R006話 新共産国家建国!
【筆者からの一言】
資本主義粉砕! ブルジョアジーを打倒せよ! 今こそアメリカに革命を!
今回はそんなお話。
1942年夏 『アメリカ イリノイ州 シカゴ近郊』
一人の男が大勢の聴衆を前に熱弁をふるっていた。
「これまで独占資本家どもとの苦難の戦いを強いられて来た労働者諸君!
今やアメリカは危機的惨状に呈している!
腐敗し堕落した独占ブルジョアジーどもの政府指導部の愚かな政治が、戦争を望まぬ国民を戦争に巻き込んだ!
その惨状がこれである!
人民は傷つき、家族を失い、家を失い、職を失い、日々の食べる物にさえ困っている!
これは独占ブルジョアジーどもが招いた悲劇である!
それにも関わらず、未だにアメリカ各地にはアメリカ帝国主義の生き残りを策そうとする独占ブルジョアジーどもが蔓延っている!
これを許してはならない!
再び独占ブルジョアジーどもの暗黒支配を許してはならない!
腐り切った独占ブルジョアジーや笑顔のファシズムに騙されてはいけない!
これまでのように資本主義に踊らされるだけの人民であってはならない!
そして人民には新しい救済が必要だ!
それには共産主義の平等で公平な思想が不可欠であり適切である!
ファシズムに迎合したアール・ブラウダ―の似非共産主義とは違う真の共産主義である!
それが我々が新たに創設した北アメリカ共産主義者同盟である!
我々は人民の幸福を追い求める!
堕落した独占ブルジョアジーや笑顔のファシズムには決して迎合しない!
人民諸君!
アメリカ人民の安全と繁栄はひとえに我ら労働者と学生の双肩にかかっている!
我々の許で不動の決意を固め人民の力を結集し立ち上がろう!
団結するのだ! 人民のために!
団結せよ新たなアメリカの未来のために!
団結! 団結! 団結! 団結! 団結!」
「「「「「「「「「団結! 団結! 団結!」」」」」」」」
民衆からシュプレヒコールがわきあがった。
人々が歓声を拳を振り上げ同調している。
拍手している者もいる。
隣の者と熱く共産主義思想を語っている者もいた。
広場は熱気にあふれていた。
このような集会がアメリカ中西部のかつては主要な工業地帯だった地域で盛んに行われていた。
新しい共産主義組織の活発な活動が行われている。
アメリカにもこれまでアール・ブラウダーが率いるアメリカ共産党があった。
しかし、1939年にドイツとソ連の間に結ばれた独ソ不可侵条約を肯定し、ドイツのファシズムを容認するかのような態度をとっていた。
それ以後もアメリカ政府の方針に迎合するかのような方針を打ち出している。
穏健派と言えば聞こえはいいが、八方美人とも言えた。
史実ではその後、アール・ブラウダーは組織内の権力争いから指導者としての地位を追われ追放されている。
ただし、アール・ブラウダーは1995年にアメリカ政府が公開したヴェノナ文書によればソ連のスパイであり組織内も同様にスパイの牙城である事が判明している。
当時の共産主義者がソ連のスパイであった事に驚きはしない。
しかし、その組織内での追放劇はソ連本国の指示があったのか、それとも組織内での争いから起こった事なのか……興味はつきない。
なお、ヴェノナ文書はアメリカの情報機関が、第二次世界大戦中から冷戦時代にかけて、アメリカ国内にいるソ連の工作員とソ連本国間の暗号通信を入手し解読したものである。
ただし、今なお全ての暗号は解読されておらず約200人の工作員の正体が判明していないとも言う。
今回の歴史においてアール・ブラウダーとアメリカ共産党の主要な組織は既に壊滅している。
その本拠がニューヨークにあり、日本の核テロ攻撃にあったからである。
アメリカには他にも共産主義者の組織はあるが、どれも大きいとは言えない小さな組織である。
そこに北アメリカ共産主義者同盟という新たな共産主義組織が出現した。
難民への炊き出しや医薬品の供給、更には自衛用の武器まで配り自警団を組織し始めている。
今や都市部に住むアメリカ人の誰しもが困窮に苦しめられている。
そうした都市部において北アメリカ共産主義者同盟は急速に支持者を獲得し勢力を伸ばしていた。
アメリカ共産党の生き残りや、他の共産主義組織、社会主義者など多くの活動家をも取り込み、その組織は大きくなるばかりである。
そしてその北アメリカ共産主義者同盟の指導者の名は、ヴィクトル・デミトリヴィッチ・ウリヤノフと言った。
彼がイリノイ州郊外のデトロイトで演説している。
「人民諸君!
私の名はヴィクトル・デミトリヴィッチ・ウリヤノフ!
私の伯父はウラジミール・レーニン! ロシア革命で共産主義国家、ソ連を建国した男だ。
アメリカの人民が平和な国で幸せに暮らしているのなら私は何も言わない。
だが、しかし! この現状はどうか!
多くのアメリカ人民が苦しんでいる! 子供が泣き、大人達は少ない食糧をめぐって争い、老人は絶望して自殺している!
