13 価値観のズレは如何ともしがたく……
修繕しなければならない狩猟服を前に、コズエは難しい顔をしている。ズボンのウエスト部分を、ああでもないこうでもないといじっている。
「どうしたの? 修繕が難しい?」
「改良を考えてたんだけど、ウエスト部分をゴムに出来たらなぁって……ゴム、ないんだもんなぁ」
コズエが難しい顔をしていたのはそれかと、サツキは苦笑した。
異世界の服飾技術はかなり高い。富裕層や貴族を顧客に持つ店には、凝ったレースを専門に編む職人や、刺繍に特化した針子などがいるくらいだ。コズエは学ぶことの多い日々を楽しくすごしていたが、自分たちの衣服については、便利な素材がほしいと常々思っていた。
例えばミシン。
この世界、縫い物は全て手縫いで手間と時間がかかる。シュウなどはミシンを作って特許を取り、大儲けしてみればと軽く言う。だが現代日本人の、しかも道具を使えるだけの高校生が、その道具を作れるほうがおかしいのだ。
「ゴムなら素材さえ手に入れば、作れそうな気がするけど」
どうなの? と問いかけたサツキに、コズエは頭を振った。
ゴムの木は温帯多湿のイメージがある。ダッタザートは大陸南端に近く温暖だが、湿度は年間を通じてそれほど高くはない。砂漠ほど乾いているわけではないが、このあたりに自生している可能性は低いだろう。
「大黒蜘蛛の糸は代用できないの?」
伸縮性があるでしょ? とサツキが思いつきを口にする。それはコズエもずいぶん前に思いついて試したことだった。
「糸袋から紡ぐときに、太さとか調整してみたんだけど、上手くいかなかったんだよね……」
蜘蛛の糸が太くなればなるほど、伸縮性が失われ、耐久性も劣ってくる。
「細いと物凄く伸びて、あんなに頑丈なのに?」
「太くなると脆くなるし、伸びなくなるんだもん」
大黒蜘蛛の糸は、細ければ細いほど伸縮性が高く頑丈だ。その特性を活かして、摩耗の激しい部分への補強に刺したりしている。
「何本かまとめて扱えないの?」
「十本くらいが限界だったかな。力が均等に伝わらなくて、思うように伸びないし、糸同士が絡まったところから切れちゃうんだ」
試行錯誤を頑張っていたが、自分一人では限界だと、コズエは半ば諦めかけていた。
「ねぇサツキ。何かいいアイデアない?」
すがるように見つめられて、サツキは「ごめんなさい」と目を伏せた。平均点ギリギリの裁縫の腕のサツキには、コズエの期待に応えられるようなアイデアなど思いつかない。
「あ、そうだ、お針子の先輩に聞いてみるのはどう?」
菓子工房で師匠とディスカッションすると、ヒントを思いつくことがある。コズエも工房の先輩に頼ってみてはどうかとサツキがすすめた。
「先輩かぁ。ちょっと怖いけど……聞いてみる」
次の出勤日。コズエから相談された先輩らは、「高価な素材を無駄な使い方して!」と腹を立てたが、伸縮する紐という発想はおもしろく感じたようだ。終業後に針子たちが集まり、さまざまな意見が出され、いつの間にかゴム紐研究のグループができあがっていた。これにはコズエも加わり、素材を提供することで研究は面白いように進んでいった。
「凄いです、先輩!」
経験豊富な針子らの英知を結集した結果、コズエの理想に近いゴム紐のような物が完成した。大黒蜘蛛の糸を八本取りし、かぎ針で紐を編めば、伸縮性に優れ丈夫な紐ができあがるのだ。裁縫は得意だが編み物は苦手なコズエでは思いつかない発想だと先輩たちに感謝する。
「私たちの手にかかれば、このくらいは当然よ」
「編み方によってもう少し品質を上げられるかもしれないわね」
「それで、これは何に使うの?」
大黒蜘蛛一匹分の糸袋から作り出せたのは、およそ三十マール(三メートル)ほどのゴム紐モドキだ。冒険者ギルドの買取価格で五百ダルは下らない高価な紐である。さぞかし重要な役割を果たすのだろうと、先輩針子らの視線には期待がこもっていた。
「腰留め紐です」
「……腰?」
貴重な大黒蜘蛛の糸を、ズボンの腰留め紐代わりにすると聞いた針子たちは「もったいない!」と声を揃えてコズエの非常識を非難したのだった。