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二人の過去

 昔、森の木々に囲まれた小さなまちがありました。そのまちには人間が沢山住んでおり、まちの一画に獣人の親子が住んでおりました。

 その親子は故郷を凶暴な生き物で失ったために家を無くし、さ迷い歩き今の街に辿り着きましたが、そのまちの住民は皆獣人の親子に対して厳しい態度をとりました。

 そのまちの多くのヒトが獣人だけでなく、人間以外の他種族に対して強い偏見を抱いており、近寄る事すらこころよく思っていなかったのです。

 獣人の親子は、他に行く場所も無く食料も移動する力も残っていなかった為、まちに住まわせてもらう様住民らに頼み込みました。

 そんな中、唯一獣人の親子を受け入れ、まちに住む事を許したのが、まちの長でした。まちの住民らも長の言う事でならばと獣人の親子をまちに入れる事を許しましたが、親子がまちに住みようになった後でも誰一人獣人の親子に近付く事はありませんでした。

 それから数日過ぎたある日、獣人の親子の両親が亡くなってしまいました。長旅の疲労が祟ったらしく、朝子どもが目を覚ますと両親の体は冷たくなっていたのでした。

 こうして、両親を一度に亡くした獣人の子どもはまちで一人となってしまいました。

 そんな獣人の子を助けたのは、住む事を許した唯一のヒトである長でした。長は獣人の子に食べ物を分けてやったり、寂しい思いをしない様に話し相手になってやりました。

 しかし獣人の子はたった一言長に言いました。


 ともだちがほしい。


 長は既に高齢で、獣人の子と一緒に遊んでやる事が出来ぬ事を謝りました。獣人の子は一度頷きましたが、しかし寂しい表情は変わりません。

 獣人の子はどうやってまちの子どもと仲良くなろうか考えました。そして、昔母が作ってくれた菓子を思い出し、一生懸命思い出しながら菓子を作りました。

 沢山作った中で一番きれいに出来たものを袋に詰め、子どもたちが集まる広場へと出かけました。そして遊ぶ子ども達に向かって一緒に遊ぶよう言いました。

 しかし、獣人の子が来た途端元気そうに笑っていた子どもたちの表情は暗くなり、大人に言われたからと言い獣人の子から皆離れていきました。そして、誰も獣人の事は遊びませんでした。

 獣人の子は寂しそうにして家へと帰ると、長が家に遊びに来ていました。事情を聞いた長は獣人の子が持っていた菓子を一つまみ取り、口に運んで言いました。


 とてもおいしい!上手に作ったね。


 その長の言葉に獣人の子は嬉しそうに笑いました。そして日が暮れるまで二人は楽しそうにお喋りしました。

 次の日、長が亡くなりました。

 以前から長は体が弱っておりましたが、獣人の子を心配させまいと黙っていたのでした。

 獣人の子は長が亡くなった話を聞き、大粒の涙を流して泣きました。そんな獣人の子の下に、まちの住民達が集まり言いました。


 昨日、獣人の子が持っていた菓子を長が食っていた。

 長が亡くなったのは、その菓子を食ったせいだ。

 こいつが長をころしたんだ。

 やはり獣をまちに入れるのは間違っていた。

 これ以上災いを呼ぶ前に、こいつをころしてしまえ。


 そして、まちの住民らは獣人の子を殴りました。蹴りました。叩いて倒して踏みつけました。

 獣人の子は逃げました。ボロボロになりながら、痛む足を引き摺って、ヒトの居ない場所を捜して森へと逃げました。

 音を立てず、とても長い時間森の中に身を隠しました。


 どうしてこうなってしまったのか、獣人の子には分かりません。

 ただ、獣人の子の目にはまちの住民らが恐ろしい怪物に見えました。怖くて、恐ろしくて、獣人の子は隠れたまま何も口にせず、ずっと森の中に隠れていました。


 長い時間が経ったある日、獣人の子が隠れている場所に誰かが来ました。獣人の子は身を震わせ、身をかがめていました。

 すると、声が聞こえました。


 私は友人に言われて、君を迎えに来たんだ。怖がらないで良いですよ。


 とても優しい声でした。その声は、獣人の子を助けた長に似ていました。

 恐る恐る、獣人の子が目を上げると、そこには長と同じくらいの歳の人間がいました。

 老人は獣人の子に向かい、手を差し伸べました。


 迎えに来るのが遅くなってごめんね。


 こうして、獣人の子は老人に引き取られ、まちを離れる事になりました。

 それから獣人の子は、老人が運営する施設で暮らしましたが、獣人の子が受けた傷は、体と心に深く残りました。自分を引き取った老人にも、他にヒトも獣人の子は怖がり、一言も話さなくなっていました。

