Chapter30-4 大掃除(1)
“道”の続く先を特定するのは、予想通り、ほとんど一瞬で終了した。全部で九ヵ所の山が、最初の鉱山と同様の状態に変わっていた。
内訳はカナミラ王国の鉱山が六、未だ掘られていない山が二、国外が一である。
不幸中の幸いだったのは、国外のそれが築島だった点。聖王国の管轄ゆえに、対処が複雑化せずに済んだ。
また、いずれの山も、最初の鉱山ほどエネルギーが溢れていなかった。
成長途中なのか、エネルギーが足りなかったのかは分からないが、最初の鉱山ほど対処は難しくないだろう。外に飛び出た逸魔の気配も感じられないし。
築島に関しては、即座にウィームレイと部下たちに連絡。周辺を封鎖した。
留守番しているメンバーに処理を任せようとも考えたけど、棄却している。
環境的に、魔法師がどこまで通用するか未知数だからね。特に、魔力に強く依存している魔法司のガルナやプラーミア、精霊魔法師のマリナなんかは非常に相性が悪い。
ここは、オレの帰還を待ってもらった方が確実だった。
カナミラ内の異常地については、他国なので勝手はできない。急いでカナミラ王との会談をセッティングしてもらい、状況を説明した。
周囲の連中に怪しまれる可能性はあったが、こればかりは仕方ない。一応、ニナには最初の鉱山の見張りに立ってもらっている。
鉱山の現状と採掘される鉱物の価値、それが方々へ広がっていること。そのすべて聞き終えた彼は、盛大に頬を引きつらせた。
「その話、嘘ではないな?」
「このような内容で偽りを申し上げるほど、私は愚かではありませんよ」
「だよなぁ」
深々と溜息を吐くカナミラ王。その姿には哀愁が漂っていた。
彼は頭をガシガシと搔きむしる。
「どうしてこう……俺さまの代で問題が続出するかねぇ。常立国にしろ、今回の鉱山にしろ」
「お気持ち、お察しいたします」
政治に関わりたくないと公言していたカナミラ王にとって、現状が歓迎できないのは間違いない。上手く対処して後世に名が残ろうと、彼はまったく嬉しくないんだから。
ただ、よくある話ではある。求めると遠ざかり、求めないと近づいてくる、というのは。
結局、欲しいものは力で勝ち取るしかない。確かな社会が築かれているものの、この世界の根底は弱肉強食だ。
しばらく頭痛を堪えるように額を抑えていたカナミラ王だったが、ふと、顔を上げる。
「つまり、お前はこう言いたいわけだ。『オレたちは内政干渉をする。断れば戦争だ』と」
「そこまで極端なことは申しませんよ」
「だが、近いことはするつもりだろ?」
「……否定はしません」
察してはいたが、カナミラ王は頭が悪いわけではない。むしろ、思考の回転は早い方だろう。鉱山の情報だけで、オレたちがどう動く予定なのか推測し切った。
カナミラ王国を放置するのはあり得ない。
この国が今のままであれば、近いうちに必ず戦争を起こす。そして、その火種は大陸全体へと広がるだろう。発掘されるのは、伝説と謳われる希少金属の数々だからね。
しかも、オレでさえ知識にない鉱物もそこに加わる。プライドの高い伝統派が、調子に乗って覇を唱えるのは想像に難くない。
野心溢れる他の国々も、血眼になってそれらを求めるのは道理だった。
血みどろの未来を回避するには、国内で一致団結するしかない。一丸となって、立ちはだかる障害を壊していくしかない。現体制では、まず不可能な未来である。
ゆえに、カナミラ王国の改革は、鉱山の異常の原因調査と同等に大事だった。
理想は、『最初は小出しにして国力を高め、十分育った段階で大々的に輸出』だな。場合によっては数世代に渡って行う気長な作戦だが、大戦争が始まるよりはマシだと思う。
まぁ、自分の利益のみを求める連中には、受け入れられない選択肢だろうけども。
もしくは、先程のカナミラ王の発言通り、戦争を仕掛けて聖王国が征服してしまうか。
手っ取り早い解決策ではあるけど、実のところ、あまり優先したくない案だった。
何故なら、人手が足りないから。
現在の聖王国は築島という飛び地を手に入れただけではなく、帝国や森国の監視監督も行っている。とうてい、手が回らない。
