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光と土の狭間にいる僕  作者: 二十四時間稼働中
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第十三話 『十三』

僕は涙を流していた。何故、泣いているのかは分からない。ただ、大切なものを失った気がした。何度も何度も拭ったが、止まることはなかった。隣に誰かがいるはずだった。確かにいた。それは遠い昔のようで、ついさっきのことのようでもあった。

『ドンドンドン』

 扉の叩く音がする。月が最も輝き、誰もが光を消している時間に、誰かが僕を呼んでいた。

『おい、いるんだろう?』

 最初から過去を見るのは、土のなかにいて初めてのことだった。今までは何かを通して過去へと向かっていた。いや、土のなかで見た幻想が頭のなかにいる誰かによって、現実世界へと繋げてられている。何故、そんなことをしているのかは分からない。いつから住み始めているのかは分からない。土のなかに入ってからだろうか?そういえば、僕はいつから土のなかにいるんだ?分からなくなってしまった。今が、何時で何日なのか分からない。時計がないせいなのかもしれない。太陽がないせいなのかもしれない。土のなかにいるせいなのかもしれない。

『おい、いいから開けろ』

 誰かが呼んでいる。父が僕を呼んでいる。耳を塞ぎたい。いや、塞ぎたいなら手を使えばいい。そうじゃない。頭のなかで聞こえるんだ。気が狂ってしまいそう。いっそのことそうなったほうがいいのかもしれない。もう夢なんか見なくても済むのかもしれない。過去なんて何ひとつ思い出さなくてもいいのかもしれない。もうどこにも僕の望んだ世界なんてないんだ。あったとしても、誰かに捨てられるんだ。僕は頭を打ち砕きたい。頭のなかにいる住人を殺すために。いつまでも土のなかにいても意味なんてないんだ。ただ、僕を苦しめるだけだ。醒めない夢なんてないんだ。僕は土のなかから這い上がるんだ。

『おい、辺事しろ!いつまでも部屋の中で閉じこもってんじゃねえよ!このひきこもりアニオタニートが!』

 父の罵声が聞こえる。こんなことを言われた記憶なんてない。堅物なあの父がそんな言葉を使うなんてありえない。やはり、ここは土のなか。現実と繋がっているようで繋がっていない世界。

『おい、開けろ!早く酒を買って来い!』

 扉を叩く音がいつまで経っても収まらない。この音を消すためには、扉を開けるか、眠るしかないだろう。だが、今の僕は眠れない。過去ではこの瞬間は眠っていないからだ。もしかしたら、土のなかにいるから過去とは違うものになるのかもしれない。実際に父は父らしかぬことを言った。ならば、僕も眠れるのかもしれない。これ以上苦しまずに済むのかもしれない。

 本当に眠れたとして、苦しみから逃れることができるのだろうか?それは否である。眠ってしまったら、夢を見ることになる。その夢は土のなかにいることと同じだ。土のなかにいるから夢の連続となる、と言ったほうがいいのかもしれない。うん?よく分からなくなった。一瞬、子供という言い訳を思いついたがやめた。それはまた戻る、ということだ。僕はループなんかしたくない。進むんだ。そして、土のなかから抜け出す。それが今の僕の目標なんだ。

 一体、僕はどこへ向かっているのだろうか?

『てめえ、いい加減に開けろ!ぶち壊すぞ!』

 僕は急に立ち上がった。そして、扉の前へと向かい、鍵を開ける。

『へええ、やっと開けやがったか。おいさっさと買ってこいよ』

 そう言って、父は金を渡す。一体、これは誰の金なんだろう?父のか?母のか?それとも僕なのか?過去を振り返れば、思い出せることだろう。だが、わざわざそんなことをする必要なんてない。だって、僕は思い出したくもないことを、わざわざ思い出したくないから。

『これで酒を買えよ。分かってるよな、買う酒』

 この後、僕が言う言葉を僕は知っている。

『のどごしだよね?』

 そして、その後の父の言う言葉も知っている。

『あ?今はそんなの飲みたくねえんだよ!お前は俺の飲みてえものも分かんねえのか!この役立たずが!』

 父は理不尽な言動に加えて僕の顔面を殴った。僕はその場で倒れる。頬を触れる。熱くなっていた。立ち上がろうとしたが、今起きたばかりのように頭が働かず、腕に上手く力を入れることができなかった。

