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魔法の石フーラス  作者: 春野 悠
第2章 行方不明
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行方不明 2

 大広間へ入る前に、一度深呼吸をした。背にしたガラス窓に映る自分の姿が気に入らない。いらいらするなと言い聞かせて、扉を開けた。

 もう何度目かとなる王様との食事は慣れている。緊張も特にはしないが、できれば家に帰ってから落ち着いて朝食が食べたかった。

 ――フローナのことだから、とりあえずは僕の分の朝食も用意しているんだろうな。

 帰宅は待たなくていいと言ったので、それで許してもらうしかない。

「まあ、アレック様!」

 背後からの突然の声に、アレックは思わずたじろいだ。振り向くと、同じ扉から女性が入ってくるところだった。確か彼女は、シルマ王女の侍女の一人だったと記憶している。

「皆に追われて、さぞかしご迷惑だったことでしょう? もちろん、私はそんなこといたしません。嫌われたくはありませんもの」

 いえ、と適当に相づちを打つ。少し端に寄り先を譲るものの、上目遣いの彼女は会話をする気満々で、アレックは多少げんなりした。

「王様からご朝食に招待いただけたのですね」

「ええ、まあ」

「さすが魔法使い様。お役人の方々も皆さまアレック様を信頼なされているようですね。――あ、申し訳ございません、私シルマ様の侍女をしておりますエルメスと申します。その、もしよろしければこのままアレック様とお呼びしても?」

 にこりと笑うエルメス。

「かまいませんよ。そのように呼ぶ方もおりますから」

 あからさまな態度をとるわけにもいかないので、アレックはつとめて丁寧に答えた。

 その時、ふと彼女が身に着けている前掛けのポケットに目がいった。

 ――人形?

「あの、それは一体?」

 気になったのは、なんだか妙にぴりぴりと感じるものがあるからだ。

 エルメスは、ぽっと頬を赤らめた。人形を手に持つと、恥じるような目でアレックを見上げる。

「このようなところに持ってくるものではないとわかっていたのですが……。休憩室に置いていこうと思っていたんです。この人形、庭師のグラントさんが庭で拾ったそうで。ぼろぼろだし、ごみに違いないと燃やそうとしていたので、私が止めて引き取ることにしました。ぼろぼろだけどかわいらしい顔をしているし、もし探している人がいるならと思うと」

 エルメスが持つ人形は、女の子の形をしていた。青いガラス製のビーズでできた目が、アレックの疑心をさらに深くさせる。

 なんだろうか、とても気分が悪い。

 よほど疲れが出てきているのだろう。アレックは軽くこめかみを抑えて、にこりと笑うエルメスに「では、席にいきますね」と別れを告げた。


 食事の席についたアレックは、決して疲れた顔は見せまいと、作り笑いを浮かべるばかりだ。席にはアレックの他にも、会議に出席していた上層の役人たちがついている。

 アレックの席は騎士隊長と王室特別大臣の間だった。王様、王妃様の席とも近い。ずいぶん上座に近づいたものだと内心で苦笑するしかない。

「やあアレック、待っていたぞ! 城壁の修繕箇所を見させてもらったが、実に見事なものだった! 仕事が早くて助かるな」

 席につくなり、騎士隊長が大きな声でアレックを出迎えた。

「さすがにあの高い位置では私も手をこまねいていてな。これで老朽化した城裏の壁もなんとかまだ持ち堪えられそうだ。――しかし大臣、近いうちにあそこは建て直しも考えたほうがよいかもしれんな」

 騎士隊長はあごに手を当てて、整ったひげをいじりながら言った。体格の良い騎士隊長では、立派な椅子も小さく見える。

 一方、声をかけられた王室大臣のほうは、近頃急に目立ってきた大きな腹に左手を当てて、右手は大きな赤ら顔にぴゅっと生えたひげをなでていた。運ばれてくる食事に、いちいち「ほう!」と目を輝かせている。

「財務大臣に言ってくれ。まったく、今年の予算は去年よりも少なくなっとるんだ。いたるところ老朽化問題ばかりで困る」

「こっちだって、馬鹿言っちゃあ困る! 王特には前年分の繰越がたんまりあるだろうが!」

 離れた席から声を張り上げるのは財務大臣だ。

「よそは決算前に無駄金はたいておるだけだわい。隊長殿、防衛も我々に文句は言えませんぞ」

 ぶつぶつと文句を並べる王特大臣を尻目に、騎士隊長はアレックに耳打ちをした。

「放っておいてやれ。王特大臣はつい昨日、夫人に出ていかれたばかりなんだ」

「――隊長殿、何か言ったかね!」

「いえ、なにも。大臣、エッグノックはお好きかね?」

 広間に来てから、たった数分でさらに疲れがどっと出てきたように感じたアレックは、自分でもおかしいと思うくらいに妙な笑みを浮かべているばかりだった。


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