部屋で
「あ、あのさ。紅太郎お腹すいてないかな?」
「ん。ああ少し空いてるかな」
今が何時なのかはわからなかったが、言われて小腹が減っている事に気付く。
「食欲があるなら大丈夫だね。実はいまおかゆを作ってあるんだ。昔は紅太郎が具合悪い時に良く食べてたから。今持ってくるから少し待ってて」
桜花は紅太郎の返事を待たずに、ドアの向こうへ足早にかけていってしまった。
いきなりの手料理。紅太郎はその事実に少し緊張していた。
い、いや別にあいつの手料理が特別なわけじゃない。いいか落ち着け、少しばかり、いやかなり可愛いからって、俺のやる事は変わらない。
ーー俺が、あいつを攻略するんだ。
紅太郎はブツブツ言いながら、落ち着きなく部屋の中を観察し始める。するとベッド脇のサイドテーブルに封筒が置いてあるのを発見した。
「?」
少しふくらみのある封筒。もしかすると雪乃から何かメッセージがあるかもしれない。
慣れないシチュエーションに動揺している紅太郎は、乱暴にあけ中身を開いてみた。
紅太郎へ
この手紙を見ているころ、紅太郎は桜花と二人きりで自室にいると思います。
このチャンスを必ずものにするように。
年若い男女が密室ですることは決まってます。
健闘をお祈りしています。
P.S まだ学生なのでご利用は計画的に
震える手で手紙を読み進めると、手にした封筒から薄いフィルムに包まれたものが落ちてきた。
「?」
何かと思って手に取り確かめてみると…………避妊具だった。
「あんの野郎ぉぉ! 何考えてやがるっ」
手紙をくしゃくしゃに丸め、避妊具とまとめて壁にたたきつけようとしたところで、桜花がお盆を片手に部屋に戻ってきた。
「お待たせ」
「ノオォォォー」
すでに紅太郎は投球モーションに入っていたが、桜花の姿を確認するや否や、軌道を変更し、その包みを布団の中に突っ込んで隠す。
「どうしたんだい?まだ安静にしていたほうがいいよ」
「い、いやなんでもない」
どうにか気づかれなかったみたいだ。危ないところだった。
「口に合うといいんだけど」
桜花が鍋のふたを開けるとモワッと蒸気が立ち上がり、食欲をそそるにおいが部屋中に充満した。
「ではいただきます」
紅太郎は早速食べ始めようと手を合わせる。
しかし桜花は手元のスプーンで鍋の中身をすくい、フーフー息をふきかけ冷ましていた。
「はい、あーん」
「お、おまえなにやってんだよ!」
「さっき雪乃に聞いたのだけれど、これをすると一発でよくなるってきいたから」
(あのクソガキ!!ふざけやがって!!)
紅太郎は心の中で悪態をつくが、当の本人はここにはいない。しかし雪乃のやつ、いつの間にか桜花と知り合いになってやがる。
「はいどうぞ」
「いやちょっとまて。まだ心の準備が……」
紅太郎は明らかにパニック状態になっていた。
恥ずかしいけどやるしかない。これは桜花と接近するチャンスだ。
思い切って紅太郎が口をあけると、すぐにアツアツのおかゆが口の中に飛び込んできた。
「ああっづ」
少し息を吹きかけた位では鍋の中身は冷めておらず、紅太郎に叫び声を上げさせていた。
「あっッヅ、あ、ま、まずっ」
熱いだけじゃない。このおかゆ、食べちゃいけない味がする。何が入ってやがるっ。
紅太郎は口に入れたおかゆを租借しながら、鉄さびのような匂いと魚の生臭さをその舌に感じていた。
「ど、どうかな?美味しくなかったかな?」
不安そうな顔をしながら桜花は紅太郎を見つめる。とてもまずいと言えるような雰囲気ではなかった。
「い、いやまずいっていったんじゃない。熱かっただけだ」
「そうかそれならよかった。紅太郎は猫舌なんだね」
桜花は満面の笑顔を浮かべていた。
「は、はは。い、いやあ。うまいなー。これを食べれば一発で良くなるなー……ハハハ」
「お変わりもあるからね。遠慮しないでね」
サイドテーブルにはまだ土鍋にいっぱいのおかゆが残っていた。
……覚悟を決めるしかない。まだ鍋の中の敵戦力は九割は残っている。
紅太郎は戦闘に赴く以上に気合を入れなおすと、大きく口を開けた。
「はい最後ー」
桜花がおかゆを口元に運んでくる。紅太郎は最後の力を振り絞ってそれを口に入れ飲み込んだ。
「ご、ごちそうさまでした。ゲフゥ」
体力と精神力の限界だったのか、紅太郎はそのまま力尽き、気絶する。ベッドに座って食べていたため、そのまま倒れ込んでも何も問題はなかった。
「ん?もう寝てしまったのかな?お粗末様でした」
残さず食べてくれたのがよほど嬉しかったのか、食器を片付ける桜花の様子は明らかに弾んでいた。
桜花は満面の笑顔でドアに手をかける。
出て行く寸前、紅太郎の方に振り返り……一瞬だけ悲しそうな顔をした。
「おやすみ。紅太郎」
パタン
ドアを閉め、桜花は部屋を出て行く、
もちろん気絶してしまった紅太郎はその声は全く聞こえていなかった。




