14あたしと王子様4
それから、あたしたちは時々お茶を飲む仲である。
おじさまの送ってくれる色々の茶葉、茶器やお菓子を楽しみながら、他愛ない言葉を交わす。さながら普通の友人である。あたしは王子様と過ごすのは嫌いじゃなかった。元から暇すぎるほどに暇な身だったから、名ばかりの友人でも、同じ時間を過ごすという行為はくすぐったい喜びをあたしに与えてくれた。
スコラの離れにある、生徒も自由に出入りできる庭園。赤実の生徒もちらほら姿が見える。東屋を使えるのは主に上級生なんだけど、王子様の連れなので、役得。
「悪いな、来てもらって」
「いえ、私もお会いしたかったですから」
「……そうだな」
王子様はあたしを見下ろして笑う。右手に携えた籠を揺らして、あたしを屋根の下に誘うと、彼は籠の中身を取り出した。携帯用の紙皿と一緒に出て来たそれに、あたしは目を奪われつつ、自分の荷物も広げる。おじさまのお土産の一つで、珍しく実家から持ってきたものだ。見た目は鉄製の薬缶なんだけど、熱を伝えにくい造りになっている。沸かしたお湯をいれて蓋をすれば、持ち運びできる保温ポットである。布張りの手提げから取りだした薬缶に茶葉を入れてしばし待ち、お揃いの鉄器へ注ぐと、王子様は目を丸くした。
「なんだ? 湯気が…」
「どうぞ」
得意になって差し出すと、王子様は慎重な手つきでカップに触れる。熱くない、とつぶやいて、こわごわ口へ運んだ。
「いかがですか?」
「うまい。いつもと同じだ。そのポットに工夫があるのか?」
そこに気付くとはやはり天才か……と口走りたい衝動を胸に秘め、あたしは頷いて自分にいれたお茶を飲む。
オッケー。さすがおじさま、やりおるわ。
「ええ、南部の古い民族の鉄器なんだそうです。外でお茶を飲むのに便利だろうって、おじさまが買ってきてくださったんです」
ちなみにこのお茶も、同じ地方のものらしく、あとで取り寄せてくれた。
「そうか、君といると学ぶことが多いな」
茶器を置いて、王子様は少し気まずそうにする。
「聞かれないなら言わなくとも構わないんだが、どうも居心地が悪いから話す」
「ええ」
あたしは涼しい顔をしているんだろう。こちらの反応を見て、王子様が言葉をためらわずに放ってくるのでわかった。
「私は理由あってあの男が嫌いだ。君に近づいていることで、更にろくでもない奴だと感じている」
「理由とはなんでしょう」
「傷つかないで聞いてくれ」
それは聞いてみないとわからないな。
「あれは君の家の資産と地位が目当てだ」
「まあ」
「私の話を信じているか?」
ストレートすぎて心配になるな。
「お答えするのが私には難しいですね」
「ふん、悩む顔ではないな。信じなくとも君の自由だが」
「殿下、質問してもいいですか?」
「なんだ」、とこの話題を終わらせようとしていたらしく、お茶に手を伸ばしながらあたしに顔を向ける。
「どうして私にかかわって下さるのですか」
「言っただろう。君は私の友人になると」
「ベリダ兄様のことはお嫌いなのに?」
「それがなんだ。君とあいつが一心同体だというならもちろん別だが、違うだろう」
あたしの望む言葉を与えてくれた。
「妙なことを聞くな」
本当にそう思っている顔で、彼は新しいお茶を手ずから自分のカップに注いだ。
殿下はベリダ兄様を嫌っているのに、繋がりのあるあたしを友人に据えている。あたしの心配までしてくれる。兄様への手紙に、殿下とのことを書くか悩んだけれど、よくしてもらっている、とだけは伝えることにした。
祭が近づき、気も漫ろな生徒が増えたせいだろう。ため息をついて教室をあとにする教師を見届けてから、あたしは席を立った。今日も半ドンである。午後はクロッタの準備に宛てるのだ。
お祭という響きには、直接支度に関わるわけでもないあたしでも、なんだか浮き足立つような心地がする。
まあ何はともあれ腹ごしらえと、あたしはスコラ内の食堂へ向かう。寮のものよりも広くて、赤実と黒玉の領域が暗黙のうちに仕切られた空間はあまり居心地のいいものではないけれど、今はクロッタのせいか、その境界があやふやになったようであまりピリピリとした雰囲気はない。
一階へと続く階段を降りようとして、ちょうど殿下と出会った。殿下の取り巻きの一人は、こちらを認めるとニコリとした。薬草集めの時、泣き言を言うあたしを気遣ってふざけてくれたうちの一人だった。
