エピローグ 女神の戯れ
とある神の神殿。
空は青く晴れ渡り、白い大理石に光が反射して煌めいていた。
女神はふかふかの椅子に身を預け、透き通る紫のワインを静かに揺らしている。
「アフロディーテ様!」
息を切らせたキューピッドが駆け込んできた。
『どうしたの? そんなに慌てて』
「ご報告が! 未春さん……結婚しました! とても幸せそうでした!」
『そう。……報告、ありがとう』
アフロディーテの長いまつげがわずかに伏せられた。
表情に変化はないように見えるのに、周囲の空気が一瞬だけ揺らぐ。
キューピッドはその気配に気づき、首をかしげた。
「えっと……アフロディーテ様?」
『何かしら』
「ひとつ……ずっと気になっていたのですが」
『言ってごらんなさい』
「なぜ、未春さんだけを助けたんです? あの人に……何があるんですか?」
その問いに、アフロディーテは一瞬だけ目を見開く。
だがすぐに、ふっと口元を緩めた。
『あの子にはね、昔から“他の誰にもないもの”があったのよ』
「他の……誰にもないもの?」
『そう。人間という枠では語れない、特別な輝き。ずっと前から感じていたわ』
「そ、それって……どういう意味ですか?」
『ふふ……教えてあげてもいいけれど?』
「聞きます。いえ……聞きたいです!」
アフロディーテはすっと身を乗り出し、キューピッドの耳元にそっと囁いた。
次の瞬間。
「えええええ!? そ、それは……! そりゃあ特別すぎますよ! むしろ僕に言っていいんですか!?」
『別にいいわよ。あなた、口は軽そうで重いもの』
「軽いのか重いのかどっちですか!」
キューピッドは慌てて周囲を見回し、小声で言う。
「……し、しかし、あの子が“そんな存在”だったとは……」
『だから人の中であれほど孤独だったのよ。そして――あれほど強かった』
アフロディーテはワインを一口飲み、静かに目を細めた。
『未春にはね、まだ目覚めていない“力”がある。その片鱗が、やっと花開き始めただけ』
「じゃ、じゃあ、これからもっと……?」
『ええ。あの子の道は広がっていくわ。人間だけの世界では収まらないほどに』
キューピッドはゴクリと息を飲んだ。
「……よし! 僕、これからも未春さんの監視……いや、見守りに全力を尽くします!」
『そうして。何かあればまた教えて』
「了解です!!」
キューピッドは一礼し、光の粒となって消えた。
静かな風がどこからか吹いていく。
アフロディーテの艶やかな髪がふわりと揺れた。
『未春……おめでとう』
女神は青い空に向かって小さく微笑む。
『でも、本当の“役目”はこれからよ。あなたの幸せも、試練もね』
風がその言葉を運び、遥か遠くへと消えていく。
空はどこまでも澄み渡り、まるで新しい物語を歓迎するように輝いていた。
◆ 完 ◆