 しかし、夜中になると獣人の子は一人厨房に入り、菓子を作っては誰かを待つようにして広場の椅子に座ってぼうとする姿が良く見られたと聞きます。


     ◇


 とある士官学校。その建物の廊下で世間話をする集団があった。その集団は学校に入ってまだ短い期間ではあるが、仲を深めどんな話も笑って許せる程までになっていた。

 そんな集団に向かって怒鳴り声を上げる人物がいた。

 その人物は長い髪を頭の後ろで二つに結い、その長い髪が靡く程忙しく歩き、集団が話すのを遮った。

 その人物が言うに、廊下の真ん中で話し込むな、休憩時間の時にも訓練すべきだ、だと言う。

 その人物は他の生徒からは『委員長』と呼ばれ、真面目で口煩い生徒と皆から評されたいた。その真面目さから慕う者もいれば、逆に疎ましく思う者もいる。彼らは後者だった。特にその中の一人が委員長に対して嫌悪感を見せていた。


 仲間と話していただけで怒るとか、心が狭いんじゃねぇか?


 小声だが、明らかに他者に聞こえる声量でつぶやいた言葉は当然委員長にも届いていた。そして、委員長は反論と言う反応を示し、そのまま二人の言い争うとなった。

 二人の言い争いはこの学校ではよく見る光景だった。曰く二人の相性が正反対で悪いのだと言う。

 一方はヒトと集まり仲を深める事を重視し、もう一方は単独で行動し実績と実力を付ける事を重視する。故に二人は意見の食い違いでこうして言い争いになる事が多いのだった。

 そんな二人が仲良くなる事は無いだろう。誰もがそう思っていた。当人同士もそう思っていた。


 ある日の訓練、場所は地下に設置された閉ざされ入り組んだ造りをした訓練所での事だった。

 その日の訓練は順調に進んだが、突如訓練中に凶暴な生物が大量に侵入、何人もの訓練生が生き物に命を奪われた。そんな中、非常用の脱出用である転送魔法陣を使い、危機を脱したのはたった一人だった。

 後に聞いた話では、その無事だった生徒は凶暴生物を遭遇してしまい、他の何人もの生徒が逃げようと背を向けると、その生徒は言った。


 今まで一緒に訓練を積んだのだから、協力すれば倒せる。


 その言葉を聞き、他の生徒は鼓舞こぶされ、言った生徒と共に生物を応戦したのだった。

 しかし、その生徒の言った言葉は希望論でしかなかった。

 結果として、次々に乱入してくる凶暴生物にまだ未熟だった生徒達は壊滅し、生徒が一人戦意を失い座り込んでしまった。そのまま生物に襲われる直前にその生徒は助けられた。

 生徒を助けたのはその生徒と言い争いを繰り返していた委員長だった。

 そうして生物の群れから逃げ延びた生徒二人は、脱出の為に設置された魔法陣のある部屋へと向かい走った。途中生徒がへたり込み、諦めの言葉を吐いた。

 そんな生徒に向かって、委員長は叫んだ。


 私だって怖いし死にたくないの!これ以上何か言ったら、私まで動けなくなるから何も言わないで走って!


 委員長に言われ、生徒はゆっくりと立ち上がりまた走り出した。

 その道中、生徒はまるで遺言でも言うかの様に自身の身の上を話し始めた。

 その生徒の家は多少裕福ではあったが、その家を支配する自身の親は酷い人物だったという。

 他者を顧みず、全ては自分の為の犠牲だと言い、簡単に他者を切り捨て実績を上げる人物だったという。そして、その親は自分にもそのやり方をするよう強要してきたのだと言う。

 だが、生徒はそれに反発し言った。


 他者に何も感じない、何もしない奴に何て絶対ならない!


