ればパーティメンバーに会ってみたいと思う奴くらいは現れるかもしれない。そしたらこっちのもんだ。後のことはべルフィ達に任せればいい」
「なるほど」
「やれるか?」
「はい。アドバイスありがとうございます」
リオの笑顔を見て、今回はよく出来た作り笑顔だな、と思ってしまったことに自己嫌悪するファンだった。
「よし、せっかくだ。ジュアス教団が信仰している神々の事も教えてやろう」
「お願いします」
「ジュアス教は六大神を信仰しているのは知っているか?」
「はい」
「その第一柱が光の神ライアーク。正義を司る。これは知ってるよな」
「そうなんだ」
「おい、まさか、ライアーク神を知らないで神官勧誘してたのか。……知ってる神の名を全部言ってみろ。いや闇の神は言わなくていいぞ」
リオはちょっと考えた。
「……ライアーク神」
「それ今俺が言っただろ。他は?」
「わかりません」
(……マジでダメだこいつ。こういう奴には細かく説明してもボロが出て逆効果になるか)
ファンは最低限の説明に留めることにする。
「じゃあ、今覚えろ。そんなんじゃ絶対神官を仲間にできないぞ」
「はい」
「よし、続きだ。第二柱は水の女神アクウィータ。運命を司る。まあ、水の神様って覚えておけばいい。この神はこの地が一番加護が強いといわれている。何故ならこの神様はこの地に眠っているとされているからな」
「じゃあ、他の神様もどこかで眠っているの?」
「いや、そういう話はないな。この神様は特に人間が大好きで人々を見守るためにこの地に降り立ったんだ」
「そうなんだ」
「次だ。第三柱は大地の女神ガイイーノ。癒しを司る神だ」
「癒しって治癒魔法を使うの?」
「そうだな。神官が治癒魔法を授かるのはガイイーノからだといわれている」
「じゃあ、ガイイーノに願えば僕も治癒魔法が使えるようになる?」
「まあ、無理だろうな。神官でさえ授からない者もいるからな」
「そうなんだ」
「で、第四柱は闇の神。名は口にしないが知ってるよな?」
「人見知りする神様なんですよね」
「ああ。この神はちょっと特別でな。破壊と調和を司るんだ。矛盾してるだろ。いわゆる二重人格みたいなもんでな、どちらで現れるか神様自身もわからないんだ。だから人々に迷惑をかけないようにその身を“バルスの鎖”で縛り、その姿を隠した。教団も神の御意志に従って、像を作っても姿を黒き布で覆い隠し、名前を呼ばないようにしているんだ」
像を作った者からしたら、自分の作品を見ることができるのが清掃する者だけなのだから不満であろう。
「バルスの鎖って?」
「神様の力さえ封印するすごい鎖だ。この鎖は他の五柱によって作られたとされている」
「そうなんだ」
「で、第五柱は火の神フレイルス。力を司る。で、最後に第六柱は風の神ヴァーンドル。自由を司る」
リオは一通り説明を受け、教えてもらった神々の名を小さな声で復唱する。
「覚えたか?」
「はい、ありがとうございます」
「よし、じゃあ質問だ」
「質問?」
「ああ。ジュアス教を信仰する者達は六大神全てを敬う者もいれば特定の神だけ敬うなど人それぞれだが、今の話を聞いてリオはどの神様に興味を持った?やっぱ光の神か?」
「うーん、僕は大地の女神か、闇の神かな」
ファンの目が一瞬厳しいものに変わった。
「……大地の女神はわかるとして、闇の神はなんでだ?」
「とても人間らしい神様だからかな」
「人間らしい?」
「破壊と調和って、人が持つものでしょ」
「確かにな」
「それに鎖で縛られてるなんてかわいそうだよ」
「かわいそう、か。ーーーははははっ、それもそうだな!」
ファンは笑いながらリオの頭を軽くポンポン叩いた。
(俺の考え過ぎだな。ちょっと危ういところがあるが、こいつに悪意は感じない)




