農業ギルドのギルドマスターは農業より造った家が気になるようです
「エ~ヒ~ム~く~ん、あ~そ~ぼ~」
朝からいらっとする声が聞こえてエヒムはドアを開けた。
予想通りの人物が立っている。
これでも農業ギルドのギルドマスターだ。
身長はきわめて高く、長身のホッカイよりも大きい。
しかも、ガタイが良いのでホッカイの何倍も大きく見える。
愛想は良いし、フレンドリーなので怖くはないが、女性にモテる感じではない。
まぁ、不細工とは言わないが。
赤みがかった頭髪は短く、髪が逆立っている。
どう見ても農業ギルドの、ましてやギルドマスターとは思うまい。
戦士ギルドとかならありえそうだ。
「あのぉ、今日はどのようなご用でしょうか・・・・・・?」
エヒムはまだ十歳という若さだが、礼儀正しく賢い。
その上農家の次男坊という事もあり農業に詳しい。
農業についてわからないことがあればエヒムに聞く。
最近は奇人変人に囲まれて生活するうちに耐性が付いたのか、ちょっとやそっとでは驚かなくなった。
少なくともドラゴンが家の近くでごろごろしたり水浴びしたりしていても動じなくなった。
むしろそんな事は普通の事だと思うようになった。
家を建てると言って、大の男五人くらいで持ち上がるような丸太を片手で軽々扱う男がいる事や、鍬を一振りするだけで遥か彼方まで衝撃波で大地を耕す男を目の前にする方がよっぽどおかしい。
「どうした、エヒム。人の顔をまじまじ見て」
人外一号が話しかけてきた。
いいから質問に答えて欲しい。
「どのような、ご用件でしょうか」
エヒムはあえて言い直してみた。
「おお、そうだった。エヒムはどうだ、畑は順調か?」
「イバラークさんがそれを言いますか?」
珍しくエヒムがイバラークを睨んだ。
それも仕方がない。
他の人に農業指導するのはいい。
そういう約束で家を建ててもらった。
だが、家に帰るのが面倒になったアキータが転がり込んできたかと思ったら、イバラークまでそれに便乗してきてしばらく三人での生活するハメになるのはどうだろうか。
食料はイバラークが山ほど持ってきたので金銭的には問題なかったが、アキータとケンカばかりしていてうるさい事この上なく、安穏とした生活とは程遠かった。
どうやらイバラークは新しく入ったギルド員の家も建ててやる事にしたらしく、その間だけだと言って無理やりエヒムの家に居座った。
「床だけ! 床だけでいいから!!」
などと言って薄暗くなると家に来てアキータとケンカした後、床で寝ていた。
そして、朝起きるとエヒムの作った朝食を食べてまた出て行くという繰り返しだった。
やがてイバラークは出ていったが、アキータは残っていた。
どうせなら連れてって欲しかった。
「まぁ、順調ですよ。さすがにホッカイさんのところに比べればまだまだですけど。あれは異常です」
やっぱり異常なのか、とイバラークは冷や汗をかく。
プロの目から見てもおかしいのだから、異常なんだろう。
エヒムのところはアキータのところと変わらないくらいだ。芽が出ている。
違いは色々な種類の芽が出ている事か。
「エヒムは何育ててるの?」
「アピアピマメ、アピアピイモ、アピアピネギ、アオハーブ、ムジーク他もろもろですね」
淀みなく答える。
ホッカイとは違う。
「お、おう、そうか・・・・・・ところで、そのムジークとやらってなんだ?」
ムジークだけはイバラークは知らなかった。
他は市場でよく見かけるものだ。
「ああ、これはですね、豆の一種なんですが、実がなると成熟するにしたがって皮が硬くなるんです。最後まで育てきると、やがてはじけて実が飛び散るのですが、その時硬い皮がはじける音がするんです。高音のキレイな音がします。実はあまり食用には向いていません。価値があるのは皮のほうで、楽器を作るのに使います」
イバラークは心当たりがあるのか、何かに気付いたようにあぁ、とあいづちを打つ。
「確かに市場には出ないですよ。栽培が難しいので、だいたいは栽培できる人の所に楽器職人が直接買い取り交渉に来ますから」
「なるほどね。で、お前は売るあてはあるのか? さすがにここまで買いに来る楽器職人はいないと思うが」
ここに来るためには山を越えてこなくてはならないし、そもそもここで農業をしている事を知らない人間もたくさんいるだろう。
楽器職人がここまで来るとは思えない。
「別にかまいませんよ、ちゃんと手入れすればそうそう腐りませんから。ストックしておけばいずれここが知られるようになった時、まとめて販売します」
本当に賢い子だ。
この子は心配要らないようだ。
「で、そんな事よりこの家はどうだ?」
どうやら農業ギルドのギルドマスターは家のほうが気になるようだった。
そして、点検の名目で泊まっていく気満々のようだった。
外にいるドラゴンと一緒に寝てくれないかなぁ、と思うエヒムだった。