無論、カナミラ王国に一任できる人材が皆無なら、オレたちが手綱を握るしかないけど、そういうわけでもないし。
カナミラ王は黒い瞳を鋭く細め、言葉を発する。
「カナミラ王国がチンタラ地盤を固めている間に、聖王国は築島で発掘した希少金属を売りさばくんだろ? 結局は、自分たちの利益のためだ」
「こちらに利があるのは否定しませんが、言うほど我らが有利というわけではないですよ」
「そっちが販路を先に築くんだ。どこが有利ではない?」
「私が忠言するのも一因となるでしょうが、聖王国は、掘り起こした金属を他国へは売らないでしょう。国内需要に応えるに留め、残りは貯蔵する方針を取ると思います」
「何故だ?」
「他国に武器を渡さないため。そして、研究を行うため。その希少性ゆえに調査が進んでいなかった金属を、徹底して調べられる絶好の機会です。他国への輸出は、ある程度の研究を終えた後になるでしょう」
「……対抗策を立てた後なら、他国へ流れても脅威にならない、か。一からの調査だから、相応の時間を要すると」
「仰る通りです」
それでも、聖王国の方が輸出へ動き出すのは、カナミラ王国よりもだいぶ早いだろう。こちらには優秀な人材がそろっているからね。
だが、その辺りはあまり問題にならないと思う。
何せ、抱える鉱山の数が違いすぎる。聖王国は築島の一つに比べ、カナミラ王国は八つ。カナミラ王国にとって、この差は大きな武器になる。
「なるほどな……」
腕を組み、熟慮を始めるカナミラ王。
それを、オレは静かに見守った。
十中八九、カナミラ王はオレの提案を断らない。今の説明の影響もあるが、最大の理由は別。
国内に蔓延る不和を、オレたちがほぼ無償で解決すると提案しているためだ。
これほどこじれた派閥争いを、内輪の力のみで解消するのは相応の労力が掛かる。
今代では無理。下手をしたら、解決前に国が傾いてしまうかもしれない。
そんな結末を迎えるくらいなら、内政干渉を許しても良いと判断するはずだ。とんでもない天秤だが、目の前の男はそう考える。
オレの予想は正しかった。
「分かった。フォラナーダ侯爵、お前の提案に乗ろう。その方が、将来的に俺さまが楽をできる」
実に“らしい”理由で、彼は承諾した。
オレは僅かに笑みを溢し、礼を告げる。
「ありがとうございます」
「礼は不要だ。我が国の不祥事だからな。それで、どう攻略するつもりだ? まさか、ノープランではあるまい?」
「もちろんです。まず味方に付けるべきは――」
それから、オレたちは今後の計画を語り合った。
内情をよく知るカナミラ王の助言ももらえたので、おおむね問題ないと信じたい。
「というわけで、今回の中核はあなたとなります、バルヴァロ公爵」
カナミラ王との会談を終えたオレは、今度はバルヴァロ公爵の下へ訪れていた。
そう。今回の改革で中心人物となるのはバルヴァロ公爵だった。
人選の理由は言をまたないだろう。国内で一番冷静かつ国益を優先できるのは彼だからだ。きっと、派閥の枠にとらわれない判断を下してくれる。
歳の若さはネックだが、それを踏まえても彼以上の人物はいない。
「……待ってください。何が『というわけで』なのでしょう?」
一通りの説明をしたはずなんだが、彼は理解が追いついていないらしい。額にこぶしを当て、うーんと唸りを上げている。
彼の理解度は今後に関わるので、改めて、順を追って説明する。
「まず、カナミラ王国が危うい状況なのは、理解しましたか?」
「え、ええ。希少金属が採れる鉱山の情報は、間違いなく戦端となります。現状の三大国であれば静観してくださるでしょうが、他は違う。知れば、必ず奪い取ろうと攻めてくる。数多の犠牲を出す価値が、それにはある」
バルヴァロ公爵の抱く深刻さは、カナミラ王以上だった。鍛冶師の資格を有しているためか、ミスリル等の価値をより実感しているんだろう。
彼はいっそう眉をひそめる。
「国内はもっとマズイですね。希少金属が山ほど手に入ると分かったら、有頂天になる。これがあれば自分たちは負けないと、過剰な自信を抱いてしまう。最悪なのは、その調子に乗る陣営が伝統派や鍛冶師であることでしょう。特に後者は、この国の中心といっても良い」
