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30歳、売れない元バンドマン。ダンジョン配信のBGM係になったら、Sランク美女たちの攻撃と「神曲」がシンクロして世界中でバズった件  作者: U3
第1章:爆音のプレリュード

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第1話 30歳、荷物持ち。夢の終わりと始まり

「ありがとうございましたー」


 自動ドアが開く電子音に合わせて、俺は条件反射で声を出す。

 深夜3時のコンビニエンスストア。客足はまばらで、店内に流れる安っぽいジャズのアレンジBGMだけが、やけに耳についた。

 ベースラインが死んでいる。打ち込みの安直なリズムだ。もっとグルーヴを感じさせるタメがあれば、この深夜の空気も少しはマシになるだろうに。


 そんなことを考えても、今の俺にはフェーダーをいじる権利もなければ、楽器を構える場所もない。


 俺の名前は近藤菊雄。今年で30歳になる。

 職業はフリーター。より正確に言えば、Fランク探索者兼、コンビニの夜勤アルバイターだ。


「……菊雄さん、廃棄の弁当片付けといてください」

「ああ、分かった」


 バックヤードから顔を出した店長に指示され、俺は期限切れの弁当をカゴに放り込んでいく。

 店長は22歳。大学を卒業したばかりの新卒社員だ。真面目だが、年上のアルバイトである俺に対してどう接していいか分からないらしく、いつも微妙に敬語が混じる。


 賞味期限切れ。

 ラベルの日付を見ながら、俺は自嘲気味に笑った。

 それはまるで、俺の人生そのもののようだった。


 かつて、俺には夢があった。

 ベースギター一本で世界を変える。武道館を揺らす。そんな青臭い夢を、20代のすべてを費やして追いかけた。

 そこそこ人気は出た。インディーズチャートに入ったこともあった。メジャーデビューの話だって、一度や二度じゃなかった。

 だが、現実は残酷だ。

 デビュー直前、ボーカルの失踪。事務所の倒産。権利関係のトラブル。

 残ったのは多額の借金と、「元バンドマン」という履歴書の空白期間だけ。


 楽器はほとんど売り払った。

 最後に手元に残ったのは、値段がつかなかった安物のベースと、いくつかの古い音響機材、そして無駄に鍛えた「機材運び」由来の体力だけだ。


「はぁ……」


 重い溜息をつきながら、バックヤードの隅で廃棄弁当を食らう。

 冷え切った唐揚げの油が、疲れた胃袋に重くのしかかる。

 30歳。独身。貯金なし。

 これが、かつて「音楽で世界を救う」と豪語していた男の成れの果てだ。


 夜勤明け。仮眠を取る暇もなく、俺は次の現場へと向かった。

 都内に無数にあるダンジョンの一つ、『新宿第3迷宮』。

 ここが俺のもう一つの職場だ。


 探索者といっても、俺は剣を振るうわけでも魔法を放つわけでもない。

 Fランクの底辺職、「ポーター」だ。


「おいオッサン! 遅えよ!」

「悪い悪い。電車が遅れてな」

「チッ、これだからFランクは……ほらよ、これ全部持て」


 集合場所に着くなり、リーダー格の若造――金髪にピアスの大学生風探索者――が、巨大なリュックを俺に投げつけてきた。

 中にはポーションや予備の武器、食料、テントなどが詰め込まれており、総重量は60キロ近い。


「重いな。今日は随分と詰め込んできたんじゃないか?」

「当たり前だろ。今日こそ中層まで潜って配信映えさせるかんな! 視聴者稼ぐぞー!」

「うぇーい!」


 若者たちが騒ぎながらダンジョンのゲートをくぐる。

 俺は無言でリュックを背負い直し、彼らの後を追った。

 背骨が軋む音がする。だが、バンド時代に巨大なアンプを何台も運んだ経験が、俺の足腰を支えていた。


 彼らの背中を見ながら、俺は頭の中で好きな曲を再生する。

 今日はニルヴァーナの『Smells Like Teen Spirit』だ。気怠くて、暴力的で、今の俺の気分にぴったりだった。


 ダンジョン内での探索は、予想通り酷いものだった。

 彼らのパーティ『ゴールデン・エッグス』の連携はバラバラだ。

 前衛の剣士がリズムを無視して突っ込み、魔法使いは詠唱のタイミングを合わせられず、ヒーラーは回復の優先順位を間違えている。


(……リズムが悪い)


