第1話 プロローグ
ボス部屋の中央で、俺はそいつと向き合っていた。
オークジェネラル。
身の丈は三メートル近いはずだ。漆黒の毛皮は鈍く光り、全身に刻まれた傷跡が嫌でも目に入る。
大斧を構えたその姿は、どう見ても「化け物」という言葉では足りない。
ジェネラル単体ならまだマシ?お供が居なければ大したことない?
そんなはずが無いだろう。
身の毛もよだつこの圧倒的な存在感。否が応でも格の違いという物を思い知らされる。
単身で挑むなど、どこぞの英雄が、自己顕示の為か純粋な収益重視でやる行為だ。
にも関わらず、英雄どころか末端に近い俺が今、そのジェネラルと単独で対峙している。
学校の実習でパーティを組んだことは何度もあった。だがいつも上手くいかなかった。
それは俺が他の連中に比べて、スキルも技術も劣っていたのが理由だというのは分かっている。
それでも冒険者に憧れ、冒険者学校の門をたたいた以上、諦めるという選択肢は無かった。
故にソロ。それが最終的に選んだ俺の答えだった。
それでも必死に剣を振り続けたことにより、身に着けることが出来た剣術というスキルのお陰で、不意打ちながら怪我をして彷徨っていたオークを相手に一度だけだが勝つことができた。
その程度の実績しかない俺が剣術スキル一つで、オークジェネラルに正面からソロで挑む。
誰が聞いても鼻で笑うだろう。
俺だって、他人がそんな無謀な挑戦をすると聞いたら、正気を疑う。
ソロでオークを倒せるなんて凄いと言われた。だがそれでも俺は満足できなかった。
だから挑むことにした。
そう、目の前にいるオークジェネラル……に?
あれ?待って?なんで俺こんなところに居るの?
だから、オークを倒せれば十分凄いんだって。なのになぜ俺はジェネラルに挑んでるの?
え?全く記憶に無いんだけど?
俺、どうやってこんなところまで来たんだ?
目の前の化け物と視線が合った。
その瞬間、冷水を引きちぎられたような戦慄が背筋を駆け抜けた。
――俺の身体は勝手に動いていた。
持っているのは、使い古された一本の鉄の剣だけ。盾はない。重い盾はソロの機動力を殺す。そう割り切っていたが、いざ大振りの大斧が眼前に迫ったとき、その選択を血を吐くほど後悔した。
「ガアアアアッ! 」
空気を引き裂く咆哮とともに、大斧が振り下ろされる。
待って。いや、本当にちょっと待って!!
大斧を受けるのは不可能だ。鉄の剣ごと頭蓋を叩き割られる。俺は無様に地面を転がり、間一髪でその一撃をかわした。直後、凄まじい衝撃波と爆音。俺がさっきまでいた石床が、蜘蛛の巣状に粉砕されていた。
まともに喰らえば即死するだろ……!
心臓が早鐘を打つ。冷や汗が目に入って染みた。
オークジェネラルは信じられない速度で巨体を翻し、次の一撃を放ってくる。防具の薄さを活かした死に物狂いのステップで、紙一重の回避を繰り返す。風圧だけで皮膚が裂けそうだ。何度も体勢を崩しかけ、その度に「死」の二文字が脳裏をよぎる。どう考えても無謀だ。挑戦なんかじゃない。ただの自殺志願だ。
だが、極限まで集中していたのか、偶然にも奇跡が起きる。
大斧を大振りに振り抜いた瞬間、奴の懐に一瞬の隙が生まれた。残されたスタミナのすべてを両足に込めて地を蹴る。間合いの内側へ。肉薄する。
「おおおおおっ! 」
喉がちぎれるほどの叫びとともに、破れかぶれの気持ちで鉄の剣を突き出した。狙うは唯一、硬質な毛皮に覆われていない、分厚い首の皮膚の隙間。手応えは鈍く、そして重い。肉を裂き、骨の隙間をすり抜け、剣先が深々と吸い込まれていく。
オークジェネラルが苦悶の声を上げ、最後の力で俺を殴り飛ばそうと太い腕を振り上げた。
しまっ――
だが、それよりも早く、奴の巨体から力が抜けた。
ドサリ、と。世界から音が消えたかのような静寂の中で、巨躯が崩れ落ちる。
気がつけば、俺は自分の足で立っていられなくなっていた。カラン、と乾いた音を立てて、手から鉄の剣がこぼれ落ちる。
「はぁ……っ、はぁ、はぁ……! 」
膝から崩れ落ち、そのまま石床にペタンと座り込む。
……え? 嘘?
ジェネラル倒したの、俺?
全身の筋肉が痙攣するように震えていた。アドレナリンが引いていくと同時に、鉛のような疲労感が一気に押し寄せてくる。体を確認する。大斧の風圧でかすり傷は無数にあるし、転がったときの打撲はある。だが、骨は折れていない。四肢も動く。大きな怪我は、奇跡的になかった。
「……生き、てる」
ぽつりと呟いた声が、誰もいないボス部屋に虚しく響く。
勝った歓喜よりも先に、ただただ、終わったという安堵が、精魂尽き果てた俺の心を支配していた。もう、指一本動かしたくない。俺は荒い呼吸を繰り返しながら、冷たい床の上でしばらく動けずにいた。
するとオークジェネラルは光の粒子に包まれて消えていくとともにドロップアイテムを残していく。
そこには……なにこれ?
普通なら、持っていた大斧や、肉、毛皮や睾丸と、併せて魔石が落ちているはずなのだ。
だが、そこには眩いばかりの光を放つ不思議な靄が有るだけだった。
ドロップアイテムはどこだ?
死にそうになりながら、初めてジェネラル倒したのに魔石すら無しは酷くない?
それとも、この靄の中に何かあるのか……?
吸い寄せられるように、俺は座り込んだまま恐る恐る手を伸ばしてみる。すると、その靄は俺の身体に吸い込まれるように消えていくのだった。
え? え? 何今の?
意味が分からずに俺は困惑のまま、その場で呆然としていたのだった。
……と、いう夢を見た。
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