4-9 前哨地の混乱
森が途切れ、赤い光がちらついた。
焚き火だけの色じゃない。
魔力灯の揺らぎが、夜明け前の空を不自然に照らしている。
「前方、前哨地です!」
偵察役の声が響くと同時に、
太郎の胸へ、冷たいものが落ちた。
(……もう、ここから先なんだ)
前哨地は混乱していた。
倒れかけた柵。
焦げた地面。
薬草の匂いと鉄の匂いが、夜の空気に混じっている。
治療テントでは魔力陣が点滅し、
担架がひっきりなしに運ばれていく。
「治癒班、もう限界です! 交代はまだか!」
「回復薬が底をつくぞ! さっきの便はどうした!」
怒号が次々と飛び交う。
太郎は思わず足を止めた。
空気が重い。
息がしづらい。
まだ戦場じゃないのに、これだ。
少し奥では、壊れた装備が荒く積まれている。
槍の柄は折れ、
盾の縁は焼け焦げ、
回復薬の箱が潰れて内容物が漏れていた。
(第二小隊より……ずっとひどい)
そう思った瞬間、胃の奥がひきつった。
「第一小隊補充組、こっちだ!」
ガルドの声が響く。
昼間よりさらに硬い声だった。
「荷車は全部か。」
「魔導車三台、魔獣車二台、全て到着しています!」
報告を聞いたガルドは、積まれた物資の山へ目を向ける。
「……あの積み方は誰だ。
戦場で探して見つけるなんてしている暇はないぞ」
怒気ではない。
だが、鋭い。
「荷車は触るな。
分かる者が来るまで勝手に降ろすな。」
そう言って、太郎を指さした。
「柔角族、来い」
「……はい」
緊張で喉がつまる。
それでも足は前に出た。
荷車の整理を始めようとしたところへ、
治療班の腕章をつけた魔族が駆け込んできた。
「回復薬の箱はどれだ!
このまま負傷者がもう一組来たら持たん!」
「え、えっと……あっちの箱の山に——」
「はずじゃ困る!!」
怒号に、太郎の身体がびくりと跳ねた。
息を呑む間もなく、口が動く。
「こ、こちらの荷車に……あります!」
魔族が食いつくように振り向いた。
「本当か!」
「はい! 色で分けてます!」
太郎は荷台から素早く箱を引き出し、治療班へ渡す。
「助かった!」
魔族は、そのまま駆け戻っていった。
(……間に合ったの、か)
安堵が一瞬だけ走ったが、
次の瞬間にはまた別の怒声が響く。
「盾がないぞ! 予備はどこにあるんだ!」
「魔力石、減りが早い! 誰か補充を——!」
前哨地全体が、
何かに追われている動物のように落ち着きを失っている。
イルスが近づき、小さく囁いた。
「……すみません。
ここ、いつもこうなんです」
「いつも?」
「はい。落ち着いて片づける時間なんて、ほとんどなくて……」
イルスの声も、いつもより低い。
彼のせいじゃないと分かっていても、
謝らせてしまうのが胸に刺さる。
「君が悪いわけじゃない。
ここを整える人が、いなかっただけだ」
言ってから、太郎の背筋に冷たい感覚が走った。
(いなかっただけ。
つまり……ここも、変えられる?)
第二小隊で見た景色が重なる。
けれど――
これは後方。
この先は、本物の戦場だ。
足が、ほんの少し震えた。
ガルドが周囲を見渡し、短く命じる。
「補給班、こっちだ!
荷車を立て直すぞ。急げ!」
声に従い、隊員たちが動き出す。
焚き火の光が揺れ、
魔力灯がちらつき、
焼けた匂いが風に乗る。
太郎は、一つ深く息を吸った。
だが、肺の中に入ってきたのは、
戦場の前触れの匂いだった。
(……ここが、戦いの“入口”。
この先を……行くんだ)
心臓の鼓動が速くなる。
それでも、荷車から手を離すわけにはいかなかった。




