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お嬢様の本音

その夜。


エレオノーラは自室のバルコニーにいた。


夜風が、銀色の髪を揺らしている。


「お嬢様」


「マリアンヌ」


侍女長が近づいた。


「眠れませんか?」


「少しね」


「アルフォンス様のことでしょうか」


エレオノーラは苦笑した。


「……分かってしまう?」


「お嬢様のことですから」


マリアンヌは隣に立つ。


しばらく、二人は黙っていた。


「マリアンヌ」


「はい」


「結婚って、何だと思う?」


マリアンヌはすぐには答えなかった。


「難しいご質問ですね」


「そうよね」


エレオノーラは空を見上げた。


「私は、ずっと政略結婚をするものだと思っていたわ」


「はい」


「公爵家の娘だから」


「はい」


「好きな人と結婚できなくても仕方ないって」


マリアンヌは口を挟まず、ただ聞いていた。


「でも」


エレオノーラは俯いた。


「……少しくらい」


その声は、とても小さかった。


「大切にされてもいいんじゃないかって」


マリアンヌの手が震えた。


「お嬢様」


「私、贅沢かしら?」


「いいえ」


返事は一瞬だった。


「そのような願いを贅沢と呼ぶ者がいるなら、私が訂正してまいります」


「訂正って……」


「言葉で済めば、言葉で。済まなければ、それなりの方法で」


「マリアンヌ」


「冗談でございます」


「今の間は何?」


「お嬢様の気のせいです」


エレオノーラは困ったように笑った。


マリアンヌは、今度こそ穏やかな声で言った。


「愛されたいと思うことは、当たり前のことでございます」


エレオノーラの目に涙が浮かんだ。


「……でも」


「はい」


「私が我慢すれば、両家にとっては良い結婚になるわ」


マリアンヌは目を閉じた。


そして、静かに言った。


「お嬢様」


「なに?」


「少々、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」


「時間?」


「はい。お嬢様の未来について、私どもで検討してまいります」


「何をするの?」


「お嬢様が我慢なさらずに済む方法を探します」


「……?」


「どうか、今夜はお休みくださいませ」


その夜。


マリアンヌは会議室へ向かった。


扉を開ける。


「皆さん」


そこには、すでに九人がいた。


「お嬢様が泣きました」


沈黙。


マリアンヌは椅子を引き、静かに腰を下ろした。


「作戦を開始します」


十人が立ち上がった。


「目標」


マリアンヌが告げる。


「アルフォンス・フォン・レイヴァンとの婚姻を阻止します」


「手段は?」


ヴィクトルが尋ねた。


「合法的なものを優先します」


「優先、ですか?」


「必要であれば、合法性の境界について検討します」


「検討だけにしてください」


「善処します」


マリアンヌは全員を見渡した。


「ただし、お嬢様に迷惑をかけないこと」


「死人は?」


「駄目です」


「怪我人は?」


「できれば無し」


「侯爵家の精神的損害は?」


マリアンヌは少し考えた。


「……それは、やむを得ません」


「了解しました」


こうして、作戦は始まった。



第四章 侍女五人、侍従五人


最初に動いたのは、侍従のレオニスだった。


「侯爵令息の借金について調査します」


「一人で?」


「問題ありません」


「なぜ?」


「以前、王国軍の情報部に所属しておりましたので」


「……侍従になる前は何をしていたんですか?」


「お答えできません」


「機密ですか?」


「機密です」


三日後。


レオニスは分厚い書類を持って帰ってきた。


「報告します」


「どうぞ」


「アルフォンス・フォン・レイヴァンの借金。正確な金額、三万七千二百金貨です」


「増えていませんか?」


「調査中にも増えました」


マリアンヌは眉を上げた。


「それは、ある意味で才能ですね」


「褒めないでください」


「褒めていません」


次に、侍女のアリスが動いた。


彼女は王都の社交界に詳しかった。


「愛人を調べました」


「何人?」


「十八人です」


「増えましたね」


「増えました」


「どうして?」


「最初の調査が甘かったようです」


「そうですか」


アリスは続けた。


「そのうち十人が、結婚を約束されたと思っています」


「……」


「さらに三人は、妊娠した可能性があります」


部屋が凍った。


「確実に?」


「現在、確認中です」


「もし本当なら?」


「婚約どころではありません」


マリアンヌは書類を閉じた。


「非常に有用な情報です」


「何度も言いますが、喜んでいるわけではありません」


「承知しております」


そして、侍女クラリス。


「違法賭博場について調べました」


「危険では?」


「少々」


「怪我は?」


「私はありません」


「あなたは?」


「相手には、多少」


「何をしたんですか?」


「何もしておりません」


「その答えは信用できませんね」


ヴィクトルが淡々と呟いた。


「同感です」


侍従のダリオが続ける。


「アルフォンス様は、侯爵家の金にも手を出しています」


「横領?」


「現時点では、疑いです」


ヴィクトルが書類を確認した。


「証拠は?」


「あと二日いただければ」


「お願いします」


「承知しました」


残る侍女と侍従たちは、王宮、貴族たち、商人、そしてレイヴァン侯爵家の使用人たちから、静かに情報を集めていた。


そして十日後。


会議室の机は、書類で埋まった。


「……」


マリアンヌは書類を見た。


「どう思います?」


ヴィクトルが尋ねる。


「正直に申し上げますと」


マリアンヌは珍しく言葉を選んだ。


「ここまで酷いとは思っておりませんでした」


「私も同感です」


ヴィクトルは眼鏡を外し、疲れたように目元を押さえた。


「これは婚約者というより、処理すべき案件ですね」


「お嬢様」


マリアンヌは静かに言った。


「こんな男と結婚するおつもりだったのですね」


「止めましょう」


ヴィクトルが即答した。


「ええ」


マリアンヌは立ち上がった。


「全力で」


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