 だからこそ、生徒は実績を積むよりも仲間との交流を第一にしてきたのだと言う。

 そんな生徒の話を聞いたからか、委員長も自分の身の上話をした。

 委員長の親も酷いヒトで、酒癖は酷く持っている金は私欲の為だけに使う不真面目な人物だった。当然自分で金を稼ぐこともせず、いつも他人に苦労ばかり掛けている姿を委員長は見てきた。

 だからこそ、委員長は真面目に生きる事を決めた。他者に迷惑を掛けず、真面目に働いて生きて行くのだと決めた。だからこそ、いつも不真面目にする生徒らが許せなかったのだと言う。

 経緯こそ異なれど、二人とも大人達の姿を見て今の自分があると言う共通点を見つけ、この短い時間で二人はほんの少しだけ仲を深めた気になった。

 その直後、脱出の魔法陣を目の前にして再び凶暴生物の奇襲に遭ってしまった。しかも、魔法陣は生物の奇襲により建物の一部が崩れ、他の魔法陣が下敷きになって使い物にならなくなり、無事だったのがたった一つだけとなっていた。

 つまり、この場から脱出出来るのはたった一人だけ。

 生徒はこの危機的状況に叫び声を上げた。


 嫌だ!死にたくない!


 発狂し、今にも駆け出しそうになった生徒を委員長は

 背中を押して、生徒を魔法陣に乗せた。

 そしてヒトが接触した事により魔法陣の魔法は発動し、生徒が一人その場から脱出したのだった。


 最初こそ何が起きたのか分からず茫然としていた生徒だったが、転送先で待機していた騎士団員に保護され、慌ただしく動く団員らの声を騎士の向こうの声に様に聞いていた生徒は徐々に正気に戻った。

 そして自分一人が生き残り、他の生徒も、そして委員長も置き去りにしてしまった事を自覚した。


 最後に見た委員長の表情は、目に涙を浮かべ、小さく笑みを浮かべていた。


 その後、その生徒は発狂し叫び声をあげ暴れ出し、抑える騎士団員によって病院へと運ばれた。

 病院に運び込まれてそのまま入院し、入院中も悪夢にうなされ一人部屋の寝台の上で小さく何かを呟きながら眠らずに夜を過ごしたと言う。


その後


 晴れた日、慈善協会が務める病院の一画に自然豊かな庭があった。

 その庭に面した窓のある部屋で、慈善協会の長が古い知り合いを招き、お茶をしながら話をしていた。


「ここも随分と大きくなったな。最初は木で出来た山小屋の様な建物一つだったのに。」

「はっはっ。おかげさまで、ヒトも出来る事も増えたから、逆に忙しくてこうしてお茶出来る事が貴重に思えるよ。」


 互いに茶化し合いつつ、久々の友人との対談する二人は古くからの付き合いで、特に慈善協会のトップと相対する相手は妖精種であり、年老いた慈善協会の長よりも遥かに年上であった。だがそう感じさせない程、二人は生き生きとした姿を見せていた。


「そう言えば、以前引き取ったと言う獣人の子はいまどうしているんだい?」

「以前って、もう五年経っているよ。…相変わらずさ。誰に対しても怖気づいていて、私にも余所余所しい。それも当然だけどね。」


 口調はあっけらかんとしていたが、表情は口調と合わず暗く寂しげだった。


「あの子がいたまちの長とはね、君と会った時と同じ時期からの友人でね。あのヒトは生まれつき体が強くなくて、良く体調を崩すヒトだったんだ。

 その事を気にして、自分が亡くなった後のあの子の殊遇が心配だと手紙でも良く書かれていて、もし自分が亡くなった後は私があの子を迎えに行くと約束していたんだ。

 そしてその手紙をもらって直ぐにまちに向かったんだがね、そのまちの手前にある関所で足止めを喰らってしまってね。やっと動ける様になった時にはあの子は酷い状態だったよ。」


 慈善協会の長はとても口惜しそうに話していた。そんな長を見て妖精種の友人も彼が当時どんな心境だったかを想像し同じく心苦しく感じた。


「こう言っては言い訳になるだけなのは分かっている。しかし、もっと早く着いていれば、あの子をあそこまで傷付けるこt無く迎えに行けた筈だったんだ。

 あのまちは本来、自分らの力でまちや住民らを守ろうという目的を持っていただけのまちだったんだ。しかし、時間が経つにつれて目的は歪み、何時しか余所者を寄せ付けぬ閉鎖的なまちになってしまっていた。」