ここは今まさに地獄だ。
こんな世界があってはならない!
堕落した政府と資本家どもは結託してアメリカ人民から富を搾取するばかりか、国の舵取りを誤り、未曾有の大惨事を招いた!
それがこの現状だ!
今のアメリカの現状は帝政末期のロシア帝国よりも悪いと言わざるを得ない!
私の伯父レーニンは常に人民の事を考え、その幸せを願い、そして人民の窮状を見かねて立ち上がった!
私もその伯父の血族として、この現状を見過ごす事はできない!
人民諸君!
私はここに誓う!
この地獄を終わらせ、アメリカ人民の苦しみを終わらせると!
そして新たなアメリカをつくると!
諸君! 共に戦おう! 人民の為に! 新たな国の為に!
私はここに宣言する!
アメリカ人民のための新たな国の建国を!
アメリカ社会主義合衆国の建国を!
団結するのだ!
アメリカ社会主義合衆国に!
団結するのだ! 未来のために!
団結! 団結! 団結! 団結! 団結!」
「「「「「「「「「団結! 団結! 団結!」」」」」」」」
民衆から盛大な拍手とシュプレヒコールがわきあがった。
この後、アメリカ社会主義合衆国に参加する者が急速に増加する。
その中核組織たる北アメリカ共産主義者同盟に入党する者も増えて行く。
豊富な資金、食糧、武器を市民に提供し、安全と生活の立て直しの政策を前面に打ち出した成果である。
アメリカ中西部に共産主義国家が誕生した。
それはアメリカ合衆国の全国土の割合からすれば、まだ小さい。
けれど日が経つにつれ、その支配地域は大きくなる。その勢力は大きくなるばかりであった。
だが、しかし……
アメリカ社会主義合衆国に参加した者も、北アメリカ共産主義者同盟に入党した者達の殆どが知らない。
北アメリカ共産主義者同盟が提供する豊富な資金と食糧と武器の出所を。
それが閑院宮摂政の工作機関が提供している事を。
豊富な資金は偽札であり、食糧は開戦前に閑見商会のダミー会社がアメリカ国内で調達していただけでなく南米からも輸入して保管しておいた物であり、武器もマフィアや海外から開戦前に買い付け、隠匿していたものである事を。
演説の終わりで最初にシュプレヒコールや拍手をして民衆を煽っているのも扇動工作員である事を。
そして指導者たるヴィクトル・デミトリヴィッチ・ウリヤノフにも知らない事がある。
彼は真実、レーニンの甥である。
ウラジミール・レーニンという名は革命運動をする為の偽名であり、本名はウラジミール・ウリヤノフと言う。
レーニンには他に7人の兄弟姉妹がいた。
しかし、不運な事に子供にめぐまれない者が多く、何と実子をもうけたのは末弟のドミトリー・ウリヤノフただ一人だけである。このドミトリーも革命運動に身を投じている。
1917年にドミトリーの愛人のエウドキヤが男の子ヴィクトルを産んだ。
それから5年後の1922年に正妻アレクサンドラが女の子オリガを産む。
史実では、そのヴィクトルは、ただレーニンの親族として普通に暮らし、そのまま1984年に亡くなり歴史的には何ら影響を与えなかった。一般人としての平和な暮らしをしていただけである。
しかし、今回の歴史では違った。
ロシア革命から発生した内戦中のロシアで、1922年3月4日にドミトリー・ウリヤノフは正妻の出産に付き添っていた。部屋の外で革命家に相応しからず神に祈っていただけであるが。
丁度その頃、愛人エウドキヤの家に強盗が押し入り、エウドキヤを殺害し金目の物を盗み5歳になる子供ヴィクトルを攫ったのである。
それ以後、その子供の行方は杳として知れなかった。
そして今、25歳になり立派に成長したヴィクトルはアメリカの大地に立っている。
閑院宮摂政の工作員が誘拐し、ここまで育てあげていたからだ。
内戦の混乱状態の中で子供を1人誘拐し国外に脱出させる事など閑院宮摂政の工作機関からすれば容易い仕事だった。
そしてヴィクトルをアメリカに連れて来て、工作機関に属する養父母が育てたのである。
「お前のお父さんはお前と母親を捨てた。しかし、お前の伯父は立派な人だ。彼のようになるんだ」
そう言い聞かせ、ヴィクトルをレーニンの信奉者とし共産主義を勉強させて生粋の共産主義者に育てあげた。
実の母親は捨てられ病死した事にして、母方の遠縁の自分達がヴィクトルを引き取ったという作り話も交えて。
ヴィクトル・デミトリヴィッチ・ウリヤノフはそれを知らない。
知らないままにレーニンを信奉し共産主義こそが人民を救うと信じ、アメリカで共産主義を広め、アメリカ社会主義合衆国を大きくしようとしている。
だが、それは閑院宮摂政の手のひらの上で踊らされている出来事に過ぎなかったのである。
それをヴィクトルを始めアメリカに住む者達の殆どは知らない。
果たしてこれからアメリカの大地は如何なる歴史を刻むのか。
それは、まだ誰も知らない……
【to be continued】
【筆者からの一言】
これで二人目。クスクス。