『いいから、買え!』

 父は金を投げ捨ててドアを閉めた。僕は酒を買わなければならない。だが、今はまだここから動けない。確か、ここでノートを取り出して、そのノートに物語を書くことになるだろう。だが、その物語の内容までは憶えていない。いや、憶えているはずだ。ただ、あまり思い出したくないことなのだ。

 そのノートには内容があるけど内容がない物語があるはずだろう。面白味がない。理想郷みたいなものを創っていた。結局、未完成。このとき書いた物語が完結していたとしても、僕が満たされることはないだろう。本当の意味での理想郷もできない。だからこそ、僕は土のなかにいるんだ。

 僕はずっと書き続けた。自分の醜い過去を振り返るのは苦痛だった。完結できないものについて、もう一度考えるのは苦痛だった。何の意味も持たない物語に対し、必死になっている自分を見るのは苦痛だった。何も言えずに、ノートのなかで吐き出そうとしている自分を見るのは苦痛だった。あのときに反抗すればよかった。あのときに死んでいればよかった。あのときに自殺すればよかった。あのときに家出すればよかった。そうすれば、こんなことにはならなかったのに。そうすれば、土のなかでこんなことを考えずに済んだのに。自分は馬鹿だった。自分は軽率な行動をしてしまった。

 もう二度とやり直すことなんてできない。リセットボタンはこの世の中のどこにも存在しない。僕は外側にはいなかった。僕は常に内側にいた。どこにも僕を動かすコントローラなんてない。ゲーム画面に映っているのは僕だった。僕は外側を見ることはできない。あいつらに命令を送ることなんてできない。ただ、見せられている。ただ、動かされている。ただ、それだけだった。

『おい、まだか。早く買って来い!』

 階下から父の声が聞こえる。僕はその声に反応し、行動し始める。酒を買ってこなければならない。そして、僕は父の要求した酒を買うことができない。僕は適当に選んだドライのビールを買ってくるだろう。この過去を一度経験している僕は父の要求している酒を知っている。キリンビールだ。だから、今自動販売機の前に立っている僕に向かって何度も何度も「キリンビール、キリンビール、キリンビール」と呟いた。

 こんなことをしても何の意味もない、と分かっている。分かっているけど、もうあの過去を味わいたくなかった。何度も痛い思いをしたくなかった。それに、それで自分が救われればいい、と思った。そうすれば、今までのことはなかったことになるかもしれない。両親に捨てられたこともなかったことになるかもしれない。土に埋められることもなかったことになるかもしれない。何も変わらずに過ごせることができたかもしれない。だが、そんな暮らしに幸せを見出せることができるのだろうか?いつだって、幸せなんかどこにもない。あの世界のどこにも。だからこそ、僕は土のなかで幻想を見続けたんだ。何をしても無駄だ、ということを知っていたから。

 結局、僕はドライのビールを買って、家へ帰った。この後、僕は父にまた殴られる。それも、何度も何度も。殴り疲れたら、僕の買ったドライのビールを飲む。父が酒を飲んでいる隙に僕は自室へ戻る。戻ってすぐにドアの鍵を閉めた。そして、やっと安堵の息を吐いて、ベットに横たわり、腫れた頬を触りながら眠る。

 このまま眠ってしまえば、また別の世界に行くのだろうか?それともまだこの世界に居続けるのだろうか?どちらでもいい。今はただ眠りたい。そういえば、本当の意味での睡眠なんか一度もしていなかった。一体、この眠りはどっちなのだろうか?もしも、眠れるのならば僕は深い深い眠りにつきたい。夢を見ないような深さ。何にも感じない時間が欲しかった。もう疲れていた。

 翌日になった。一瞬のことだった。目を瞑った瞬間、めざましい時計が鳴り響いた。それは時間設定を目を瞑った時間にしたわけではない。ただ単純に目を瞑った瞬間、翌日になっただけだ。深い深い眠りをしたわけでもない。必要ないものをショートカットしただけだ。それだけのことだ。

 僕は起きてすぐに学校の制服に着替えた。僕は行かなければならないのだ。僕に憩いの場所なんてどこにもない。僕は日課表を見ながら、教科書やノートを鞄の中に入れた。そして、もう一度、日課表と鞄の中にあるものを見比べながら確認をする。物を忘れないためだ。鞄を背負い自室を出る。階段を下りる途中、玄関にいる父の姿を見据える。僕は父に見つからないよう、身を隠す。僕の顔を見るとまた因縁をつけてくるだろう。できるだけ、面倒ごとは避けたかった。

