1-7 回想
魔族本部の混乱した廊下を歩いていると、
太郎はふいに足を止めた。
(……ここ、昔のうちの会社にそっくりだ)
その瞬間、意識が自然と現世へ戻っていった。
太郎が係長をしていた頃、会社は「ブラック時代からの脱却」まさに真っ只中だった。
古い価値観の中堅以上と、
働き方改革世代の若手がぶつかる毎日。
上は「昔はもっと厳しかった」と言い張り、
下は「注意されること自体が怖い」と感じてしまう。
その間に挟まれていたのが太郎だった。
(あの頃、本当にどう言えばいいのか悩んでたな……)
「係長……すみません。
これ、ちょっと難しくて……言い出せなくて……」
不器用だが真面目な新人、山下。
ミスを恐れ、相談すらためらうタイプ。
「怒られると思って、言えませんでした……」
太郎は苦笑した。
「難しいって思った時点で言ってくれた方が助かるよ。一緒にやり方を考えよう」
「怒らないんですか……?」
「怒る理由はないよ。
できないなら、できる手順を作ればいい」
山下はほっとした顔をした。
その表情を、太郎は今でも忘れていない。
しかし裏では、上司にこう言われていた。
「太郎、お前は優しすぎる。
厳しくしないと若手は育たんぞ」
(……厳しさだけで育つなら苦労しないって)
本音ではそう思ったが、
対立しても意味がないと分かっていた太郎は、
「様子を見ながらやってみます」
そう返すのが精いっぱいだった。
ある日の帰り際、山下が駆け寄ってきた。
「係長! 今日の作業、全部一人でできました!」
「お、すごいな。本当によく頑張ったな」
「係長が最初にちゃんと話を聞いてくれたおかげです」
太郎は首を振った。
「俺は何もしてないよ。
山下ができるようになるまで続けただけだ」
山下は真剣な目で言った。
「違います。
言ってもいいんだって思わせてもらえたのが一番大きかったんです」
その言葉が太郎の心に深く残った。
(俺ができたことなんて、本当に些細だ。
でも……誰かに必要とされる瞬間って、確かにあったんだよな)
太郎は、自分を「特別な人間」だとは思っていない。
ただ、目の前の人を放っておけない係長だった。
「太郎さん?」
ミラの声で、太郎は魔族本部に意識を引き戻された。
「あ、いえ……少し昔のことを思い出してました」
(異世界で何ができるのかなんて、正直分からない。
だけど……あの時みたいに誰かの話を聞くくらいなら、俺にもできるはずだ)
そう思った瞬間、頭の角がわずかに揺れた。
太郎は慌てて押さえ、苦笑するしかなかった。
(頼むから……余計な誤解を生む揺れ方はしないでくれよ)
太郎はミラの後に続いて歩き出した。