「それでは我々はこれで」
そう気取った口ぶりで言って、殿下に腕の中の包を渡す。購買のテイクアウト用のサンドイッチ。もはや見慣れた光景だった。
「パシリ……」
「? 君は食堂へ行くところだったのか? 珍しいな」
「ええ。殿下はどちらへ?」
「連中に誘われていたんだが」と、既に手を挙げて去ろうとする取り巻き群に笑いを漏らして、あたしに続けた。
「……君を任せられたらしいな。一緒に食べないか」
しっかり二人分の包をこちらに見せて、いたずらっぽく笑う。あたしはくすぐったい気持ちで、「もちろん」と頷いた。
二人で連れ立って庭園のベンチに腰掛ける。サンドイッチを数口で食べ終えた殿下は、もたもたと口に運ぶあたしに飲み物を用意してきてくれた。恐縮して受け取るあたしの隣に再度座り、自分もカップを口に運びながら、器用に殿下は言った。
「クロッタ・ジルバ、一緒に過ごさないか」
あたしはきょとんと見返した。
「お友達としてですか?」
「他に何の意味があるんだ」
殿下は首をかしげてあたしをうかがう。
うーん……
ベンチに座った自分の膝を見つめて、素直なさみしさを込めて尋ねた。
「他の方ともご一緒されるのですか?」
「ああ、そういうことか」
熊よけの鈴としてなのか、それとも……という甘い期待をのぞかせるあたしの心を理解したようで、ユクシュル殿下は苦笑した。
「あまり意地の悪いことを言わないでくれ。君と二人でクロッタの祝いを見たいんだ」
その瞬間のあたしの喜びを、どんなふうに言葉にしたらいいだろう。
正直ちょっとうるっときた。
――少し調子に乗りすぎたのだと思う。
殿下の声がかかればホイホイとついていく。珍しいお菓子が届いたとか、面白い本があるぞ、とか。あたしが絵本を好きだったと会話の流れでこぼした一言を覚えていて、子供向けの物語を取り寄せてくれたりするのだ。それがくすぐったくて、嬉しくて、あたしは犬のように彼のあとについて歩いた。
体調も比較的良かったから忘れていた。今は春から夏に切り替わる、季節の変わり目。
あたしは熱を出し、まるまる三日授業を欠席した。
それでも三日目には熱も下がり、寝台に横になっているのにも飽きていた。「しっかり休め」と殿下にはお達しを受けていたけれど、ついつい、次のお茶会で振る舞う茶葉を選んでみたりして……。
やっと登校できた日の放課後、ドロシーベルが声をかけてきた。
取り巻きを連れて、あたしが体調不良で休んだ分のノートを見せてくれると言ってきたのだ。
「それは、助かるわ。ありがとう」
ドロシーベルの後ろから現れた一人の女生徒から、ありがたくノートを受け取る。その時、彼女の手がわずかに震えているような気がして再度顔を見ようとしたけれど、すぐに背中を向けられてしまう。
……怯えられているのかあたしは?
「……赤実のくせに」
いつの間にか隣にいたアリシオの呟き。一瞬あたしのことを言われたとおもってぞわりとする。
その視線は、去って行くドロシーの取り巻きを追っていた。
確かに授業が同じじゃないとノートは貸せないもんね。
「彼女たちは赤実なのね」
「あなたは無関心過ぎ」
言ったあとでアリシオはばつがわるそうに「やつあたりね」とため息をつく。
「いいえ、ごめんなさい」
「お嬢様は悪くないよ。ごめんね、私じゃノートは貸せないし、しかたないわ」
「それじゃあ、次からはお願いするわね。講義、起きて聞きましょう?」
「……」
「アリシオさん?」
「……うん……ええ、そうね」
何かおかしいとは思ったのだ。
けれど他の生徒が慌てた様子であたしを呼びにきて、アリシオは「いきなよ」と促すから、あたしは彼女から離れた。
何かと思えば殿下からの呼び出しであった。黒玉に在籍するとはいっても、この国の王子様を邪険にできる赤実の生徒はいない。
「誘いにきたんだ。今少しいいか」
「ええ、もちろんです」
その言葉に胸が踊る。お祭りの話だろうか。クロッタ・ジルバはついに来週に迫っている。
気遣いのできる殿下のこと、今回の件で心配させてしまったのかもしれない。それならなおのこと、知ってもらわなくては。この体がすっかり快気したことを。
だから迷わず、殿下に時間を献上することを決めた。
……アリシオにはたくさん友人がいるけど、あたしには殿下しかいないのだ。あたしが余計な気を回さなくても、彼女には他にいくらでも頼りになるあてがあるにちがいない。