 大昔、戦争で故郷を追われて荒れた土地へと流されたヒト達は多くいた。長の言うまちもそういったヒト達が集まってできたまちの住民の末裔だと思われる。

 確かに彼らはただ純粋にまちや住民ら思ってまちを守ってきたのだろう。しかし、元が他者同士の争いによって故郷を追われたが為か、そういう歪んだ思考に陥るヒトも少なくなかった。


「そのまちは、今はどうしているんだ?」


 妖精種の友人は単純な好奇心から長に聞いたが、長の表情はまた悪い意味で変化した。どこか複雑な、言いあぐねる様子を見せた。


「どうも噂では、あの子がまちを離れて数年後にそのまちで流行り病が広まったらしくてね。あくまで噂だから、実際はどうかは知らない。ただでさえ余所者を簡単に入れない場所だ。真相を確かめる術も今は無いさ。」


 長は言い終えると茶をすすり一息ついた。それは掃除をし終えて気持ちが落ち着いた様だった。

 まちの住民は獣人の子に暴力を振るうだけでなく、長に対しても言う事は聞いてはいたがあまり良い態度を見せなかったと言う。その事でまちの長も酷く気をもんでいたと手紙に書かれており、呼んでいた友人である慈善協会の長もまちの住民に対して良い感情を抱いてはいなかった。

 とは言え、まち一つが壊滅しかねない状況に陥っているかもしれないという話を聞いて、誰も良い気分になる事は無かった。特にまちの成り立ちを知っている者にとっては一入ひとしおだろう。


 雰囲気が暗くなってしまったと妖精種の友人は詫びを言い、改めて茶を入れ直そうと立ち上がると、たまたま目に入った庭に誰かが居るのが見えた。


「アレは、最近施設に入ったという人間か?」

「最近じゃないよ。もう一年経っている。それに人間でもない、機工人だよ。」


 どこかちぐはぐな会話の先にいる人物に対して、慈善協会の長は改めて妖精種の友人が見たというヒトの紹介をした。

 その人物な士官学校の生徒だったが、訓練中の事故で仲間を多く失い、肉体的にも精神的にもひどい損傷を受け、現在は精神の治療の為にこの施設で休養をとっていると説明した。


「あれでも最初、ここに来たばかりのころは本当に酷くてね。亡くなった学校の友人らの幻覚を見ていたらしく、その度に暴れて手が付けられなかったんだ。

 今は庭を散歩する位には回復しているが、どうも不死族を見ると拒絶反応を見せる様になっていたんだ。」


 不死族と言えば、詳細は不明だが一説では亡くなったヒトが中途半端な姿でよみがえった姿だと言われている。その事から、あの休養する機工人も不死族を亡くなった仲間と姿を重ねて見ているのだろう。


「心の傷か。誰でも、他者と共に生きていく以上そういった事は一つや二つは持ってしまうものだね。

 …ところで、あの機工人と一緒にいるの、アレは。」


 そう言って妖精種の友人は機工人の方を指さした。よく見れば今は機工人と立ち姿が重なって良く見えないが、確かに機工人の隣に誰かが立っていた。

 そして二人一緒に歩くと漸くそのもう一人の姿が見えてきた。見ればそれは、話題にも出た獣人の子だった。その姿を見て二人は驚いた。確かに獣人の子は酷い心の損傷を受け、ヒトと対峙どころか近寄る事さえ出来ない状態の筈だった。


「どうやら、あの機工人と何かあった様だが、一体…オイ?」


 妖精種の友人が話し掛けるが、相手は黙って機工人と獣人の子が並び立つ姿をジッと見ていた。

 その目は、嬉しそうで、けれど子どもが遠くへ行って寂しそうにする親の目だった、と後に妖精種は言った。


「…そうか。あの子にも、やっと『ともだち』が出来たか。」


 噛みしめるようにして、慈善協会の長であり、獣人の子を引き取り育てた老人は静かに声を出した。


「…ちょっと悔しいんじゃないか?自分が先に助けたのに、とか。」

「そう言うもんじゃないさ。結局私は助けるだけで、あの子の傷を癒す事は出来なかったんだから。

 今は、二人の事を見守る事に専念するよ。」


 長である老人は椅子に座り直し、残った茶を飲み干して妖精種の友人に器を差し出した。

 妖精種はフッと笑い、器を受け取り新しい茶を用意しに席を離れた。


 そんな人物らに見られていた事にも気付かず、機工人と獣人の子は笑って話し続けていた。

 二人の手には、歪だが良い匂いのする手作りの菓子が握られていた。

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