13あたしと王子様3
今回、見守る教師が全くいないわけではない。ないが、少ない。
スコラジルバは身分のある方の大事なお坊ちゃんお嬢ちゃんを預かる学園なので、奔放にさせつつも、危険があってはいけないのだ。
課外授業が地味な草集めというのも、何かイベントに参加したい生徒と、なるべく自由に遊ばせたくない学園側の折衷案なのだろう。
自由参加なので、あたしは出る気はなかったのだ。
なのに。
「平気か? 疲れたのなら休むか。リコリベージ」
「……お願いしますわ、ユクシュル殿下」
暑い。怠い。疲れた。
そんな言葉を飲み込んで、あたしは殿下が敷いてくれた上着に腰をおろした。無礼なのだろうが、気にする間もなく手を引いて誘導されたのだ。あたしは悪くない。
「すまないが、私は少しここにとどまる。君たちも休んでくれていい」
しかし、しかしである。
いくら王子の差し金とはいえ、あたしの本意でないとはいえ、このざまは。
あたし以外の参加者の成果はそれはもうすごかった。籠いっぱいに詰め込まれた薬草の類は、彼らの目利きと集中力と体力、なにより努力のたまものである。あたしがこうしてたびたび足を止めなければ、彼らは籠ひとつどころではない成果をあげたはずだ。
「あの」
「どうした?」
「私は一人で休めます。どうか皆様はお気になさらないでください。私が足を引っ張るせいで、ただでさえご迷惑をおかけしているんですもの」
集まる視線を受け止めきれずに、目線を下げる。
「本当に、ごめんなさい」
……
沈黙である。だよね。だーよーねー!
もう帰れって感じだよね。知ってる。知ってた。王子のおまけだからぞんざいにはできなくて、しかたなく連れて歩いてるけど、ちょっと歩いてはすぐ休み、歩き出したかと思えばまたフラフラ、危なっかしくてじゃまでしかたないだろう。
帰ろうかな。帰らせてもらおうかな。王子も呆れたんじゃないだろうか。どんだけ体力ないのって。このもやし女が、使えねえなって。しかもやっと口を開いたかと思えば飛び出す発言はなんか卑屈だし。
あたしの根暗! 根暗もやし!
情けなくてちょっと死にたかった。
「あなたが気に病まれることはありません。リコリベージ様」
「そうです、我々は男です。深窓の令嬢と同じように疲れなくて当然なのです」
「え? あ、あの」
「しかし……そうだな、一言お声がけ頂ければ、これ以上ない力が発揮できるでしょう。どうでしょう、我々にお言葉を賜われますか?」
お言葉。
あたしは戸惑って彼らの顔を次々に見つめた。全員が期待の眼差しである。
え、えっと……
が、
「頑張ってください……?」
「はっ、姫の直々のお達しであれば、必ずや殿下に勝利を捧げましょう」
そういうと、他の参加者と一緒に意気揚々と走り去った。
「君が餌になってどうする」
「エサ……?」
「わざとでないことを祈るよ」
なんだ、なんで私が「困ったやつ」みたいに、ため息をつかれているのだ。
えー、ちょっと、ええー……。
殿下以下のご活躍により、あたしのチームは見事一位を獲得した。たかが薬草集めだが、されど薬草集めである。それなりの技術と根性が必要であることは、既に目の当たりにしたあとだったので、同チームながら内心惜しみない拍手を送っておいた。あたしには「表彰なんてうんざりだよ」って顔をしていた殿下も、代表として教師に名前を呼ばれ、まんざらでもなさそうだ。
チョロい。
クロッタの支度も生徒の数少ないお仕事のひとつだ。その内容といえば、赤実は摘んできた薬草をちぎったり、干したり、燻すための器具を運び出したり組み立てたり、それなりに働く。黒玉はその監督である。お茶をのみながら、日陰で、優雅に、眺めている。
準備は自由参加なので、一部の黒玉の生徒は別に無理に出てこなくたって、屋内で茶をしばいていればいいのだが、そこはまあ若者のさがというか、何かしら祭に携わっていたいのだろう。
赤実だって強制ではないのだ。それなりに楽しんで自主的にやっている。
あたし?
あたしはなぜか、黒玉の生徒のこさえた簡易のテーブルセットのひとつに腰を据えていた。めまいをこらえながら。
「……本当に体が弱いんだな」
やめてそんな目で見ないで。
あたしってこんなに貧弱だったろうか。いや、そりゃあ生まれてこの方、もやしっ子だけど。それにしたってここまでだっけ? こんな、お天道様に嫌われてるのかってレベルだったっけ?