『おい、お前そこにいるんだろう?何隠れているんだ?』

 どうやら、既に僕の存在に気付いていたようだ。やはり、父からは逃れられないのだろうか?この苦しみを永遠と味わなければならないのだろうか?僕の居場所なんかどこにもないのだろうか?学校に居ても苦しみ、家に居ても苦しみ、本当に僕の憩いの場は存在しないのだろうか?そんなのあんまりだ。何の苦しみも得ない、そんな場所があればいいのに。そんな世界があればいいのに。

 僕は父に自分の姿を見せる。

『おい、分かっているだろうな?今日も酒を買ってこいよ』

 僕は黙って頷くことしかできなかった。

 学校までの道のりは憂鬱だった。僕の頭は学校のこと、家のことが支配されていた。恐ろしい。僕に逃げる場所はない。いや、もし逃げたとしてもずっと学校のこと、家のことが頭に離れることはない。ずっと苦しみ続けるんだ。誰かに救いを求めることなんてできない。皆が僕にとって敵なのだから。鳥が羨ましい。どこまでも遠くへ飛べられるから。学校のこと、家のことが忘れるくらいに飛べられるから。いや、鳥になったとしても変わらないのかもしれない。遠くへは飛べられないのかもしれない。限られた範囲でしか飛べられないのかもしれない。鳥も人間も変わりないのかもしれない。結局、鳥にも自由はないのかもしれない。僕が求める世界なんてどこにもないのかもしれない。

 そんなことを考えていたら学校に着いていた。また、僕はいじめられる。苦しい思いをする。辛い気持ちになる。死にたくなってしまう。生きたくなくなってしまう。ずっと繰り返し続ける。寝て、起きて、学校に行って、いじめられて、死にたくなって、家に帰って、父に虐待されて、死にたくなって、父に酒を買わされて、死にたくなって、母に罵声を浴びさせられ、死にたくなって、そしてまた寝る。このサイクルが永遠に続いて、僕はそこから抜け出すことができない。どこにも僕の居場所なんてない。誰も僕を救ってくれない。皆、敵になって僕を追い詰める。


『おい、障害者』


                           『うえ、きも』


        『おい、のろま』


                 『なんか臭くねえ?』

      

                『おい、金槌』


     『あいつまだ来てんの?』


      『おい、蛆虫』


                 『あいつドMだろ』

 

                     『おい、マッシュルーム』


 耳を塞ぎたい。何で教室に入っただけでこんなことを言われない、といけないんだ。何か悪いことをしたのかな。自己紹介ときに何度も詰まったせいなのかな。もう少し考えるべきだった。もう少し練習するべきだった。こんなにも苦しい思いをするなんて。もう過去を戻すことはできない。いつまでもどこまでも現在進行形なんだ。停めることもできない。

 僕は唇を噛み締めながら、自分の席へと向かう。皆がクスクスと笑う。誰かが足を引っ掛けてきた。僕は無様に扱ける。思いっきり頭を打つ。それを見てまた皆が笑う。死にたくなった。一体、一日で何度僕は死にたい、と思ったのだろうか?回数なんて関係ない。だけど、僕は何か別のことを考えて気を紛らせたかった。だが、そんなことしても無駄だ

った。その度に誰かが僕に酷い仕打ちをさせる。現実に何度も何度も戻される。


『おい、早く起きろよ』


           『だせえな、お前』


                『さっさと自分の席に戻れよ』


    『おい、さっさと行けよこののろま』


 自分の席に着いたとき、椅子に置いてあるものが眼に入る。そこにはゴキブリの死体があった。その姿を見て、また皆がクスクスと笑い始める。僕は歯軋りさせながら、ゴキブリの死体をポケットティッシュで包む。それを窓に向けて投げ捨てよう、と考えたが、また誰かに何かを言われそうなので、制服のポケットの中に入れた。涙が出そうになった。その涙をまた誰かが馬鹿にしそうなので、何とか堪える。もううんざりだった。このまま窓から飛び降りてもいいのかもしれない。僕の死体を見たら、皆はどのような表情をするのだろう?笑うのだろうか?悲しむのだろうか?罪悪感で押し潰されるのだろうか?唾でも吐くのだろうか?何だかどうでも良くなった。人のことなんて気にする必要なんてどこにもないのかもしれない。死にたければ死ねばいい。

