1 戒律の男
テオドール・モレルは、神殿牢の中で産声を上げた。母親は異端者として裁かれ、無実のまま息を引き取り、彼はそのまま檻の中で育てられた。鉄の扉と冷たい壁が、テオドールの最初の世界であった。
彼は母をうらみ、自分が成功するためにはどうすればよいのかを、暗闇の中で必死に考えた。
「悪を憎め。罪は許されぬものと知れ。」
彼は、神殿の唱える神の掟を遵守することこそが救いだと結論づけた。
そう盲信して成長したテオドールは、やがて〈戒律騎士団〉に入団する。秩序と戒律を守る神の剣として、彼は法を犯す者を裁いた。
濃い灰の髪は耳が出る程度に整えられ、瞳は冷たい藍色をしている。感情を殺した目は、光の加減で鋼のように見えることもあった。民は彼を“鉄の騎士”と呼び、彼の近寄りがたい背筋の真っ直ぐさに、神の掟の重みを感じていた。
とある日、都の北端にある集落から戒律騎士団へと報せが入った。“野良聖女”と呼ばれる女が、神殿の許可なく治癒術を使い、孤児たちと暮らしているという。
銀の軽鎧に純白のマントを重ね、胸元には神紋入りのプレート、腰には戒律書と儀礼剣。戒律騎士団の制服を身に纏ったテオドールが現地に赴くと、噂の女と思われる人物が、簡素な草木染の聖布を羽織り、小さな子どもたちに囲まれながら歌をうたっていた。
「名前は?」
「ソフィアよ。あなたはどなた?」
こちらを向いた女は、太陽に焼けた麦色の髪をざっくりとひとつに束ねており、神紋はつけていないが、首元に古びた祈り珠を下げていていた。やわらかな琥珀色の瞳が印象的だった。
「お前は神の許しを得ずに奇跡を使った。間違いないな? それは重大な戒律違反だ。」
テオドールは言った。
「そうですか。でも、あの子たちは流感でうなされていたんです。待っていたら死んでしまった。」
ソフィアはこたえた。罪の意識も感じさせなければ、言い訳もなかった。
周りの者たちから見ても、彼女に罰を与えるべきか検討する余地はあった。しかしテオドールにとっては彼女もただの「法を犯した者」でしかなかった。そのため、ソフィアに厳罰を命じた。
「いかなる理由があろうと、掟を破ってはならない。」
そう言って冷たく判決を下すテオドールに、ソフィアは一言だけ返した。
「誰かを助けたいと思ったこと、あなたにはないの?」
彼女の琥珀色の瞳が、ほんのりと光を宿したように見えた。
その問いをテオドールは無視したが、気が付くことがないうちに、彼の心に小さな棘を残した。