 俺は眉をひそめた。

 音楽には「グルーヴ」があるように、戦闘にも「流れ」がある。

 敵の攻撃パターン、味方のスキルクールタイム、呼吸、間合い。それらが噛み合った時、パーティはオーケストラのように機能する。

 だが、こいつらは酷い。

 それぞれの楽器が好き勝手に爆音を鳴らしているだけの、騒音だ。


 俺ならここでBPMを落として、ベースラインで全体を落ち着かせるのに。

 あるいは、ドラムのフィルインを入れて、攻撃の合図を出すのに。


「おいオッサン、水!」

「はいよ」

「魔石拾っとけよ、取りこぼすな」

「分かってる」


 そんなことを考えても、今の俺には指示を出す権利すらない。ただの荷物持ちだ。口を出せば「生意気だ」と蹴られるのがオチだ。


 数時間の探索の末、彼らは浅層のボスにも到達できずに撤退を決めた。

 無理に突っ込んで罠にかかり、ポーションを浪費し、装備を破損させた結果だ。

 当然、赤字である。


「あーあ、マジ使えねー。オッサンがトロいから調子出なかったわ」


 地上に戻った瞬間、リーダーの男が吐き捨てるように言った。


「運が悪かったな。次はもっと慎重に行けば……」

「次? ねえよバーカ。悪いけどオッサン、今日でクビな」

「……は?」

「だってそうだろ? 動画の再生数伸びないのは、画面の端にむさ苦しいオッサンが映り込んでるせいだし。やっぱ若くて可愛いポーターの子探すわ」


 男は財布から千円札を数枚取り出し、俺の胸に押し付けた。


「ほらよ、手切れ金。約束より少ないけど、俺らも赤字だから文句ねえよな?」


 そう言って、彼らはヘラヘラと笑いながら去っていった。

 俺は呆然と立ち尽くし、地面に落ちた数枚の紙幣を拾い上げた。

 日給4000円。

 交通費と食事代を引けば、手元にはほとんど残らない。


 夕暮れの新宿。

 ビルの隙間から見える空は、泣きたくなるほど綺麗な茜色だった。

 30歳。職なし。貯金なし。夢なし。

 プライドすら、擦り切れて消えかけていた。


「……煙草、切れたな」


 空になったソフトパックを握りつぶす。

 俺の人生、これからどうすりゃいいんだろうな。

 コンビニの廃棄弁当を食って、若造に頭を下げて、小銭を稼いで死んでいくのか。


 とぼとぼと駅へ向かって歩いていると、ポケットの中のスマホが震えた。

 探索者専用のマッチングアプリからの通知だ。

 どうせまた「誰でも歓迎! 死んでも自己責任!」みたいな地雷案件だろう。

 無視しようかと思ったが、指が勝手に画面をスワイプしていた。


『【急募】Sランク探索者・村上環の専属ポーター募集。

 業務内容:ダンジョン探索における荷物運搬、および雑務全般。

 必須スキル:口が堅いこと。体力が人並み以上であること。空気が読めること。

 報酬:相場の3倍。

 面接日時:本日19時。場所:新宿駅東口広場』


 俺は足を止めた。

 村上環。

 探索者業界でその名を知らぬ者はいない。「剣姫」の異名を持つ、国内最年少Sランクの天才アタッカーだ。

 テレビのCMにも出ているし、街中のビジョンでは彼女の戦う姿が流れている。

 そんな雲の上の存在が、なぜこんなマッチングアプリで直々に募集を?