「……すみ、ません」
「昨日の疲れがあるのだろう」
王子様は、ちょっと不機嫌そうだった。うん、ごめんね。ごめんね。あたしよね、悪いのはホイホイついてきたあたし。
別に断ったって良かったのだ。
昨日のあたしの役立たずぶりから、無理に連れ出されることはないだろう。
だけど、だけどさ。
「辛ければ断ってくれて構わないが……」なんて、すまなそうに、あたしを気遣うような断りを入れた上での誘いだったのだ。
上から目線で「当然くるよな?」ってお達しだったなら、あたしは120パーセントの元気が有り余っていても、青い顔で咳き込む演技だってしてみせたかもしれない。
だけどそうじゃなかった。
あたしはこの人に「利用される」立場のはずだ。なのに全くその用を果たせないばかりか、心配されるような体たらくなのだ。
そう思うと、悔しかったから。
……名目ばかりの友人だけど、誘われて少しだけ嬉しいのが、また、ホントに悔しくて。
そう、ノコノコと出てきてしまったのだ。
この初夏の強い強い日差しの中にね!!
笑いたくば笑え。
「その、人目が嫌でなければ……」
「……」
「……おい」
あたしって、なんなのだろう。マゾなの? ドMなの?
「リコリベージ」
「え?」
焦りのにじむ声に、不意をつかれた。ぼけーとするあたしを、麗しのユクシュル殿下のご尊顔が覗き込んでいる。結構な近距離で。
「っ! え、ええと、殿下?」
「無理するな。良くならないのなら、抱えて帰る」
元を返せば、君は私に騙されたようなものなんだから。
苦い表情に、そんなつぶやきをのせて。
心臓がぎゅっとなる。考える前に言葉が漏れた。
「……私が了承すると、思われなかったのでしょう」
「……」
「私は、とても嬉しかったのです。あんな風に言っていただくの、初めてでしたから」
だから、気にしないでください。ぼっちに、お飾りでも友人の位置を与えてくれたんだから。
いいんだ、別に。
そんな苦しそうな顔をされては、内心のモヤモヤも罪悪感に変わるってものだ。
うむ。あたしの広い心に感謝するといいのです。
「その、リコリベージ。もし、君がよければ」
「なんでしょう」
「またこうして、私と話をしないか」
「……それは、殿下、もちろん」
何を改めて、と思ったあたしを見透かしたのだろう。殿下は少し乱暴に首を横に振った。
「つまり、誰の目があるとか、そういう事情抜きに……友人として君と話したいということだ」
伝わるか? と不安そうに瞳を揺らす。
あたしは。
あ、あた、あたたあたしは。
「おい、聞いているか? リコリベージ? 顔が赤い……陽にあてられたのか。すまない、今人を……」
「ま、待って……」
勢い立ち上がってあたしのそばへくると、今にも抱え上げそうな殿下の腕に触れる。
「君は遠慮する必要はない」
あたしは声を絞り出す。
「あ、その、……恥ずかしかっただけなのです」
「恥ずかしい? 病人を運ぶのは当然だろう」
「いえ、そうではなく……」
いや運ばれるのももちろん恥ずかしいですけど。
「その、嬉しくて……顔が熱くなっただけて、身体はなんともないのです」
殿下はやっと私の状態を察したらしく、パッと体を引っ込めた。
「そ、そう、なのか……」
「は、はい……」
……わー! わーーーー!!!!
「私は君に明かさなければならないことがある」
飲み物を運んできた侍従が下がるのを認めて、殿下は口を開いた。あたしは未だ落ち着かない心臓を隠して、先を促す。
王子様の瞳が決心をかためてこちらを向いた。
「私がここへ転入したのには理由がある。目的があるんだ。……だが、それを君に明かすことはできない」
あたしが頷くと、殿下は続ける。
「そのために学園において不自然であってはならない。だが、常にひとりでいると不審だろう。社交性が未熟だと思われても癪だしな。君ならば、身分も人となりも、不足がないと感じた。……私は信頼されたい」
すごくあけすけに話をするのだ。
「君を不快にさせている自覚はある。君の良心につけ込むような真似をして、今も内実は伝えられないというのは、不誠実だろう。だから、断ってくれても構わない」
「ひとつ、お尋ねしてもよいですか」
「聞いてくれ」
「ご友人なら、自然と集まるのではないですか?」
「私は彼らを信用できない。王家の威光を前に己の誇りを曲げるような手合いに次々与えられるほど、私の財は多くない」
ふん、と鼻をならしてそう言った。
なるほどそれで、あたしの身分がどうこうにつながるのだな。
「得心いたしました」
「それで?」
「お引き受けいたします。けれど、もう十分ご存知のとおり、私は本当に何のお役にも立てません」
「構わない。陛下に友人を尋ねられたら君の名前をあげるが、それだけだ。恩に着る」
それくらいなら、とあたしはほっとした。
「ところで、一応私は君に借りができる。なにか望むことはないか」
「ございません」
「本当に、構わないのか」
あたしは微笑む。
「申し上げましたとおり、私は喜んでいるのです」
「恩に着る。また何かあれば言ってくれ」
やっぱり、チョロイ。
このまっすぐさがあれば、信頼できる友人なんていくらでも作れるだろうに。