伝統派の暴走は予想していたが、なるほど。言われてみれば、今回の一件でもっとも盛り上がるのは鍛冶業界だな。
鍛冶は、カナミラ王国の屋台骨となっている産業である。そして、国内一の信頼を勝ち得ている職業だ。
そんな彼らが『強い武器を作った』と豪語したら、もう止まらないだろう。否定意見を口にできるわけがない。そこに騎士団擁する伝統派が加わったら余計に。
「鍛冶師が暴走すれば、次は商人たちが暴走します。希少金属による武器で荒稼ぎし、その余波で物価が急上昇。通貨膨張が起こり、民たちの生活にも多大な影響が及ぶ。おそらく、政治批判が多くなるのも時間の問題でしょうね」
話しているうちに考えがまとまってきたのか、バルヴァロ公爵の語りは理路整然としていた。
何より、内容が具体的なのが良い。カナミラ王は抽象的な予想だったけど、彼は違う。内政の細部を知っているがゆえに、何がどうなるかを正確に把握していた。
こうでなくては。政治的に優秀な目を、耳を、思考を持っているからこそ、改革の中心人物に選んだんだ。
「政治批判を逸らす一番効率的な方法は、外敵を作ること」
「はい。伝統派のプライドを満たすため、という理由もあるでしょうが、ガス抜きのために戦争を起こすと思います」
「カナミラが現状のままなら、ですけどね」
「……ようやく理解が及びました」
得心の表情を浮かべたバルヴァロ公爵は、すぐに口元を片手で覆った。今後について、思案を巡らせているのだと思う。
ただ、その仕草は十秒と経たずに解かれた。
「騎士団の抑えは、フォラナーダ侯爵が騎士団長を下したことで完了しているので、それ以降ですね。まずは信頼できる鍛冶師と商人を確保し、国力増加に努めるのが最善。伝統派に関しては、中核を殺害……はやりすぎとして、弱みを握るのが現実的でしょうか」
つらつらと語られる内容は、オレの立てた改革計画とほぼ同じだった。
十秒程度でそこまで理解が及ぶとは、本当に優秀な人物である。公爵家当主でなければ、フォラナーダに勧誘しているところだ。
「おおむね、合っています」
「件の鉱山の管理は、どうお考えで? 不法侵入者の排除は当然ですが、現状を維持するなら逸魔も定期的に出現するのでは?」
「逸魔の発生原因をまだ解明していないので断言はできませんが、出現を止められないようなら、結界を張って流出を阻止し、定期的に駆除する形となるでしょう」
「なるほど。フォラナーダ……いえ、聖王国と契約を結ぶのですね」
「理解が早くて助かります」
「対価は?」
「詳細は追って決めたいですが、将来的に輸出する際、他国よりも優先していただければ幸いですね」
戦争を未然に防ぐことも十分に利益だが、それだけでタダ働きするほど、オレも安くはない。
国内にも鉱山はあるが、それだけで国内需要を満たせるわけがない。これは、それを補填するための交渉だった。
バルヴァロ公爵は、再び口元を片手で覆う。
「先行投資、というわけですか」
「失礼な言い回しで申しわけないですが、そちらの国力では、現物支払いは難しいでしょう?」
「事実ですからお気になさらず。こちらにとっては嬉しいですから、その方向で調整しましょう」
逡巡は一瞬で終わった。ほとんど二つ返事で頷くバルヴァロ公爵。
他に選択肢がないというのもあるが、投資額はそれほど大きくならないと、彼は予想したんだろう。
何せ、あちらは徐々に国力を蓄えていくんだ。いずれ自力で鉱山の管理が行えるようになる。この契約は永久ではない。
きちんと投資分のリターンが得られるなら、それで構わなかった。
今回の第一目標は大戦争――世界大戦の回避だからね。利益に関してはオマケである。これが『世界征服』とかを掲げる覇者なら、利も追及するんだろうけどさ。
その後も、オレたちは計画について話を進めた。
といっても、事前にカナミラ王と話し合いを済ませてあったので、細かい部分を調整した程度だが。
「では、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
最後にオレたちは握手を交わし、少々の間を置いて動き出す。
希少金属の情報が外部に漏れた後では遅い。ここからは時間勝負だった。
次回の投稿は4月1日12:00頃の予定です。