「……詐欺か、ドッキリか」


 普通なら、大手クランが専属のサポートチームを用意するはずだ。

 こんな野良の募集に頼るなんて、訳ありの匂いしかしない。


 だが。

 俺の視線は「報酬:相場の3倍」という文字に釘付けになっていた。

 借金の返済日が近い。このままだと、大事なベースまで手放すことになるかもしれない。それだけは避けたかった。


「……行くしか、ないか」


 どうせ失うものなんて何もない。

 俺は携帯灰皿に吸い殻を押し込み、踵を返して東口へと向かった。


 19時。新宿駅東口広場。

 待ち合わせの人々でごった返す雑踏の中で、俺は彼女を探した。

 Sランク探索者がこんな人混みに堂々と立っているわけがない。どこかのカフェにでもいるのだろうか。


 そう思ってスマホを取り出そうとした時だ。


「……そこの、髭の人」


 背後から声をかけられた。

 凛とした、だが周囲に聞かれないよう抑えられた声。

 振り返ると、柱の陰に一人の女性が立っていた。

 深く帽子を被り、黒縁の伊達メガネをかけている。服装も地味なパーカーにデニムと目立たない格好だ。

 だが、隠しきれないオーラがある。

 モデルのように長い手足。帽子からはみ出した艶やかな黒髪。そしてメガネの奥で光る、宝石のような瞳。


 間違いなく、村上環本人だった。


「あの……ポーター募集を見て来た者ですが」

「声が大きい」


 彼女は鋭く俺を制した。

 俺は慌てて口を噤み、周囲を警戒する。幸い、誰も彼女の正体には気づいていないようだ。


「近藤菊雄です。Fランク探索者で、ポーター歴は3年になります」

「年齢は?」

「30です」

「ふうん……」


 彼女は俺の全身をジロジロと眺めた。

 値踏みされている。

 ヨレヨレの古着Tシャツに、履き潰したスニーカー。無精髭に、伸びた髪。

 Sランクの隣を歩くには、あまりに薄汚い風体だ。不合格だろうな、と俺は諦め半分で思った。


「……ついてきて」

「え? 面接は?」

「これからやるのよ。実地試験」


 彼女は言うなり、雑踏の中へと歩き出した。

 その歩く速度が、異常に速い。

 競歩のようなスピードで、人を避け、隙間を縫うように進んでいく。


「おっと……」


 俺は慌てて後を追った。

 これは、ただの移動じゃない。

 彼女は試しているんだ。この人混みの中で、彼女を見失わず、かつ彼女の邪魔をせずに追随できるかを。


(……テンポが速い。BPM140くらいか)


 俺は意識を切り替えた。

 これはライブだ。彼女がリードギターで、俺はそれを支えるベース。

 彼女が右へ動けば、俺はその一瞬後に右へ。

 彼女が人を避けるために減速すれば、俺も同じタイミングで減速する。

 近づきすぎず、離れすぎず。常に斜め後方45度、1.5メートルの距離をキープする。


 アルタ前から歌舞伎町方面へ。

 無秩序に人が行き交う混沌としたリズムの中で、彼女の背中だけが明確なビートを刻んでいた。

 俺はそのビートに同調し、無心で足を動かした。


 やがて、人通りの少ない路地裏に入ったところで、彼女は唐突に足を止めた。

 俺も、ぶつかる寸前でピタリと止まる。


「……合格」


 彼女は振り返り、伊達メガネの位置を直しながら言った。


「は?」

「採用よ。近藤さん」

「い、いやいや、早すぎませんか? 履歴書も見てないし、ここまでの移動だけで……」

「それが大事なの」


 環は真剣な表情で俺を見据えた。


「私、今までのポーターを全員クビにしたの」

「全員?」

「ええ。みんな、私の邪魔をするから」


 彼女の声に、苛立ちと諦めが混じる。


「ダンジョンの中も、さっきの人混みと同じ。私の動きについてこれない。私のテンポを乱す。Sランクのパーティメンバーですらそうだったわ。だから私はソロになった」

「……なるほど」

「でも、ソロだと荷物が持てない。ドロップ品を拾っていると流れが止まる。だから、私の邪魔をせず、空気のように気配を消して、でも必要な時は私の手足となって動ける人が必要なの」


 彼女は一歩、俺に近づいた。


「貴方は今、一度も私の歩調を乱さなかった。人混みの中でも、私の呼吸に合わせて完璧な距離を保っていたわ」


 ……職業病だ。


 バンドマン時代、暴走するドラマーや自分勝手なボーカルに合わせてリズムを修正し続けてきた経験。

 それが無意識に出ていたらしい。


「貴方にはリズムがあるわ。私にとって心地よいリズムが」

「リズム、ですか」

「ええ。だから採用。給料は今の3倍出すわ。その代わり――」


 環は俺の目を真っ直ぐに見た。

 その瞳には、Sランクとしての自負と、隠しきれない切実な色が混ざっていた。


「明日の配信、絶対に成功させなさい。私の『剣』が錆びついていないことを、世界中に証明するの手伝って」


 3倍の給料。Sランクの専属。

 断る理由はなかった。それに何より――彼女のその必死な瞳が、かつての自分と重なって見えたから。


「……了解です、ボス。荷物持ち兼マネージャーとして、精一杯やらせてもらいますよ」


 俺が苦笑いしながら答えると、環は少しだけ表情を緩めた。


「よかった。じゃあ、明日は朝8時にここに集合ね。遅刻したら罰金だから」

「へいへい」

「あと、一つだけ命令」


 彼女はバッグから分厚い封筒を取り出し、俺に押し付けた。

 ずしりとした重み。中を見なくても分かる、札束の感触だ。


「……なんですか、これ」

「契約金の前払い。支度金よ」

「支度金?」

「その格好、なんとかして」


 環は俺のヨレヨレのTシャツと、薄汚れたスニーカーを指差した。


「Sランクの専属がそんなみすぼらしい恰好じゃ、私の品格に関わるわ。明日の朝までに、マシなジャケットとシャツ、あと靴を買ってきなさい。清潔感のあるやつをね」

「はあ……。随分と気前のいいボスだ」

「言ったでしょう? 見た目も実力のうちだって」


 彼女は踵を返すと、雑踏の中へと消えていった。

 手元に残された封筒の重み。

 俺は中身を確認して、思わず乾いた笑い声を漏らした。

 これだけで、借金の一部が返せてしまいそうな額だ。


「……ジャケットか」


 久しぶりにまともな服を買うことになる。

 俺は封筒を懐にしまい込み、駅ビルの方角を見上げた。

 30歳、元バンドマン。

 どん底で停滞していた俺の人生のB面が、唐突に回転し始めた音がした。

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