 窓から地面を覗いた瞬間、死ぬ気が失せた。どこまでも行っても、僕は小心者だ。手が震え始める。皆の笑い声が聞こえる。段々、その声は遠くなっていく。そして、僕の意識は失った。

 だが、すぐに取り戻し、僕は保健室に瞬間移動していた。いや、これもただのショートカットに過ぎない。一体、誰に運ばれたのだろう?確か、担任の先生だったような気がする。その行為は善意ではない。事務的なものだろう。どうせ、放課後に僕のことをこそこそと陰で笑っているに違いない。これよりも当分後の話だが、職員室前を通っていたら僕のことを話題にし、クスクスと笑っているところを僕は見ていた。どいつもこいつも相変わらず僕の敵だ。味方なんて誰一人としていない。

 僕はこの保健室で放課後になるのを待つようになる。そして、放課後になって父がここに来るはずだ。

『おい、帰るぞ』

 父が僕の頭を叩く。いつのまにか、陽が落ちていた。この間の時間も必要とはされていなかった。僕の身に何かしらの事件が起こっていないからだろう。僕の記憶する場所に刺激を与える出来事がなかった。ただ、それだけのことなのだろう。

『人様に迷惑をかけやがって』

 また、父は僕の頭を叩く。さっきよりも強く。頭がジーンとなって、また僕の意識が遠のいていく。もし、ここで気絶したら父がまた殴るだろう。できるだけ痛みは避けなければならない。だから、僕は唇を噛んで何とか気を持たせた。

『おい、行くぞ』

 僕は父に連れられ、車に乗せられた。それから、父は何にも言わずにただ運転をし続けた。家に着いたとき、父が金を渡す。

『おい、これで酒を買って来い』

 僕は何の返事もせず、ただ金を眺めていた。本当にこれでいいのだろうか?お前はこのまま終わらせる気なのか?過去の自分に何を言っても通じない。僕たちは繋がっているようで繋がっていない存在。僕は過去を見ることはできる。だが、僕は過去に介入することはできない。過去の僕は未来を見ることはできない。そのかわり、僕の知っている過去には忠実だ。過去は僕にとって映像に過ぎない。そして、その映像を僕が編集する。それらの素材(画像)集めは自動的に行われている。

 本当にそうなのだろうか?父の言葉は少し違っていた。もしかしたら、変えることもできるのかもしれない。そんなことをしても、本当の過去が無くなることにはならないはずだ。ただ、映像に僕の妄想を組み込んだだけだ。それが事実ではない。事実は映像に組み込まれなくても画像として存在し続ける。

『おい、何か言ったらどうだ?あん?』

 いや、違う。そうではない。事実はなくならない、とか事実ではない、とかどうでもいい。今、僕は土のなかにいる。そこで見る過去が嫌なだけなんだ。それが本物であろうとも、偽者であろうとも。僕にとってはどちらも同じようなものである。全部が僕の苦しめる原因となっている。だからこそ、僕は抗ってみたい。

『おい、聞いているのか?』

 何もなくてもいい。この世界から何かを得なくてもいい。ただ、終わらせたい。現実に戻る。現実も、土のなかも、大して変わりのないものなのかもしれない。それでも僕は現実に戻る。そこが僕の生まれた場所なのだから。逃げる場所なんて必要ない。闘う場所だけで十分なんだ。皆が馬鹿げたことだ、と思ってもいい。僕は闘う。得たいの知れない誰かと僕は闘う。そいつは父なのかもしれないし、母なのかもしれないし、クラスの奴らなのかもしれないし、頭のなかの住人なのかもしれない。どちらにせよ、僕は勝ち取らなければならない。いや、別に勝たなくてもいいのかもしれない。ただ闘い続けることだけが重要なのかもしれない。

『お前は俺の言うことを聞けばいいんだ。それだけでいいんだ。お前は死にたくないだろう?そうなりたくないんなら、俺の言うことを聞けよ』

 ここがただの映像なんて思いたくない。ここがただの幻想で終わりたくない。僕は闘うんだ。悪は誰だ?誰でもいい。誰じゃなくてもいい。もう逃げない。

「お前の言うことは聞けない」

『あ?』

「お前の言うことは聞けない!」

 そう言って僕は父に向けて金を投げ捨てる。その瞬間、僕がいる周りの景色が崩れていく。これで僕は現実に戻れる。

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